10−6
そして翌日。
朝、目が覚めて宿屋の部屋でぼーっとしてると、ヨナさんがすぐにやってきた。
剣技や武術を競う大会、いわゆる個人の強さというのに順位をつける大会がこの町であるらしく、一緒に見ようと言われたことは覚えていたが、こんなに早い時間から始まるとは聞いてない!と、彼女の姿に気付くなり私の意識は跳ね起きた。
少し慌ててよそ行きの服を引っ張り出すも、実は着て欲しい衣装があるからと、そのままでいいと言われてしまう。
闘技場に行く前に、自分の家の場所とかも私に教えておきたいと。
取りあえず早く早くと急き立てられて、意外に思える強引さとかにちょっとだけ驚いた。
昨日の夜の事といい、こちらはいろいろ複雑で消化不良な感じだが…。
ヨナさんの方は昨夜の事情を聞かされていないのか、それに関して何も触れずに私の腕を引いていく。
せっかく会えて、一昨日はとても楽しく幸せな気分だったのに。
——今日の私は“ずどーん”な背景音が似合いそう…。
そんなことを考えながら女将さんに見送られ、裏通りから大通りに出て反対側の裏通りへと促されるまま足を進める。
まだ朝は早いのに、町の中は大会の影響なのか人通りが多いよう。
屋台や出店の準備の人はもちろんのこと、物々しい装備を纏った選手っぽい人たちが闘技場のある方角へとノロノロ歩いて行くようだ。
予選でもあるんだろうか?でもそういうのって人数がかさばりそうなものだから、何日か前にやってそうな気もするけれど。
そういやこの町、闘技場が四つもあるんだったなぁ…と簡単な観光マップを思い出し、場所の余裕があるんなら飛び入り参加もモノ種かぁと。
番外の面白みとかを受け入れられる主催者(領主)が居ると、このくらい町は発展するし、温かい気候というのはもうそれだけで住む人々を陽気な性格にするんだなぁ。ただ、人が増えるという事は危ない人も同じように増えてくるという事だから、良い事だけで治まる話ではないだろうけど。
と、人の流れに目を光らせる自警団っぽい人たちを流し見しつつ考える。
——それにしても、勇者同士の対戦かぁ…
ヨナさんと遊んだ時にちらっと耳に入った言葉、勇者様も大会に出場するという話は、本当は知らない訳じゃなかった。単に、ここは町中だから…と見に行くのを躊躇っただけ。公共の大会だし、こそっと端で見るくらいなら良いんじゃないかと思ったのだが、なんとなく、そう、なんとなくだが許されないような気がしていたのだ。
今は遠くに居た方がいいんじゃないか、といいますか…。
もしかして近寄っちゃいけないタイミングなんじゃないかなぁと。
ここしばらく続いてしまった“すれ違い”に、引っかかりがあったというのもある。
なんとなくだが、意図的に避けられている…?みたいな空気。
本気で距離を置きに来られたなー…(遠い目)。 というような、どことなく気まずい何か。
それこそ追いかけ始めた最初の頃は、成人男性3人のパーティだったし、移動はいつも容赦無しに振り切られるペースだったんだけど。いつの頃からか諦められて、移動速度は早くなくなり、それとなく気を使われている雰囲気が漂った。
ぱっと見、いつも無表情だし、どんな美人にも素っ気ないけど、真面目で優しい勇者様の事だから。モンスター・フィールドやダンジョンで、私が孤立してしまう事とかを気に病んだのだと思うのだ。当時の私は「なんて良い人!!」と、その善意につけ込…じゃなくて、その気配りをありがたく享受させて頂いたけど。まぁ、勇者パーティの近くに居るとトラブル率は上昇するが、安全率は普通に高いから。
そのうちさすがに見て見ぬ振りとか出来なくなった二人——ライスさんとレプスさん——には、話しかけられるようなこともあったりで。その流れで彼らとは少しずつ仲良くなって、足りなくなったアイテム類を譲るような機会も増えた。
失意の森に行くまでは特に接点もなかったけれど、その後は「ちょっとこれイケるんじゃない!?」な距離短縮があったのに。浮かれた私は気付かぬうちに、勇者様の何かの地雷を踏んでしまったようなのだ。
嫌われるなんて絶対いやだ。
できれば、なんとか頑張って前の状態に戻りたい。
かといって特に喧嘩とかした訳ではないのだし、ごめんなさいで済む話でもないわけで。
時間を頼り、少しだけ距離を置いて、もう暫く様子をみるのが今の私にできることかなぁ…と。むしろそれしか無い訳だけど、どこからか湧いてくる不安な気持ちを抑えるように、とにもかくにも行動は慎重にしていこかなと考えていたとこだった。
だからいくら公共の大会だろうとも、今回ばかりは見送ろう。そんな気持ちがあったのだ。
まさかまさかここへきて、対戦相手の勇者な人に出会うとか——しかもそれがヨナさんの旦那さまという人で、おまけに自分のハーレムに入らない?とか軽い調子で言われるなんて——思ってもなかったし。
——ただ、せっかくできた友達の好意の誘いを断るなんて、どうしたって無理でしょう…?
