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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
9 デュソリス湿原
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9−6



 村には日が落ちるころ到着し、待っていた村長に湿原の様子の報告と、村はずれに住む魔女を訪ねる予定を告げた。

 世に悪事を語られるほどこの村の魔女殿は陰気ではないとのことで、相談に行くことを強く押し止められる事はなかった。

 それでも一応心配だと言うライスの意見にレプスが手を挙げ、二人で訪ねることにする。どうせまたこの雨の中に飛び込むからと着替えずに、時間を置かずレプスを伴い屋敷をたった。


 それからさほどかからぬうちに、集落からややはずれた場所で魔女の家らしき明かりを伺う。

 近づけばこじんまりとした佇まいの見慣れた村の家である。

 ただしそこにはハッキリと魔女の家たる印があって、まずは蜘蛛の巣を模した装飾品に“青緑色が使われていないこと”を確認することをした。

 昔、養父(ちち)から伝え聞いた話だと、青緑を装飾に用いる魔女は毒物の生成と呪殺方面に長けており、関わりを持った場合、高確率で死の呪いを受ける事になるらしい。この家の魔女のカラーは灰色らしく、それが意味する分類はよくわからないものではあるが、取りあえず関わることに強い抵抗を抱かせない。

 レプスと視線を合わせると、これから魔女の領分なのでお互いに気をつけよう、と無言のままに言葉を交わす。

 扉に付いたノッカーのリングを掴み、4回打って訪れを待つ。

 ほどなく中から現れたのは、俯き加減の小柄な女性。


「そろそろ来ると思っていたよ」


 と顔を見せずに呟くと、さぁ入れという雰囲気で扉を放ち、自身はさっさと別の部屋に引っ込んだ。

 付いて来いということか?と、既に居ない家主に対し「邪魔をする」と挨拶を述べ、戸惑いながらも彼女が消えた扉の前へ歩み寄る。

 入るべきか待つべきか。

 それともノックが先だろうかと右手を持ち上げ打とうとすると、部屋の中から「早く入れ」と短い言葉が掛けられる。

 入室の挨拶を口にしながら扉を引いて、視線を一周。そこはどうやら仕事の部屋で、一角にあるテーブルにその魔女は座していた。

 近づいて用件を述べようと口を開くと、彼女は自分の右手を上げてこちらの発言を遮った。


「何の用で来たかなど、初めから分かっている。が、答えるには対価が必要だ。払うつもりはあるのかね?」

「…何を支払えばいいのかを明示してもらえなければ、こちらとしては判断できない」

「……意外と手堅い勇者だね」


 魔女はどうやら口元を緩ませて。


「私としても話は短い方が好ましい。欲しいのは“キング・ダイワーンの鱗”だよ。取って来てくれるかい?」

「あのダンジョンで手に入れることができるなら」

「できるとも。お前達が最後に戦う相手がそれになる。親切ついでだ。一枚で事足りる、と言ってやろう」

「キング・ダイワーンの鱗を一枚持ってくればいいんだな。了解した。代わりに助言を貰えるか?」


 問うと彼女は頷いて、テーブルに散乱している占い道具に手をかざす。


「あのダンジョンが変質したのは、そこに魔気の歪みが生じたからだ。歪みを戻せばモンスターの異常発生とレベル上昇の変異は治まるだろう」


 それだけ言うと前のめりの姿勢を戻し、助言は終わったとばかりに彼女は口を噤むので。


「どうすればその歪みを戻すことができるんだ?」


 と、仕方なしに問いかける。

 すると魔女は手元の布から、白い石で作られた何らかのアイテムを取り出して。


「金貨十枚でいかがかね。今なら情報(おまけ)もつけてやろう」


 と笑いを含めた声で言う。

 それはまるで絶対に、こちらが言い値で引き取るのを見越したような雰囲気で。

 もう一度、仕方ない、と胸元のアイテム袋から路銀の袋を取り出して、金色の硬貨十枚と引き換えにそのアイテムを買い取った。


「ヒヒヒ。毎度あり。金払いのいい客は大好きさ。———この村の近くにはもう一つ、調和の女神を祀っていた神殿がダンジョン化したものがある」


 上機嫌で語った後に、声のトーンをいくらか落とし、真面目ぶって魔女は言う。

 元々この地方では魔気の歪みが出来やすく、それを回復するために調和の女神が加護を授けた。人々はかの女神を崇拝し、感謝を込めて巫女を立て神殿までも建設したが、崇拝は時の流れに廃れゆき、いつしかその神殿は人の寄らない時代を迎える。放置された建物は神の怒りか偶然か、やがてその性質をダンジョンへと変えていき、今の時代に残るという。


「“女神の神殿”の最奥で、調和の女神の“加護石”を手に入れることができるだろう。その加護石が魔気の歪みを正すと出ているよ」




 翌日の朝、村長から神殿のおよその場所を聞き出すと、我々は早々に家を出た。低い山を一つ越えねばならないようで、ダンジョン攻略を加えると一晩は必要だ。

 それほど悪い魔女ではないと彼らが語ったその通り、やや高額ではあったものの売りつけられたアイテムは、どうやらこれから行く神殿(ダンジョン)で効果を発揮してくれそうな“聖”属性を付与するものだった。

