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第六話 エトワール、または舞台の踊り子その十三

「常にせめぎ合い拮抗しているんだよ」

「では」

「うん。悪が多いと思い嘆くことはないから」

「むしろ善をですね」

「悪を裁き。善を慈しむこと」

 このことをだ。十字は語りだした。

「それが人のやるべきことだよ」

「そうですね。それでは」

「まだまだ調べるよ。それじゃあ」

「ここで撮影したものは全てですね」

「うん。資料として残しておくよ」

 そうするというのだ。

「全てね」

「そうされますね。いつも通り」

「うん、そして」

「そのファイルは」

「全て撮影しておくよ」

 悪事の証拠に他ならないだ。写真もだというのだ。

「今からね」

「では今から」

「撮影して。そして」

 そしてだというのだ。

「今はここから去るよ」

「誰かが来ないうちにですね」

「うん、帰るよ」

 こう言ってなのだった。十字はだ。

 今この十階でやるべきことをだ。し終えてだ。そうしてだった。

 すぐに十階から去った。その後には何も残っていなかった。そのうえでだ。

 十字は教会に戻り画廊に入った。そしてそこで神父と話すのだった。

 画廊には今日も多くの絵が飾られている。どれも十字が描いているものだ。そのうちの一枚を見てだ。

 彼はだ。こう言ったのだった。

「この絵だけれど」

「踊り子ですね」

 一見すると幻想的な絵だ。絵は右下と左上で二つの世界が描かれている。右下の世界には陶然となって踊る少女がいる。その服はバレリーナの服だ。

 右下の世界は光で照らされている。しかしだ。

 左上の世界は闇ではなく何かしらの橙色のおどろおどろしい霧の如きものに覆われている。そこには別の踊り子の足が見える。そして何よりもだ。

 顔の見えない黒衣の男の姿が見える。その全身は見えない。しかしだ。

 男の姿が絵全体を支配しているかの様だった。少女に比べて小さく描かれているというのに。男は明らかに左上の世界、そしてそこから絵の世界全体を支配していた。

 その絵を見てだ。神父は絵のタイトルを述べたのである。

「エトワール、または舞台の踊り子」

「エドガー=ドガの絵だよ」

「そうだよ。僕が模写したけれど」

「その絵にあるものは」

「光、けれどそれ以上に」

「闇ですね」

「この男の存在こそがね」

 絵にいる顔の見えない男、まさにこの男こそがだった。

 闇でありだ。何を象徴するかというのだ。

「それなんだよ」

「闇。光をも支配する闇」

「踊り子は当時は。いえ芸をする者は長い間でしたね」

「パトロンが必要だったね」

「はい。ですから」

「この男はパトロンであり」

「華やかな世界を全て支配しているんだよ」

 絵の主役はだ。彼女ではなくだ。男だというのだ。

 そしてその男についてだ。十字は話した。

「華やかに見える世界でも実はね」

「闇が支配していますか」

「そう。それは全ての世界でそうだから」

 ありとあらゆる世界、それがだというのだ。

 こう話してだ。それからだった。十字はあの清原塾の話をしたのである。

「そしてね」

「そしてとは」

「あの塾も。表は普通の塾だけれど」

「実は違いますか」

「そう、闇が支配しているんだ」

 今二人が見ているその絵と同じだというのだ。

「そしてその闇こそが」

「理事長とその協力者達ですね」

「そう。少し見ただけでは気付かない」

 その闇にだというのだ。

「けれど。裏側から見れば」

「わかりますね」

「そう。そしてその裏側を見るのがね」

「枢機卿ですね」

「そのうえで神の裁きを執行する」

 十字は淡々と述べ続ける。

「それが仕事だからね」

「そうですね。しかしこの絵は」

 神父は踊り子の絵をまた見た。そうしてだ。

 眉を曇らせてそのうえでだ。こう言ったのだった。

「美しいのですが。本当に少し見れば」

「そう。少しだけだとね」

「しかしよく見れば実に」

「恐ろしいね」

「はい、とてもです」

 十字にだ。神父は答えていく。

「闇の恐怖がありますね」

「そう、闇のね」

「この絵はバレリーナのそうした世界まで描いたものですが」

「あの塾はね」

「人間の闇ですね」

「それそのものだね」

 現実にあるだ。それだというのだ。

「だからこそ何とかしないとね」

「神がそう思われていますね」

「そう。神は見ておられるから」

「では今回も」

「裁きを下す為に」

「御働き下さい」

 神父が十字に告げてだ。そのうえでだ。

 二人は礼拝堂で十字架の主に頭を下げた。そうして深々と祈りを捧げたのだった。



第六話   完



                 2012・2・17

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