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株式会社地獄 5

 俺の目の前には地獄食堂と書かれた看板が有った。門は鬼の顔になっていて、おどろおどろしい口から入るらしい。これから飯を食いに来たのに、鬼に食われに入るなんて、皮肉なもんだ。

 食堂に入ると順番に座らされていく。食堂にはもう既に結構人が入っていて、コック姿の女の子達が忙しそうに準備していた。

 俺も誘導された通りに席に座る。目の前には意外と豪勢な食事が並んでいた。肉に野菜、スープに果物。正直俺の今まで食ってきた物よりも良かった。

 その時、全員が食堂の一番奥、中央部の台に目を向けた。俺はそれに釣られる様に同じ方向を見た。

 すると赤髪の女の子がその台に上った。それは俺を事務の所まで案内した彩夏だった。更に言うならその前に人をお玉でぶっ潰した。

 あの子がこの食事を作ったのだろうか? 正直更に食欲が失せた。

 彩夏は何か話すらしい。台の上に置かれた髑髏で出来たマイクらしき物を手に取った。

「全員座ったかな~? じゃあ、今日もお仕事お疲れ様でした! やっぱり働いたらご飯を一杯食べなくちゃね! 一生懸命作ったから、残しちゃ嫌だよ? 残したら……」

 そこで、彩夏は手に持ったお玉と蓋を打ち鳴らした。

「お仕置きしちゃうからね♪」

 最後にウインク。完璧な仕草。男の子なら一発でノックアウトだな。生憎全員そんな気分にはなんなかったみたいだが。

「じゃあ、みんな待ちきれないだろうからね。いただきます!」

『いただきます』

 挨拶と同時に食事が始まる。皆、夢中でご飯を頬張る。

 しかし、俺は全く箸が動かなかった。皆がどんどん食べていく中。俺は一人静かに箸を置いてじっとしていた。

「あれ? お兄ちゃん、どうしたの? 箸が進んでないみたいだけど……」

 そんな俺に声をかけて来たのは彩夏だ。

「…………」

 俺は黙っていた。正直億劫だった。

「あ~分かった! 私に食べさせて欲しいんでしょ? もぉ~甘えん坊さんだな。お兄ちゃんは! しょうがない。私が食べさせてあげましょう!」

 彩夏はそう勝手に結論付けると、俺の箸で魚の身を裂いた。

「ほらお兄ちゃん。ア~ン♪」

 口の前に箸を持ってこられる。そんなおいしい日常に、俺の溜め込んだストレスが加速する。

――正気か? こいつら正気か? あんな事をした後で飯? お兄ちゃん? ア~ンだぁ? 何だそりゃ? どんなクソゲーだ。付き合えるか? こんな笑えない喜劇に!

そして俺のストレスは爆発した。

「ざけんじゃねえ! てめえの作ったもんが食えるか! 気色悪いんだよ。気味が悪いんだよ! 人殺しなんて何とも思ってねえ。てめえらの作ったもん食うくらいなら、犬のクソ食った方がマシなんだよ!」

 俺は目の前の箸を手で弾き飛ばした。

「あぁ……」

 彩夏の口から悲しそうな声が漏れる。

 そしてその一連の騒動は見事に食堂の空気を凍りつかせた。

 さっきまで聞こえていた、食器を箸が叩く音も、咀嚼する音も、全ての音が食堂から消えた。 だが俺はそんな事は全く気にならなかった。もう、ひたすら怒りだけがこみあげていた。

 箸をはじかれた彩夏は俯いて震えていた。いつもなら可哀想だと思うのだろうが、今は全くそんな気も起きなかった。

「調子に乗ってんじゃねえよ……」

 しかしそんな考え自体杞憂だったらしい、俺の感情を凍りつかせるような低い声が目の前から聞こえて来て。俺は息を止めた。

 声の主は彩夏だった。しかし、雰囲気はさっきまでの彼女ではなかった。俺は確かに彼女の後ろに夜叉の様な幻影をはっきりと見た。

「ひぃいいいいいいいいい!」

 俺の周りに座っていた者達が自分の食事を持って大きく後ずさった。彩夏の周囲の温度が凍りつくように下がった。

 彼女は俺を見た。その視線に、正直俺は心臓を直接握り締められている様な心地だった。俺の全てが停止していた。呼吸さえも許されない。

「私のご飯が食べられないって? お前らに地獄で唯一の幸福を与えてやってる私のご飯が食べれない? ふざけんな! お前はただ黙ってありがたく、涙を流して食べてればいいんだよ!」

