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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
8 ファントム・タウン
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閑話 主人公が眠った横で



 果てしない時の記憶を保持しつつ、それでも同じ大地に遊び続けるその存在は、行き着く先がどんなものかを知っているのに精神を崩壊させる兆しを見せない。それ故、彼がそうなのか、そうであるから彼なのか。

 明確な理由を求めない資質を持つということが、悠久を生きる性(さが)に繋がるような。そんな思いを抱かせる“男”が二人、大地に腰を落ち着けて、向かい合って飲んでいた。


「パシーヴァ…いや、パルテウスと呼んだ方がよかったか?」


 と。

 何気ない問いかけに向かいの男は首を振る。


『名前などどうでもいいだろう。特におれとお前の間なら』


 久しぶりの酒の香りに、言った男はスンと鼻を近づけた。


「そうか?らしくなく俺を“我が君”などと呼ぶから、気が変わったのかと思ってな」

『あぁ、それは。永いこと彼女と一緒に居たからな。クセが移ったというやつだ』

「エディアナは退屈だったか?」

『いいや、それほどは。そもそもアレは嫌になったら千切れる程度の戒めでしかなかったろう?』

「気付いていたか」

『あたりまえだ。おれを何だと思ってる』


 そうして会話は自然と途切れ、二人は同時に喉の奥へとアルコールを流し込む。


「いつぶりだ?」

『さぁ?三千年くらいになるか?』

「それは計算がおかしいな。確か最後に会ったのはエルにお前を預けた時だ」

『そう言われても知らぬものは仕方がない。何日も地下に留まれば、日の感覚などすぐに無くなる。よっておれはあれから何年経ったのか覚えてないし、必要に迫られなかったからな。出て来てからも今がいつの時代かなど、確かめてさえないんだぞ』


 最後は何故か偉そうに『どうだ参ったか』と語る男に、琥珀の酒を傾けながら牛乳紅茶色(ミルクティー)の髪の男が違う話を口にした。


「ところで、ベルの前では獣のフリをしてるのか?」

 

 そう問われ、両の瞳が隠れる位置まで黒髪を流した男が、心外だと言わんばかりに口元から瓶を離して言い返す。


『おれの本性は獣(あっち)の方だぞ。ヌコになって気ままに暮らしていたいのに…。なぜわざわざ娘の前で人化をせねばならんのだ』


 心の底から『わからない』という雰囲気で首を傾げるその様に、問うた男は「そう言われれば確かにな」と言葉を返し、小さく笑う。

 黒髪のこの男———もとい獣は、牛乳紅茶な美丈夫が生まれた時より側に居る。それはつまり同じだけの時間をかけて魔気を取り込んで来た者だから、存在意義の差はあれど“魔性”は五公を飛び越えてうんと彼に近いということだ。

 魔種の強さは、ある意味それまで取り込んで来た魔気の差にあるようなもの。実際そんな器官は無いが、体内にその結晶があると思えば想像しやすいことだろう。取り込まれた魔気は結晶となり蓄えられて、即ちその純度や大きさが強さとなってものを言う。ピラミッドの下の方では入れ替わりが激しいが、上になるほど———つまり五公の立ち位置が替わることが無いというのは、単純に、彼らが彼らの王たる者の発生の後、この世界に生まれ落ちた古い存在ゆえである。

 そこで気になる王たる者と同じ時に生を受けた黒い獣と、その後に生まれた五公爵との上下関係についてだが、未だに彼らの間では曖昧なまま放置されている雰囲気だ。比較的穏やか(クール)なエル・フィオーネとイル・クオーレを差し引いて、血の気の多い五公とて居ない訳ではないのだが、特に黒い獣の方がそういった闘争を魔種らしからず嫌っているせいである。そもそもこのパシーヴァは滅多に人の姿はとらないし、少しでもその場に不穏な空気が流れたら、しっぽを振ってそそくさと去って行ってしまうのだ。


『そもそもな』


 言いかけながら、再び瓶を傾けて。


『どこかのフィールドで偶然に会った時、話しかけてもこないから、接触する気がないんだと思っていたぞ』

「あぁ、あれは単にお前の気配がしたから確認しに行っただけだった。見た所、連れていたのは人間の娘だったしな。何か事情があるのかもしれないと、気を使ってやったんだ」


 らしくなく“気を使った”などとその男に言われても、獣の方はイマイチ素直に受け取れない。

 が、それが真偽のどちらでも差し当たり困るようなことはない。

 聞き流すことにして、今回も綺麗な器に収まった目前の存在に、次の酒を寄越せと目配せた。

 男はそんな昔馴染みの要求を一瞬で理解して、墨色の鞄の中へ己の手を忍ばせる。

 滑らかな動きで取り出されたその酒は、旧い時代のものだった。

 特徴的な形の瓶と胴に貼られたラベルを見た時、黒髪の男は前髪に隠れて見えない瞳を輝かせ『もう飲めないと思っていた』と独り言を呟いた。そして『お前は気が利く奴だ』と牛乳紅茶の男を褒める。

