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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
9 デュソリス湿原
83/267

9−5



 同日の昼頃には元の村に戻ることができ、湿原に至る道順を村長から説明してもらう。聞けばその湿原は、こちらの村から隣村までの距離の半分程度の近さだということだ。

 往復で半日掛からない。

 しかも道中はモンスターが湧いて来ず、一応ダンジョンではあるものの、デュソリス湿原という場所はレベル一桁台のモンスターしか居ないという。

 主に生息しているのはダイワーンという魚の姿に人の手足を張り付けたモンスターで、大きさは大人の手のひらほどのものから大きいものでも大人の腕の長さほど。立派な“足”を持っているにも関わらず、ほとんど水中から出て来ない質なのでエンカウント自体が稀だとも。

 あとは気配に敏感な飛蝗(バッタ)系のモンスターが薮の中に潜んでいるだけなので、組まれた足場を進んでいれば、ほぼ当たらずに奥の方まで行くことが出来るという。

 以前、某坑道でボス・モンスターのレベルが倍になっていたこともあったので、一桁台のレベルだからと気を抜くことはできないが。攻略が簡単そうなので、これから行って確かめるという提案に異議を唱える者は居なかった。

 未だ強く降り注ぐ大粒の雨に対抗すべく、各々が装備を整える。

 さほど掛からずそれを終えると、我々はデュソリス湿原に向かって出発した。


 村から離れ、小さな森を抜けた場所でも雨の強さは変わらない。

 これから向かうその場所にもし何らかの原因があったなら、あるいは雨脚が強まるなどの変化を見て取れるかもしれないと期待していたこともあり、変わらない周囲の状態に疑いの心を抱いてしまう。

 勇者の中にはそういった自然の動き——精霊達の叫び声を耳にする者も居るというから、やはりどこか自分では“勇者”として不足感が否めない、とそう思う。一方で、湿原までの道のりが村長に聞いた通りに進みやすいものだったので、無駄に体力を奪われず済んだことに安堵する。

 ささやかな森を抜けた後、広がる原野のやや上り勾配の道を行く。

 その先にある湿原は、近づくほどに薄い霧に包まれているようにも見えた。

 豪雨の中に漂う霧とは不思議なものだと思った所で、やはり何かあるのかと神経を研ぎ澄ます。

 やがて雨粒が地面に落ちて激しく弾ける音の中、人のような足音が所々混じって聞こえ、同時にやたら賑やかそうな複数人の気配を感じる。始めは自分だけだったようだが、次第にひとりふたりと足を止め、それに気付いた者同士たがいに頷き合いながら「人に似た気配がする」と言葉を交わす姿が見えた。

 間違いなく何か居る———。

 それほど強そうな気配ではないのだが、妙な胸騒ぎを誰もが感じ、入り口付近で各々が武器の持ち手に手を掛けていた。

 登りきった獣道。

 その先に広がる湿原に視線を向けて、役所(やくどころ)をおさえたソロルがやたら通る声で言う。


「ねぇ…アレ何?」


 むしろこちらが聞きたいと思った言葉を飲み込んで、この目の前の光景をどうしたものかと切り替える。

 するとライスがソロルの横で、物知りなレプスに視線を向ける。


「あれが村長殿が言っていた湿原モンスターのダイワーンでござろう。いささかサイズが大きくて、発生量も多いように見受けられるでござるが…」


 雨よけのフードの下に白い耳を折り隠し、そんな風にレプスが返すと「…いささか?」と小さな声でベリルがすかさず突っ込んだ。

 それを聞いてか気付かずか、人差し指を立てて差し。


「どこが手のひらサイズだよ!?何が大きくても大人の腕の長さだよ!?あれじゃ確実にクライスの背丈はあるよ!!どうみても大き過ぎるって!!!」


 金切り声に近い叫びでソロルがレプスに言い募り。


「それに、すごーくたくさん居るしねぇ。あの密度…地道に倒して進むしかないのかなぁ?」


 と、続けてライスが苦笑する。


「レベルはそれほど高くなさそうなんだが…」


 感覚的にもたらされるモンスターのレベルの高さに、苦労せず勝てる様子ではあるのだが、と一言だけ付け足して。

 とりあえず一番手前に居る奴と手合わせをしてみよう、とメンバーに視線を向ける。


 湿原の入り口を越え、ダンジョンである土地に踏み入ると、聞いた話よりだいぶ大きいダイワーンの群衆が、一斉にこちらの方に向き直る。ざっと見渡し、まず相手にしなければならない数は二十体近くであると目算し、ライスの動きに合わせるように大剣を引き抜いた。

