表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/42

第二章 彩夏 3

「あれ~彩夏姉さん。何か楽しそうですね?」

 金髪にツインテールの少女。舞が、鼻歌を歌いながら鍋を回していた彩夏に尋ねる。

 彩夏は首を傾げる。

「え? そうかしら? 別にいつも通りだけど」

 そう言って再び鼻歌を歌いながら、鍋を回し始める。

「そうは見えないけどなぁ……あ! このおかず美味しそう。も~らい!」 

 舞はひょいっと手を伸ばし、お皿に盛られたおかずをつまみ食いする。

「あ、こら! 勝手に食べるんじゃないの! それはあいつらの分なんだから!」

「ええ? でも何かこの皿だけ量が多い気がするんですけど」

 舞が指指した皿はおかずの種類は他の皿とは変わらないが、量だけが異様に多かった。

「そ、そうかしら? そんな事無いと思うけど……」

「ははは」とぎこちない顔をして笑う彩夏。

「いや、絶対そうですよ。どうしたんですか彩夏姉さん。いつもは一グラムも差を作っちゃいけないって怒鳴ってるのに……」

 それに対し彩夏は誤魔化す様に忙しく調理をしていく。それを見て、舞の目が怪しく光った。

「彩夏姉さん……このお皿、誰のお皿何です?」

 舞がそう言った瞬間。彩夏の体が時間が止まった様にビシリと止まった。そして、ギコギコと壊れた機械の様に舞を振り返る。

(うわ! コワ!)

「な、何の事? 別に誰のとかそういうのは無いんじゃないかな? うん。そうよ、どの皿が誰のかなんて私には関係ないのよ」 

 明らかに不自然な様子に舞が更に追求する。

「これは噂なんですけど、何か彩夏姉さんが、この前、閻魔女王に呼ばれたって話が流れてるんですよ。何でも刑の最中に新人の罪人と楽しそうに遊んでたって……なんて、はは、規律に厳しい彩夏姉さんに限ってそんな事があるわけが……」

 舞はそこで彩夏を見た。するとそこにはプルプルと震える彩夏が居た。

「ははは……」

 舞は乾いた笑いをあげる。だがその頬には冷や汗がたらりと流れる。

「…………」

 彩夏は無言だった。しかし、舞は理解する。自分が完全に地雷を踏んでしまった事に。

(ど、どうする。このまま無かった事にしようか? それともおどける? いや、どっちをしても後で痛い目を見そう……)

 脳内で自分が最も無事で済みそうな対応を一瞬で検討する。そして、選んだ選択は……。

「マジっすか! 姉さん! 人間の男に? ミスサディストの姉さんが!」

 開き直って進む事だった。

「ミスサディスト?」

 舞の一言に、彩夏の目が鋭く舞を睨みつける。

(ひぇ~。やっぱりこえぇえええええええ!)

 しかし、ここで引いたら本当に酷い目に遭うと、舞はなおも続ける。

「ご、ごめんなさい。びっくりして……でも彩夏姉さん、本当なんですか? 本当にそんな事したんですか?」

 その質問に彩夏はコクンと首を下に振る。

(か、可愛い……)

 彩夏のこんなしおらしい様子を、舞は始めて見た。それは同性でさえ魅了するような可愛さで……。

 舞は唾を飲んだ。もうここまで来たんだから、核心に触れねばなるまいと息を吸い、気合を入れる。

「……それで彩夏姉さんはそ、その男が……好きなんですか?」

(やっばい! 聞いちゃった! 聞いちゃったよ! どうしよ怒られたらどうしよう!)

 しかし、その質問に彩夏は火がついた様に顔を真っ赤にし。

「分かんない……」

 自慢の赤髪をいじりながら。

「けど気になるのよ……」

 ポツリとそう言った。

「彩夏姉さん……」

 舞がそんな彩夏を愛おしそうに眺める。そして。

「いいじゃないですか! 恋ですよそれは、間違い無いです!」

 彩夏に目を煌かせながら詰め寄った。彩夏は圧倒された様に後ずさる。

「え、ええ! そ、そうなの……?」

「そうです! 間違いありません!」

 確信に満ちた舞に彩夏は戸惑う。

「で、でも、囚人と恋をするのは、規則違反だし……」

「規則なんて関係ありません! 恋は全てに優先されるんです! 恋する乙女は無敵なんです!」

(恋……これが恋なのかしら? 確かにあいつの事を考えると、息が少し苦しくなる) 

 彩夏は自分の胸に手を当てる。いつもより早く感じる鼓動。坂本を思い出すと苦しい様な嬉しい様なそんな感情になる。

「私、出来る事が有ったら協力します。だから彩夏姉さん、何でも言って下さい!」

 舞は元気良く片手をグーにして掲げた。それに彩夏は微笑みで答える。

「ありがとう……でも、少し待ってくれる? 気持ちの整理がしたい……」

「分かりました。何か有ったらいつでも言って下さいね!」

「じゃ、失礼します」そう言って笑顔で舞が去ろうとした時だった。

「ちょっと待ちなさい」

 静かな口調で呼び止められる。その声はさっきのお淑やかな彩夏の声じゃなかった。

「は、はい。何ですか?」

「さっき、あんた何かふざけた事言ってたわね? 何ですっけ? 確か……ミスサディスト? そんな風に言われてるの私? 詳しく聞きたいわね~」

(し、しっかり覚えてる!)

「え、ええ~と、そんな事言いましたっけ?」

 顔色を窺う様に、若干許してくれないかな~という期待を込め、舞は上目遣いに彩夏を見る。

「言ったわよ」

 彩夏が爽やかに笑う。しかし、一切目が笑ってない。

「そうね……後で私の部屋に来なさい。準備して待ってるから。分かった?」

(ええ~! 何の準備ぃいいいいいいいいい?)

 舞の肩にやさしく手が置かれる。舞がガクガクと震えながら、カクカクと頭を縦に振る。

「それと……さっきの事、誰にも言っちゃ駄目よ。……私と舞の秘密ね」

 恥ずかしそうに彩夏が言う。それは乙女が恥らっている様に可愛らしい。

 しかし、舞は後の事を考えて震えていた。

 故にそんな彩夏の様子に気付く事無く、壊れたロボットの様にひたすら頭を縦に振り続けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