表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話

プロローグ



 ───昔の話。

 その時僕は、炎に焼かれる自宅を見ていた。


 深夜なのに、救急車や消防車が来て、辺りは野次馬で騒然としていた。

 後ろから僕を抱いていた腕は、母親のものだったのだろう。


 辺りは炎の朱で照らされ、昼間とは言えないものの、夕方くらいの明るさになっていた。

 自宅はもう、全焼状態で、しかも父が取り残されて───。


 父はもう、生存は絶望的だった。

 出火原因は、謎。家族の誰も煙草は吸わないし、放火でもないし、まるで空中から発火したようだ、というのが当時の見解だったらしい。


 その炎を呆然と見ていた僕は、炎の中に何か、得体の知れないものを見た。

 それが何かはわからなかったのだけども───後の、数年後に繋がるとは思っても見なかった。



プロローグその二



 ──少女は、戦っていた。


 目の前にいるのは、大きな『鬼』。


 夕暮れも終わり、太陽が沈んだ児童公園の一角。

 逢魔が時と夜の闇の境目の時間。


 街灯に照らされた、『鬼』。


 鹿のように枝分かれした角。

 鋭く尖った爪。

 その牙もまた鋭い。

 青みがかった肌。

 血に染まったような、真紅の瞳。


 目の前の少女に比べて、身体一つ分は違う、その体躯。

 だが、そんな事に恐怖を抱くこともなく、少女は落ち着いている。


 と、『鬼』が少女に向かって腕を振り上げた。

 その瞬間、少女の手の中に、長方形の紙が、手品のように現れる。


 左手の人差し指と中指で掲げ持ったその紙に、鬼の腕は振り下ろされる途中で止められた。

 そして、反対の少女の手からもう一つの長方形の紙が飛び、『鬼』の額に貼り付いた。

 その紙を核にして、眩い光が辺りに満ちる。


 ──光がおさまった後には、静寂を取り戻した、公園本来の姿があった。

 先ほどの『鬼』の姿はどこにもない。


「……ふう」


 少女は短い溜息をつき、髪をかき上げる。

 ここで誰かがいたら気付いたであろう。

 その頭の上にある、ピコピコと動く二つの物に。


 少女は知らなかった。

 その光景を、公園の入り口で見ていた人影があることを。



/1



 それは、いつもの日常のひとかけらである、ある日の夕方。


 帰り道にある交差点で信号待ちをしていた僕は、反対側に立っていた少女に、何故か目がいっていた。

 赤いワンピースに赤いランドセルの小学生二、三年生くらいの少女。


 何でもない風景。

 そのはずなのに、何故か違和感を感じた。


 と、僕の視線を感じたのか、その少女が、僕に笑いかける。

 ……数メートル離れた人の視線を感じるのは到底無理があると思うのだが、その少女は、確かに僕に笑いかけた。

 そして、赤信号の横断歩道に、一歩を踏み出す。


 横合いから、猛スピードで乗用車がつっこんでくる。

 だが、微笑みを浮かべたまま、少女は足を止めない。


 ───その瞬間、世界が反転したような錯覚を、僕は覚えた。

 先ほどまで僕の周りにいた人、車、それが、いきなり消えてしまったのだ。

 喧噪は消え去り、針の音すら聞こえそうな静寂が、辺りを包む。


 だが、横断歩道を渡ってきた少女だけは消えていない。

 なんだこれは、と思う間もなく、目の前にその少女が立っていた。

 くすくすと、空虚な笑みを浮かべたまま、少女は僕を見上げる。


「ねぇ、おにいちゃん……どうしたの?」


 生気を感じない、その虚ろな瞳に、僕の本能が恐怖を覚える。

 歯の根があわないまま、答えを返せないでいると。


「おにいちゃんって、あざがみけのひと?」


 小首を傾げて、少女が問う。

 その髪はおかっぱなのだが、所々が固まって……もしかして、これは、血、なのか?

 赤いランドセル……赤いワンピース……赤い靴……。

 これは、血で染まっているのではないのか?

