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ラフィタ

 僧兵の宿舎に近い道を、ジーク殿が同じ隊の女性であるカルラと歩いていた。すれ違う人が、かなりの割合でジーク殿を振り返っている。先日の試合でジーク殿の評判はさらに高まった。話しかけているカルラの顔も上気している。


 ジーク殿が珍しく照れたような顔をしているが、カルラの場合はジーク殿に異性として好意を見せているわけではないだろう。今の内に釘を刺しておいた方が良さそうだ。


「ジーク殿。カルラも。このような所でどうされました」

「ラフィタ様」

「道に迷った所を、カルラに助けてもらったんだ」

「そうでしたか。

 しかしカルラ。ジーク殿とあまり親しく話していると、婚約者のエフレン殿が誤解しますよ」


 するとカルラは笑顔のまま言った。


「ジーク様は、あの宝石のように美しい巫女様方に慕われている方ですよ。そのジーク様が私とですか? エフレンがそんなことを言ったら、とっちめてやります」


 手を振って立ち去るカルラを、ジーク殿は戸惑ったような表情で見ている。


「カルラは武の道を究めようとしている、女性では一二を争うほどの腕です。ジーク殿の魔獣との戦いを目にした上、巫女の力を使わない先日の試合で優勝する姿も見ました。彼女がジーク殿に敬意以上の態度を示す理由は分かるでしょう」


 私の意図が伝わったのだろう。ジーク殿は少し気まずそうな顔をした。


「試合の結果は見事でしたが、見事過ぎたとも言えますね。彼らはジーク殿の代わりを探すことはあきらめたでしょうが、貴方への警戒はさらに高まったでしょう」

「そうは言っても、手を抜けるような相手ではなかった。試合時間こそ短かったが、次に戦って勝てるとは限らない。僧兵の長が『まだまだ未熟者だ』と言っていたから、負けるわけにはいかないと思ったんだ」


 すれ違った人が、驚いたような顔でこちらを見た。上級神官である私に対するジーク殿の言葉遣いを乱暴だと思ったのだろう。彼には私と話す時には敬語は不要だと言っている。


「イゴール殿は長の弟子ですから、評価が辛いのは仕方ありません。彼が初めて優勝したのは、長が10年以上優勝し続けて、出場するのを止めた年ですから」


 内密の話をするには、ここはふさわしくない。


「他にもお話ししたいことがあります。よろしければ場所を変えませんか」




「神官も、このような所に来るんだな」


 ここは教会の近くにある酒場だ。


「私達の神は飲酒を禁じていません。ここは僧兵達も良く利用しています」


 ただし、私達がいるのは店の奥の小部屋だ。私が酒を勧めると、ジーク殿はコップに注がれた酒を一気に飲み干した。ジーク殿はあまり酒に強くないようだ。数杯飲むと、顔は真っ赤に、目はうつろになってきた。


「やはり俺には女の気持ちが分からない」

「カルラのことですか。憧れなのか恋なのかは、なかなか判りにくいものですよ」

「しかし『美しい巫女様方に慕われている方』は無いだろう。彼女達が慕ってくれているのは確かだが、恋愛沙汰で引き合いに出されるような慕われ方じゃない」

「ニーナに女としての魅力は感じませんか」


 ジーク殿が急に厳しい顔になった。


「巫女の館で教育してきたからだろうが、ニーナは恋愛にあまり関心がない。ニーナは俺が何をしても拒まない。魂を重ねたことで俺はそれを事実として知っている。それでも彼女に女を求めるほど、俺は酷い人間に見えるか」


 ジーク殿のこぶしが強く握りしめられている。


「ジーク殿のようには考えない者もいるのですよ。前に巫女の役目は形骸化して行ったと言いましたね。あの子達の前では言いませんでしたが、巫女として選ばれる条件には容姿に優れているということもあるのです。霊魂の力の発現がなければ巫女には選ばれませんが、見かけが美しくなければ巫女に選ばれることはありません」


 唾棄すべき話だ。私が巫女の館に来てから、教会の腐敗を許せないと感じた理由の一つでもある。


「ニーナが例外的に巫女として認められたのは、力の強さだけではないのです。子供でなくなり力を失った後の巫女は、ワカミに妾扱いされる場合も多いのですよ。貴方があの子達のワカミになって良かった。私は神の導きだと考えています」


