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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
10 大都市アーシア
97/267

10−8



——悪くない。


 踏み込んでは刃を交え、押し返されそうになったところで無理をせず離脱する。

 相手の方が力は上だ。レベルにも割と開きがある。

 だが、これまでの感触で速さは互角と推測できた。

 加えてこちらは“超幸運”の特殊スキルを持っている。


 西の勇者キトラ・ヴェータは、離脱したその隙をつき、思いのほか好戦的な黒い相手を見定める。


 美しい湾曲を持つ、シャムシールという片刃の刀剣に刻まれた精霊文字に魔力を通し。見定めながら、ニィッと笑う。

 揶揄(からか)う時にクルゥがよく言う“悪い表情(かお)”というやつを、今まさに浮かべているのだろうと認識しながらも。

 視界の端に見た顔を。地味ながら、なかなか綺麗にまとめて出てきた茶色の髪の女を思い、俄然やる気が湧いてくる。

 どう見ても今の彼女は、この試合のどうでもいいような事に関して、一人で笑みを湛えているようだ。

 これまでに付き合ったことのない、変わったタイプの女だとは思っていたが。好きだ好きだと言う割に、想い人が戦う試合をああも気にせず観戦してられるとは。

 もう少しこう、心配したり、どうしても勝って欲しいとか、祈る気持ちにならないものか。

 本当にあいつの事が好きなのか?と素朴な疑問が浮かんだところで、それならそれで良いのかと逸れた思考を試合に戻す。


——まぁいいさ。


 そっちがその気なら。


——覚悟しろよな。


 その隙をついてみせるから。


 ここ2、3日、クルゥに散々“彼女のこと”を聞かされて、興味本位に——けれどあわよくば愛する妻の友人に、発破をかける心算で——彼女に触れてみたけれど。

 触れた瞬間、直感で、彼女が何か世界にとって特別な存在なんじゃないかと…そういう妙な違和感を覚えたのだった。

 神々による恩恵を多く享受する“勇者”にとって、彼らとのつながりが他より深いためなのか、その気配には常人よりも敏いという傾向がある。

 神霊による加護然り。そしてクルゥが持っている“厄災の目”の特殊スキルも同様に。

 それが何かわからぬまでも、滅多なものを持つ者は妙な気配を振り撒くものだ。

 さて、ならばこの子には、一体どんな秘密がある?と気配を探ってみたけれど。掴みきれずにすり抜けて行く、経験の無い不思議なオーラ。


 何を隠し持っている?

 それとも彼女に“触れる”までオレに悟らせない配慮の意味は……。


 まるで「知る必要がない」と神が語っているようで、別に害意があるわけじゃなし、ケチくさいこと言うなよな、と。

 そしてそれに気付いた時は、思わず笑みを浮かべていたのだ。

 勇者(オレ)に悟らせない配慮の意味は、愛されているんだなというごく素朴な思いから。

 一見すると平凡な、どこにでもいそうな乙女を愛でる、この世界の神々は———。

 そんな風に考えて。


 あぁ、つまり、そういうことかと、腑に落ちなかった“理由”を悟る。


 もう一度そちらに視線を移し、間の抜けた顔をしている妻の友人の姿をとめて。

 まぁそちらがその気なら、ぼんやりしている隙を突き、オレという存在を強く意識に刻んでやるさ、と。


 聞いたレベルに見合うだけ、まだまだ動きに余裕を見せる対戦相手に視線を重ね、そろそろ本気でぶつからないかと交えた刃に力を乗せる。

 生来の性格か、はたまた若いせいなのか。大陸に散らばった勇者のうちにはどうしたって受け付けないタイプもいるが、前日の晩餐での会話だったり、こうして剣を交えてみての感想は“悪くない”。

 少し砕けた話をしても、剣先の動きを見ても、やたら真面目な男(ヤツ)だなぁと思いこそすれ、嫌いじゃない人間だ。様子見のつもりで仕掛けた変則的な切り込みだって余裕を見ながら弾いてきたし、そのやり方も一辺倒な方法ではなく、むしろこちらを楽しませるほど見事な返しだったのだ。

