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第二章 彩夏 2

 ――やばい……どろどろだわ。マジで変になりそうだ……。

 俺は寝転がりながら、ひたすら自分の飢えに耐えていた。

「ほら、しっかりしなさいよ。まだ、向うの時間で五時間しか経ってないわよ」

 彩夏が大きな岩の上に座り、足をぶらぶらさせながら言う。それに伴い、スカートがひらひらと舞う。

 五時間。という事はもうこちらで言う所の十日間。長い……こんなに飯を食わなかった事なんて無いし、普通の人間ならとっくにくたばっているだろう。

 俺の脳裏に最後に食べたおにぎりが思い浮かぶ。

 美味かった……ただもう一度、あのおにぎりが食べたい。

 俺は首だけで彩夏を追う。そんな俺の視線に気付いたのか彩夏がこちらを見た。

「……何よ?」

 訝しげな彩夏の目。

「いや……何かごめんな……彩夏さんが作ったもん台無しにしちゃって」

 俺は彩夏と揉めた日の事を思い出していた。飢えて分かる。あの日してしまった事の愚かさが。

「な、何よいきなり。気持ち悪いわね」

 戸惑ったように後ずさりする彩夏。

「はは、ひでえな……でも謝りたくてね。あれだけの物作るの大変なんじゃねえかと思って、本当にごめんな……」

 彩夏はびっくりした様に目を見開くと、やがて俯いた。

「……今更謝っても遅いわよ。私は絶対許さないんだか」

「はは、そうだよなぁ~。確かにあの時の怒り方は尋常じゃなかったわ」 

「う、うるさいわね! あんなに生意気な奴は、あんたが始めてだったんだから!」

「ごめんなさい……ああ、でも美味かったよ、おにぎり。彩夏さんが準備してくれたんでしょ? ありがとう……」

 俺が弱々しく笑いかけると彩夏は目を逸らした。

「ば、馬鹿ね。あんなの私にとっては対した事無いわ。あんなので美味しいなんて思われたら心外だわ! 私が作る料理はあの何倍もおいしいんだからね!」

「そうか……次の食事が楽しみだな」

 今、食事の事なんて考えると余計辛くなるかと思ったがそうでは無かった。どうせ辛いのは変わらない。なら少しでも楽しい事を考えた方が、俺は楽だった。

「全く、あんたみたいな奴は本当に始めてみたわ。普通どんな屈強な男でもこの地獄はきつくて涙が出なくなるほどもがき苦しむのに」

 それについては彩夏の言う通りだった。時間が経てば経つほど渇きと飢えは増していく。

「確かにきついよ……でも、彩夏さんが居るから幾分マシだよ。一人でこんな所に居たら、暇で死んじゃうからな」

「……本当に馬鹿な男ね、あんた」

 彩夏が呆れた様に両手で顔を支えて俺を見る。

「ねえ、あんた何でこんな所に居るの? 私にはあんたがそんなに悪い事したようには見えないんだけど」

「それは俺も聞きたい」

 彩夏が岩から飛び降りて、俺の横にちょこんと座る。

「分からないの? とことん変な奴。じゃああんたの事聞かせてよ」

「俺の? 何が聞きたいの?」

「別になんだっていいわよ。現世でどんな事してたとか、そんなんよ」

「現世で? あ、あぁ~そうだな~。別に普通に学生してたと思うよ。特に部活とかもしてなくて、ダラダラしてたかな~」

「確かにあんた見てるとそんな感じだわ」

「後は、俺さ、ゲームが好きなんだよ。ゲームって知ってる?」

「馬鹿にしないでよ。ちゃんと地獄にもあるわよ。トランプとか、ベーゴマとか」

「古! 遊びのクオリティ、低!」

「何かそこはかと無く馬鹿にされてる気がするわよ……」

「そんなんじゃなくて、テレビゲームだよ。こうテレビに繋いで、コントローラーでキャラを操って。ああ、駄目だ。巧く説明出来ねえ」

