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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
9 デュソリス湿原
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9−3



 世界に満ちる大気の中に“水”の気配が寄り集まって、これから雨が降るのだと感覚に囁いた。

 降雨の予兆は流れてくる風の中に湿り気を感じたり、鳥が低く飛ぶ様子を目に止めたりと、自然を見ればそれとなく悟る事ができるもの。だが、勇者という存在はより確かな感覚でそれを知り得るものらしい。

 それはおそらく神霊との契約を結びやすい体質ゆえと思えるが、これはこれで慣れるまで変に時間を要したものだ。

 鋭すぎる感覚は知らぬ間に精神を疲弊させていく。

 まして普通の人間の感覚に、慣れていたなら尚の事。

 それでも今は便利だと思えるようにもなったから、少しは成長したのだと。

 気持ち急ぐようにして、雲を怪しくしている方角へ歩みを進めたのだった。

 そのおかげで昼前には小さな村に到着し、ひどい雨に打たれた時間も短く済んだ。

 ずぶ濡れの旅人を嫌な顔をせず受け入れてくれた村長夫妻に礼を言い、通された部屋で各々服を着替えたら、暖かい茶を頂きながら「雨が止むまで世話になる」ともう一度頭を下げた。

 別段、急ぎの仕事があるという訳でもなかったし、それこそ始めの数日は降り止まない雨を怪訝に思うことも無く、たまにできる休暇のつもりで静かに過ごしていたのだが…。

 五日目の昼過ぎに、村はずれに住む魔女という人物が訪れて。


「この長雨は隣村に住む子供が原因だ。手を打たなければ雨は延々と降り続く」


 と村人に言葉を残して去ったという。

 確かに天気は崩れたままだが、ひと月も続くというなら異常とは思えるものの、せいぜいが五日程度のことである。

 しかもその原因が子供というのも的を射ないし、そもそも彼女は変わり者で偏屈だ。

 今のところ悪意というのを感じた事はないのだけれど、魔女の言だし迷ったと。

 だが丁度、勇者(自分)が滞在していたことを思い出した村人は、悩むより伝えに行こうと村長の家までやってきた。

 その時ちょうど、夫人の家の手伝いで抜けていたベリルを除くメンバーが居間に居て、村人や村長と簡単に話し合い、確かな証拠はないけれど念のため確認に行くというので話がついた。

 とはいえ、この長雨で困った事が起きていないか隣村に聞きに行くのが大体の目的で、子供に関する心当たりはついでといった雰囲気である。

 村長は窓を見て申し訳ないという顔をしていたが、世話になっているのはこちらの方だし、隣村までの間の道にモンスター・フィールドを挟む事を考慮するなら自分たちが行くのが最適だ。互いの配慮がそう重くならないように、行くのは自分ともう一人、あとはこのままこちらの方で世話をしてもらうことにする———そんな案で落ち着いた。


 それからさっそくソロルを連れて村を立ち、日暮れ前には隣村の村長宅へと到着できた。

 一番の目的の、雨のせいで困った事が起きていないかを確認すると、畑の野菜が多少心配ではあるが、人命に関わるような問題は今のところ誰からも報告が無いとのことだった。

 そう語った村長は声の調子も顔色も良く「長くてもあと二、三日も待ったなら雨など止むことだろう」と思っている雰囲気で、これなら探りから入るより直球で聞いた方が印象が良さそうだ、と。実はあちらの村はずれに住む“魔女”という人物が、この長雨の原因がこちらの村に住んでいる子供にあると言うのだが、何か心当たりはないだろうか?と簡潔に聞いてみる。

 朗らかそうな村長はその言葉に驚いて、呆然とした表情を一瞬だけ浮かべたが。


「今この村で十五に満たない子供というのは、うちの息子だけになる」


 と静かに呟いた。

 漏らされた言葉にお互い気まずい思いが浮かんだが、魔女の言だとこちらからフォローを入れるその前に、特別疑っている訳ではないのだという気持ちの方が伝わったのか、村長は固まった表情に柔らかい微笑を戻した。