とか。
お利口さんな理由を心の中で述べながら、結局はほんの少しの時間でも彼の姿を見たい私は、こうして彼女に付いて行く。
元々がそうなのか、今日だからそうなのか。
判断はできないが、住宅街の細い路地に入っても賑やかな人の声は途絶えない。
ヨナさんは顔見知りらしい奥さん達から声掛けられて、その度に笑顔を振りまいていた。
誰も彼もが一緒に歩く私の方にも好意の視線をくれるので、ただ歩いているだけとはいえ挨拶を返したり会釈をしたりと中々に忙しい。
これじゃあ道を覚えられない気がすると、心の中の難しい気持ちを横に置き、通路の目印を頭に刻む。
しばらくすると青く塗られたドアが綺麗な三階建ての家に着き、ヨナさんが鍵を差し込み「どうぞ」と言って私を誘う。
両隣と壁を繋げるその建物は複層住戸(メゾネット)タイプの家らしく、ヨナさんの家の場合は玄関先のランプの色にポスト的な容れ物の色、窓の柵からベランダの柵の色がドアと統一されていた。お隣さんには白色と深緑色が使われており、下から上までそれなので、この建物は一目でメゾネット(それ)だと理解できるという訳だ。
「とても素敵な家ですね」
ここは真実、心の底から羨ましくて声がでる。
特に窓の柵が秀逸で、柵でしかないというのに美しい幾何学模様を取り入れていて、おしゃれ感がばっちりだ。
一人で住むなら是非ともこんな家がいい!と思わせる外側の造りに対し、ヨナさんはにっこり笑って。
「中の間取りも見た目以上に良いんですぅ」
と教えてくれた。
ほんの些細な会話だが、そのおかげか悶々としていた何かが途切れ、なんとなく前向きな気持ちに変わる。
それから「お邪魔します」も程々に通された衣装部屋には、むしろそれドレスですよね?な勢いの豪華なサリーが掛けてあり、思わず足を止めてしまうとグイッと背中を押し込められる。
またしてもなんという強引さ…!( ̄△ ̄;)と、たじろぐと、キラキラ笑顔のヨナさんが…。
「めいいっぱいオシャレをして行きましょう♪」
そんなセリフで私に凄む。
——いやいやいや。おしゃれ以前に闘技場にドレスとか。おもいっきり場違いじゃ…?
思わず浮かんだツッコミが…心の声が顔に出たのか、彼女は首を横に振って大丈夫だと囁いた。
目立ってなんぼ。むしろ地味だと怒られるから、と意味不明に思えるような説明をしてくれて。
あー…もしかして、西の勇者のハーレムはそういう性格(カラー)なのかしら、と。
ヨナさんは自分が着るのは鮮やかな青の方だと、壁に掛けられた二着ある衣装のうちの片方を指差して、私のために選んだ衣装は隣の方だと教えてくれる。それからちょっと照れくさそうに「ベルさんはあんまり派手なのは好まないような気がしたのですぅ」と、説明付けた。
どこから見ても見事な金糸……。
控えめながらもキンキラキンなシャンパンゴールドのサリー様を、私はただただ静かに見つめ。
——確かに柄的な部分を見るとシンプルで控えめですが……。
布の色だけで、ものすごくキラキラしてますよ!?な心の声は意地でも表に出さないように、悟りの境地でお礼を語る。
——むしろこれこそ最高のシチュエーションになるんじゃないか?
まさか闘技場の一角で私がキラキラしているなんて、彼の勇者様は思うまい。
そういう打算も湧いたのだ。
かくして私は上品なキラキラを身に纏い、毛先のくせ毛が気にならない程度に髪を巻き、結い上げて。
おぉ!日常からの脱出だ!!と、意外と可愛く変化(へんげ)した自分の姿が気に入って、テンションが上がった所で真っ赤なルージュを口に塗り…。
塗ったのは良かったが、あんまり似合わなかったので落ち着いた色合いに塗り直し。
そうこうしながら出来上がった外面は、写真があれば収めておきたい程度には上方修正されていた。
それはもちろんヨナさんもおんなじで——いや、同じというのはおこがましいほど年上女性の魅力というのがにじみ出ていましたが。
準備を万端整えた我々は、衣類をなるべく汚さないよう食べやすい昼食を調達し。
“色っぽい歩き方”とかおふざけも織り交ぜて。
朝の憂鬱をかき消すくらい楽しい気持ちで、闘技場へ向かっていった。