 するとジーク殿は、ため息をついた。


「やはりあなたも教会の人だな」

「どういう意味でしょう」

「ニーナ達が俺をワカミと認めた時、俺は彼女に嫌われたと思った。好意を持たれたと思うには、彼女の態度はそれまでと違い過ぎた。

 結魂の試練で彼女の心を理解したとき、俺は今まで感じたことがないほどの喜びで満たされた」


 それはジーク殿とあの子達のつながりの深さを示すものだ。


「しかし時間が経つほど、俺は何かが間違っていると思うようになった。ワカミの巫女となった二人は、ニーナとしての心、アイラとしての心がどこかに閉じ込められている。今すぐは無理だとしても、俺はワカミから彼女達を解放したい」

「それが本当にあの子達にとって正しいことだと思いますか。敬虔な信者には、その身を神に捧げ、神の御教えにのみ従って生きる者もいます。それは来世での救いを求めるだけでなく、今世での心の平安を求めるためでもあります」

「そういう話じゃない」


 私の目を見て、ジーク殿は言った。


「ニーナとアイラに彼女達らしくあって欲しい。俺がそう望んでいるんだ」




 ジーク殿の目つきが怪しくなってきた。

 そろそろと思い、私は話を切り出した。


「ジーク殿は、最近バルド殿の屋敷をお尋ねになったようですね」


 バルド殿は、次期教主候補の1人だ。


「ああ、知っていたのか。

 神官の言っていた教会の……偉い人だから、話しかけられても……避けていたんだ。最初は」


 舌が回らなくなってきている。


「それならどうして」

「俺の母は……治らないと言われている病気にかかっている。

 その……それを……。それに効く薬を見つけたんだ。ストイの医者が。

 俺はその話を聞いて、薬を……。だからこの国へ来た」


 そういえば、ジーク殿がこの国に来た理由を聞いていなかった。


「その医者が、ストイに魔獣が出たから、避難してこの町の……

 それが……その、なんだ……」

「それがバルド殿の屋敷なのですね。それで薬は手に入ったのですか」

「いや、薬を作るために……。

 必要なあれが……。

 俺に薬を……。

 条件を……」

「ジーク殿?」


 ジーク殿は酔って眠ってしまった。

 無理に目を覚まさせても、もう先ほどのように口を滑らせてくれないだろう。


 しかし、まずいことになった。

 ジーク殿の人柄を考えろと、母君のためなら何も惜しまないだろう。

 私にその薬が入手できればいいのだが。




 練武会以降、ニーナが思い悩んでいるようだ。心当たりのあった私は、あの子が一人の時に話しかけた。


「試合のことが気になっているのだね」


 ニーナは何も言わなかったが、その表情が肯定していた。


「決勝での槍の動きは確かに不自然に感じました。イゴールの最後の突きは、わずかですが穂先がジーク殿を避けたように私には見えました。ほとんどの見物人は気にかけず、優勝したジーク殿への称賛が絶えませんでしたが」


 ニーナは迷っている様子だったが、やがて口をきいた。


「試合の後、私はすぐワカミにそのことを聞きました。ワカミは自分の力だと言いました」

「しかし貴方は、そうではないと思っているのですね」

「……はい。私はあの時、確かにワカミから霊魂の力を感じました。アイラもそう言っていました。何度も魂を重ねた私達には、それが感じられるんです」


「つまりジーク殿には、貴方達の他にも魂を重ねる相手がいるということですか」

「分かりません」


 ニーナがジーク殿に対して疑いを持てば、この子達の結魂の力を損なうことになる。酒場でジーク殿から聞いた薬の話を、私はニーナに伝えた。


「ジーク殿は純朴な方だ。彼に全く悪意がなくても、周りの人間が彼を利用しようとしているのかもしれない」

「ワカミが私達に嘘を言ったとしても、それは私達を傷つけるようなことではないはずです。私はワカミの全てを受け入れている。そのことに変わりはありません。でも、ワカミは自分が傷つくことに対しては不用意です」


