9−8
「うぉおおおおぉっ!!立ち上がれ、俺の駒ぁっ!!!」
そこそこ賑やかだった広くない食堂に、野太い男の声が張る。
「だぁあああっ!3かよ!!“瀕死の怪我”で“一つ前の街に戻る”……くそっ!」
「ははははは。残念だったな。じゃあ次、俺な」
野太い声を張り上げた男から、慰めの言葉もそこそこに隣の男がサイコロを奪い取る。
「よっしゃ6だ!……って、何ぃ!?この局面で“仲間の裏切り発生”だと!!?“仲間マイナス一人”に加えて“金貨マイナス300枚”…ぐっ…地味にいてぇ」
そうして放られたサイコロを、さらに隣の女が拾い。
「きゃー!やったわ♪“思わぬ報酬”、“左隣の人から好きなアイテムを貰える”。じゃあ遠慮なくぅ♪」
「おまっ、こんな状態の俺からさらにアイテムを奪おうってのか!?ちょっとは気をつかえっ!!」
「なぁーによ、ただのゲームじゃない。はい、次、貴女の番よ」
にっこり笑顔で渡されたサイコロを受け取って、一投入魂。
出た目のマスに記された数字に見合う、冊子の文面を読み上げる。
「“奇襲を受ける”…もういちど賽を振り1が出た場合のみ仲間の能力覚醒で奇襲攻撃を退ける。尚、1の目以外が出た場合、仲間が一人も居ない場合は惨敗となり“一つ前の街に戻る”……っと、おぉっ、すごい!なんと1がでましたよ♪」
「解せんぞっ…お嬢ちゃん、さっきもそれやっただろう?持ち主だし、何か仕掛けがあるんじゃないか?」
「おいおい、おっさん。自分が最下位だからって、そういうのはないだろう。金も賭けてないんだし。そもそも透明素材の賽だし、重心の偏りにも配慮した目の比率だぞ。子供向けにしちゃあ質が過ぎる良品だ」
「って、アンタ何者?」
「しがない、ただの旅人さ。別に、借金取りに追われてるとか、そんなんじゃないからな!路銀を稼ぐのに賭場でやんちゃしたりとかも最近はしないしな!」
野太い声の男性とラッキーが起きた女性の間の男性が、この話の流れで胸を張り、言い返すのを静かな瞳で見つめつつ。
「…追われてるのか」
「…追われてるのね」
「…追われてるんですか」
と、彼らに続き呟くと。
人数制限的な問題で少し離れた位置からこちらを見ていたレックスさんが、ふと、雨が降りしきる窓の外に視線を向けて。
「あぁ、なるほど。少し前から宿の外に居る物騒な気配の持ち主達は、あんたが目的だったのか」
とか、さらりと怖い事を言い。
「ぅへっ!?」
などと妙な叫びを上げて立った男性は、視線をドアに向けてから素早い動きで二階へ上がり、一抱えほどの荷物を小脇に挟んで降りてきて。
にこやかな顔で右手を上げると。
「兄ちゃん教えてくれてありがとな☆じゃあ、そういう事だから!お嬢ちゃんもありがとな!楽しかったぜ、そのゲーム」
と、テンション高めな動きを見せて、宿の裏口へと消えていく。
さして時間を置かないで、「ちくしょう!!お前らしつけーんだよっ!!!大体アレは俺が作った借金じゃねぇって言ってるだろう!?」と罵声と打音が混じり合う音がして…。
「……あ、静かになったわね」
「沈んだ…か?」
「さぁ。どうでしょう…?」
微妙な顔を合わせて語る我ら三人のその横で、レックスさんがフッと笑い「逃げ切ったみたいだぞ」と。
それを聞いた我々は、自分たちの宿泊施設近辺で物騒なことにならずに済んで良かったと、安堵の息を零したのだが。
「あのお兄さんが放置したゲームの続き、どうしましょうか…?」
と、これまた微妙な問題の発生に、顔を合わせあったのでした。