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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
8 ファントム・タウン
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8−9



「おや、戻ったでござるか」

「おかえりー」


 早朝の火種を守りつつ、既に起きていたらしい老齢の魔法使いと青銀の髪の槍使いが、そこに彼らが帰還した気配を感じ取り、声を出して手を振った。

 レックスは横抱きのままのベルをそっと寝袋の上に置き、いつも通り人好きのする笑みを浮かべて軽く挨拶してみせた。それから既に消えていたベルの焚き火に新しく火種を移し、掛けっぱなしの薬缶の中を確認し、水を加えた時だった。


「ベル殿は寝ているのでござるか?」


 動かない娘を思ってか、どうやら少し心配でクローリクが様子を見に来たらしい。

 穏やかに上下する胸の辺りを確認し、ほっとした顔で、それでも念のため確認のためと隣の男に問いかけた。


「どうやら刺激が強すぎて、眠ってしまったみたいです」


 返された丁寧な物言いに、ゴースト・ハウスを共にしていた彼は、あぁ、と思い至った顔をして複雑そうに笑みを浮かべる。


「ベル殿はゴーストが苦手でござるから。ファントム・タウンの亡霊祭は、さぞ気疲れしたのでござろうな」

「……そうですね」


 同じようにレックスも苦笑して、少し離れた場所で黒髪の勇者が目を覚ました様子であることを、ふと視線を向けて魔法使いに悟らせた。いつも通りヒコヒコと白い兎の耳を揺らしながら「お邪魔したでござる」と戻って行った魔法使いのその後に。


「たぶんだけど、属性がゴーストになってるよ」


 唐突にそんな声がして、顔を上げれば緑エルフの少年が視線を寄越さず呟いたようだった。


「その“状態”は僕じゃ直せない。もしかしたら、レベル30以上の魔女職じゃないと解けないかもしれないし…まぁ、そこまで害になるようなことは無いと思うけど」


 ぶっきらぼうな物言いだが、一応こちらを気遣ってのセリフらしいと至ったら、存外ベルはこのパーティに気に入られているんだな、と。目を開かずに、横たえた体のままで、それとなくこちらを観察している様である弓使いの少女の気配に、男はフッと目元を緩めた。


「一晩だけ人の気配を隠すという薬を飲んだんだ。日が昇れば、おそらく効き目も切れるだろう。属性の変化はもう少し待てば自然に直ると思う。ありがとう」


 そんな風に返してやれば、言葉にはしないものの「それならよかった」というような雰囲気がにじみ出て、少年は照れ隠しなのか飲み物を注(つ)いでいた魔法使いに自分のコップを差し出した。

 魔女職は特異なスキルが発生しやすい職業ではあるものの、一般的なモンスターに対する攻撃に有効なものは取得しにくくて、レベル上げに難がある。

 例えば、攻撃魔法発動の適正を持ちつつ魔女である、とか、体術に精通しつつ魔女である、など、そういう者ならフィールドに出ても難なくレベルが上がっていくが、どうした訳か“魔女”職を取るものはインドアで自身のレベル上げに興味を示す者が少ない。レベルなど上がらなくとも一定以上極めればスキルとして獲得できる上、使い続ければスキルランクも勝手に上がっていくという世のシステムが悪い…といえばそうかもしれないが、最早それは個人の資質、職業特有の性格とも言えるかもしれないな、と。

 幹に体を預けたまま、男がぼんやりと思いめぐらすその先で、黒髪の勇者が言葉を零す。


「全員起きているようだから、出発は各自準備が出来次第、ということにしよう。これから先、だいぶ天気が崩れるようだ」

「了解。急いだ方が良さそうだね」


 槍使いが少年少女を急かすように囁いて、各々が降雨に備え手際よく準備する。

 程なく支度を終えた彼らは野営の跡を片付けて、進み始めた勇者を追って一人、一人、と去っていく。

 最後に兎耳の魔法使いがこちらを案ずる顔をして立ち止まったのを手で制し、こちらのことは大丈夫だ、なんとかする、という旨を簡単にだが伝えておいた。それでも去り際に、ベルのことが気がかりであるという雰囲気が漂ったので、愛されてるな、と苦笑して。

 一見するとベルのことなど少しも気にしていないという黒髪の若い男の背を追って、アレが彼女を振り返る日が来るのか?と。それでも全く眼中に無いという事でもなさそうだから、案外いい距離に居るのかもしれないと。

 少し前からこちらを伺う“何処の誰か”の気配を追って、眠ったままの少女の苦労をほんの少し哀れんだ。






「冒険者ギルドの上位者、ドルミール・レックス殿とお見受けする。単刀直入に、その娘を譲って頂きたい」


 勇者の気配が消えた後、頃合いを見計らっていたようにして現れた、重い衣装の怪しい男。

 唐突に姿を現した様子から魔法に長けた人物のように思われる。

 男は無言で袋を放ると、中身を確認して欲しい、とこちらの出方を伺った。

 地面に落ちた衝撃により大きすぎない金属がガザッと戯(じゃ)れる音がしたので、単純に袋の中は金だろう。

 それも娘一人には相当破格の額である———と。

 思ったところで彼は笑み、その返事を誤摩化した。

 この娘が欲しいなら。

 暗に、理由を語ってみせろ、と。

 浮かべる笑みの目の奥で、冷えた光が相手の“事情”を促した。


「その娘に恨みはない。恨みはないが、雇い主の望みでね。私としても娘一人に出向くつもりは無かったが…少しばかり、無能な部下が多すぎた」


 男はフウと息をつき、相槌すらない雰囲気に「足りないのか」と言葉を紡ぐ。


「それで仕方なく仕事人を雇ったが“接触したが無理だった”とあっけなく言われてな」


 風の噂によると、それきりそいつは看板を下ろしたらしい。

 つまらなそうに話を続け。


「さすがにそろそろ面倒で、足を運んだという訳だ。……しかし実際、近くで様子を見てみれば確かに運が高すぎる。刃物を投げれば不思議と逸れる。毒を混ぜれば食事を落とす。仕向けた魔法も、仕掛けた呪いも、避けられるか発動せずに終わるのかのどちらかだ。常にそこには僅かばかりのタイミングのズレが生じて、どうしても殺せない。あらゆる神の加護を持つかもしれないと、馬鹿馬鹿しい考えが過(よぎ)るくらいに、恐ろしいほど幸運な娘だよ。だが、良運は永遠には続かない。その切れ目をこうしてずっと待っていた」


