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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
9 デュソリス湿原
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9−2



「…時間潰しのパターンも底を尽きてきましたね」

「そろそろ部屋に籠る生活にも飽きてくる。が、この雨を見てしまうと仕方ないかと思えてくるな」

「そう言われればそうなんですけどね。確かにこんなすごい雨だと、外に出る勇気というのが持てません」


 ひとまず朝の一戦の勝敗が決定し、さぁてこれからどうするか、と暗に相手に聞いてみる。宿泊客は他にも居るが、元々寝起きが遅い人や、この天気のために一日をダラダラと部屋で過ごす人も少なくなくて、すでに早いとは言えない朝の時間でも一階に人の気配はあまり無い。

 それほど大きな宿ではないので泊まれる人数は多くはないが、それにしたって食堂兼交流場所のこの空間に二人きりは少し寂しい。時間つぶしのゲームをしようにも二人では盛り上がりに欠けてしまうところだし、はっきり言って既にネタ切れの域である。


——仕方ない。今日も読書で乗り切るか。


 一人とはいえ話し相手がいるんだし、読書なんて寂しいこと言わないで、と思われるかもしれないが。意外なことにレックスさんは普通に読書をするようで、しかも同じ空間でお互い別に本を読んで過ごしても、不思議と違和感が無いのである。

 我々は驚くほどナチュラルに、時と空間を共有できる。

 それはまるで幼なじみとの関係に似て、軽いデジャヴを思わせる。

 加えてそんな自分自身の適応力に感心し、そういや“順応”なんていうスキルとかあったよな、とぼんやり思う。


——あっ、そうだ。熟練の冒険者なレックスさんならわかるかも。


 急にそれを思い出し、私はさっそく話を振ろうと窓枠から視線を離す。


「ステータス・カードの話なんですが」


 振り出しに、その人はコップを持ち上げる手を止めて、ごく自然に先を促すようにした。


「“契約”の項目で“無償”という条件を見た事ってありますか?報酬がないって意味の無償です」

「……いくらなんでも“無償”というのは」

「ですよねぇ…普通あり得ませんよねぇ……」

「“隷属”とも違うんだろう?」

「そうなんですよ。“無償”なんていう契約形態は専門書でも目にした事がないですし。もしかしたら冒険者のうちならば知ってる人が居るかもと…」


 そういう訳でちょっと聞いてみたんです、と。

 知り合いに詳しい人が居るだとか、そういうのも期待したけど。

 知らないという顔をするレックスさんの雰囲気で「望み薄」を理解する。


「つまり…最近ベルはどこかで何かと“無償”の契約を結んだということか?」


——まぁ、有り体に言えばそういうことになるんですけどね。


 数瞬言うのを躊躇ったのだが、己が広げた話だし仕方がないかと割り切って、私はひとつ頷き返した。


「商人の知り合いが居るんですけど、その人が言うには“無償(タダ)より怖いものは無い”と。それを思い出したら、なにか“無償”って恐ろしい条件に見えてきちゃいましてねぇ…」


 台詞に対し少しでも茶目っ気を混ぜ込んで話そうと、肩を少し竦ませる。

 するとその効果があったのか、目の前のイケメンさんは「それは確かに。能力を借りるのに、見返りは要らないといわれるのは恐ろしい」とクスリと笑みを零してみせた。

 神霊の類いや妖精さん、珍しいところで魔種だったりモンスターだったりと、この世界の“契約”は多種多様な存在と繋がる事を制限しない。制限しないが規制はあって、ふつう“契約”というものには“条件”が付いてくる。

 強大な力を持つものが非力なものに力を貸す時、あるいは小さな存在が持たぬものに特異な力を貸しに出す時に、どのような約束を前提にして協力してくれるのか。条件なんて言い方は少し堅苦しいかもしれないが、一般的なそれとして“対等”の文字があり、借り受ける力に対し“相応の魔力”を提供するというのが通例になっている。

 中には一方的に契約相手を酷使するような“隷属”なんて条件を付ける——というか付けてしまえる——ヒトも居るけど、残された記録的な文献より後々ひどい目にあったりするので余りオススメしませんよ、と。さり気なくだが契約に関して書かれたどんな本にも、その一文が記されていたりする。

 ちなみにエル・フィオーネさんから譲り受けたパーシーとの契約は“従属”の文字が刻まれており、どんなもんかと聞かれれば隷属の一歩手前な雰囲気ですよと。とりあえず主人の言うことには逆らうな、って感じの縛りだし印象も悪いけど、おそらくそれはエルさんなりに気を使ってくれたんだろうと思っている。

 なにせ、私にはパーシーを思う通りに動かすほどの対価となりえる魔力がない。

 量的に無理なのだ。

 あれでいて意外と強そうな魔獣だし、対等なんて条件を付けられてしまったら本当に何も出来ずに終わるだろう。だからといって“従属”は酷いよ、と思われるかもしれないが。そんな酷い条件をあっさり付けてくれちゃったのは、魔種に比べて只人の寿命というのが相当に短いから、だと想像ができるので。いろいろ含めた心意気ってことにして、甘んじている状態だ。

 そしてここらで話を戻し、先の話題に上げた“無償”という条件の“契約”についてだが…。

 えぇ、そうです。そうなんですよ。

 例のファントム・タウンでの出来事だったみたいです。

 この宿で目が覚めてから、いろいろと記憶を辿り…ヤバい!そういや鐘楼で呪いっぽいやつ受けてたよ!と。すぐに自分のステータス・カードを引っ張り出して確認してみたんだけれど。どうやらアレは呪いじゃなくて、契約だったようでして…。