 俺は髪を捕まれ。そのままスープの皿に顔を叩きつけられた。

「がぁ……」

 硬い……皿が異常に硬かった。皿の端で額が切れ、スープに血が混ざる。

「おら! 食べろ! 犬の様に這いつくばって。ご主人様に感謝しながら! オラ! 感謝しろよ! ほら! ほら! うまいだろ? ほら!」

 ガンガンと叩きつけられる。スープは最早皿から全部こぼれているのに狂った様に押し付けられる。

「はぁ……はぁ……どう? ……おいしかった? お兄ちゃん♪」

 再び笑顔。さっきまでとは別人の様な可愛さ。仮面の様な笑顔。

「ペッ……」

 そんな顔に俺はスープに叩きつけられていた途中で口に含んでいた、じゃがいもらしき物を吐き出した。

べちゃっという音がして、ジャガイモが彩夏の頬にくっついて、そのままぬるぬると地面に落ちる。

「……くそまずい……犬のクソでも入ってんのか?」

 俺は腫れ上がった目を彩夏に向けてニヤっと笑った。

 それを見て、彩夏のこめかみがびくびくと青筋を立てて震えた。顔は笑顔のままだが、今まで見た中で一番怒っている事は分かる。トラの口の中に頭を突っ込んでる様な気分だ。

 …………さすがにやりすぎたかな…………。

俺は彩夏を見る。死ぬことが無い俺だが、死ぬより怖い目に遭わされそうだ。

「そうか……分かった。さすがSランクだ。お前には特別だ。今日お前が体験した地獄が、お遊戯だった事を教えてやる。地獄のフルコースを食わせてやるよ……もう人間の形を留めていたく無くなるほどの。泣いて私の靴をおいしいと舐める家畜に変えてやる」

 彩夏が無表情のまま、懐から、お玉と蓋を取り出した。それはみるみる大きくなり、以前見た大きさを遥かに凌駕していた。あの時の三倍はあるであろう大きさ。それは最早壁だった。それは天井と床にめり込んでいた。

「まずはミンチだ、その後、ミミズにお前を食わせる。ミミズの肉をお前に混ぜ込んで。治るごとにミミズが全身から突き破って出てくる様にしてやる」

 彩夏が力を籠めると壁が近づいて来る。ゆっくり俺をひき潰していくつもりなのだろう。にやにやと彩夏は笑っていた。

 さすがにミミズは嫌だな……。

 俺の両腕がミシミシと圧迫され、悲鳴をあげた時だった。

「そこまでです! 彩夏さん!」

 食堂の入り口から響き渡る声。そこには頼子が居た。

 そのまま頼子は、歩いてきて。座り込んでいた俺の前に立って手を広げた。

「そこまでです彩夏さん。坂本さんは私の担当です。勝手な事をしないでください!」

「どきなさい頼子、そいつは私の料理を粗末にしたのよ。私には罰を与える権利がある」

「……どきません。私が坂本さんの担当ですから罰も私が決めます。だからもう、坂本さんに勝手な事はしないでください!」

「……逆らうんだ私に? 拷問部の新人が、調理部の部長である私に?」

 彩夏の目が獲物を狙う獣の様に細まった。後ろから見る頼子の体は若干震えている。

「お願いします彩夏さん……坂本さんはまだ初日なんです。これからルールは教えていきますから。許してあげてください……」

 頼子は震えながらも目を逸らす事はしなかった。

 俺は緊張感で窒息死してしまいそうだった。人知を超えた存在が出す威圧感は、現世の言葉で表現できない。

 二人はしばらく睨みあっていた。しかし、しばらくすると彩夏がため息を吐いた。

「ほんとに……あんたは頑固なんだから。しょうがないわね、今回は頼子に免じて我慢してあげる」

 そう言うと彩夏が持っていたお玉と蓋が一瞬で元の普通のサイズに戻った。

 それを見て頼子も「ほぅ……」と息を吐いた。

「ありがとうございます彩夏さん」

「ふん! 勘違いしないでよね。私はそいつを許したわけじゃないから。頼子が止めるから辞めただけよ。でも次に同じ事が有ったら絶対に許さない。その時もし邪魔したら……頼子、あんたでも容赦しないからね」

 彩夏はそう言うと、食堂の奥に消えていった。

 彩夏が消えたのを確認するとへたへたと頼子は地面に座り込んだ。

「こ、怖かったよぉ~」

 その様子はとても俺に罰を与えていた人物とは思えなかった。

「ありがとう……助かったよ」

 地獄に仏とはこの事だろうか。助けてくれたのは仏様では無く、可愛い鬼様だったが。

 頼子は首を回して俺の方を振り返った。

「もうぉ! 何であんな事したんですか! 彩夏さんは食べ物を粗末にする人が一番嫌いなんです! あんなに怒ってたのは初めて見ましたよ。私までミンチにされちゃう所だったんですから!」