 そう理解した途端、恐怖は倍増する。


「こたえてくれないんなら、わかんないよ?」


 小首を傾げたまま、少女がなおも質問をする……と。

 まさに、『ポロっ』という感じで、そのまま少女の首が落ちる。


「あ、おちちゃった」


 何の感慨もないその台詞は、落ちた頭が喋った。

 そして、毬つきをするかのように、少女の身体が、頭をつく。

 異様な毬つきに、僕の頭はパニック寸前だった。

 恐怖が全身を支配する。


 なんだ、この、非、日常的な世界は。


 小説かなにかではよくあることなんだろうが、僕はそんな物の主人公ではないぞ、と思っても、今のこの状態ではどうすることも出来ない。


 その異様な毬つきを見てるだけしかできない。

 手の上に、首を乗せて、少女が言う。


「うーん、なんのかんけいもなかったみたいだね、じゃあ……」


 にたりと、邪悪な笑みを浮かべ。


「───しんでくれる?」


 そして、目の前に、少女の首が迫ってきた……と思った瞬間!

 眩い閃光で、辺りが包まれる。

 瞬きをすることも出来ずにいた僕の目も、閃光に灼かれる。


「ギャーっ!!」


 その向こう側で、この世の物とも思えない悲鳴がほとばしっていた。

 閃光がおさまったそこには……青信号になった交差点の光景。


 立ちつくす僕をうさんくさそうに、あるいは邪魔な物を見るような目で、通行人が避けていく。

 ふらふらと、横断歩道を渡り終えた僕の目の前に、一匹の白猫が座っていた。


「にゃー」


 よく見ると、両耳だけが黒い。

 僕に向かって、心配げに……僕の気のせいかもだが……鳴いた後、夕暮れの町並みに消えていった。


「さっきのは何だったんだろう……」


 白昼夢……いや、もう夕方なんだからその表現は間違ってるのかもしれないが、にしてはやけにリアルだったあの感覚に身を震わせると、


「さて、帰ろう」


 僕は家への帰途につこうとした。

 と、足になにかが当たる。

 視線を下に下げてみると、七色の石を使用したブレスレッド? ような物があった。


「落とし物かな……?」


 つい、つまみ上げて見るが。


「警察に届けるのも面倒だな……」


 そう思い、ポケットの中につっこんだ。

 このブレスレッドを拾ったおかげで、あんな事に巻き込まれるとは夢にも思わず。


 ──でも、もしかしたら、これよりも前から物語は始まっていたのかもしれない。



 次の日、目覚めた時には昨日のことなんかすっかり忘れていた僕は、自分の腕を見て驚いた。

 制服のポケットにつっこんだままで忘れていたブレスレッドが、左腕にはまっていたのだ。


 しかも、ゆとりがあるにもかかわらず、何故か腕からどうしてもはずせない。

 数分ほど悪戦苦闘をしたが、結局取れないので諦めたあげく、遅刻する羽目になる僕であった。



 授業中、最後尾の席に座っている僕は、なにかの視線を背後から感じた。

 背筋の寒くなる思いって言うのは、こういう事を言うのだろう。

 ちらっと後ろを振り向いた僕が、そこに見た物は。


 ──血塗れで教室の窓際の隅に立つ、自分の学校の制服を着た少女。


「せんせー、なんかこの教室、寒くないですか?」


 他の生徒がそう言う。


「んー? 私は寒くないよー?」


 現在は九月中旬。

 残暑があるとはいえ、半袖でも過ごせる陽気、なのだが。

 その生徒には寒いですむんだろうが、僕にとっては血も凍る出来事で。


 昨日のことは夢ではなかったんだ、と気付かせるのには十分であった。

 しかし、その赤い血塗れ生徒には何もする気がないようで、結局、授業中そこに立ったままで、チャイムが鳴ると同時に消えてしまった。



「なー、晶よ」


 昼休み、向かいの席に座った、ぼさぼさ頭の眼鏡の少年が、苺牛乳を飲みながら僕に話しかけた。

 彼の名前は藤谷(ふじたに) 静也(しずや)


 一応僕の友人……ではあるのかな?