 つまり今こそ絶好の機会ゆえ、是非とも身柄を譲って欲しいのだ、と。

 再び乞うた暗い男は目深に被ったフードの奥で、目の前の若い男に視線を重ねたようだった。

 本来ならば“足りない”情報は、始めに出て来た“雇い主”の身元を臭わす何かであったが、意図的なのか無意識なのか続いた話はそれだった。

 どちらにせよ“逸らされた”。が、興味深い話が聞けたし、それほど深く考えずとも娘(ベル)を邪魔だと思う誰かは割と簡単に思いつく。そこへこういう男を雇える富と権力の篩をかけて、男が持つ能力や特徴なりで名の見当をつけたなら。市井に流れる“名声”か裏に流れる“風評”で、主の所在は簡単に絞り出せてしまうのだ。

 語らせるだけ語らせた後、牛乳紅茶な美丈夫は。


「すまないが、渡せない」


 と、通る声で囁いた。

 するとその言葉を受けて、呆れたように男は返す。


「娘が一人消えたところで、貴殿には何の影響もないだろう?どこにでも居る、凡庸な娘だぞ。命をかけるまでもない」


 穏やかな物言いだったが、言外に、力づくで奪ってもいいんだぞ、と。

 絶対的な勝利を臭わせる顔の見えない男に対し「参ったな」と苦笑しながら、彼は腰を下ろしたままでおもむろにナイフを引くと、男に向かって投擲の構えを取った。

 それを見て。


「———残念だ」


 と、暗い声で金子を放った男が語る。


「貴殿の力では、絶対に私に勝つことはできないだろう」


 試してみろというように、上から放った相手に対し、レックスは躊躇いなく持ったナイフを投げつけた。

 様子見のための程よい速さで。

 誠実にも男の胸を貫くように。

 しかし、軌跡は完璧だったが、刃先が男に触れた時。

 砂のような微粒子にとっぷり飲まれるようにして、放られた大型ナイフは男の体をすり抜けた。


「上位者などと言ったところで、魔を放てない貴殿では。“物理攻撃無効”のギフトは如何にしても破れまい」


 クッ、と暗い笑いが響き、男は陣を描いていく。


「手も足も出ないまま嬲り殺される方を取るより、金貨を取った方がいい。利口な貴殿はきっとそう思うだろう」


 これが最後の忠告だ、と脅迫する男の前で。

 どうしてか、さも愉快そうに目元を細めた美丈夫を、男は不思議と見つめてしまう。






「この体では使わない縛りだったんだがな……仕方ない」






 言葉にハッと、身に起きた変異を感じ取り。


「………なっ……無、詠唱…っ!?」


 すでに体を刻まれながら、爵位持ちの魔人でさえも出来ぬような芸当を、何故お前が成せるのか、と。

 驚愕に見開いた目が“上位者”の姿を映し、一つ二つと頽(くずお)れていく。

 自らが造り出すあっけない惨劇を、眉一つ動かさず見送った美丈夫は。


「愛ではないが、情はある。ラーグネシアの黒い霧…厄介な人間に手を出してしまったな」


 刃が届かないと有名なラーグネシアの隠剣。

 裏の仕事は何でもこなし、捉えられない姿形はまるで霧のようだという。

 それだけ聞けば単純に、体術や移動の魔法に長けた忍ぶ者の一人である。が“刃が届かない”その実は“物理攻撃無効”などというような稀なギフトの所有者ゆえのことらしい。

 霧はその男に対する絶対的な勝利を信じ、己の秘密を暴露した。

 対する男は黒い霧の存在の絶対的な破滅と共に、己の秘密を臭わせた。


 勇者達が去った後、その場に降りた沈黙と同じ静かが訪れた空間に、草原をシャリと歩んで近づいたものがある。


「久しぶりだな、パシーヴァ」


 と、凪いだ声音で囁く男に。

 茂みの中から姿を見せた黒い毛玉の魔獣が一声。


『我が君か』


 と呟いた。



*.・*.・*.・*.・*.・*


 勇者の嫁になりたくて。

 異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。

 その時、自分が眠った横で、そんな重要そうなイベントがあったとか……。

 心地よい夢の世界でまどろみを堪能していた私は、全く知らずに終わるのでした。

読了お疲れ様でした<(_ _)>


今回のあとがきメモは、どうでもいいような小ネタです。

が、よければどうぞ↓


骸骨執事のタイ

:どこかで見た事あるような、薄汚れた荒縄デザイン。この日のために某森のボスのところまで取りにいったのは…執事さんしか知りません。


霊花ゴースト・フラワー

:雫型の半透明な光る草。花弁の柄がゴーストの顔のようになっている。ファントム・タウンの民家に飾られていたものは、どれもファンシーな柄のものだった。が、別種や変異種にはオドロしくてグロい柄のもあるらしい。

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