10−7
そして到着した場所は、少し不安になるくらい、恐ろしいほど混雑してました。
ドレスで浮くか?と思った場所は似たような人が意外と多く、私程度のキンキラキンは全く問題無いようで。むしろあまりのカラフルさ、柄の派手さに、負けたかも…orzと思うほど。
軽く打ち拉がれていた所、ヨナさんはいかにも要人受付な豪華な部屋に消えていき、すぐに私を手招いた。
「ベルさん、ごめんなさいですぅ。あと一試合でキーくん達の試合だそうです。急ぎましょう」
そう言われ、いかにもな要人通路を小走りで駆け抜ける。
一つ角を曲がった所で見知った緑を見かけたのだが、少年はこちらを知るとまるで貴族を扱うような丁寧な礼をして、親切にも通路を譲ってくれた。
なんだ意外と空気を読める子だったか。だがまぁ、相手が私だと気付いていない雰囲気からして、本質を見る能力とかがもう少し足りなさそう…。とか、ちょっと失礼な事を思ってすれ違いざま会釈を返す。
背後でこちらを不思議そうに伺った少年の気配がしたが、呼び止められたりしなかったので、やっぱり気付かれなかったのだろう。
それからは誰にも会わずに用意されている観覧席へ———西の勇者キトラさんの関係者専用の特別席へと到着し、二人で空いてる席へと腰を下ろした。
するとすかさず。
「ちょっと遅かったじゃないの、ヨナ。あんなに早く宿(うち)を出たのに」
と、赤い衣装を纏った黒髪美人が声を上げ。
「ごめんなさいですぅ。凝り始めたら楽しくなってしまって」
と、ヨナさんが苦笑する。
その横で聞いた声だと何ともなしに視線を向ければ、あれ?この人、お世話になってる宿屋の女将さん?な女性がそこに。
そのうちこちらの視線に気付いて、その人がニッコリ笑う。
「そう硬くならないで。皆の事は家族だと思って頂戴」
今日は楽しんで帰ってね、とまで言われてしまい、混乱する私はそこで恐る恐る辺りを見回した。
女将さんの言葉を受けてキトラさんの奥さんとおぼしき方々が、チラチラ・ニコリな背景音で私の方を伺っている。観覧席には女将を含めて七人の女性が居るので、ヨナさんと私が最後に着いたということだ。
それにしても、前の世界じゃハーレムは五人以上になると和やかな雰囲気に、とか耳にした事があるけれど。だとしてもこの雰囲気は居心地が良過ぎるような…と、あまりにも柔らかい奥さん方の関係にこちらがビックリしてしまう。
彼女達は和気あいあいと、果物を配ったり、飲み物を配ったり、子供達にお菓子をあげたり、皆で談笑してみたり、と、楽しそうに過ごしているのだ。女のいがみ合い的なドロドロの何かの気配が微塵も感じられなくて、本当に一つの家族のようだった。
観覧席を走り回る、ある女性の子供とおぼしき双子の女の子達は、どう贔屓目に見たところで明らかにキトラさんの子供とは思えないのだが。
まぁ、勇者な人たちは自分の子供を持てないことが多いので、やっぱり違うんだろうなぁとか。
子供は女性の連れ子かな。何となく苦労してきた雰囲気の儚そうな美人さんだし、いろいろ訳がありそうだ。それを含めてキトラさんは懐に受け入れたのか…と、西の勇者の印象がガラリと変わる。
そこで少しハッとして、失礼と思いながらも他の人たちを観察すると、やはりというか何ともいえない“訳あり”な雰囲気がそこはかとなく漂った。
——キトラさんは思ったよりも、人の大きい勇者なのかも。
これだけの女性を抱えて、彼女らに深い溝を作らせないのは、もうそれだけですごいことだけど。
男気か?甲斐性なのか?それとも夜の…と話が妙な方向に傾き始めたその瞬間、ワアッと観客が沸き立って先の試合の終わりを告げる。
「いよいよですねぇ。キーくんとクライスさんの親善試合。あ、ベルさんもどうぞですぅ」
「ありがとうございます。わ、このお茶、美味しいですね」
「気に入ったならブレンドのレシピあげるわよ」
「おぉっ、それは是非とも頂きたいです」
「わかったわ。後でヨナヨナに持たせるからね」
「どうもありがとうございますー。そういえばヨナさん、今、親善試合って」
名前も知らない奥様達の和やかなムードの中に普通に混ぜてもらいつつ、前の試合の後片付けと次の試合の準備をしている闘技場へと視線を落とす。
初耳だったが、勇者同士の試合というのは親睦を深める類いのイベントらしい。そこのところを少し詳しく!とおねだりすると、心得ましたという顔でヨナさんが教えてくれる。
「アーシアでは昔から闘技が盛んでですね、武術や剣術に心得があるのなら来るもの拒まずで、大陸中から人を集めて大会を開いてきたんですぅ。でも、こういうのってやっぱり勇者が一人混ざると、なんだかんだいいながら結局優勝してしまったりしますから。変な話なんですが公平性を鑑みて、勇者職は長いこと不参加だったらしいのですよ。でも、せっかく勇者がいるのなら卓越した技とかを見せて欲しいと思いますし、不躾を言いますと勇者の中でも誰が一番強いのかとか、みんな気になる訳なんですね。それでアーシアの領主様は大陸中の勇者に声を掛けて、一年に一回の剣武大会に、一組ないし二組の勇者を招いて彼らの試合を取り持つそうですよ。それが勇者同士の親善試合という訳ですぅ」