 入学当時からの知り合いでもある。


 いつもの日課を終えた彼は、ふてくされた表情で僕の向かいの席に座ったのだ。


「今日はおかしいよな」


 自分の弁当のシューマイをお箸でつまもうとしてた僕は、唐突なその言葉にシューマイを取り落とす。


「……な、何のこと?」


 動揺を隠せてない事に自分でも気付いていたが、何とか平静を装う。


「今日はなんか寒かったしな、発生源みたいなのは……ほれ、その辺りだったよな」


 あごでさすその先は……紛れもなく血塗れの女生徒が立ってた辺り。


「寒かったのは確かだけど、それと僕と何の関係が?」

「───見えてたんだろ?」


 その台詞に、内心の動揺を隠せない僕であったが。


「分からないよ、そんな話を振られてもね」


 なんとか返事を返す。


「まぁ、分からないなら分からないでいいよ。ただ……何があったかは知らないが、早めに何とかした方がいいぞ?」


 そう言うと、ひらひらと手を振り前の席から去っていく。


「何なんだ、一体……」


 僕にも分からないことが起こってるのは確かなのだが、それを何とか出来るような策がある訳でもない為に、憮然とした表情で、シューマイを口に放り込む僕であった。



 その日の放課後。


 結局、あれから何度かの異質な『モノ』との遭遇を経て、遅刻の罰として居残り掃除まで言いつけられ、さんざんな一日は終わった。

 

───実はこれから始まる、とは自分でも気付けなかったんだけど。

 夕闇迫る帰路についていた僕は、道路の端にいる『モノ』とは意識的に顔を合わさず──顔を合わさない、または意識しなければ、向こうも何もしてこないと分かった──いつもは通らない近道である児童公園を突っ切ろうとした。