 水場であるとの判断から水系の魔法耐性が低いレプスは、いつかのように防御魔法を自身に付与する声を出す。

 ダイワーンは基本的に水中から出て来ない、との村長の言質(ことじち)は、全長が湿原の水位を大きく越してしまっていることや、数のせいで水場から足場に追いやられているものがいる——水場に浸かっていなくても普通に行動できている——ことからも、確実に裏切られた感がある。

 大人の男の身長に達するほどの魚体には、ヒレのあたりから立派な四肢が生えており、もはやその見た目というか存在感の大きさゆえに、彼らのレベルが一桁台とは到底思えぬ雰囲気だ。

 少なくとも20には達しているかと当たりをつけつつ、無属性の刃物を振るう。初めに飛びかかってきた数体を斬りつけながら、大剣に乗せた魔力でそのまま後方へと吹き飛ばす。

 次いで斬撃を繰り出したライスの槍に第二陣が吹き飛ばされて、敵方との間にややスペースが出来たことを見計らい、こちらに殺到しようと動く彼らの足にベリルが素早く矢を放つ。

 牽制のつもりだったのだが、それでも知能が低いのかダイワーンは数にまかせて前へ前へと———こちらの方へ押し寄せて来ようとするので。


「donare mora(ドナーレ・モラ)!」


 と、メンバーの意を酌んで、ソロルが“遅延”の状態異常を広範囲に発動させた。

 しかし状態異常の耐性が高いのか、その一回で遅延にかかったものは少なく、多くが群れの中から一足飛びにこちらの方へやってくる。

 振るった剣の感触から体を覆う鱗には中々の物理耐性があるように感じられたし、跳ねられると何となく厄介だ。まずはむき出しの足を狙おうと、正面に迫る魚体を半身引いて寸でで躱す。そちらは後ろのライスに任せ、次の獲物の動きへ合わせるように剣先を素早く変えた。

 上から下より下から上かと流す軌跡を脳裏に描き、握る柄に力を込める。

 やがてこちらの射程に飛び込んできた一体を狙った通りに迎え撃ち、隙を突いて下から上へと大剣を跳ね上げた。

 そこそこの感触で、まるで人の足というモンスターの体の一部が切り落とされる。もう少し入れる力は少なくて大丈夫かと、切り落とした体勢から無駄なく次を狙える獲物を視界の中から探し出し、そちらの方へ足を踏み出した時だった。

 ビリリ、という重い振動を体の表面付近に感じ、無意識にその場を退いていた。


——今のは何だ?


 十分な距離を取り、辺り一帯を伺うと、後方から少年の声がする。


「モンスターが落雷魔法を放って来たんだ!火傷とか痺れはない!?」


 思いがけない相手から思いがけない攻撃を受けたため、か、ソロルが焦りを混ぜて言う。確かに四大元素の地水火風に関する魔法を放ってくる敵は多いが、雷というのは珍しい。

 充分な回復魔法や状態異常回復魔法を扱える筈のソロルが焦りを見せるほどなので、先ほどの落雷はよほど威力があったように見えたのかと予想する。ふと向けた意識の中で己のステータスを確認し、火傷や痺れというような状態異常が出て無いことを彼に向かって視線で告げた。


——幸運…と言っていいのか。


 果たしてしばらく上昇の気配をみせぬ“幸運値”を思い出し。


——あぁ、そういえば…。


 そうなのか、と。

 いつもなら後方でこちらの様子を伺っている、例の彼女を思い出す。


——あの時もらった“アルザイゲオスの下衣(したごろも)”…効果の中に“防雷”があった筈…。


 ふと身につけたダークグレーのボトムスに視線を落とし、全くなんて偶然だ、と息をつく。いつもならこういう窮地を見越したようにアイテム持参でサッと現れる彼女だが、まさか居ない時までもこちらの危機を回避してくれるとは。

