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第一章 株式会社地獄

「かったい! 硬い! 何これ? ここは……どこだ……」

 俺、坂本一輝さかもとかずきは髪についた砂利を落としながら目を覚ました。

 そこは薄暗い部屋だった。石畳が敷き詰められており。ひんやりと冷たい。そして、どこか石の独特な匂いがしていた。

「兄ちゃん新人さんかい?」

 その時だった、暗闇から声が響いた。俺はそちらを見る。

「起きたのかい? 兄ちゃん?」

 目の前に現れたのは髭の生えたおじさんだった。大丈夫かと声をかけてくる。

「はい……ああ、体が痛い……あの~ここって何処ですかね?」

「ここかい? ここは地獄だよ」

 おじさんがそう言った。冗談だろうか? しかし、この状態で冗談など言われても一つも面白くない。

「いや、おじさん、そういうのはいいから。マジ教えてよ。ドッキリこれ? 結構しんどいんだけど、地面硬い!」

 いらいらして、地面を叩く。何故ここに居るのかがさっぱり分からない。

「いや~冗談じゃねえよ。ここは地獄だ。兄ちゃんは死んだんだ。そしてここにいる」

 死んだ? 何を言ってるんだこのおじさんは? 滅茶苦茶生きてる。俺は今、ガンガン生きてる。

「比喩? 何かの比喩ですか~それは? 確かにここ地獄みたいな環境ですけど。ここにいたら死にたくなりますけど!」

「ありゃ、兄ちゃん。意外と飲み込みが悪いな~。死んだ時相当ショックを受けたんだろうな~。まあ、最初はそんなもんか。しかし、兄ちゃん。ここは地獄でも最も厳しい、最下層だぜ? よっぽど悪い事したんだろうな~何したんだい?」

 おじさんが興味津々の様子で聞いてくる。

「悪い事って、何もしてないよ俺は! ていうか、そんな事言うならおっさんは何したのよ?」

「俺か? 俺は殺人だな~。二十人くらい殺したかな~」

 さらっとそう言うおじさん。

「ははは! おっさん冗談きついよ~。その人数は吹かしすぎだろ~」

 俺がそう言って爆笑していた時だった。俺の視線がおじさんの首筋のタトゥーに釘付

けになる。

「おっさんそのタトゥー……」

「おお、かっちょいいだろ?」

 俺はそのタトゥーに見覚えが有った。確かニュースにあったやくざ同士の抗争事件。その中で一人で相手の組に乗り込み二十人以上殺害したとされて逮捕された人物。

 獄門豪ごくもんごう。ニュースでも取り上げられ、今世紀最大の殺人鬼として一時期話題になった人物。

 顔もそっくりだった。というか本人だった。しかし獄門は確かついこの間、死刑になったはずだった。

「すんません!」

 とりあえず俺は土下座する。床に額を血が出るほど擦りつける。正直ちょっと漏らした。

「おうおう。いいって、いいって。ここに居るって事はお前さんも仲間さ。ここにいる連中は皆俺と似たようなもんだぜ」

 俺はおじさんに言われて周りを見渡した。暗闇に目が慣れたのか、はっきりと見える。そして、そのメンバーに愕然とする。

 そこには一度はテレビを賑わせた事の有る者達の姿があった。悪徳政治家。強盗殺人犯、連続放火魔、詐欺師集団のリーダー、後、やたら綺麗なお姉さん。

 犯罪者のオールスターだった。綺麗なお姉ちゃんは知らないが。どうして? どうして俺はこんな所にいるの? ていうか皆死亡を確認された方々だった。

「助けてええええええ! 俺冤罪なんです! 何もしてません! 怖い! ちょっとここ超怖いんですけどぉおおおおお!」

 鉄格子をガタガタといわせて叫んだ。しかし、その声は何処まで続いているのか分からない廊下に反響して消えた。

「無駄無駄兄ちゃん。誰も来やしねえよ。それに時間になったら向こうから勝手にやって来る……嫌でもな」

 そう言うおじさんの顔は汗でびっしょりだった。それは何かを恐れるようで。この人がこんな顔をする程の恐怖とは何なのか俺はそれだけで、やっぱり少し漏らした。

「お、お、親分! 何なんですか! ここは一体何なんですか!」

「だからさっきから言ってんだろ。ここは死んだ者が来るところ。罪人に罰を与える場所…………地獄だ」

 その時廊下からひたひたと足音が聞こえてきた。それが聞こえるとおじさんは壁際に汗を流しながら後ずさっていった。

 唾を飲み込む。あの廊下から一体どんな化け物がやって来るのというのか。牢獄の中が緊張感に包まれ、俺は廊下から目が離せなくなった。

 ひたひた……ぴた。

 音が止まる。俺は息を飲み込んだ。牢獄の住人達は形は様々なれど、皆一様に恐怖を覚えているようだった。

 ボウ! という音と共に松明に火がつけられ、それと同時に足音の主が姿を現した。

「お兄ちゃん! お姉ちゃん! おっはよ~! 朝だよ~起きてぇ」

 可愛らしい声が廊下中に響き渡った。

 俺は愕然として口をあんぐりと開けたまま固まった。

 そこに居たのは女の子だった。小さくて可愛い女の子。だが服装が若干おかしい。まるで鬼が島に居る鬼の様な格好をしていた。そして頭からは黄色い角が生えている。胸のネームプレートには結衣ゆいという名前が書いてあった。