 と、おかしな物が目に入る。


 公園の中央に水銀灯に照らされた、髪の長い、背の小さな少女の後ろ姿。


 その前に立つのは、まさに、『鬼』としか言いようがない怪物。


 背の高さすらも二倍近く違う、まさに『押しつぶされそう』という表現に相応しいその対峙に、思わず足が止まる僕。

 雄叫びをあげながら、腕を振り上げる『鬼』。


 その振り上げた腕を、片手の動作のみで少女は止める。

 ……なんて怪力なのだろう、と思った瞬間。


 眩い閃光が、辺りを灼き尽くすかのように広がる。

 思わず目を閉じた、その数秒後。

 目の中に光を感じなくなり、瞼を開くと。


 『鬼』の姿はなく、先ほどと同じように、少女が立っていた。

 と、その少女が突然振り向き、僕に向かってこう言った。


「──お兄ちゃん?」


 と。


 ──そう、声をかけて駆け寄って来たのは。

 僕の身長より頭一つ分小さく、腰までの漆黒の黒髪、紫がかった瞳を持つ、セーラー服の少女だった。


「違う、お兄ちゃんじゃ無い、でも……」


 ぶつぶつ呟く少女。

 そして『きっ』、と僕を睨み付けると。


「……あなた、何者ですか?」


 と、挑むように言ってきた。

 それは僕の方が聞きたい。


 と、少女の頭の上に、ピコピコと動く物を、僕は見つけた。

 それは、白い獣のような耳、いわゆる猫耳、だった。

 少女は、僕の腕に目をやる。


「その、ブレスレット……」


 と、目をみはる。


「どこで手に入れたんですかっ、どうやって手に入れたんですかっ、何であなたが持っているんですかっ」


 矢継ぎ早の質問をしながらせまる。


「い、いや、なんかわかんないうちに……」


 冷や汗をかき、後じさりしながら僕はそう答えるしかなかった。


「訳が分からないなら、何でそんな物をしてるんですかっ?」


 遂に顔が、僕の鼻先数センチに迫る。

 背が小さい為に、背伸びをしているのは間違いないのだが、そういう事に構っている場合でも無い事は確かで。


 当たり前ではあるが、そこまで女の子に顔を近づけられた経験は、僕には無い。


「所でさ、その頭のは何?」


 だから、強引に話を変えてみた。


「はうっ!?」


 言った途端、少女はまともに、数十センチ後ろに飛びのく。


「まだでてた……んですね」


 頭をかかえつつ、少女が言う。

 心なしか耳もぺたんとなっている。


「こうなったら仕方が無いですっ。あなたの記憶を消させていただきますっ」


 そう言うと、まるで手品のように、右手に長方形の紙を出現させる。

 一瞬の早業で、反応すら出来ずにいる僕の額に、人差し指と中指で挟んだ紙を突き付ける。


 驚いたことにその紙は、瞬き数回のうちに光の粒になって消えていく。

 少女は、訝しげに、首を傾げる。


「あ、あら?」


 そして、ぱちぱちと瞬きをして、


「効かない、ってどういう事……?」


 そう、呟く。

 予想外の事が起こったらしい。


 ぶつぶつ呟きながら、ちらりと僕を見る。


「ねえ、あなたは最近おかしな事にあわなかった?」


 突然の質問に、僕は面食らう。

 おかしな事、というと。

 

───あれ、しか思い浮かばない。

 その、微かな表情の変化に気付いたのだろう。


「その顔は、あったって言ってますね」


 僕は、素直に頷く。


「昨日から、なんかおかしな事が続いているんだ」

「ふむ……」


 唇に人差し指を当て、少女は思案顔になる。


「ブレスレットを拾ったのはいつですか?」


 そして、少女は僕に、問いを投げ掛けた。


「それも昨日だね……最初の変な事が起こった後に」

「うん、ちょっと話聞かないといけないっぽいから、私の家で話すことにしましょうか」


 話してる最中に、右手を上げて僕の言葉を遮り、少女はそう言った。


「多分込み入った話になりそうですからね……結界も張ったままですし」


 結界? と疑問符を頭の上に浮かべた僕に構わず、少女はその場でくるり、と一回転する。

 スカートと髪が、遠心力でふわりと浮き上がる。

 ───思わず、その仕草に目が釘付けになる。


 そして、少女が正面に向き直ったとき、右手に四枚の、先程目の前で見た長方形の紙を持っていた。


「これでよし、と」


 言いつつ、すたすたと歩き出そうと……して、びたりと止まって振り返る。


「そういえば……あなたのお名前を聞いてませんでしたね?」


 僕も君の名前、聞いていないんだが。

 実は、結構天然かもしれない。


「私の名前は、字の神に水に波って書いて、『字神(あざがみ) 水波(みなみ)』と言います。以後よろしくお願いしますです」


 そう言うと、ぺこりん、とお辞儀をする。

 丁寧な挨拶に、僕もちょっと焦ってしまう。


「えーと、僕は『水奈(みずな) (あきら)』。こちらこそよろしく……って、あざがみ……?」


 昨日聞いたような気がする名前だ。


「水奈、さんですか。なんか私の名前と似た苗字ですね」


 確かに。

 『みずな』と『みなみ』は何となく似ている。


「私の事は水波、でいいですよ……あ、いえ、呼び捨ては少し困りますけど」


 そして字神さんは、唐突にそんな事を言う。

 女の子の名前を呼んだ経験がそんなに無い僕は、まともに焦ってしまう。

 いや、例外も二人ほどいるにはいるのだが……。


「じ、じゃあ、水波ちゃん……でいいかな?」


 少しどもりつつ、そう言ってみる。


「はい、構いませんよ、晶さん」


 にこっと微笑む。


「さて、では私の家に行くとしますかね……ついてきて下さい」


 すたすたと、水波ちゃんは歩き出す。


 公園の入り口には、黒塗りの車が一台停まっていた。

 多分高級車なのだろう、車に詳しくない僕には分からない、が、ぴかぴかなのと大きいのは確かだ。


 水波ちゃんは、後部座席のドアを開けると、僕に先に入るように促し、その後に自分も乗り込む。

 そして、運転席の人に、


「お仕事が終わったから、家にお願いします」


 と、告げる。

 運転手は軽く頷くと、車を発進させた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