10−10
「あっ、ベルさん!待って下さいですぅ!あと一つ、どうしてもお話しておきたいことがあったん、です、けど…」
東の勇者と視線を交わし、交わした後にふらふらとした足取りで宿に戻ろうとする人を止めようと、青紫の髪の女性は聞こえるように名を呼んだ。
が、どうやら聞こえなかったらしい。
町の中では追わないという彼女のルールを思い出し、それにしたってあれだけの意気込みを見せたのだから、気付かれたってもう少し追えば良かったじゃないですか、と。自分の用事をしばし忘れて彼女は思う。
その一方で、彼女が去った方向に片手を伸ばした体勢で、尻窄み調に声を発した己の妻を抱きしめながら。
「大丈夫なんじゃない?あの子なら。クルゥのスキル躱し続けたくらいだし」
と、西の勇者のキトラ・ヴェータが囁きついでに口付ける。
「キーくん…でも…」
「実際ああして生きてた訳でしょう?つまりアレを食べてないってことで、もしかしたら受け取ってないのかもしれないし。案外、勿体なくて取っておいたら腐っちゃったりとかしてさ、捨てるしかなかったのかもしれないよ?」
「あー…ですねぇ。言われてみれば納得ですぅ。勿体なくて食べられなかった線とかは、まんまベルさんらしいですぅ。……ほんとに大好きなんですねぇ」
腕の中でしみじみ語る、そんな女性の言葉の中に感じるものでもあったのか。
ふと口を噤んでしまった優しい勇者に、お返しですと彼女はそっと口づけた。
「不満なんかないですよ。キーくんの愛情は、誰に対しても真っすぐです。それにここは温かい。得られる筈がなかったものをキーくんは与えてくれました。だから皆、仲良く笑っていられます。これも幸せのかたちですぅ」
体をひねり、精一杯背伸びして、それでもまだ足りないと首に伸ばした腕を引き、ようやく触れたその唇にもう一度それを重ねて。
彼女はじっと、珍しくも戸惑いがちな彼の瞳を見定める。
「クライスさんはキーくんよりレベルが上だったんですよね?」
「ん、まぁ…。あの人は“勇者”の中でも上のランクにいる人だか、らっ!?」
言いかけたセリフのうちに、ほんの少し噛み付くような不意打ちのキスをかまされて。ハッとした青年は見上げる瞳に女の熱が泳いでいるのを見て取ると、浮かべた苦笑を獰猛な笑みに変えていく。
要するに「心得た」と。
そんな言葉を交わる視線に込めながら。
「新婚さんの“特権”ですね?」
妻達の間に引かれた暗黙のルールのままに、そんな可愛い事を言う細い彼女の腰を抱き。町の中へと———彼らのねぐらへ消えて行く。
明日の朝の見送りにこの妻は出られないだろうから。
代わりに行って、ついでに彼らを少しつっ突いてみようかな。
そんな事を思ったらしい勇者な彼はその翌日、うっかりと揶揄えないほど硬い雰囲気を纏った男と、声を掛けるのも躊躇うほどに落ち込んでいる娘を目にし……。
帰宅した際、結婚祝いと娘から貰った箱を差し出して、結局なにも言えなかった…と、可愛い妻に語ったという。
*.・*.・*.・*.・*.・*
———そんな事とはつゆ知らず。
勇者の嫁になりたくて。
異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。
正直、辛い現実に落ち込んでいる私ですけど。
はっきり「嫌い」と言われていない僅かな希望に賭けまして、涙でぼやける彼の背中を、もう少しだけ追おうと思います。
おっ。今回は残す後書きがないですね。
もし気になる所があったら遠慮なくコメントを入れて下さい。
それでは続きをどうぞ。