 契約の窓のところに。


---------------------------------------------------

 契約 魔獣 パシーヴァ:従属

 契約 死霊 愚者火(イグニス・ファトゥス):無償

---------------------------------------------------


 と、こんな感じで記載されていたという…。

 条件が無償というのも怖いけど、さらに相手が“死霊”というのも如何なもんかと……。

 思い出しつつ、ため息を一つ零してみれば、何を言うでもなくレックスさんが「おや?」という顔をしたので。


「まぁ、無償の契約がどんなものかが分かるまで、喚び出さなきゃいいかって話ですから」


 今すぐに分からなくても大丈夫ですよー、と。

 できるだけ軽く返しておいた。


——それにまぁ、どうしても知りたくなったらイシュに聞くという手段もあるし。教えてくれるかどうかは別だけど。


 と。

 話の区切りを感じさせるようにして、しゃっきりと背筋を伸ばす。

 ふとそんな幼なじみの存在を思い出したおかげというか、時間つぶしのいい遊びをついでに思いついた私は、晴れ晴れとした表情で。


「まだ遊んだ事の無いボードゲームがあったんでした。ただ、今は人数が足りませんので…お昼過ぎに人が増えたあたりで暇そうな人を誘って、一緒に遊んでみませんか?」

「その顔で言うということは、面白い遊びみたいだな」

「レックスさんのご期待に添えるかどうかは分かりませんけどね。そこそこ楽しいんじゃないかと思います。人気が出て来た、って知り合いの商人が言ってましたから」

「なら、それまでは…」

「はい。いつも通り読書をして暇つぶしって所でしょうか」


 そんなふうに会話を締めてみたところ、レックスさんは苦笑を漏らし、持ち合わせの本を全て読み終えてしまったから良さそうなものを何か貸してくれないか、と。

 その言葉に思わず私は“爆笑するイケメンさん”を何故か無性に見たくなり、冒険者ギルド版の実録ギャグ集を差し出そうと思い立つ。

 が、メリフェラというミツバチ系モンスターの所謂“ハチミツ”が食べたくなって、気配を隠して巣まで尾行し、活動が鈍くなる日没後に「さ〜て頂くか♪」と蓋がされていた巣の一部を切り開いてみた所……ミツではなくてサナギ様がみっちり詰まってましたよー…とか。実はそこはメリフェラの巣じゃなくてマンダリニア(スズメバチ系モンスター)の巣で死ぬ思いをした、とか。微妙に抜けてる報告主たちの笑い(?)の部分を、果たしてこの実力派なイケメンさんは反応してくれるのだろうか…?と。「そんな間違い、する訳ない」とかバッサリ両断されそうな勢いだなぁと思ったら、おいそれと差し出せない気がしてくるものだ。

 あまりこちらの人格に疑いを持たせるような内容の本も貸せないよなぁ…と思いながらも、ちょっとしたイタズラ心や好奇心な軽い気持ちで、堅い本の合間合間に“思わぬジャンル”を入れてみる。

 そう、ベタな感じのギャグ集やシュシュちゃんが気に入ったらしい王道の恋愛小説(もちろん表紙はキッラキラなお嬢さんと王子様)、歴史上有名なあの人の正体はこれだった!的ないかにもな娯楽小説などである。


——まぁ、それっぽい背表紙が見えてても、レックスさんは選ばないだろうがね。


 と、イメージ的に“読むならば推理小説系”な目の前の人を思いつつ、次々と鞄から本を取り出しテーブルの上に積んでいく。


「お好きなものをどうぞー」


 な〜んて、明らかに怪しいチョイスが混ざってる積み上げられた壁のこちら側から、しれっとした顔で囁くと、私はさっそく読みかけの本を開いて読書を開始。それとなく向かいの気配を伺っていたところ、さすが大物、微塵の怯みも躊躇も見せずめぼしい本をあっさりと引き抜いた。


——やっぱりなー…変なタイトルが目に入っても、気にならないタイプだったか。手に取ったのは思った通り推理系の小説か……なぁっ!?(;゜△゜) うぉおぉいっ!!?レックスさんが恋愛小説選んだよっ!?!!


 仕掛けたのはこちらの方なのに、驚かされて怯みを見せることになったのはこちらの方、だったとか。

 思いがけない衝撃で、目が点になったであろう私の顔を涼やかな笑みで流した彼は、そのままページをめくっていって…それからおよそ20分後にしっかり読了なさったり。

 その間ずっとドキドキと高鳴る胸——なにか不味い事をしでかしてしまったときの罪悪感っぽいアレ——を押さえつけるという苦行を受ける事になった私は、恐ろしくて読了直後の彼の顔を見る事ができなくて、視線をビシビシ感じたものの俯いてスルーを決め込んだという、いかにも敗者な行動をとってみたりしたりして。

 その後、連続で怪しいチョイス——有名なあの人の正体…の本——を選んだあたりで、もうこの御仁には敵わぬ…と。

 イケメンな人種様って侮れないよ!!と心で虚しく叫び声を上げたのは……致し方ない事だと思うんです、よ…。

 そんなもんであるからに。


——あぁー…今ごろ勇者様って、どこで何をしてるんだろう?


 こんな風に現実逃避をはかるのだって、致し方ない事なんです。

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