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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
9 デュソリス湿原
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9−4



 早朝、廊下を歩む気配があって、ふと意識が浮上する。

 そのまま気配を追いながら階下の方へ下っていくと、現れた自分の姿に少年が驚きながらも朝の挨拶をしてくれる。丁度いま淹れた所だったからと手元の朝茶をすすめられ、うっすらと目の下にクマを作ったその顔に褒め言葉をかけてみる。

 お父さんから勉学に励んでいると聞いている、若いのに偉いな、と。

 特に何のつもりもなかったのだが、少年はそう言ったこちらの顔をじっと見て、気まずそうに俯いた。


「物知りな男が好きだって、言ってたから…。俺は勇者様みたいに強くも格好良くもないから、気を引くにはそこを攻めなきゃだめだって……思っただけなんです」


 だから心底勉強が好きという訳ではなくて、要は打算というやつなのだと少年は小さく語る。


「…プレゼントを受け取って貰えなかったあたり、望みはかなり薄いかなって思うけど。こう、何かしてないと、気持ちが沈んでくるっていうのもあって。まぁ、本を読んでてもあんまり頭に入ってこないから、今やってることって無意味かもしれないなとは思うんですけどね」


 そして不意に問いかけられた、その言葉。


「勇者様もこういう経験ありますか?好きになった女の子が振り向いてくれないっていうか…むしろ嫌われてる、みたいな状況。それでも諦めきれなくて…もがくような苦しい気持ちとか」


 そんな事を問われてしまい思わず止まった息を置き、かなりの速さでこれまでの経験を頭の中に甦らせる。

 初恋———は、した筈だ。

 例に漏れずにその初恋は内に秘めた盲目的なものであったし、醒めてから冷静に顧みても、どうしたところで叶わないものだったという記憶がある。

 それ以降、他の誰かに恋をしたかと問われると……。

 憧れた女性は居ない事も無かったが、恋愛の“好き”では無かったし、まして欲しいと思った事も無く…。

 いや、そもそも欲しいという感情も、高レベルモンスターと戦った後というような“勇者の体質”のせいでしか無いような……。


——あぁそうか。


 だから、よく女性に言われる「ストイックなところが素敵」という台詞は、そういう所を感じ取られているからか、と。

 初恋が終わってからは自分の立場を嫌というほど思い知ったつもりだし、いつか養母(はは)が相応しいだろう結婚相手を決めてくると思っていたから。

 つまり自分は恋愛感情を久しく異性に見出してなくて、好いた相手が振り向いてくれないだとか、嫌われている所からのスタートというのは全く経験したことが無いのである。


——あぁ、この時点で彼にアドバイスできることなど皆無だし、間違いなく役に立たないな。


 あるいはここにライスが居たなら、少しでも彼を元気づけられるような気のきいた話を返してやれたのかもしれないが。

 経験が無いから分からない、と言ってしまうのは簡単だ。

 それこそ真に誠実な答えかもしれないが、経験したことがないからこそ、自分の中の憧憬を込め“頑張れ”と言ってやりたい気持ちがある。


——誰か居ないか?居なかったか?


 この子のように、報われがたい恋をしていた友人は。

 考えて「ダメだ、居ない」と思った後に、ちらりと掠めた彼女の姿———。


 いや。

 自分は。

 そこまで彼女を嫌っているつもりは無いが。


「……やっぱり勇者なんて人には、縁の無い話ですよね」


 一寸先に「すみません」と苦笑を零され、思わず「いや」と否定を入れる。

 それは一体、何に対する“否や”だったのか。

 頭に浮かんでいるものの、上手く組み立てられそうにない話の筋に不安を感じ。感じながらも、出した台詞の建前で、今さら話止めるという選択などできそうもないことで。

 止めていた息をゆっくりと吐き出しながら、複雑な心境で絞り出すように声にする。


「内に秘めた想いだったし、吐き出さずに終わったが、初恋はどう頑張っても報われない相手にだった。若さもあって盲目的なものだったから、今ではもう目が醒めて引きずっているということは無いんだが」


