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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
8 ファントム・タウン
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8−6



 ひらめきに鐘楼を目指して進んだ所、前の屋上よりは少しだけ広いそこに辿り着く。

 鐘楼はそこからさらに上の方に伸びており、城壁と同じ石で積まれた外壁に、人ひとり分の木製のドアがある。取手を引けばまたしても抵抗なく開き、内部に備え付けられた金属製の階段の一部が見えた。そっと見上げて、どうやらそれが螺旋を象っていることを知る。しばらく上に明るみが射しているのを確認すると、意を決して私はそこへ入って行った。

 狭い階段の踏み板に足を乗せればカツンと響き、全く無駄なヒールめ…と、ちらっと踵を振り返る。疎んだところで無くなりはしないのだからと息を零して手すりを掴み、正直、ドレスの裾とかも邪魔に感じていたけれど、こんなところで脱ぐ訳にはいかないし。せめて階段でこけるまい、と慎重に登って行った。

 手を伸ばせば触れられるほど間近に鐘が迫ったところで、階段と同じ金属で作られた足場ができる。網目状に張られた足場は素材のおかげでとりあえず落ちる心配はない様子だが、目の隙間から下方が見えて恐怖心を煽られる。

 幸い今は夜なので下に闇が溜まっているな、な程度だが。

 明るかったら高さが分かってもっと不安だったかも。

 足場に乗ると同時に開けた視界に入る、明るげな城下を見回して、ファントム・タウンの意外な広さに関心の目を向ける。

 そうしてぼんやり佇んでいた所、頭上から不意に声がかけられた。


『おい、お前さん、まさかその手にあるやつは…』


 直感で。


「入り用ですか?」


 と答えると、私は再び手のひらに乗せた歯車を声の主に差し出した。


『もうずっと探していたんだよ。一体どこにあったんだい?』


 言いながらふよふよと降りて来たレンガ色のゴーストが、私の手にある歯車を見て感慨深げに呟いた。

 つぶらな瞳のその下に、くるんと巻いたヒゲのようなものが付いており、その浮き具合…まさか付け髭!?付け髭ですか!?と内心に、これはきっと老人のゴーストという位置づけなのだろうから、と突っ込むことを押さえ込む。

 反面、よっしゃ!イベントの発生だ♪と、歯車が古時計の中から落ちてきた旨をお話すると『ははぁ、やはりイグニス様のイタズラか。全くもうあの方は…いい歳なのに困ったものだ』と目元を細め、老ゴーストは浮き沈みしてみせた。


『それを譲ってくれるかい?』

「もちろんどうぞ。私には必要ないですからね」

『有り難い。これで50年ぶりにこの鐘を鳴らせるよ』


 やっぱりここの歯車か!と達成感に浸っていると、それを受け取ったゴーストは、ふよふよと屋根の方に上がって行った。屋根裏に溜まった暗がりに完全に姿が溶け消えた後、ややあって声が降りてくる。


『おーい、お前さん、そこに灯籠が四つあるだろう?ここの目印になるんだよ。全てに明かりを灯してもらえるかい?』

「いいですよー」


 ランプを持ったままだったのが幸いだった。

 おかげで螺旋階段を下り、どこかへ火種を取りに行くという行動をとらずに済んだ私は、足場を進み壁に備え付けられた洋風の灯籠に次々とその炎を移していった。

 そうして最後の灯籠に、ランプから取り出したロウソクの火をそっと灯した時だった。灯籠に宿った炎が一瞬大きく膨らんで、ロウソクを持ったままだった私の右手に被さるように吹き付けたのだ。

 驚いて、思わず「わっ…」と声が漏れたが、炎は緋色の粒子となって指先から波のようにファイアー・パターンを刻んでいった。光の粒子は手首から肘の方へ少し進んだあたりまで這ってきて、振り払う間もなく肌に浸透するようにして消えてしまった。

 残されたのは少し前と変わらない、火傷の痕すらついてない見慣れた己の腕だった。


——今のは何だ!?これも一種の魔法陣…か?


