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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
9 デュソリス湿原
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閑話 竜の山にて



 大陸の西方に位置する小国ファラウウと、北西の果ての国ハイラインツェルクを隔てる場所には、広大な森と見るも険しい大山脈が広がっている。

 広過ぎる森と険し過ぎる山脈は、気候や気質というものを全く違うものに別け、長く続く歴史の中でも戦争という文字が記されないほど、隣り合う二つの国を遠ざけた。国境を接する国で争いが只の一度も起きた事がないというのは極めて稀なことではあるが、そこに広がる過酷を見れば、どんなに諦めの悪い人間だって納得するのは容易かろう。

 しかもその森、殆どがモンスター・フィールドで出来ていて、さらにいくつかのダンジョンを懐に抱いているのである。視界の奥にそびえ立つ大山脈に辿り着くには、冒険者としての充分な実力と、潤沢なアイテム類に往復分の水や食料が必要なのだと見る人々を考え込ませ、遥か遠い時代から踏み込む者を制限してきたという。

 レアアイテムが欲しいなら竜の山(ドラコルム)に行くべきだ!

 そう語る冒険者は昔から沢山いるのだが、実際に踏み込む事が出来たのはどれだけの人数だったのか。

 竜の山(ドラコルム)というダンジョンは、それほどまでに踏破するのが難しい森の奥、険し過ぎる山脈のさらに奥に鎮座する最も高い連峰のことを言う。

 師匠の棚に収まっていた簡単な大陸地図を思い出し「へぇ、竜の山ってこの辺なんだ。今いる森から結構近いじゃん」とか考えていた幼き日の自分の頬を、思いっきり抓りたい…。

 黒いフードを目深にかぶった少年は、目前に広がる光景に軽い目眩を覚えつつ、外界を知らないにも程がある、と自分のことを内心で責め立てた。

 はっきり言って、ここまでのものとは少しも思っていなかったのだ。

 故にレベル上げもそこそこに、なかば駆け足でこの場所までやってきた。

 もちろんその間、大きな街でアイテム類を買い込むことや、武器の手入れをすることもなく、最後の村で水や食料を蓄えることもなく。

 ドラコルムを目指していると言った時、どうりで村の人々が変な顔をした訳だ、と。

 そして、ここまでずっと涼しい顔で付いてきたエル・フィオーネとクリュースタをチラリと見遣り、あぁ、そういやこの人たちはそうそう糧を必要としない“魔種のすごく強い人”と“翼種のすごく偉い人”だったのだ、と。何となく、勇者とはいえレベルが30台でしかない己の事が小さく見えて、溜め息が口から漏れた。


——仕方ない。


 彼女達は何も問題ないだろう、が、自分はしっかり準備しないと生きて帰れそうにないのだから。


「ごめん、俺が馬鹿だった。一旦村に…」


 戻っていい?と言いかけたところを、エル・フィオーネが語り出す。


『なに、水も食料も心配することはない。水は魔法で呼び寄せられるし、この森には食べられる動物やモンスターがちゃんと居る。野菜…というのか?食べたければそういう草も生えているから、飢え死ぬことはないだろう』

「そうよ、難しいことなんかないんだから。アイテムがなくたって私が居るから体力の回復は問題ないし、状態異常も全部カバーできるわよ。わざわざ分厚いコートとか、山登り用のしっかりした靴とかも用意しなくて大丈夫。体温を保持したり足下を強化する補助魔法も使えるし。それにもしこの森の移動が面倒だっていうのなら、あの山まで一気に飛んでしまえばいいわ」


 そう続けたクリュースタを視界に収めないまでも、それは確かにその通りだ、と妖艶な笑みを浮かべて告げる魔夫人を見て。

 出会ってこのかた、暇さえあればいがみ合っているような彼女達だが、上手い感じにフォローしあって事も無げに告げてくる。そんな姿に驚かされて少年はしばし呆然とした。

 これまでの旅程でもこういう事がたまにあったが、もしやこれってこちらが落ち込んでいるのを感付いてのことなのか?と。何となく、その事にやっと気付いた自分だけが子供のままのような気がして、思い遣ってもらっている気恥ずかしさも相まって、少し小声になるのだが。


「ありがとう…二人とも。いや、なんかさ。ここに来るまでちゃんと情報を集めれば良かったんだ、ってものすごく反省した。だけど正直、村まで戻るのは面倒だなぁっていうのもあって…。ほんと、悪いんだけど、エルとクリュースタの事、あてにしてもいい、かな?」