 魔女の言とはいうものの、彼女らは見えない事象を占い知ることができるから、万が一を考えて息子に確認してみましょう、と。何を思い立ったのか、このところ書斎に籠って勉強しているようだから、と“あくまでお茶に誘うため”声をかけてくる旨を話すと、彼は自然な物腰で席を立ち、自分の息子を迎えに行った。

 途端、ソロルが「怪しいんじゃない?」などと呟いたので、これまでのやり取りのどの辺が怪しかったのかを聞いてみる。


「最近、急に書斎に籠り始めたなんて、明らかに怪しいじゃん。勉強なんて嘘だと思うよ。ほんとは何か気まずい事とかあって、なるべく親と顔を合わせたくないんだよ」


 言われて「そうか?」と思ったが、「些細な事がきっかけで将来像が見えて来て、勉学に目覚めたのかもしれないぞ?」と返したら、そんな殊勝な人物は滅多に生まれてこないのだ、と呆れ調子に戻された。

 自分と同じか少し下の少年の行動にそういう言葉が返るのか、と妙な感じを覚えたが。ソロルはいつも大人に囲まれ生活していることもあり、同じ年の子に比べたら考え方が老成しているせいなのだろうと結論付ける。

 さて、自分がそのくらいの歳の時、養父(ちち)に対する気まずさはどうやってやり過ごしていたのだろうかと思い出し。

 人の好い顔をして、その実どこか意地の悪い空気を滲ませていたあの人は。見ぬ振り、知らぬ振りをして、いつもこちらの核心を突く言動をみせる人だった、と。さらにはそれが、常に“いい”タイミングだったものだから。だから自分は隠すことを早々に諦めて、少しでも気まずいと感じたならばすぐ相談するようになったのだ。

 思えば何か問題を抱えたままで、長期間いたという記憶がない。

 顔を合わせたくないとまで思うほど気まずいような問題も、よく考えたら起きなかった気がするし。

 そうすると、ソロルが感じているような少年の問題は、自分には分からないもの、気付けないものなのかもしれないと。もちろん少年(かれ)が原因だとは今のところ決めつけられない話だが、それとなく行動を気を使って見てみよう、と心に思う。

 少しして追加の茶菓子を携えて現れた村長は、次いで部屋に現れた自分の息子を紹介し、緊張気味と受け取れる少年の動きの硬さがおさまるまでは他愛ない話で時を過ごした。少年の緊張が治まり始めた頃合いに、村長は部屋の準備をしてくるからと席を立ち、それを合図にさり気なさを装って「最近何か変わった事は起きなかっただろうか?」と、やや遠回しに聞いてみる。

 面立ちは村長に似ているが、温和というより強い意思を秘めているような瞳の彼はキョトンとし、変わった事と言えるような出来事は無かったと記憶を辿る顔をした。その雰囲気は嘘を語っているような怪しいものではなかったし、ソロルも特に反応しなかったので、もし原因が彼にあるのだとしても故意ではなくて無意識のことなのだろう、と。何か思い出す事があったなら教えて欲しいと言うに留めて、その話は止めにした。

 それから食事と酒が運ばれ、“勇者”に興味を持ったらしい数人の村人と話して過ごす。腹を満たした少年が部屋の方へ下がった後に、一人になった村長に彼が原因とは思えない旨を伝えると、明らかにホッとしたような顔をした。

 そして「家内はあれが小さい時に死んだから、寂しい思いをさせていないか、言いたいことがあるんじゃないかと心配だった。もしかしたら本当に、私の与り知らない場所で問題を起こしていたりするんじゃないかと…疑ってしまったよ」と恥ずかしそうに囁いた。

 その言葉を耳にして、あぁ、愛しているんだな、と。

 少年(かれ)は愛されているんだなと、そんな想いが湧き上がり、暖かい心に包まれる。

 最近の苛つきや、それによる疲れが癒されていく心地の中に、いつの間にか自分の中に余裕というのが無くなっていたのだと。そんな風に気付かされ、思わず苦笑を漏らしてしまう。

 ささやかな宴会も終わりを迎え、村長が好意で用意してくれた部屋へと戻ると、そのままソロルと眠りについた。

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