という事だ。
それを聞き、あー、なら勇者様達がずっと西を目指していた理由ってこれだったのか、と。
そして内心うっすらと、だとしたらこのところの“すれ違い”って私が本気で見放された訳じゃなく…単に、この大会に遅れそうだったから?……なんて、期待してみたりして。
そんな私にヨナさんが。
「キーくんとクライスさん、どっちが勝っても恨みっこなしですよ」
なんて、可愛い顔で言ってくるので。
「当たり前じゃないですか!でも、私は勇者様を応援させてもらいます」
と、照れ隠しに拳を握って熱い声で答えてしまう。
「ベルさんてば、勇者様って…キーくんも“勇者様”なのですよー?」
途端に苦笑で返されたヨナさんのセリフには、言外に「彼を名前で呼ばないの?」と被せてあったけど。名前で呼ぶのは恥ずかしいし、名前で呼べるほど親しくないし、名前呼びを許されてはいないし、と。こちらも苦笑でそれを返すと、頑張って、とポンポン優しく肩を叩かれた。
それを見ていた奥様ズが、興味津々と私と勇者様の関係を根掘り葉掘り聞いてきて。
赤いドレスの女将さんが皆に試合開始の声を掛けてくれるまで、久しぶりの彼の姿をじっくり見ている暇がなかった。
「ほら、皆、始まるわよ!」
女将さんの一声で、奥様達が向かい合う二人の勇者に視線を落とす。
観覧席の端っこで、キンキラキンの私も同じく向かい合う彼らに視線を落とす。
勇者の関係者用に設けられている特別席は観席の中段で、彼らが立つ地面から近すぎず遠すぎず。
闘技場は前の世界の某国にあったコロッセオのように円状で、観席が階段状に設けられている。そしておそらく場外というルールがあるのだろう。戦う場所はまんま地面という訳じゃなく、そこに置かれた正方形の石台の上である。
種族による身体の特化に始まって、スキルや恩恵、果ては勇者の存在などと、身体能力の天井がいろいろおかしい世界であるために、設置された石台はかなり大きいものである。戦闘中に二十メートルくらい吹っ飛ばされても、踏ん張れば余裕で地面に落ちない安心な設計だ。
そんな戦地を取り囲む観席の最前列は、石台の3倍ほどの高さを持った壁の上から。遠目なのではっきりとはわからないが、台の高さですでに1.5メートルくらいはありそうなので、普通の大人がそこに立った状態で仮に壁まで吹っ飛ばされても、観客にはぶつからないような造りになっているという訳だ。
ちなみに今居る特別席は他の席に比べると椅子幅もゆったりで、実は屋根とか付いてたり。プライベートスペース感が満載で、ちょっとした小部屋のようだ。さらには両横の柱と柱に渡された金属の棒の所に、ヴェールのような薄手のカーテンが掛けてあり、中に座る人達をさり気なく隠してくれる。後ろは壁で、そこの入り口には警備の人が居るという気の使いぶり。ちょっとしたセレブ気分を味わえる。
そんな小部屋が東西南北きっかり90度の間隔で設置されていて、対面にはおそらく勇者様のパーティが。勇者同士の親善試合は今年この一組だけらしく、両隣の小部屋には貴族っぽいが気さくそうな家族が一つと、商人っぽいお金持ちな雰囲気の人達がそれぞれ腰を下ろしているようだ。
いかにもなお貴族さまや王族さまな人達は、さらに上段に設けられた豪華な大部屋に間仕切りを以て座しており、向かい合った二人の勇者を興味深そうに見下ろしている。
「あの黒髪のかたが東の勇者さま?」
「そうですぅ。ベルさんがべた惚れしてる人ですよー」
「キトラとはタイプが全然違うのねぇ」
「ほんとだわ。キーより少し年上かしら?なんだかすごくお堅そう」
「あら、でも素敵な人じゃない。たしか東の勇者さまって貴族階級の出身よね?許嫁がいたりしないの?」
「あ、そこは大丈夫みたいですぅ。なんでも、おうちの方針が“結婚相手は自分で見つけること”らしくって。婚約者の類いの話は上がった事がないんですぅ。それにラーグネシアのお姫様が目を光らせているようで、クライスさんに求婚しようとした貴族(いえ)は端から潰されているそうですよ」
「あらあら、それは怖いわねぇ」
「ラーグネシアのお姫様って、愛の女神の加護を受けてる?」
「はいですぅ」
「まぁ。じゃあ、あの、至上の美と謳われているお姫様がライバルなのね」
「地位に権力にお金に美貌!全部あるなんて、なんて高い壁かしら!この状況、燃えるわぁ♪」
「ならそこは、何としてでもベルさんに勝って頂かないと!」
「ロマンスね」
「ロマンスだわね」
「これ以上ないロマンスですよぅ」
「なんだかすごく楽しみだわ。ベルさん、私達みんなで応援するから、頑張って彼を射止めて頂戴」
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って。
おいおい、皆さん。戻っておいでよ。
いやいや、それより、その前に。
ヨナさんってば、なんでそんなこと知ってるの…?(((゜Д゜||)))
誰が誰だかわからぬうちに、ポンポンポンと会話が弾み、気が付けば奥様達の16個の瞳がキラリ。
——ちょっ、こっち見ないでくださいっ!その期待、今の私には重過ぎますって!!!
