恋愛アプローチ
恐らく初めてかもしれない全篇女性視点
「はぁ……」
私は自分の椅子に座って肩肘をつき、ため息をついた。
授業の休み時間。移動教室だからのんびりと座っていられないけれど、それでもこうしてため息をつきたくなってしまう。
理由は分かっている。そして自覚している。だけど、それでもこう、上手くいかない。
内心で髪の毛を掻きむしる勢いで苛立っていると、友達が顔を覗き込んできてこう言った。
「ま~た失敗してる?」
「! な、何言ってるのよ!!」
「分かりやすいよ、本当あんた。ったく、あんたみたいな優良物件の告白にも似たアプローチを受けても気付かないって、」
「わー! わー!! わーー!!!」
恥ずかしいことを言われそうになったから慌てて遮ったところ、残っていた皆が一斉に振り向く。そこに“彼”の姿がなかったのは幸いだったけど、私はその友達に顔を赤くしながらも小声で怒った。
(な、何言おうとしてるのよ!?)
「なにって、あんたのふがっ」
思いっきり友達の口をふさぐ。でも周囲の視線は確実に集まっている。
それを認識している私は、内心で呼吸を整えて友達の口から手を放し、いつも通りの笑みを浮かべて「な、何もないわよ別に。じゃ、じゃぁはやく次の授業の教室へ行こう」と早口な上に一息でしゃべってからきびきびと教科書などを持って教室を出た。
私はちょっとした有名人だ。家が有名だからというのもあるけれど、私が何でもできる上に容姿も(ほかの人には悪いけど)ずば抜けているから。
そのせいで最初の方はどこか敬遠されていたけれど、ある出来事のお蔭でクラスに溶け込めるようになった。
どこか遠巻きに見ていたクラスメイト達も私に話しかける様になったり、遠慮が無くなってくれた。
――ただ一人、“彼”を除いて。
「おし、全員居るな。それじゃ、授業始めるぞ」
今回の化学の授業は実験。残念ながらなのか幸いなのか自分じゃわからないけど、“彼”とは別の班。一緒の班に成ったら嬉しくて実験どころじゃなさそうだから、どちらかというと幸いなのかもしれないなんて考えていると、先程私が口をふさいだ友達がニヤニヤと笑っているのに気付いた。
「なによ」
「さっきから視線がチラチラと向いてるって」
「!!」
「がっ!!」
「どーしたー、藤森」
「な、なんでもありません!」
「なら続けるぞ」
黒板に化学式を何事もなく書いていく先生を見ず、私は筆箱を投げてしまった友達に対し再び怒った。
(べ、別にみてないわよ!!)
(なら筆箱を投げないでよ……思わず悲鳴を上げちゃったじゃない)
(そ、それは、あんたが悪いんじゃない!)
(私はただ指摘しただ……ゴメン悪かったから筆箱投げる動作を今すぐ辞めて)
観念した友達は、しかしニヤニヤをやめない。
それに対し何かやってやろうかと思ったけど、実験をしなければいけなかったので顔を逸らすことで抑えることにした。
でも逸らした方向に“彼”がいたので、私は思わず視線を咄嗟にプリントの方へ向けた。
友達が声を殺して笑っているのが聞こえたけど、今の私には我慢する以外選択肢がなかった。
昼休み。
ふと気が付くと、“彼”はいなくなっていた。いつもの事なんだけど、とても気になる。どこで昼食を食べているのか、とんでもなく気になる。どんなおかずが好きなのかとか、とてもとても気になる。
こんなことを考えるのも、“彼”に対して私がとある感情を抱いているのを自覚してしまったせい。降格と一方的に悪い感じはするけど、そんなことはないと断言する。
「そんなにもやもやするならいっそのこと一緒に食べる約束取り付ければいいじゃん」
「そうよ。好きなんでしょ、『彼』のこと」
「ぶふっ!!」
一緒に食べていた友達にからかわれ、私は思わず唾を吹き出す。幸い何も食べてないからそんなに被害はなかったけど、騒がしかった教室が一瞬で静かになる。