 ニーナは強い覚悟の表情で言った。 


「私がワカミを守ります」




 ニーナが私に教会の図書の閲覧許可を求めてきた。闇木のことを調べたいという。


「今まで多くの学者が闇木について調べてきたが、ほとんど成果はありませんでした。君に何か新しい事実を見つけられると思いますか」

「聖堂の壁に掛けられた織物をご存知ですか。とても古いもので、当時の戦争の様子が模様として編み込まれています」

「5年に一度だけ公開されている場所ですね。2年前に公開されたとき、君達や他の巫女と共に儀式に立ち会ったのを覚えています」

「アイラの話では、その織物の端に闇木のような模様があったそうです。先が3つに分かれた木のようなものと、その回りに幾つかの菱形が描かれていたそうです」


 よく覚えていたものだ。あの子の記憶力には何度か驚かされた。


「それが本当に闇木なら、魔獣が現れるずっと前から闇木はあったことになります」

「だから、織物と同じくらい古い書物を調べてみたいというわけですね。

 しかし教会の図書にそこまで古い物はありません。粘土板に書かれたものなら、古代の遺物として教会の地下蔵に収めていますが、その文字が読める者はいません」


 それでもいいとニーナは言った。私は地下蔵に入るための許可証を書いてニーナに渡した。

 ニーナはその後、ウムライに戻っている間はアイラと共にその粘土板を調査している。解読のために、教会の古い図書も読んでいるようだ。




 粘土板から闇木による厄災を解決できるかもしれない情報が得られたと聞いて、私はジーク殿と共に教会の書庫を訪れた。二人はまだ粘土板の解読を進めていた。


「ニーナ、これ」


 アイラが、読んでいた本の一か所を指差した。ニーナは開かれたページを読み、しばらく考えた後でロウ板に何かを書き込んだ。


「解読は進んでいるようですね。どうやって調べているんですか」

「古代王国の言葉は、ごく一部ですがこの国の言葉に残っています。教会の古い書物に書かれている今は使われていない言葉には、粘土板と同じものがあります。それを探して前後の文から、言葉の意味を推測しています」


 少し離れた机の上に、文字をびっしりと書いた数十枚の羊皮紙があった。


「この羊皮紙に書き写してあるのが粘土板の文字ですね。これだけの文字を一つずつ調べるのは大変でしょう。もっと人を集めて手伝ってもらわないと、二人だけでは何年もかかりますよ」

「アイラは粘土板の文字を全て覚えていますから、本に目を通せば粘土板の言葉を一度に探せます」

「これだけの数の、意味の分からない文字を全て?」

「アイラは元々頭の良い子だが、集中すると時々驚くような力を見せる」


 ジーク殿の言葉に、アイラは嬉しそうな顔をした。



「それで、闇木について何か分かりましたか」

「まだ分からない言葉も多くて、粘土板自体もかなり抜けていますが、闇木に関することだと思う文がいくつか見つかっています」

「貴方の推測が混じっていても構いません。分かっている所まで教えてください」


 ニーナの言葉をまとめると、こういう話だった。


 昔、死の森が森になる前の場所に小さな国があった。その国の住人が、ある小さな丘の地下に埋まっている大きなものを見つけた。住人はそれを掘り出し御神体として祭った。

 そのしばらく後に、御神体から歩いて一日ほどの何か所かに、壊れない木が生えた。人々はそれも御神体として崇めた。最初の御神体は『根源の物』と呼ばれた。何年か経つと御神体の近くでは、馬が普通より大きく強く育つことが分かった。

 国王は御神体の力で強力な騎馬軍団を作り、周囲の国を攻めて版図を広げた。


 その後のことを書いた粘土板はあまり残っていないが、王国が滅んだのは『根源の物』の力が暴走したためらしい。『根源の物』は、埋まっていた時に包まれていた物でもう一度包むと、その力を失った。



「つまり何百年か前に、『根源の物』からその包んでいた何かが外れて、魔獣が現れるようになったのか。それを戻せば闇木は生えなくなるということか」

「可能性はありますね。ニーナ。その包んでいた物について何か書かれていませんか」

「粘土板には、12の槍とか数え切れない盾とか、意味のよく分からない言葉も書かれていました。それと包んでいた物との関係は分かっていません」

「戻せないなら、その『根源の物』を壊せばいい。まずはその場所に行ってみよう」


 ジーク殿は死の森の地図を広げた。地図には、これまでに壊した闇木の位置が印してある。あまり正確な地図ではないが、それでも闇木の位置には規則性があるように見えた。


「森のやや南にあった5つの闇木は、ここにもう一つ印を加えれば六角形の各頂点になる。頂点から六角形の中心までは、森がなければ歩いて一日ほどだ。ニーナの言う『根源の物』は六角形の中心、つまりこの辺りにあるはずだ」

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