「……こ、コスプレ?」

 俺がポツリと呟いた時だった。

「ば、馬鹿! 何て事言いやがる!」

 今まで慌てた様子を見せなかったおじさんが取り乱した様子で俺に詰め寄って来た。

「うわぁああ! な、何ですか?」

 おじさんのただ事じゃない様子に俺もうろたえる。

「……シクッ! ……シック!」

 その時、牢獄の外から泣き声が聞こえてきた。俺がそちらを見ると鬼の格好をしていた女の子、結衣ちゃんが泣いていた。

「ひぃいいいいい!」

 おじさんが悲鳴を上げて壁際に這って逃げていく。

「お、おい。おじさん!」

 俺は異常な様子に戸惑う。

「コスプレじゃないもん……」

「え? 何?」

 俺は結衣ちゃんに振り返る。

「コスプレじゃないもん! ちゃんと試験に合格した鬼だもん! 皆ちゃんと出来てるって言ってるもん」

 結衣ちゃんが目に涙を浮かべながら俺に訴えてきた。その様子は可愛らしく。俺はこれがドッキリか何かだと確信した。試験とはテレビの面接か何かの事なのだろう。

「なんだ~お兄さんびっくりしちゃったよ。きみ可愛いね~。とっても似合ってるよ。本当に子鬼さんって感じだね!」

 今までの恐怖から解放されて若干テンションが上がる俺。何にせよ安心した。殺人犯の人たちはそっくりさんのエキストラか~。

 そう確信して、牢獄から手を伸ばして結衣ちゃんの頭を撫で様とした時だった。

「子鬼じゃないもん! コスプレじゃないもん! お兄ちゃんのぉおおおおお、ばかぁあああああああああ!」

 結衣ちゃんが拳を俺に突き出した。俺は笑いながらそれを顔に受ける。

 その拳が俺の顔にめり込んで行く。

 あれ、おかしい、何で? 鼻が変な方向に、首、ていうか今俺、何処を見ている?

 走馬灯の様に意識が流れて行く中。俺は笑顔のまま吹っ飛んだ。それは本当に飛んだという表現が正しい。なぜなら俺の足は地面から離れ、俺はそのまま笑顔で牢獄の壁に激突したから。

 ズゴンという物凄い音と共に、壁一面に赤い絵の具が塗りつけられる。しかし、絵の具の材料は俺の赤い血だった。顔の半分が壁にめり込んでいた。

マジかよ……シャレにならねえ……俺死んじゃう? 俺死んじゃうの? おこちゃまに殴られて?

「ばかばかばか! もうお兄ちゃんなんて知らない! もう朝起こしてあげないんだからね!」

 そう言って女の子は走り去っていた。ぺたぺたと響く音。

 起こしてあげないって。俺永眠しそうなんですけど……俺が激痛を感じていると。

「おい、兄ちゃん。これで分かったろ。ここは地獄で、さっきの方はモノホンの鬼だ」

 こんな時におじさんは冷静に俺に話しかける。死に行くものへの手向けのつもりなのか?

「そ、そんな事より……タスケテ……死んじゃう」

 俺が涙を流して懇願すると。

「はあ~? 何言ってんだ兄ちゃん。お前は死んだからここに居るんだろうが。二回も死ぬわけねえだろ。ほら、もう起きろよ」

 そういって、砕けたはずの頭を叩かれる。

「いて! あれ? まだ俺生きてる?」

「あれくらいの傷ならすぐ治るんだよ。でも良かったなあの方が相手で、別の方だったらどうなってたか……」

 どうやらここは本当に地獄らしい。そして俺は死んだらしい。まだ頭は理解が追いつかないが体が理解した。さっきの衝撃といい。死の恐怖といい。間違い無くノンフィクションだった。

「あの女の子じゃなかったら俺はどうなってんですか?」

 俺の質問におじさんは思い出すのも嫌だという様に顔しかめる。

「……お前の前にここに来た奴だった。いきがった奴でな。ここで喚き散らしていやがった。その時いらしたのはここでも有名な方でな。もっとも残酷な方だ。おっと、これは絶対に口外するんじゃねえぞ」

 念を押すおじさんに俺は頷く。

「あろう事かそのお方にそいつは喧嘩を売りやがった。そうしたら、そいつはまず生爪を全部もぎ取られた。その後全身の皮を少しずつ剥がされ、体中を生きたままミミズみたいな虫に食われた」

 俺は唾を飲み込んだ。正直吐きそうになった。自分がそうなったかも知れないとぞっとする。

「しかし、一番恐ろしいのはそんな状態でも死ねないって事さ。そいつはそのままどっかに連れて行かれた。恐らく更に酷い責め苦に遭ってるだろうよ。兄ちゃんも気をつける事さ、この程度で済んだのは奇跡だぜ。それに兄ちゃんも気付いただろうが、死んでても痛みはあるんでな」

 確かに痛い。尋常でなく痛かった。今は収まっているが、もう一度体験しろと言われたら絶対お断りだった。

「まあ、ここの事はおいおい分かってくるだろうよ。まあ、この先にあるのは絶望だけだがね……」

 おじさんはそう言って壁際に戻っていった。確かにここに居る者達の表情は後悔や、苦痛、悲壮感。それら全てを含んだ絶望を浮かべていた。

「俺が一体何をしたって言うんだ……」

 分からない。全く分からなかった。まだこれが悪い夢の様な気がする。だってこんなに悪い人達と一緒に居るほど悪い事をしてない。人も殺してない。盗みをしたわけでもない。俺は何にもしてない!

 俺は鉄格子に手をかけうなだれた。こんな夢なら早く覚めて欲しい。

 そんな事を願いながらも俺が言う現実に目を覚ます事は無かった。


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