 泣きそうになって叫ぶ。その様子は本当にただの女の子で。

「ふふふ、ははははは! あはははは!」

 俺は大声を出して笑っていた。

 その笑い声を聞いて、頼子がびっくりした様な顔をする。食堂に居る他の者達も俺の事を珍獣でも見るような目で見ていた。

「あ~ん? どうしたんだ? 皆?」

 俺がそう呟くと。

「……皆さんびっくりしてるんですよ」

 頼子が呟いた。

「うん? 何でよ?」

「この地獄で大声で笑ったからですよ。皆さん次の仕事の事を考えたり。現世での事を後悔している人たちですから。坂本さんみたいに本当に楽しそうに笑う方は、私が仕事を始めてから初めて見ました」

 そういう物なのか、俺には良く分からない。楽しけりゃ笑う。俺はそこに理由も何も考えない。

「ありがとう頼子さん。頼子さんのおかげでちょっと元気が出たわ」

 俺が微笑みかけると頼子の顔が真っ赤に染まった。

「え? げ、元気ですか? そんな……」

「あれ? また何か変な事言った?」

「へ、変って言うか、ここの方達は私達の事を怯えた目でしか見ないから、げ、元気出たなんて言われたのは初めてで……」

 頼子があたふたし始める。そんな様子も笑いを誘う。

「ああ~笑ったら腹が減って来ちゃったよ」

 俺は目尻の涙を拭う。

「つってももう飯がこんな状況じゃな~」

 ご飯は乗っていた机ごとぐちゃぐちゃになっていた。

「ちょっと待ってて下さい」

 頼子は調理場に消えていった。

 しばらくして戻ってくると、その手はお皿を持っており、皿にはおにぎりが載せられていた。

「これ、あんまり材料が無かったんで、たいした物作れなかったんですけど。良かったらどうぞ」

 おにぎりの一つを俺に渡してくれる。俺はそれを頬張った。

「……うめえ……」

 本当においしかった。普通のおにぎりなのに今まで食った中では一番うまかった。

「そ、そうですか」

 頼子は恥ずかしそうにうつむく。

 俺は頼子のおかげで体にも心にも力が入るのを感じた。

 確かに四十六億年の間に確実に俺は変わってしまうだろうが。今日だけは乗り切れると感じた。

 俺がそのままの勢いで皿に載ったおにぎりを全て平らげた時だった。

 台の上に少女が立った。皆席に座っている。俺もそれに習い椅子に座る。

「みんなぁ! 残さないで全部食べたぁ? じゃあ、行くよぉ。ごちそうさまでした!」

『ごちそうさまでした』

 俺も何と無く分かったので小さい声で合わせる。

 皆がぞろぞろと、それぞれが連れて来られた女の子の後ろに付いて食堂から出て行った。彩夏が荒らした場所は別の娘が片付けている。俺も結衣に連れられて牢獄に帰ろうとした時だった。

「あ! ちょっと待ってください! 坂本さん」

 頼子に呼び止められ俺は止まる。

「何? どうしたの?」

「え……と、彩夏さんのことなんですけど」

 彩夏の事? なんだろうか? あいつに気をつけろとかかな?

「あんまり悪く思わないであげて下さい」

「……え?」

 予想していたのと違う言葉に俺は一瞬どうしたらいいのか分からなくなった。

「彩夏さんは本当にここに居る皆さんを喜ばせようといつも必死に料理を作ってるんです。唯一の娯楽ですから……手抜きもせずに。さっきのおにぎりの材料だって、彩夏さんが用意してくれたんです。食事を取らなきゃ坂本さんが辛いだろうからって。食事に関して真剣なだけなんです」

 さっきの食事の意外な事実に俺は驚く。

「だから、嫌いにならないであげて下さい」

 頼子が頭を下げる。俺は何だか分かんないけど胸が締め付けられる様だった。

「分かったよ……。頼子さん。今度彩夏さんにあったらおいしかったですと伝えといてくれますか?」

 それを聞いて頼子が嬉しそうに顔を輝かせた。

「はい!」

 俺はその顔と、彩夏の行動を聞いた事で、本当にここは何なのか分からなくなって来た。地獄は間違いなく地獄だ。しかし、俺がイメージしていた物とは若干異なる。

 俺は牢獄に戻るまでずっとその事を考えながら歩いた。


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