 うっかりどんな呪いの類いを受けてしまったのだろう…と、慌てて自分のステータスを確認しようとしたのだが、そういやカードが入った鞄は着替えた部屋で侍女さんに預けたままだった、と愕然とする。

 そこで丁度よくゴーストのおじいさんの声がして。


『直ったぞー。今から鐘を鳴らすから、お前さん、両手で耳を塞いでおきなさい』


 そう言われ、頭の上に大きな鐘がぶら下がってるのを思い出したら、ここは耳を塞ぐのが先決だ、と。

 ほどなぐゴーンと鳴り出したファントム・タウンの鐘の音は、すぐ下に居た私の頭を直撃し、音質の迫力に、これじゃ耳を塞いでもほとんど無意味な話じゃないか!と突っ込んで。

 十二回ほど響いた鐘の音が微妙に残るその場所で、吹きさらしの窓辺に立った何かの影が自分の影に重なったのに気付くまで。


 私の意識は遠いどこかへトリップしていたらしい。


「うわっ。オレって超ラッキー♪」


 良く言えばものすごくポジティブな、悪く言うならいかにも頭の軽そうな若い男の声がして、はっと窓辺の人物を見定めようと目を凝らす。

 その男は人型(ひとがた)で、もしかして魔女の男子ヴァージョンか?と疑うも、続く言葉で何者なのかはっきりと気がついた。


「若い人間の女じゃん!丁度ハラ減ってたんだよね〜」


 肩にかかるシルクのマントがひらりと風に揺らめいて、男はすぐ目の前に音も無く着地した。

 灯籠の光によって曝された若い男のその顔は、まず私より頭ひとつぶん高い位置にある。それから輝く金髪を耳まで隠れる坊ちゃんカットにしているのだが、妙にそれが似合うというお約束の美男子設定。

 しかも何かに飢えているという雰囲気で、二つの目玉が爛々と輝いていたりする。

 その口元が笑ってるように見えるのは…気のせいではないだろう。

 凝った衣装設計で露になった私の肩に迷い無く頭を埋めようとしてきたあたり、間違いなく吸血種(ヴァンパイア)ってヤツですか、と。

 確かこの赤い目が催眠的な効果を発揮するものだったよなぁ…と、既に自由が効かなくなった己の体を遠くに思い。


——吸血は体力換算……死なない程度にお願いしますっ。


 と、届かない声を心の中で呟いていた時だった。




「彼女は俺の連れなんだ」




 少し前、女の渦に放置してきたその人の声がして、一拍遅れで背後の窓に人の気配が現れた。

 今まさに口を付けようとしていた吸血種さんは、そのまま顔を持ち上げて、背後の人と視線を交わらせたらしい。

 まずは。


「じゃあ、」


 と、薄暗い鐘楼によく響く声がして。


「奪って喰う———」


 と、続く声音は闇夜に溶けた。


 次にはジェットコースター並の落下する浮遊感がして、衝撃無しに城のどこかの屋上に立っていた。片腕で私を抱えた金髪男は支えていた体からそろりと腕を解き、いつの間にか付いて来ていたレックスさんと対峙する。

 赤い目の催眠から解放された私の意識は、レックスさんもあの鐘楼から飛び降りたのか!?な驚愕でいっぱいだったが、よく考えれば勇者様だって戦闘中、十メートルくらいなら軽く跳躍している気がする。上りより下りの方が足に負担が…というような話もちらりとかすめたが、緩衝魔法か緩衝スキルがあるのなら意外と簡単な事なのかもしれないな、と。

 それにしたって恐るべしファンタジー世界だと暢気に構えた視線の先で、男達が戦闘を開始する姿が見えた。

 え?ベルさん、まさかまさかの高見の見物??私を賭けて争うのは止めて!とか、痛い事言わないの???

 もしかして思った人が居たのならすいません…。

 ぶっちゃけ、付いて行けないんです、この展開に。


——これって催眠の副作用…?


 いまいちキレない自分の動きにそんなことを考えながら、ただただ私は。

 ぼ〜( ̄△ ̄)っとそれを眺めているしかできなかったのです。

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