 そう語ると少年は、驚きの混じった顔でこちらにじっと視線を向ける。

 真摯さが含まれる熱心な二つの瞳に、いや、そこまで立派なことは言えそうにないのだから、これからの話にあまり期待はしないで欲しい、と心の内に懇願し。

 少し話が変わるのだが、と伝える態度でささやかな間を置いた。

 それから静かに語り出す。


「いま丁度、諦めきれない恋をしている友人がいて…」


 思わず言ってしまったその後に。


——果たして彼女は“友人”か?


 と。知人の方がまだ正確だっただろうかと焦ったが、今更変えることなど不可能だと諦める。


「その相手は嫌っているつもりは無さそうなんだが、振り向くつもりは無いらしく…」


 お前の事だ、と自分を抉り。

 あぁ、これじゃあ、全くもって苦しい弁明みたいだな、と心に呻く。


「もう三年もすげない態度を取られ続けているんだが…」


——……覚えているさ。三年前に訪れたコーラステニアからだった。


 正直、それまで何人か同じような娘が居たから、同じように知らぬ振りを続ければ、いつの間にか居なくなると思っていた節がある。


「どんなに冷たい態度を取られても、めげずに今も付いて来…行くし、その相手の窮地を察すると手助けをしようとしたりする。中には本当に危機的な状況もあったりで、ありがた迷惑とは言えないくらいに…その相手は恩義を感じているようなんだ」


 そのくせ見返り的なものは、ほぼいらないと言っているような態度だし。

 面と向かって「振り向くつもりはない」のだと早く諦めるように伝えられればいいのだが、ただ近くに居るだけで踏み込んで来ない相手に対し、いくらなんでもいきなりそれは自惚れが過ぎるような感じもして。


「そんな友人の行動に、どう接したらいいものか相手は随分悩んでいるようなんだ。だがおそらく、そういうものも含めて、最近少し気にされている、ところまできた…」


 たぶんそれは嘘ではない。

 気になるのは彼女の将来で、どれかというと心配な方の気持ちだが……。

 そんな風に考えながら、さぁ最後のまとめだと、言うに苦しい話を繋ぐ。


「諦めきれない相手に出会えるということは、とても幸せなことだと思う。そんな君が羨ましく思えるし…いつか報われるかもしれないなどと、いい加減なことは言えないが」


 できれば君も、そして彼女も。


「…幸せになって欲しい、とは思う」


 おそらく苦い表情(かお)をしている自分の姿を想像し、これでは不誠実もいいところだと嫌気や呆れがさしてきたのだが。

 目の前の少年はしばらく体を硬めていたが、ふっと力を緩めると、そっと視線を机に向けて。


「すみません。なんか嫌な言い方しちゃって。史実を見ればいつだって勇者っていう人たちは誰にでも好かれるし、失恋なんてしないんだと思ってたから……」


 そう言ってほんの一口お茶を喉に流し込み。


「わかってるんです。好きでもない相手からしつこく好意を向けられるって、たぶん、いやかなり、嫌な気分になるんだろうな、ってことくらい。でも、それがわかってても上手く諦めきれないし…どうにか足掻けないかとか、思っちゃうんだ」


 囁くように言葉を続け、少年は少しバツが悪そうにフと笑う。


「勇者様の友達ってすごい人なんですね。むしろ話だけ聞いてると冷静に報われないのが分かってて、それでも側に居るってことでしょう?諦めきれないっていうよりは…いや、他人には分からない熱い想いっていうやつを秘めてるのかもしれないけれど、恋してるっていうよりはもはや愛してる域っていうか…。———あの子に対する自分の想いって、真っすぐで深いものだと思ってたけど、勇者様の友達には敵わない気がするなぁ」