 あのとき目にしたステータスには“予知”スキルは無かった筈、と魔女性を否定して、これが狙った通りなら大した先見性の持ち主だ、と。

 そこでふるりと首を振り。


——おそらくそれでもないだろう…が。


 と養父の言葉を思い出す。


 長いこと旅をしていると、たまにそういう奴に会う。

 因縁の相手というか…見えざる縁の陰縁の相手と言うべきか。

 縁のある相手というのは多くの場合こちらに苦労をもたらすが、それを補い余りあるほどの僥倖を持ってくる奴がたまに居て……。


 ふと脳裏に浮かんだそんな言葉をかき消すように。


「雷に耐性のあるアイテムを身につけている!耐性魔法はライスを優先してくれ!」


 と、声を張り上げ、意を伝えると、再び渦中に飛び込んだ。

 一体、また一体と足を落としてモンスターの動きを止める作業の中に、レプスが放った広範囲の炎上魔法。降雨のせいで普段より威力が落ちたように見えたが、それでも立ち上がってくるものを残り一撃で沈める事ができるほどダメージを与えられたようであり、付近に密集していたものを取りあえずだが一掃できた。

 姿は遠目に確認できても向かって来ない魚人の様子に人心地ついたメンバーは、各々感じた初戦の意見を零し合う。


「あれで一桁レベルとか言わないよね?」


 ソロルが不満そうに言い。


「足を狙うのは良かったな。鱗が固くて体にはあまりダメージを与えられない感じだったしね。次からはまず足を狙う方向でいこうと思う」


 とライスが続け、それにベリルがフォローする。


「…できれば一カ所にまとめて欲しい。それなら私の大技でも一度にたくさんヤることができるから」


 最後にレプスが曇った顔で。


「この雨でござるが…此処がダンジョンのせいなのか、水耐性の低い某にはどうやら永続的な負荷になるようなのでござるよ。プロテクト・ウォーターでは補えないステータスの低下が起きているのでござる。低レベルダンジョンということを考えると信じられない数値でござるが…発動魔法の威力が30%も低下するのでござる」


 と残念そうに呟いた。

 まず出された各々の意見を聞き終えて、答えられる範囲を返していく。


「今倒したダイワーンのレベルは20以上35以下という所だった。我々のレベルからすれば大した事はない範囲だが、鱗の物理耐性と落雷魔法は注意すべき点だと思う。レプスのステータスがかなり低下しているようなので、皆でフォローしていこう。ベリルの言う通り、敵をなるべく一カ所に集めるようにして、レプスの広範囲魔法とベリルの大技でダメージを削る。それでも立ち上がって来たものを沈めていく方法で、できればとどめをさすのをソロルにも手伝ってもらいたい」

「了解」

「わかったよ」

「了解したでござる」


 最後にベリルが「…了解」と頷いて、離れに見えるモンスターの姿に視線を移す。

 そしてそのまま口元をムッと引き結んだのを目に止めて「どうかしたか?」と問いかける。

 と。


「…さっきより敵の数が増えた」


 という、嫌な答えが返されて。


「……この短時間でモンスターが発生したって言うの?」


 そんなソロルの辟易とした言葉を聞いて、誰もが同じ気持ちを抱いたが。


 結局その後、我々はあり得ないほどのエンカウント(モンスターの発生)に前後を阻まれ、レプスの魔力消耗を目処にして手堅くダンジョンを後にした。

 低レベルダンジョンで最奥に達する前に引き返したのは初めてで、そんなこともあるのかとソロルとベリルは少し納得できなさそうにしていたが、経験者であるレプスとライス——特にライスは前職で指揮を執る側だったので——は妥当な線だと視線で告げて来た。むしろもう少し早めに引いても良かったと語る瞳に疲労の色を確認し、レベルは低いが攻略が困難なダンジョンだと息をつく。

 村長らの話から、この湿原が変質したのは明らかなことだとしても。とりあえず奥の方まで路順を辿ってみなければ、少年がどこにアイテムを落としたのかわからぬままだし、真の降雨の原因もわからないままとなる。

 この状況をどう打破するか。

 何か知恵はないのかと帰路の途中で無意識に背後を振り返り、ハッとして前を向く。

 ついてくるのは彼女が好きでやっていることで、勇者の仕事でもあるからと「多少の面倒は見なければ」など義務的に受け止めたつもりでいながら、いつの間にか賢い彼女を当てにしていたことを知り。


——全く都合がいい事だ…。


 と髪を滴る粒を見る。


「どうしようねぇ…次は魔薬を消費する覚悟で挑もうか?」

「某のステータス低下を抑えられるアイテムが手に入れば、もう少し先に進めると思うでござるが…まず無理でござろうな」


 ライスとレプスが呟くように言ったのを耳に止め、仕方がないと心を決める。

 初めに異常を知らせて寄越した。


「魔女に相談してみよう」

※言質:正しい読みは「げんち」もしくは「げんしち」というそうです。

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