10−2
随分長く降り続いた雨が引き、高台の街エリーズでレックスさんと別れると、私はさっそく勇者様の気配を追って旅に出た。
このところ、ずっと勇者様のパーティは西の方を目指していたので、そちらに向かえば会えるかなーと、ごく単純に考えて…。ごく単純に考えていて、結局それからひと月近く、勇者様の姿というのを拝めずに過ぎていた。
乗り物でも手に入れて移動速度が上がったのか?とか、よほど急いで西方を目指している?とか。理由はわからず終いだったが、町や都市に着くたびに“東の勇者”の情報に耳を澄ますと、大概いつも「二、三日前に発ったらしい」と聞こえてきていた。
ある時なんか、私が町へ着いたほんの数時間前に出ていった、とか。悲しいくらいのすれ違いを重ねつつ。ようやく彼に追いついたかなぁ?と思える頃には、ファラウウという大陸でも西に位置する国に居た。
なかでも東西南北へ通じる道の中継地であるこの町(アーシア)はものすごい活気があって、人ごみも結構ひどく、大通りを歩いているのに移動に不安が残るほど。前に生きてた世界でいうと誠に勝手な想像ながら“アラビアンな土地柄”で、異国情緒溢れる素敵な香りもしてくるのだが、それはこの風景を客観的に見られたならば。
勇者様が滞在している。
そんな私の生き甲斐を軽く萎えさせてしまえるほどに、この町は賑やか過ぎて気力を削がれる町である。祭りというのはたまにあるから良いのであって、毎日そんな空気だと疲れるだけということだ。
パーシーなんか門の所で足を止め、小首というのを傾げると『ご主人、おれは外にいる』と踵を返して砂原(さげん)の中へ。一応背中に「気をつけてー」と声を投げてみた所、ウォン!と一声あげられて、それきり姿は見ていない。
あれは絶対、町の空気が合わないからと逃亡したに違いない。
——あぁ…こんな時にこそ自分の心の年齢が透けて見えてしまうのよ……
ひと月も彼の姿を見ていないだけ、勇者様ゲージ——それは心のバロメータ——の値が低くなってることもある。とはいえ、我ながら年寄り臭い…と心の中で息をつき、せめて日が高いうちに宿泊先を探さねば、と足をすすめていた時だ。
豹っぽい食肉系の獣人さんに捕まったのは。
「ベルさん、お久しぶりですぅ!」
ぼーっと成り行きを見守るしかない私に向かって言ってきたのは、青紫のショートヘアーに藍色の大きな瞳の女の子。
この町の雰囲気に染まったように民族衣装を身に纏い、精一杯背伸びをすると、首元に腕を伸ばして彼女はそのまま抱きついた。小柄かつ全体的に可愛くできた彼女の腕には、見た事のある腕輪が一つ。しばらくハグを楽しむと、その子はゆっくり私の顔を仰ぎ見た。
「おっ…お久しぶりです、ヨナヨナさん」
別れ際、私の方が年上だから子供扱いしないでね☆と雰囲気で言われた事を思い出し、ちゃん付けではなくさん付けで呼んでみる。それはちょっとよそよそしいかと思ったが、年上女性をちゃん付けするのは趣味ではなくて。だってなにやら随分と失礼な気がするし…と相手の出方を伺った。
すると彼女は残念そうに。
「せめて“ヨナさん”と呼んで欲しいですぅ…」
と、愛称っぽい呼び方をすすめてきてくれたので。
次からはそう呼びます、と気持ちを込めて頷いた。
そんな我らのすぐ横で、無言ながらもやたら存在を主張してくる獣人さんをチラリと見ると。
「そうでしたぁ!ご紹介しますですぅ。こちらキーくん、わたしの旦那さまですぅ」
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あれ?
何かな?
今ものすごい空耳が…?
ふと天を仰いでみせて、もう一度顔を戻すと「えへへへへ〜」と笑顔を浮かべ獣人さんにもたれ掛かったヨナさんが。
——は…?え…?……えぇえええっ!!!?( ̄□ ̄;)
かぱっと開いた私の口は、長い間とじる気配をみせなくて。
相当な阿呆面をさらしているだろうこちらを構うこともなく、キーくんと呼ばれた獣人さんは照れもせず彼女の額に口付けた。
——っ、ラブラブやんっ!!
何がどうした!?
あれからたった3、4ヶ月の出来事ですよ!?
私の体感間違った!?とオロオロ辺りを見渡すが、人の流れは普通のようだ。
よって時間の流れというのも変わってはいないのだろう、とギギギな音で視線を戻す。
そんな中、大通り沿いの屋台から「いっつも熱いとこ見せつけてくれるじゃねーか!」「おいおい、ブロンドのねーちゃんはどうした!?」「その子、新しい恋人かい?」「キー、ついに修羅場か〜?」「それよりどうだ、そこのお嬢ちゃん達にうちのメシ紹介してくれよ!」など、たくさんの野次が飛んでくる。
内容の割に歓迎しているように聞こえる彼らの明るい掛け声に、青年は爽やかな笑みを張り付けたまま手を振って、こちらに真っすぐ目を向けて。
「ちょっとここだと煩いし、裏通りまで移動しない?」
クルゥもこの子と積もる話があるんでしょ?
そんな風にヨナさんの耳元に囁いた獣人さんは、「はいですぅ」と嬉しそうに微笑んだ“奥さん”の手を引いて、ついておいでと視線で私を促した。




