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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
9 デュソリス湿原
87/267

9−9



——踏みつぶされる…!!


 眼前に迫る巨足の裏を、呆然と見つめ続ける一瞬に。


「「クライス」殿!!」


 と重なる仲間の声がして。


——だがこのくらいの質量ならば、問題にはならないだろう。


 と、自分の中で冷静を保つ部分が、そう静かに結論づけた。


——こんなもの。


 迫る巨足を捕らえるように、剣を持たない左手を上げ。


——押し返せばいいだけだ。


 思うと同時に触れ合ったその場所を、トン———とでもいうような背景音で。

 大地に背を着けたまま、モンスターの足の裏を押し返す。






「って、はぁあああっ!?」

「………嘘」


 すぐさま起きて大剣を持ち直した自分の背後に、大きく漏れたソロルの声と、小さく呻いたベリルの声を聞きながら、今度は逆に大地へと巨体を倒したモンスターへと攻撃魔法を繰り出した。

 それに続いてタイミング良く、レプスが多量の魔力を投資した攻撃魔法を放出し。


「ベリル!惚けてないで追随攻撃を!!」


 ライスの叫びに少女は気を取り直したような気配をさせて、手にした霊弓による最大級の攻撃をレプスに続き発射した。


「いやいや!待ってよ!!今クライスがしたことって、スルーしていいレベルの出来事なのっ!?おかしいでしょ!おかしいよね!?だって片手であの巨体を倒したよ!!?僕、ちゃんと見てたから!!」

「落ち着くでござる!その話は戦闘が終わった後にゆっくり話せばいいでござろう!」

「っ、わかったよ!」


 耳に届いたそんな会話に、やはり初めて見たらそうなるか、と。

 隠している訳ではないが、このスキルを人前で安易に使わないようにしているいくつかの理由の中に“驚かれたくない”だとか“驚かせたくない”というのがあって、既知であるライスもレプスも初めてこれを見た時は似たような反応だったと、懐かしい記憶を辿る。


——無駄に“力”に期待されても困るしな。


 今はそれより目の前に立つモンスターをやるのが先だとレプスの声を思い出し、どうせバレてしまったのだし驚きついでということで、今までの戦術に“素手で倒す”を組み込んだ。

 モンスターは背中から倒れると、手足をバタバタ動かしてなんとか立ち上がろうとする。しかしそちらに意識が向くのか、立ち上がろうとしている間は状態異常付加の厄介な魔法攻撃が止むようだ。

 加えてそれの腹側は、鱗をまとった側面と背後に比べてダメージを受けやすく、回避行動も起こせないため順調に体力を削ることができたのである。

 格段に戦いやすさを増した戦術は、ほどなくこちらに勝利をもたらした。




「騒がれても面倒だし、あまり噂を広めて欲しくないんだけどね。クライスは“怪力”っていうスキルを所持してて、さっき見た通り、ものすごい力を発揮する。ランク1の出力でも常人に比べてあり得ないほど強い力がでちゃうから、まぁその辺の関係で得物が大剣なんだよね。普通の剣だと軽過ぎて、扱いにくいらしいんだ」

「いつ見てもクライス殿の力には驚かされるでござる。けれど、それでこそ勇者というような気がするでござるよ。それに驚くにはまだ早い。某は今回の倍はあるモンスターを投げ飛ばすのを、見た事があるのでござるから」

「あぁ!あれは凄かったよねぇ。オレは成体の竜を持ち上げた時も驚いたけど」


 魔女への土産に見てくれのいい鱗を何枚か見繕いながら、自分に刺さる若い二人の視線の中に奇異の存在を見る気配が含まれていることを感じ取り、何となく顔を背け素知らぬフリを続けてしまう。

 このスキルを高出力し巨大なものを持ち上げた時、面と向かって言ってきたのは養父くらいのものだったのだが、目にした者の視線には例外なく“この光景はあり得ない”という静かながら激しい叫びが込められていて、よく距離を置かれたものだ。

 だからという訳ではないが、この状況におかれると何とも言えない気まずさに、こちらの方が参ってしまう。


「なんか…さ、クライスって勇者の割に地味だなぁって思ってたけど……やっぱり勇者だったんだ」


 ぽつりと零すソロルの声に、ベリルも一つ頷いて。


「…見る目が変わる」


 と呟いたのを遠くの方に。

 いつの間にか降り止んだ雨粒を仰ぎ見て、新たに発生したらしい通常のモンスター(ダイワーン)を湿地の水の中に見た。




 程なく倒したモンスターが光に包まれ空間に溶け消えるのを、その場で静かに見守って、この敵は分解されるのが随分早いとぼんやり思う。

 普通、倒したモンスターは数日から数週間その場に死体を留めるが、このモンスターはもう消失が起きている———。そう思って巨大な魚体が消えていくのを見ていると、腹部があった場所の辺りにキラリと光るものを見る。

 訝しんで近づけば、存在を主張するように一本の首飾りが落ちていた。

 拾い上げ、そのアイテムを確認すると、名を“紫水晶(アメジスト)の首飾り”効果のほどは“装備者の覚醒”と説明されていて、事の起こりを何となくだが悟らせた。

 そこにはもう一つ、非常に気になるものが落ちていて。

 持ち上げてみたところ、自分の身長と同じほどの高さを持った美しい形の鱗(それ)は、“村の魔女の所望品”と説明付けがされており。


——これは俺じゃなかったら運べない代物だろう……


 と、食えない魔女の本質に溜め息が口から漏れた。


 思った通り、所望品を担いで魔女の家を訪ねると、こぼれんばかりに目を開かれて「私程度じゃ勇者様をたばかるのは無理だったかね…」と苦笑いを零された。

 頼まれたのが自分じゃなくて、予想外の巨大な鱗を運んで来れなかったとしたら、契約違反で一体どんな呪いを受けていたことだろう。否、頼まれたのが自分でも“怪力”スキルが無かったら苦しいことになっただろうと、もう一度深い息をつく。


——厄介だ。魔女とは極力関わるな。


 言い聞かせるように自身に語り。

 結局、約束を違える事をしなかった我々は、平穏無事に魔女の家を後にすることができたのだ。

 その後は隣村の村長宅を訪れて湿原で起きたことをかいつまんで説明し、あの場で拾った首飾りを手渡した。

 おそらく只人が身につけるぶんには何の変化も見られない。が、“覚醒”の効果を秘めた貴重なアイテムなのだと伝えたら、お礼に持っていってくれと頼まれた。

 そこでふと村長の息子の顔を思い出し、彼の想いを思い出す。

 造形の綺麗なそれは、こんな田舎の村では手に入りにくい代物だ。

 できればこれは、彼の想い人である少女へと渡って欲しい気持ちもあって。

 パーティには“覚醒”を上手く使えるような仲間は居ないし、もしかしたらこの村に受け継がれていくことに意味があるのかもしれないと、それらしい理由をつけて穏やかに断った。


 それぞれの村に別れを告げて、夕日に染まる空を見る。


 あれほどの豪雨が嘘のように降り止んで、しっとりと湿った大地に踏み寄る人の音はないかと、何となく耳を傾けた。

 いつもならすぐに聞こえてきそうな彼女の足音も、隠したつもりで隠しきれない怪しい気配も近くになくて、離れた場所まで意識を向けるも、そこにはシンとした世界の音があるだけだった。


——あぁ、これで終わりか。


 と、凪いだ心で呟いて。

 これまで通り、西を目指す歩みを取った。

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