10−9
段々と速さを増して交わる姿が見えなくなった勇者達の戦いは、さすが勇者!な気迫と共に静まっていく観客が見守る中で、不意にキトラさんが最前列の下の壁に激突し、勝敗を決したらしい。
それはそれは見事なめり込み具合で、ヨナさんと他数人の奥さん方が驚いて立ち上がったほど。
幸い怪我は無かったらしく、回復役のソロルくんが一度はその場に呼ばれたが、ソッコーでお役御免になっていた。
勇者って頑丈なできなんだなぁ…と感心しながら見ていると、横の方から「クライスさんはやっぱり強い人ですぅ」といつもの声が飛んでくる。それを切っ掛けに、「本当にね」「私、キーが負けるのを初めて見たわ」「勇者同士の戦いってあんなにすごいものなのね」「最後の方なんか、皆ぽかんとしていたし」「まぁキトラも頑張ったじゃない」などなどと会話が続き、またしても女将さんの一声で奥様方は帰りの支度をし始める。
「じゃあ、夜はクアラに集合ね。いつも通り私の名前で予約を入れておいたから」
「あ、すみません。私は少し顔を出したらすぐ帰らせてもらいます」
「気にしないで。小さい子供がいるんですもの。夜更かしを教えるには早過ぎるしね」
「私は先にキトラと一緒に晩餐会に行ってくるから、合流するのは遅れるわ」
「はいはい、それも調整済みよ。あぁ、そっちで飲んでくるなら注文するお酒の量を減らしておいた方がいい?」
「まさか!いつも通りでいいわよー。領主様のところで出てくるお酒と料理は美味いんだけど、量も少ないし空気が上品すぎて飲んだ気にならないわ」
「あなたってば…相変わらずねぇ」
「私は先にベルさんと何か食べて待ってますぅ」
「わかったわ。キトラからお金はたっぷり預かってるし、それもツケといて構わないから」
はいですぅ、とヨナさんは言葉を返し、じゃあ行きましょうかと私を連れて席を立つ。
どうやら夜は女子会があるらしい。
と、美味しいご飯の予感を胸に、最後に少し勇者様をチラ見する。
見慣れていたけど随分と久しぶりで懐かしい感じを受ける勇者様の後ろ姿に、やっと追いついたんだなぁと実感が湧いてきて。気付かれてもないみたいだし…と。見に来て良かったなぁと喜んでいる自分を知った。
それからさっさと闘技場を後にして、一度ヨナさんのおうちに帰り変身を解除する。
勿体ない、そのまま行けばいいですのに、と惜しむ言葉を貰ったが、キンキラキンなドレス様にシミを作るのは忍びない。食事の席でこの装いはハイレベル過ぎるのだ、と切切と語ったら、なんとか了承していただけた。
女子会とはいえ余りにも野暮ったいのは避けた方がいいのかも、と。熱気の残る空気を思い、着てみたくて買ったけど機会がなかったワンピースを引っぱり出した。化粧の方もごく控えめに。若くないとできないような高い位置でのポニーテールに、鏡の中の“若い”私は微妙な笑いを返して寄越す。
自分で言うのもなんだけど、これはやっぱり普通に可愛い。
そういやまだ十代だった…と艶のある肌を押してみて、苦笑を二回。
外身と中身が合ってないとかどんな詐欺だとツッコミながら、変な顔でこちらを見ているヨナさんに連れられて、一足先にお店の方へ。
黄金色の夕日が差し込む路地を歩いて、戦いの熱気がさめない賑やかな町の声を聞く。
ほどなく着いたお店を見れば、大きすぎない居酒屋で。あの装いを見ていた私は、奥様方が居酒屋さん?と変な感じを覚えてしまう。が、日が落ちた後、人数が集まって飲み会が始まると、何かものすごく納得できた。
奥様方はみんな美人だ。美人だが誰もがあっさりとした性格で、半分くらいは冒険者職についていたような人達だから、気兼ねとかあんまりしない。気位とかも高くないから、普通に食べておしゃべりをして、久しぶりの会合とお店の中の喧噪を楽しんでいるようだった。
それから少し時間を置いて、領主のところじゃ飲んだ気がしないからと豪語した奥さんが合流してきたら、そこから先は何故なのか飲み比べとかに発展していった。店主はもちろん他のお客さんもノリノリで、気付いた時には“誰が一番最後まで残るのか”という賭け事の種になっていた。耳を澄ませば、至る所から彼女らの名と今度は絶対負けんなよ!という応援の声が涌いていて、あぁ、これって茶飯事なのか、と女子会に初参加でも簡単に理解ができる。
