第二章 彩夏 3
「あれ~彩夏姉さん。何か楽しそうですね?」
金髪にツインテールの少女。舞が、鼻歌を歌いながら鍋を回していた彩夏に尋ねる。
彩夏は首を傾げる。
「え? そうかしら? 別にいつも通りだけど」
そう言って再び鼻歌を歌いながら、鍋を回し始める。
「そうは見えないけどなぁ……あ! このおかず美味しそう。も~らい!」
舞はひょいっと手を伸ばし、お皿に盛られたおかずをつまみ食いする。
「あ、こら! 勝手に食べるんじゃないの! それはあいつらの分なんだから!」
「ええ? でも何かこの皿だけ量が多い気がするんですけど」
舞が指指した皿はおかずの種類は他の皿とは変わらないが、量だけが異様に多かった。
「そ、そうかしら? そんな事無いと思うけど……」
「ははは」とぎこちない顔をして笑う彩夏。
「いや、絶対そうですよ。どうしたんですか彩夏姉さん。いつもは一グラムも差を作っちゃいけないって怒鳴ってるのに……」
それに対し彩夏は誤魔化す様に忙しく調理をしていく。それを見て、舞の目が怪しく光った。
「彩夏姉さん……このお皿、誰のお皿何です?」
舞がそう言った瞬間。彩夏の体が時間が止まった様にビシリと止まった。そして、ギコギコと壊れた機械の様に舞を振り返る。
(うわ! コワ!)
「な、何の事? 別に誰のとかそういうのは無いんじゃないかな? うん。そうよ、どの皿が誰のかなんて私には関係ないのよ」
明らかに不自然な様子に舞が更に追求する。
「これは噂なんですけど、何か彩夏姉さんが、この前、閻魔女王に呼ばれたって話が流れてるんですよ。何でも刑の最中に新人の罪人と楽しそうに遊んでたって……なんて、はは、規律に厳しい彩夏姉さんに限ってそんな事があるわけが……」
舞はそこで彩夏を見た。するとそこにはプルプルと震える彩夏が居た。
「ははは……」
舞は乾いた笑いをあげる。だがその頬には冷や汗がたらりと流れる。
「…………」
彩夏は無言だった。しかし、舞は理解する。自分が完全に地雷を踏んでしまった事に。
(ど、どうする。このまま無かった事にしようか? それともおどける? いや、どっちをしても後で痛い目を見そう……)
脳内で自分が最も無事で済みそうな対応を一瞬で検討する。そして、選んだ選択は……。
「マジっすか! 姉さん! 人間の男に? ミスサディストの姉さんが!」
開き直って進む事だった。
「ミスサディスト?」
舞の一言に、彩夏の目が鋭く舞を睨みつける。
(ひぇ~。やっぱりこえぇえええええええ!)
しかし、ここで引いたら本当に酷い目に遭うと、舞はなおも続ける。
「ご、ごめんなさい。びっくりして……でも彩夏姉さん、本当なんですか? 本当にそんな事したんですか?」
その質問に彩夏はコクンと首を下に振る。
(か、可愛い……)
彩夏のこんなしおらしい様子を、舞は始めて見た。それは同性でさえ魅了するような可愛さで……。
舞は唾を飲んだ。もうここまで来たんだから、核心に触れねばなるまいと息を吸い、気合を入れる。
「……それで彩夏姉さんはそ、その男が……好きなんですか?」
(やっばい! 聞いちゃった! 聞いちゃったよ! どうしよ怒られたらどうしよう!)
しかし、その質問に彩夏は火がついた様に顔を真っ赤にし。
「分かんない……」
自慢の赤髪をいじりながら。
「けど気になるのよ……」
ポツリとそう言った。
「彩夏姉さん……」
舞がそんな彩夏を愛おしそうに眺める。そして。
「いいじゃないですか! 恋ですよそれは、間違い無いです!」
彩夏に目を煌かせながら詰め寄った。彩夏は圧倒された様に後ずさる。
「え、ええ! そ、そうなの……?」
「そうです! 間違いありません!」
確信に満ちた舞に彩夏は戸惑う。
「で、でも、囚人と恋をするのは、規則違反だし……」
「規則なんて関係ありません! 恋は全てに優先されるんです! 恋する乙女は無敵なんです!」
(恋……これが恋なのかしら? 確かにあいつの事を考えると、息が少し苦しくなる)
彩夏は自分の胸に手を当てる。いつもより早く感じる鼓動。坂本を思い出すと苦しい様な嬉しい様なそんな感情になる。
「私、出来る事が有ったら協力します。だから彩夏姉さん、何でも言って下さい!」
舞は元気良く片手をグーにして掲げた。それに彩夏は微笑みで答える。
「ありがとう……でも、少し待ってくれる? 気持ちの整理がしたい……」
「分かりました。何か有ったらいつでも言って下さいね!」
「じゃ、失礼します」そう言って笑顔で舞が去ろうとした時だった。
「ちょっと待ちなさい」
静かな口調で呼び止められる。その声はさっきのお淑やかな彩夏の声じゃなかった。
「は、はい。何ですか?」
「さっき、あんた何かふざけた事言ってたわね? 何ですっけ? 確か……ミスサディスト? そんな風に言われてるの私? 詳しく聞きたいわね~」
(し、しっかり覚えてる!)
「え、ええ~と、そんな事言いましたっけ?」
顔色を窺う様に、若干許してくれないかな~という期待を込め、舞は上目遣いに彩夏を見る。
「言ったわよ」
彩夏が爽やかに笑う。しかし、一切目が笑ってない。
「そうね……後で私の部屋に来なさい。準備して待ってるから。分かった?」
(ええ~! 何の準備ぃいいいいいいいいい?)
舞の肩にやさしく手が置かれる。舞がガクガクと震えながら、カクカクと頭を縦に振る。
「それと……さっきの事、誰にも言っちゃ駄目よ。……私と舞の秘密ね」
恥ずかしそうに彩夏が言う。それは乙女が恥らっている様に可愛らしい。
しかし、舞は後の事を考えて震えていた。
故にそんな彩夏の様子に気付く事無く、壊れたロボットの様にひたすら頭を縦に振り続けていた。