 彩夏はポカンとして俺を見ていた。俺は動かぬ体で、必死に身振り手振りをしながら伝えようとする。

「……なるほど、コントローラーを持ったプレーヤーが他の世界の人物の人生を支配すると言う事ね。つまり擬似的な神になれると……中々興味深いわね」

 誤った形で、ゲームが伝わってしまった。

「まあ、それでいいや……まあ、神様って言っても、何でも思い通りになるわけじゃないけどね……」

 彩夏はそれを聞くと不思議そうな顔をする。

「何で? 何でも思い通りになった方が楽しいじゃない?」

「う~ん。何て言うかなぁ、何でも巧く行ったら、つまんないんだよ。頑張ってやっても出来なくて、それをもっと頑張ってクリアした時、嬉しいつうかさ。神様みたく何で思い通りに出来たら、つまんないじゃん?」

「そう……そうなの……その発想は無かったわ」

 彩夏は顎をおさえて考え込む。 

「ああ、まあ深く考える必要は無い。やれば絶対面白いから。今度一緒にやろう」

「今度って、あんた、いつまでここに居るか分かってる? 四十六億年だけど……」

 それに俺は頭を抱える。完全に忘れてた。

「ああ、そうか……参ったな。地獄に輸入出来ない? ゲーム機とテレビ?」

「出来るわけないでしょ……」

「うわぁ~良く考えたら俺クリアしてないゲームが有ったわ。超ブルーだわ」

 俺がゴロゴロと転がると。

「確かに地獄には無いけど……あんたが面白いって言うなら私もやりたくなったわ」 

 彩夏が笑う。その笑顔は本当に楽しそうだった。まるで、同級生と話してる様な感じだった。

「まあ、じゃあゲームは四十六億年後にやるとして、今度一緒にトランプしようぜ。それなら俺も出来る」

 すると彩夏は制服の胸の部分に手を突っ込んだ。チラッとピンクの下着が見えて俺がドキッとしていると、出した手にはトランプが握られていた。

「どうせなら今する?」

「いいの? 刑の最中なのに?」

 そういうと彩夏は偉そうに「フン!」と息を吐いた。

「別に構わないわよ。これは飢えに耐える刑だもの何も問題は無いわ。それに……私も退屈だから」

 最後の方は小さな声で恥ずかしそうに話す。

 彩夏がトランプを切り出した。さすが娯楽が少ないだけあって手際が良い。まるでマジシャンの様な手付きだった。

「ポーカーで良いかしら?」

「ああ、いいよ。やろう。何を賭ける?」

「ふふ、負けたら罰ゲームでどう?」

「いいぜ、言っとくけど俺結構強いよ?」

「ふふ、楽しみだわ、でも負けたら酷いわよ? 地獄の罰ゲームは生半可な物じゃないからね……」

 ふふふと不気味な笑い。マジ洒落にならん。

 それから俺達はポーカーを開始した。カードを飛ばす様に配る彩夏。目が鋭い。俺はこの時、不用意にゲームに参加した事を後悔する事になる。

「フルハウス」

「ちぃ……」

「フォーカード」

「ええ!……」 

「ストレートフラッシュ」

「な……!」

「ロイヤルストレートフラッシュ」

「……マジで?」

「ファイブカード」

「…………」

 俺はひたすら負けまくった。というか彩夏は強すぎた。ひたすら高い役をガンガン上がられ続けた……そして……。

「四千……一、四千……二」

 今、俺は彩夏を背中に乗せて腕立て伏せをしていた。仮に、途中で辞めたら、また一からという条件で。

「ほら、どうした坂本!ペースが落ちてるぞ! 罰ゲームなんだからしっかりやれ!」

 彩夏から叱咤の声が飛ぶ。尻を叩かれ、まるで馬の様だった。

 俺達はその後刑が終わるまで、こんな事を繰り返していた。

 俺が彩夏がイカサマしてるのに気付いたのは最後の一時間だけだった……。


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