 あぁ、こいつは、危なげなくオレより強い。

 自分より強い相手と戦ったのは久しぶり。

 この時間がとても楽しい。

 何よりも、まだまだ上のレベルで戦えそうな所とか。

 久しぶりに血が滾るこの感覚がたまらない。

 まぁ、相手は同じ感覚を味わえてはいないと思うけど。

 本気でやろう、と誘ってみれば、段階を見て答えてくれる。

 本当に真面目な奴だ。それでも相手の深みを見れば、また違う側面があるのかも。

 野郎に興味はないつもりだが、機会があればこれからも付き合っていきたいと思えるくらい、中々の好印象。


 だが、彼女のことは別の話だ。


 そうして、さて、と距離を取り、次に掛けるべき言葉を決める。

 それを隙と取ったのか、追い打ちをかけてきた大剣の一撃を受け、近づいた黒髪に決めた言葉を囁いた。


「なぁ、オレが勝ったらさ。あの子をオレにくれないか」


 ついでに視線でそちらを示し、それが誰かを教えてやった。

 別に、相手の了承なんて必要ないとは思っているが、愛の女神の加護による勇者の魅了を撥ね除けた意志の強い彼女への、最後の餞(はなむけ)のようなもの。


——さーて。どう動くかな。


 なんて、軽い気持ちで思う反面、これで何の反応も見られないなら本当に望みはない。

 人の目を引く黒髪の、東の勇者、クライスは。

 戦闘中に視線を逸らすこちらの気配を受け取って、同じように灰色の目をふとそちらに傾けた。


——どうかなぁ?


 と様子を伺い、伺いながら次の踏み込みの姿勢を取るべく一度その場から離脱する。

 半ば以上の想像通り、クライスはチラリと向けた静かな視線を、何事もなかったかのようにすぐにこちらに向けてきた。

 そして再び離れた距離を詰めるべく踏みこんだ。

 

——あーあ、彼女、脈無しか。


 何となく可哀想。けれど、ある意味ありがたい。

 これで想い人の方から先にアプローチの公認を貰った訳だ。

 それじゃあ遠慮なく売り込もうかなと、取った姿勢で魔力を纏い、こちらに近づく相手と同じ、懐深くを狙い定めて最大速度で踏み込んだ。


 悪いけど“勝ち”は貰った、と。


 だがそこで、勝利への強い確信を抱いた頃に、思いも寄らない事態が起きる。

 ぐんと近づいた互いの距離に、勝ちを思った瞬間に。

 クライスはほんの少し前、何の気もなしに戻した視線を、再度そちらに向けたのだ。

 しかもそれとはっきり分かる、明らかな惚(ほう)け顔をして。


——って、おいおいおいおい!


 待て!

 見るな!!

 こっち向いとけ!!!

 んな無防備でこの刃を受けたら、いくらあんたでも血が出るぞ!?

 めまぐるしく動く思いに内心で激しく突っ込むも、もうこの距離では到底止まれない。出し過ぎた速度を悔やみ、どうしたらいい!?と自問しながら、冷静な自分がすぐに一番マシな結論を出す。


——ここまで来たら仕方ないだろ!


 少し深い傷になろうが、変に軌道をずらすより痛みのほどがマシな筈。

 この局面でいきなり呆けたあんたが悪い!と、ぶれた剣先を元に戻して、同時に痛みを緩和する“麻痺”のスペルを脳裏に描く。

 そして得物の切っ先がその懐に着刀する寸前に。 




「っ!?」


 うめき声もあげられぬまま殴り飛ばされた現実を、僅かな浮遊に強烈な背中の衝撃を伴って、目をしばたかせたあたりでようやく悟ったという急展開。


——嘘だろ……あり得ねぇ…。


 この短時間に思いも寄らない事態が二回。

 闘技場の壁に埋まって引きつった顔を上げると、あからさまに“しまった…”という顔をしたクライスが。

 すぐに駆けつけ、「すまない。どこまで無事だ?」と問うた姿に、あんた今の一撃は本気で無意識だっただろ…な言葉を飲んで、視線で語る。

 おそらくそれを目で追えたのは奇跡に近い。その速さの水準にレベルが足りていなくても、瞬発的な速さというのに特化している獣人(オレ)だからこそ、ギリギリ見えたということだろう。

 その瞬間、こんな間合いで緊張感を台無しにしやがって、と、引けない速さで踏み込んだ視界の中に鈍色(にびいろ)が。あれは何だと思うのと、あれは柄だなと思うのが同時に起きて、次の時には飛んでいた。つまり、柄を握った拳で“無意識に”叩き落とされた。

 なんだよ、それ…と肩を落とすが、相手の力量を見切ったのだと勘違いした自分が悪い。クライスは値踏みしたより上の速さが出せたのだ。

 そういう意味では極めて正しい“敗北”だった訳なのだが、負けと知ってもそれほど悔しく思わないのは、当人が本気で気付いてない事に先に気付いた優越感、みたいなものか。


「本当に悪かった」


 と、心底すまなそうな顔をする根っから真面目な対戦相手に、大丈夫だ、と片言返し。生暖かい視線を向けるくらいのことならば、まぁ普通に許されるだろと自然と笑みが湧いてくる。

 どうやら所持する“超幸運”は試合の勝利ではなくて、これだけの打撃を受けても無傷で済んだという方に発現してくれたらしい。

 その事もまた一層らしくて、差し伸べられた手を取りながら肩越しに彼女を見遣り、別の苦笑が湧いてきた。

 これだから全く…と。


——“愛娘”には敵わない。

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