彼女達が誰なのか、町の人だって知ってるだろうに。
こうも温かく受け入れられてる奥さん方が羨ましい。
しかも彼女らの結束はなかなかに気持ちが良くて、受け入れてくれる寛容さなど本当の家族のようだ。
——形態はハーレムだけど、ヨナさんてばいい旦那さんを持ったんだなぁ。
私の中でキトラさんの株が上がるが。
——まぁ、もちろん惚れないけどね。
と心の中で落ちがつくのと、当人が登場するのが偶然にも一致する。
「なんだ、またそれやってるのか」
と、カッコよろしく民族衣装を着流した勇者な人は、尻尾を振り振り近づいてきて、即席の賭け箱にチップを放る。
それから手前の席に座った奥さんから順番に、ハグしたりキスしたりと満遍なく愛を振り撒き、最後に“新婚”のヨナさんの隣に立った。
そのままニッと笑った顔で、「いやー、負けたわ。あの人だいぶ強ぇーのな」とこちらに語る。その綺麗な瞳の中に昨日の事とか思い出し、何とも言えない私は一言「怪我がなくて良かったです」と。
微妙な顔で言ったのを軽い笑いで受け止めて、キトラさんはついでな感じで私にだけな爆弾をぽろっと投下する。
「いまさっきあの人に、ここらで一番美味い酒を紹介してきたんだけどさ。二軒先のバーだし、うまくすれば会えるかも?」
——なんですと!?(☆Д☆)
それを全部聞く前に、ガバッと立った私の方に複数の視線が突き刺さる。
こんな近くで勇者様に“偶然”出会うシチュエーションに、ちびちび飲んでたお酒の勢いもあったりで、避けられてるかも?な不安を忘れ、勢い鞄を掴み出す。
呆気に取られた奥さん達とお隣のヨナさんが、一斉にポカンな顔で見上げてくるが。
走れ!!と思った私の体は、すでに戸口に向いていた。
「それじゃ、ヨナさん、そういうことで!皆さん、今日はご飯に誘って頂き、どうもありがとうございました!キトラさんも、ご飯ごちそうさまでした!」
いつかお礼に来ますから!と、はやる気持ちを押さえつけ、深々とお辞儀をしたならすぐさまそちらに駆け出した。
すると後ろで待ってくれというヨナさんの声がして「不慣れだろうからついでに送る」とキトラさんも付いてくる。そんな二人の気配とかを感じつつ、足を止める気のない私はさっさとお店の外へ出た。
——右か!?左か!?
きょろきょろ伺い、勇者様の気配を探る。
と、夜中近くにも関わらず人の多い通りの奥に、見知った黒が目に入る。
あれだ!と思った時にはもちろん、そちらの方へ駆けていた。
——10メートル!10メートル!隠れる物陰あるかなぁ♪
プライベートは追わないつもり。
でも偶然のシチュエーションはノーカウントでいきましょう。
随分前に心に決めた自分ルールを思い出し、こそこそっと付いていく。
やっぱり背が高いなぁ、とか。
いつもある大剣がない、とか。
こんなに人が歩いてるのに、どうして誰も気付かないんだろ?
何のお酒を買ったのかなぁ?
次から次へと湧いてくる久しぶりの心の声が、ドキドキという心音をかき消して。
ふと立ち止まったその人が、振り返るぞと思った瞬間。
久しぶりに近づいた勇者様の存在に、感無量な私は一瞬、息をするのを忘れてしまう。
それと同時に。
——お久しぶりです!
と、内心で叫んだ声は、急速に勢いを失った。
何故ならば。
しっかりと振り返り、ふとこちらを視界に収めた黒髪の勇者様。
背後の気配が私のものだと簡単に分かっただろうに、視線がどこか硬かった。
——え?あれ??……これ、って…つまり、その…拒絶でしょーか…?
と。見たことのない表情に、金槌でガーンと頭を殴られたような衝撃を受け、その場に立ち尽くしていたら。
フイッと体を元に戻して、スタスタ歩いて行っちゃうお人。
まさに、( ̄□ ̄;)!!な顔だっただろう。
それから、やっぱり何かの地雷を踏んだ…そう確信した私。
——まだ怒ってるの…?勇者様……
しばらくその場で固まって。
一体何をしたんだろうかと、意気消沈した私はフラフラと家路についた。
そのあまりの衝撃に、後ろから呼び止める声も聞こえないほど。
ショックを受けた私はその夜、お風呂場でぐずぐず涙を流し、疲れに任せて布団の中で目を閉じたのだ。