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やはりというか、確実に自分より高いレベルに居る人たちの戦闘は“止まっている”か“遅い動きをしている”かのどちらかの場合じゃないと残像にしか見えないな。
おー、消えた。
あ、あっちに行った。
と遅まきながら視線で追って、なんとなく、なんとなくだが、レックスさんが優勢か?と意外に思う。
モンスターの吸血種とは知性の面で大きく異なる“魔種”の方の吸血種は、獣の姿をとるならば“魔獣”のくくりに、人の姿をとるならばそれは“魔人”のくくりになる。只人の生の時間をかるく超える魔種のうち、人の姿をとる者は例外なくヒエラルキーの上にいる。それで何が言いたいのかと問われれば、魔人相手にタメが張れるような只人は滅多に居ないということだ。
全く居ない訳じゃない。が、それこそ勇者な職の人でも無い限り、一対一は相当キツい。しかもレベルの低い勇者なら、あるいは負けることもある。
——あの人どんだけ強いんだ…
まず間違いなくレベル50は越してるね。
まかり間違っても二十代で50越えとか…どれだけ若い時分から戦闘に没頭してきた人なのだろう…?
今でこそ爽やか系を気取っているが、実はかなりの戦闘狂…?
出来過ぎ感の瑕(キズ)の部分がそういうことだとするのなら、まぁ、ナシでもないけれど。
それとも過去に、どこぞの勇者パーティにでも居たのかなぁ?……そんな話は無かったけどね、と一人しんみり結論づける。
——あー…なんか、そろそろ決着つきそうだ。
交わる刃の振り抜きで屋上の床に叩き付けられた吸血種(ヴァンパイア)。
時を待たずに間合いを詰めた牛乳紅茶なイケメンさんは、躊躇無くナイフを振った。
——うわぁ…なんと慈悲もない……
さすがにトドメの瞬間は見ている事が怖くなり、サッと視線を下向ける。
そのまま待つこと数十秒。
聞こえるはずの断末魔。
だが、いつまで待ってもそれがない。
確認するのは怖いけど、見なければどうなったのか分からない。
そろり、と視線をそちらに戻し。
『悪いなぁ…まだコレを壊されるのは困るのだ』
低い声でそんな風に呟いた、いかにも上位の吸血種な気品溢れる男が一人。
『馬鹿な子ほど可愛いというだろう?』
苦笑と共にため息が混じったような、相手に理解を求めるような、諭すような声を出し、若い二人の間に入った初老一歩手前な男は、手に持った漆黒のステッキでレックスさんの二つの刃を止めていた。
「イル・クオーレ様っ!」
見えない猫耳がピンと立ち、ものすごい勢いでしっぽを振る様相で、ぱっと男は体を起こす。そんな様子に名を呼ばれた渋い感じのおじさまは、振り返らずに問いかけた。
『一体お前、この男の何に手を出したんだ?』
「えー?オレ、ちょっとハラが減ったから、あっちの子を喰おうとしただけだしさ」
「連れなんだ」
補足のように追加されたレックスさんのセリフを聞いて、いかにも「あちゃー…」なジェスチャーを取ったおじさまに何となく好意が湧いたのは……たぶんこの場で私だけ、だろうけど。
『コレの代わりに私が謝る。許してくれると助かるが…』
「ちょっ、何言ってんのイル・クオーレ様!!オレ、ハラ減ったんだってばさ〜!只の人間相手なら、絶対、五公の方が強いじゃん!勝ってオレにあの子くれ〜!!」
「………やるなら相手になるぞ」
『あー…、遠慮する。勝っても負けても寝覚めが悪い』
「もうっ、さっきからおかしいよ〜!公爵位でしょ!?イル・ク…『お前、ちょっと黙ってろ』モガッ」
いきなりのアットホームな雰囲気に、不穏な“五公”の音を聞き、私だけがギョッとして素敵マントのおじさんを見る。
さらにその会話の中に五公と聞いても買う気満々なレックスさんのセリフを拾い、ならない声で突っ込んだ。
——五公って!五人いる公爵位の魔人さんのことですよ!?この世界、魔王な人はいないけど、つまり実質、魔種のトップってことですよっ!?おかしいだろレックスさん!!絶対勝てる相手じゃないし!!ここまでくると戦闘狂も甚だしいって話だよ!!!
心の中で叫びを上げる私のことなどお構いなしに、口と手足を魔法か何かで封じられ転がされている男の横で、普通に立ったレックスさんにいかにも低姿勢な言動で謝罪を入れる五公爵の素敵おじさま。
何このカオス…と思っていると。
不意にそのおじさまがこちらを向いて、途端に香る、芳醇にして甘美な匂い。
——なんだろう、これ…この匂い……
急激にうっとりと、心地よい気分に浸った私は、そのまま意識を手放した。