 最後の方が掠れたけれど、静かなままの二人をそうっと伺うと。


『もちろんだ』

「当然じゃない!」


 異なる花がそれぞれにほころぶように微笑みを返されて。

 瞬間、フードの下で顔がカアッと熱くなったが、冷静を努めるように眼下に広がる森を見る。


「その、ついでにもう一つお願いがあってさ……」






 大陸の北の森で師匠と呼び親しむ人に拾われた時、小さな体を包んだ布と体を収める籠の間に、一通の手紙と共にステータス・カードが挟み込まれていたという。

 手紙には「うちでは勇者なんて真っ当な子供は育てられませんので、どうぞどなたか拾って下さい」というような内容が。多少の情はあったのか、傍らのステータス・カードには既に名前と聖職者からの授かり名が記されていたらしい。

 この世界には生まれついての勇者——先天性勇者——というのと、ある日突然ステータス・カードの表記が勇者職に変化する後天性の勇者というのが存在している。つまり自分は前者なのだが、そのせいで実の両親に捨てられたのかと思ってしまうと、時々悲しくなることがある。

 生まれてすぐに子供のステータス・カードを手に入れられる社会的地位を持ち、なおかつ聖職者にセカンドネームを頼めるくらいの金銭的な余裕もあったという訳だから、自分一人を育てるくらい問題なかった筈なのだ。

 勇者だから無理…というのは、あんまりな仕打ちに思う。

 せめて同じ勇者でも、後々発現するような後天性の勇者だったら、あるいは家族の温もりを感じる事ができたのだろうか。

 とはいえ、育て方はどうであれ、あの人なりの愛情を一身に受けた身でありながら家族という温もりなんて知らないと語るのは、師に対する不敬かもしれないと…。

 そんな時。

 傍らのエル・フィオーネが「勇者というのは多くの場合、面倒な柵(しがらみ)が後々ついてまわらぬように、孤児という星の下に生まれるのだ」と教えてくれた。神の声が聞こえるという神国の教皇が残した言葉だと聞いて、上手くできた話だなとだけ思ったが。

 こうして旅をしながら世の中というものに触れてみると、勇者職についてくる“柵”とはなるほどで、これで家族が居たとしたなら、だいぶ厄介なことになるんだろうな…と。何となく身にしみる思いを知ると、孤児として産み落とされるのはやはりある意味、神々からの愛なのかもしれないな、とか。思わなくもなかったり。

 師匠のもとでは寂しいなんて思う暇はなかったけれど、一人旅でエディアナに着くまでは心細かったこともあり、長いこと忘れていたような「寂しい」なんて感情を知らずに持て余していたのだろう。

 それが最近、無くなった。

 気付いた時には無くなっていたのである。

 日常的にいがみ合う険悪な雰囲気の二人の間に挟まれるのが居たたまれずに、原因は何だろう?と現実逃避で記憶を辿ってみたところ、思い当たった出来事がエル・フィオーネとのそれだった。

 胡散臭いと思っていたが、あの話はけれど確かに自分の心を軽くしたのだ。

 ついでにアーシアという町に住む西の勇者という人が、元々は孤児院出だと耳にしたのがいいタイミングだったのだろう。本当に俺だけじゃなかったんだ、と心のどこかで安堵した。

 それと同時に、もう一つ気付いてしまった事がある。

 クリュースタの存在だ。

 エル・フィオーネとの二人旅に不満があった訳じゃない。むしろ今より落ち着いて旅が出来た感じだが、いつだって相手の対応が大人過ぎ、どことなく埋められない距離というのがあったのだ。

 それが彼女の存在で、物の見事に短縮された。

 明朗で快活で明け透けなクリュースタの性格は、エル・フィオーネとの間において僅かな軋轢を生むものの、三人の心の距離をぐっと近いものにした。

 それに実は二人とも、普段は仲が悪いと見せかけながら、戦闘に入った途端、その行動が切り替わる。もしもエル・フィオーネが体のどこかを負傷したなら、クリュースタは躊躇を見せず回復魔法を掛けてくる。そして例えばクリュースタにモンスターの手が伸びたなら、エル・フィオーネは何も言わずに攻撃魔法で相手を散らす、というように。心配していたこちらの方が馬鹿馬鹿しく思えるほどに、素晴らしいコンビプレイを披露してくれるのだ。