 こうやってさり気なく、自分が特に好きだった旧時代の酒瓶を躊躇いなく差し出してきたあたり、よほど“彼女”の感想をおれの口から聞きたいらしい。それくらいの知は働くパシーヴァは、上機嫌で酒を飲みつつ当たりをつけて言葉を紡ぐ。


『あの娘は話がわかる』『従属の契約なのに、縛る部分がほとんどない』『モンスターから守ってやりさえすれば、後はおれの自由にしてくれる』


 など、語るうちに真面目な顔で「幸運値が63しかないそうなんだが、死に関して異様に幸運だと聞いた。原因に心当たりがあったりするか?」と問われたために、獣は少し考える。考えて、そういえば、と思い出し。


『たしか、二度目だ。お前に会った後だったかな。久しぶりに“厄災の目”らしき特殊スキルを所持した女に会ったんだ。その時も平気で横を歩いていたな。感心した記憶があるぞ。あれだけ頻繁に降り掛かるアンラックに耐えられるとは。稀に勇者に発現してくる“超幸運”に近いスキルかと勘ぐったのだが、何か違うような気がするな。今まで見た事も聞いた事もない特殊スキルだ。それかあるいは———神々の深い息がかかった恩恵かもしれないな』

「……“厄災の目”すら躱すスキルか。アレによってもたらされるのは、充分な実力を備えていれば躱す事ができる程度のアンラックだが、レベル15の人の子にそれがあるとは考えにくい。勇者の職は稀に女にも発現するが、この時代“超幸運”は既に西の勇者が引いている。これだけ永く生きていて見た事も聞いた事も無いというのは、発生した事のない際立ってユニークな特殊スキルという訳か」


 思ったよりも面白そうな話だな。

 口元を僅かに緩め、美丈夫は独り言のように続けた。

 最後の“ギフト”の話に触れることをしなかったのは、彼自身がその筋を薄いものだと捉えているためだろう。

 娘の持つ特殊スキルが一体どんなものなのか。

 考え始めた男の側で、獣だった男はポツリ。


『まぁ、どうでもいいけどな』


 と、興味無さげに囁いた。

 そしてフと息を零すと、人の姿は飽きたとばかりに元の姿を取り戻す。

 今度は空に向かってスンと鼻を鳴らしてみせて。


『雨が降るぞ』


 と男に言った。


『少し先で魔気の歪みを感じる。普通の雨じゃなさそうだ』


 付け加えると、男は思考の世界から意識をこちらに戻したようだった。


「高台の街(エリーズ)に移ろう。風邪をひいたら大変だ」


 そんな台詞に思わず獣は『お前が風邪をひくような輩には見えないが』と言い出しかけて、寸での所で対象が己の主人だったのだ、と。らしくない言動をするそんな男の紛らわしさに、面倒そうに頭を掻いた。

 火の始末を終え荷物を抱えて、すぐ側に横たわる娘の体を抱き上げる。

 少し前、死に行く人間(ヒト)のその前で“使わない縛り”だったと語った奴が、あっさりと空間移動の魔法を発動するのを横目にし、魔獣はさらに面倒そうに視線を逸らす。

 見ようによっては気怠げとも受け取れる、そんな様子の昔馴染みに。


「後から来るか?」


 と問いかけて。

 ふるふると首を横に振り、自陣の上に乗っかった魔獣の姿を確認すると、男はふっと笑みを零した。


『濡れるのは嫌いだ』


 と、どうしても言い訳めいて聞こえてしまう獣の台詞に「知っている」と一言返し。

 見ている者の居ない気配を改めて確認すると、牛乳紅茶な美丈夫はその場を静かに後にした。


 ややあって彼らが腰を下ろしていたその場所にポツリポツリと雨が落ち、次第に強く、まばらに染まる小粒の跡を重ねるように、大きな染みを作っていった。いつしか豪雨に変わった空は黒い雲に覆われて、ささやかな不幸の気配を辺りに醸す。

 黒髪の勇者率いるパーティはこれまで通り西方を目指して進み、娘を抱えた一人の男と一匹の黒い獣が近場の街(エリ—ズ)の門をくぐった頃には小さな村に着いていた。

 久しぶりにベルと勇者の物理的な距離が開いていくことを、薄鼠色の青年は遠い地にありながら“いつも通り”肌で感じ取り、人知れず笑みを零して立ち上がる。


「そろそろ動く準備をするか」


 そう、全てはかけがえの無い、あの幼なじみの恋のため。

 暢気に寝ているお前の横でたくさんの事柄が動いていくのだと、立ち上がった青年は藤色の瞳を細めて空を見た。

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