 職業柄、聖に属し高い聖耐性を示すソロルは「いらない」と言いかけたのだが、アイテムに彫られている象徴印が珍しい宗派のものだと興味を示し、念のため装備することにしたらしい。

 おそらくは最終的に手に入れたい“キング・ダイワーンの鱗”のために心遣いをしたのだと、そんな魔女の行動を素直に受け取ってみるならば、神殿内では聖属性の攻撃を放ってくるモンスターが多いのだろうと思われる。

 神殿系ダンジョンは邪神や邪教に乗っ取られたという流れが多く、徘徊しているモンスターは大概が“魔”属性だ。この場合の“魔”の属性は魔種の魔性(それ)とは少し異なり、悪魔的というか邪悪というか、統制の無い歪で陰気な性質(たち)になる。

 通常ならば魔属性のモンスターは聖属性の攻撃で大きくダメージを削れるが、聖属性の攻撃を放てるような聖に属するモンスターというやつは、どのようにして攻略すればいいのだろう。ただ自分が知らないだけで聖職者の邪教徒版があるのか?と思い至るも、多くの人と出会い別れた養父と旅したあの頃にさえ、そんな職業の人物にはついぞお目にかからなかった。

 大ダメージを与えられずとも、地道に物理攻撃で体力を削っていけばいいのかと考えて。思うより攻略に時間が掛かるかもしれないと、共に歩む仲間を見遣る。


 そうしているうち野を越えて山を越え、そろそろ見えてもいい頃かと辺りの気配を伺うと、赤土色の柱が立ったそれらしい入り口が目に入る。

 簡素な造りでありながら静謐そうな空気が流れる神殿に足を踏み入れ、一番に出会ったのは“聖職者の霊”だった。

 聖職者の霊(モンスター)はこちらの姿に応戦の構えを取るも、装備したアイテムの象徴印が目に止まり、いまいち本気を出せないでいるようだった。よく見れば同じ形の象徴印が建物のそこかしこにあって、なるほどそれを装備している自分たちの存在は味方のように見えるのか、と。聖属性の付与というのはそういう場合もあるのかと、ソロルが素直に装備したのを今更ながら理解する。

 同じ頃、ベリルが何かに気付いたようで、しばらくソロルに視線を送り。

 頑に知らぬフリをするソロルの態度に痺れを切らし、ついに彼の肩を叩いて「…持ってる教典、貸して」と片手をズイと差し出した。

 何故かソロルは沈黙したが、次第に片手が置かれたままの肩のあたりを気にし出し、最後にはふるえる声で。


「……大事に扱ってよね」


 と、懐から取り出した分厚いカバーの小冊子をベリルの手に乗せていた。

 他の二人もその光景を見ていたが、自分を含め大して気にも止めずにいると、次にエンカウントした聖職者の霊(モンスター)がアッサリと片付いた。

 これまでの戦い方と何か違いがあっただろうかと後方を振り返る。

 すると。


「おい、お前、今、それ、どうした」

「…千切って使った」

「千切っただと!?」

「…さすが教典。効果は絶大だった」


 ありがとう、という二人の掛け合いが目に入り、レプス、ライスと視線を混ぜる。

 表情があまり動かない少女の方は、やけに清々しい雰囲気で。

 聖職者の少年は、先ほど渡した教典が少女の手元に収まっているのを凝視して。

 どうしたんだ?と視線で問うと、絶句するソロルを置いてベリルが一枚、教典を破って返す。


「…モンスターのダメージを大きく削れるアイテムを手に入れた。これからは楽に進める。期待して」

「シュシュ殿、それはどういう意味でござろうか?」

「……異教の教典だからだよ。要するに、ここのモンスター(聖職者)からしてみれば、その教典は異教のもので…他の宗派が掲げる教義とか教理って、つまりは邪教、外道の類いになるからさ…自分の属性を脅かす恐ろしい対属性になるんだよ。たぶんだけどね…」

「なるほどねぇ」


 何とか気を取り直しメンバーに説明付けたソロルだったが、やはり破り使われたベリルの手にある教典が相当惜しいものらしく、しばらく瞳がどこか虚ろを漂っていた。

 ベリルはその後モンスターにエンカウントする度に、破り取った一枚を魔矢の先に突き刺して使用した。幸運なことに徘徊しているモンスターの殆どに有効で、かなり楽に先へ進むことができ、神殿の最奥で目的の加護石を手に入れて一夜を明かすところへきても、さほど疲労が残らなかった。


 翌日、無事に神殿を後にして、教典だった小冊子が僅か数枚を残すだけという無惨な姿になったのを見て、大きな街を訪れた時、ソロルに対し絶対に代わりとなる教典を買ってやろうと……三人で頷いたのは、実は初めてのことだった。

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