あわあわと焦りつつ、それでも彼女等の眼力に否と言わせぬ強さがあって、「頑張ります…」と小声で返す。と、奥様達は取りあえずだが満足したご様子で、剣を交え始めた二人の勇者に視線を戻したようだった。
そのうち特に熱心に試合を観戦していた美女が。
「あっ、馬鹿キトラ!そこで踏み込んじゃだめでしょう!」
とか、時折声を発したり。
同じタイミングで頷いた隣の気配を感じつつ、八人のうちの何人かは腕に覚えがあるらしい冒険者な職の人だと当たりをつける。
親善試合の名の通り、交わる軌跡はいつもと違い、ゆっくりとしたものだった。
まるで気楽な打ち合いで、ちゃんと目を凝らしていれば剣や体の運びから、足さばきまで辿れるくらい。
勇者様の誠実な剣運びの合間を縫って、いかにも身軽なキトラさんが見事な動きで突きを出す。勇者様はその突きを危なげなく躱した後に、あっと驚くカウンターを繰り出して。しかし動きを読んでいたっぽいキトラさんは曲芸で、軽々と窮地を脱して観客の声を引く。
二人共、なんて滑らかで無駄のない動きだろう。
それに息がぴったりで、剣先を結び交わることを楽しんでいるようにも見える。
青春というには少し歳が上めの二人だが、運動部の爽やかな練習試合を見ているようで、どことなく胸がキュンとする。
——若いっていいなぁ!
滴る汗がある意味ごちそう、なんていう腐寄りな事を思いつつ、打ち合いの中の切っ掛けで速度を上げた彼らの動きを何とか追おうと目を凝らす。
今のところの感覚的には早送りした時代劇の殺陣(たて)のシーンを見ているよう。
レベル15でこの戦いをどこまで追えるのか。
この目に段々彼らの動きが捉えられなくなってしまうのだとしても、余りに早い段階でいつもみたいに残像に変わってしまうのは勿体ない。こんなことなら、もっとレベルを上げておくべきだったかなぁ、とか。内心で惜しんでいると、そんな声を聞いたように、彼らはだいぶ長い時間スピードを上げる事をしなかった。
それを普通に考えた時、あぁ、観席のお偉いさんにもちゃんと試合がわかるようにか、なんていう当たり前の配慮に気付き、一人でふふっと笑ってしまう。
それと時を同じくし、一段と速さを増した彼らの動き。
今までの太刀合い(たちあい)があからさまにお遊戯でしたな勢いで、切り結ぶ度に速度を上げていく。
初めは「いいぞ!」「もっとやれ!」「勇者なんだからまだまだいけるだろ!」なんて野次を飛ばしていた観客達も、彼らの動きが自分の能力を越えた辺りで言葉を飲んで、賑やかだった会場が段々静かになっていく。
ヨナさんも途中までは頑張ったみたいだが、今となっては苦笑を零すだけ。
それを見ていたこちらの視線にふと気が付くと。
「あの戦いがちゃんと見えている人は、この会場にどれだけいるんでしょうかね〜?」
そんな間延びした問いを寄越して。
「勇者様のパーティ・メンバーはレベル80台の筈なので、追えているんじゃないかな〜と思いますけど…」
他の観客でいいますと、ぱっと見で見えている人はいなさそうな雰囲気ですね、と。
何となく置いていかれた一抹の寂しさを感じつつ、こちらも苦笑を零しながら彼女に向かって小さく返す。
決着が付くのはいつだろう?
キトラさんのレベルはいくらくらいなんだろう?
結局勝つのはどっちだろう?
そんなことを考えながら、私は試合を見守った。
※腐寄り(ふより):腐女子寄りな…な感じでどうぞ。