 今までは。

 好きってすぐに言わないと誰かに取られてしまうって、そんな風に思ってた。

 複雑そうな表情ながら、どこか雰囲気を大人びさせて彼が言う。


「ほんとは他の誰かに取られるなんて嫌だけど…それでもまだ好きだと思えたら。何年越しでも、大人になってもあの子への気持ちが今と変わらずあったなら。もう一度、本気だって伝えてみようかな、とか。なんか、おかげで勇気づけられた気がします。ありがとうございました、勇者様」


 こういうのって親父に相談するのとか、照れくさいもんでしょう?

 だからって友達に相談するのも馬鹿にされそうで出来ないし。

 むしろ、ものすごく揶揄われるのが目に見えてるし。

 このところずっと雨だから、部屋に籠る口実ができてラッキーだと思ってたんですよ。まぁ、好きな子に振られるショックがこんなにでかいもんだとは思いもしませんでしたけど。

 続けざまに吐き出された少年のそんな台詞に、どことなく引け目を感じて押し黙る。


「勇者様の運命の人って一体どんなひとなんでしょうかね?理想とかありますか?できれば美人がいいだとか」


 そう語る、目に見えて気を取り戻した少年の勢いに取り残された感じを覚えつつ。


「……これといった好みはないが、できれば普通の女性がいい」


 と、狼狽えながら答えを返せば。


「へぇ!?意外!!」


 などという素っ頓狂な叫び声を上げられたりしてしまい。

 その叫びを聞いて出てきたソロルと彼の父親に「勇者様の女性の好みが余りに意外だったので」と、あらぬ疑いを掛けられそうな台詞を口からもらされて——村長は一瞬本気でこちらの趣味を疑った雰囲気だった——、ますますその場にひとり取り残された気分になったのは…いい思い出と言っていいのか悪いのか。


「そういえば」


 と、おそらく客が居る手前、そうそう酷く怒られることはないだろうとの打算から。

 食事の席で少年はあっけらかんと村長に「母さんの首飾り、湿原で無くしちゃったんだよね。ごめんなさい」と謝罪を入れた。

 それを聞いた村長はサアッと顔を青くして「まさか紫水晶の…?」と言葉を絞り、少年は同じ調子で「そうそう、それ」と頷いた。

 食事が終わり彼が部屋の方へ下がったのを確認すると、青い顔のまま沈黙を守っていた村長が「実は…」とずいぶん暗い声を出していう。


「うちには代々受け継がれている、紫水晶で作られた女物の首飾りがあるんです。こんな田舎の村にあるには勿体ないほど見た目が良いので、跡取りの男児が心に決めた女性に求婚する際や、婚儀の際に用いられてきたものなのですが、少し曰く付きでして…」


 曰くと聞いて一番に思い浮かぶのは、呪いの類いの話である。

 そう考えたこちらの様子に慌てるように頭(かぶり)を振って、村長は続きを語る。


「いや、その、曰くと言ってもそう怪しいものではなくて、身につけてもさしたる変化はないのだと伝えられているんです。ですがその…なんでも特別な“力”がこもったアイテムだという逸話もありまして…」


 ただの装飾品ですし、可能性は低いと思うのですが。

 もしもこの長雨がそれのせい…もとい、息子が無くしたせいであるのなら。

 近隣の村々に、大変申し訳ないことでありますので…。

 

「正直、大したお礼は準備できそうにありません。ですが、もしこの辺境の村々を気にして頂けるのであれば…デュソリス湿原で変わったことが起きていないか、確かめてきて欲しいのです」


 深く深く頭を下げた村長の懇願に、もとよりこちらはそのつもりで来たのだし、何かあっても礼には及ばない、と。

 使い慣れたそんな台詞をいつも通り相手に返し、意外な形でもたらされた情報を持ち、さっそく湿原の状態を確認しようとソロルと共に足早に村を後にしたのである。

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