9−7
女神の神殿を攻略し、無事に“加護石”を手に入れて村へ帰ったさらに翌日。
我々は気持ちを新たに再度デュソリス湿原へ出発した。
魔女の助言が正しかった事を証明するように、女神の加護石を所持して湿原へ踏み込むと、異様だったエンカウントと敵の多さが改善された。
相変わらずの豪雨に加えレプスのステータス低下問題、モンスターによる落雷攻撃に難が残った感じだが、この調子なら奥までは進めるだろうと安堵する。
そして、幾分余裕をもって湿原の最奥に到達できた。
その空間にはメラメラとした歪みと感じ取られるような不思議な現象が認められ、加護石を取り出すと、石は清らかな流砂となって歪みの部分を囲い込む。光の粒は輝きを放った後に空間に溶け消えて、歪んだ箇所がみるみる修復されていく。
歪な場所が元に戻ったように見えた時、湿地の中に魔法陣が現れた。
その中に立っていたのはこれまで倒してきたものの、十倍の高さはあろうかという巨大なモンスターだった。
これがキング・ダイワーンかと、すぐさま背中の剣を構える。
魚体を覆う鱗を見上げ、指先から肘ほどの径はあるかと目算し、少なくともこの一枚を魔女の元へ持ち帰るため剥がさねばならないと。これまでのものより厚みを増した硬質そうなそれを見遣って、出せる力と剣の強度を秤にかける。
とはいえ、これからしばらく何が起きるか分からない旅程だし、ここまでの大剣を用意していてくれそうな武器商は王都でなければ無いだろう。
剣の方にヒビを入れずにあの鱗を落とせるか。
——ヒビまではいかないが、刃毀れはしそうだな。
できればそれも避けたいと、鱗落としは討伐後へと計画立てる。
モンスターは叫ぶ代わりに口から泡を放出し、それを合図に戦闘が始まった。
巨体に対し、湿地というぬかるむ足場は悪条件で、高い跳躍を許さない。
上手く跳んでも魚体の腹の高さしか稼げずに、それに加えて相手の動きが思いのほか素早くて、ひねった体の背中の鱗に弾かれて終わる他、ヒレによる打撃を躱して終わるという流れになった。
これではいたずらに体力を消耗すると、レプスに頼み、土の魔法で切り立った岩場のようなオブジェクトを作ってもらう。
固い足場は初めの高さを稼ぐことができる上、跳躍を充分に助けてくれた。
が、降雨の影響とモンスターの足踏みで、二、三度使うと崩壊してしまう。
また、魚体に付いた人の手足は器用な動きを見せるため随分と厄介で、ライスと二人、敵の間合いに切り込んでいっては、こちらの体を捕まえようと動く手足にベリルの一射で救われるという場面が多く、思うようにダメージを削れなかった。
それでも足場の崩壊で身を引いた間を取って、ベリルが魔矢で大技を。
さらにその間にレプスが足場を造り出し、大技が引いた後を見計らい我々が切り込んで、という流れを作る。
ソロルには体力の回復と、頻度が増した落雷魔法や氷結魔法、こちらの動きを遅くする状態異常の“泡吹き”への対応をしてもらう。
対峙した雰囲気からして高レベルではあるものの、血の滾りを感じないので自分たちのレベルより低い筈。それでもどこか困難だと感じてしまう戦闘に、いくつかの課題を思う。
しかしそれを解決するのは今ではないと、逸れそうになった意識を呼び戻す。
——…攻撃の速度を上げる。
手抜きをして戦っている訳ではないが、全力というにはまだしばらくの余裕があった。
——…力のランクも上げる。
強度を補うものとして乗せられる魔力の限度はあるが、感覚的にランクを一つ上げる程度であるのなら、この大剣ももってくれそうだ。
そして魔力と引き換えに“速さ”の方を補助してくれる妖精の陣を描いて、この身の動きを加速させ。
大剣に乗せられるだけの魔力を乗せて、制約している力の一部を解き放つ。
準備が済むとレプスが造っためぼしい足場に跳び乗って、跳躍スキルで一息にモンスターの懐へ。守りが薄いと思われる腹部へと切り込んだ。
右斜め上から切り下ろし、手首に負荷をかけない位置で流れるように横に一線引いて切る。
次の瞬間、モンスターは今までにないダメージを受けたことに驚いたのか、吹雪を起こし、がむしゃらに手足を振った。
——っ!!
予想だにしない動きに、一瞬、判断を誤った。
——まずいっ…!
と思った時には既に遅くて、振り回された腕を弾いた大剣を前面に、背を地面に向けて落下する。
培われた経験で、ほぼ無意識に緩衝魔法を発動できた。
が、不運にも背中を着けた状態のその上に、モンスターの巨足が迫る。
踏みつぶされると思った瞬間。
「「クライス」殿!!」
と重なる仲間の声がして———。