弁当を食べる雰囲気じゃなくなった気がした私は、二人に対して怒りながら弁当箱を持って何も言わずに教室を出た。
こうして過剰に反応して周囲の注目を集めてしまうのは、きっと隠しておきたい気持ちがあるからだろう。自問自答しながら歩いてる私はそんな結論に居たり、ため息をつく。
それにしてもどこで食べよう。冷静になった私は今更になって自分で場所を無くしたことに気付く。
明日からどうしようかななんて心配をしながら歩く。視線を集めているのが分かるけど気にならずにそのまま。
せっかく友達が出来たのになにやっているんだろう……そんな後悔をしながらフラフラと校舎内を歩いていると、自分達の階の角に来ていた。何気なく横を見ると古ぼけた教室の扉が。
こんなのあったかなと思いつつ扉を開けてみたところ、“彼”が窓際で一人弁当を食べているのが見えたために扉を思いっきり閉めてしまった。
ガタン! と音が響いたことで我に返った私は、何をやったんだ私はぁぁぁ!! と頭を抱えて蹲る。
一緒に食べれるチャンスだったのかもしれないのに! 喋りかけるチャンスだったかもしれないのに!!
もうこれで全部不意になったこれから私どう生きていけばいいのよぉぉ! と思いながら弁当箱を廊下に置いてそのまま。
これが図らずとも以前の私と似たような状況になっていたと気付いたのは、声をかけられた時だった。
「なにしてるの?」
無機質ではないけど感情の籠ってない機械的な声。そんな声が私の頭上から聞こえてきた。
意気消沈していた私なのに、その声を聴いた瞬間心臓が高鳴る。恥ずかしくなる。でも、だからこそなのか、“彼”の顔は見れない。
泣きそうになって自己嫌悪に陥って。こんな惨めなままの表情で“彼”を見上げられないという固定観念にも似たものに囚われて。
そのまま黙る私。そのせいか沈黙は続いたけれど、不意に“彼”は言った。
「弁当食べていい?」
おそらく自分のだろう。そう思いながら「勝手にしたら」と棘のある言い方をしてさらに落ち込む。
素直にいえない。分かっているのに、言いたくて仕方がないはずなのに。
その落ち込んだ気持ちのままでいると、隣でぱくぱくと食べる音が聞こえたのでまさかと思い視線をちらりと“彼”の方へ向けると、私の弁当を食べていた。
「ちょっと!」
思わず顔を上げて弁当を取り上げる。彼はおかずを取ろうとしていた箸を宙に漂わせながら、それでも私の弁当に視線を向けていた。
それでも私は咄嗟に叫んだ。
「自分お弁当あるんじゃないの!?」
「食べ終えた」
そう言って見せてきたのは“彼”の弁当箱。丁寧に開けてくれて中身が空だというのを確認させてもらい、ようやく先程の発言の意味を理解した。
お腹が空いていたから食べたかったのだ私の弁当を。
なんだかおかしくなった。“彼”が目の前にいるというのに、不思議と緊張しないですんでいた。
今まで様々なアプローチをやってみたはずだった。友達に教えてもらったり、自分で調べたりしたそれらを実行してみたはずだった。
だけど“彼”はその悉くを無視した。思いっきり。
だから焦ったりしたけど、今の様子を見たら自分が空回りしていたのかもしれないと思えるようになった。そしたら、気持ちが楽になった。
「どうしたの?」
良く分かってなさそうな“彼”は首を傾げてそう訊ねてくる。
だけど私は今言わない。私が今すっきりした理由の大元を。私が“彼”に抱いている感情を。
それを伝えるのはまだアプローチが、地盤が固まってない。
そう結論付けた私は、取り上げた弁当を少し考えて彼の前へ置き、視線を合わせないように顔を背けて赤くしつつ「た、食べたかったら教室で食べるわよ!?」と誘うことにした。
これから頑張ってやろうじゃない。恋する乙女は強いわよ。
どうかよろしくお願いします