 これこそがパーティである、とでもいうように。

 そんな彼女達だから———いつか、できるだけ早い段階で。

 自分一人で二人ともを守ることができるようにと……レベルも含めた強さというのを、手に入れたいと思うのだ。


 それ故の“お願い”だった。


 なるべく手助けはしないで欲しいと、気持ちをまず提示した。

 広がる森のダンジョンは自分のレベルに見合うとこから順を辿って攻略し、無理なくレベルを上げていく。

 レベル40辺りから上がりが悪くなっていったが、ずいぶん奥に見えていた大山脈の麓の辺りに着いた頃には、50の壁を越えていた。そこからさらにモンスター・フィールドの山道を選択しながら進んで行って、目的地である竜の山(ドラコルム)の土を踏みしめた辺りでは、月日としては一ヶ月、レベルはなんとか54まで稼ぐことが出来ていた。

 ただ一つ、不思議なことにドラコルムの山道はそれまでの山脈と同じような雰囲気で、レアアイテムのレの字も見当たらない。確かに付近に生えている高山系の植物や、エンカウントするドラゴン系モンスターからの奪取物は珍しい部類であるものの、今ひとつインパクトに欠けるのだ。

 ここまで来て騙された?と情報の信憑性を疑い始めた自分に対し、エル・フィオーネとクリュースタは変わらずに付いてくる。レアなアイテムなんてどこにも落ちて無いじゃない、とか。文句の一つも言われる覚悟で仕方なく足を進めると、やがて自分の視界の中に巨大な城が見えてきて、無意識に歩みが止まる。


『竜の城を見るのは初めてか?』


 横から優しい声をかけられ、頷きながら聞き返す。


「あれ、竜の城?っていうの?」

「そうよ。ほら、あそこに見える崖の上から移動用の魔法陣で城の中へ入れるの。特に装飾されてない下層部分がダンジョンとして機能してるって聞いてるわ」

『竜人の住まう階まで登らずとも、あの中ならば充分なレアアイテムが転がっているだろう』


 言われて初めて、竜の山のレアアイテム→竜の山にある“竜の城”で手に入るもの、であることに気付くと共に、初めから知っていたらしい二人の様子と、いわゆる世の中の常識であったらしいことをようやく悟り、ひとり居たたまれない気分に浸る。

 が、こうしていても仕方がないと、気を取り直してクリュースタが指差した崖の上へと移動する。

 なぜ目の前の城に行くのに移動用の魔法陣?という素朴な疑問があったのだけど、それは崖まで登ってみるとあっさりと解消された。

 竜の城というダンジョンは、まるで宙に浮いていると錯覚させる、奇跡のような場所にある。

 外周を剣のように鋭い山と深い溝に囲まれて、溝——もとい底なしの巨大な火口?——の中心に針一本が刺さったようなごく細い岩があり、その上に大きな城が乗っかっているという…およそ到達不可能な景色の中にあるのである。

 だから移動用の魔法陣……と、一枚岩に刻まれた凹凸模様を見下ろして。

 待つ事、それから数分間。


「あれ?何も起きないけど…」

「ほんとね。何も起きないわ」

『壊れたわけでもあるまいに』


 なんでだろう?と腰を下ろして、何気なく魔法陣に手を触れる。

 と。


 “竜王様不在のため、路は暫く閉鎖します。お気をつけてお帰り下さい”

 

 そんな言葉が脳裏に響く。


「なんだそれっ!!?」


 思わず漏れた叫び声(ツッコミ)に驚いた両名が、どうかしたかと視線を重ね。


「……竜王が居ないから、城の中へは入れないって」


 ここまで来たのにそれはない…と力なく項垂れた自分の背中に、文句を言わずそっと手を添えてくれたエル・フィオーネとクリュースタ。

 むしろその優しさが今はこの身に辛いのだ…など、ヘタレな自分が口にできる筈もなく。

 意地を張って一週間、その場に留まり様子を見るも、魔法陣が使えるようになるということもなく…。

 エル・フィオーネとクリュースタには「せっかく付いて来てくれたのにごめん…」と謝罪して、呆然とした頭の中で次はどこを目指そうか、と眼下に広がる岩だらけの山を見る。


「取りあえず、最寄りの村まで戻ろうか……」

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