8−3
「ファントム・タウンは初めてだ」
いい感じに意識が遠のいている私の横で、レックスさんが呟いた。
窓枠に肘をあずけた様とか、これまた良い感じに決まっていたりする。夜風に遊ばれる毛先とか、落ち着いた雰囲気の視線とか。お化けかぼちゃに乗っていてここまでナチュラルを通すとは、もう間違いなくお化け怖くない人ですね、と。
ははは、馬鹿だな。怖いのは死人じゃなくて生きている人間の方だろう、とか。まさに言いそうなタイプだな。
そんなことを考えながら、私の方はアンデッド系のモンスターを寄せ付けないハズの護符を握って、段々と生暖かくなる夜風に粟立った肌を見る。
「その護符はゴースト系には効かないぞ」
「なんですとっ!?」
間髪入れずに突っ込んだこちらの動きがツボだったのか、口元に手を当ててレックスさんがクツクツ笑う。
「アンデッド系のモンスターとゴーストは成り立ちが違うんだ。それは対モンスター用のアイテムだから、ゴースト達には効き目がない。準備したのに残念だったな」
呆然とする私を見遣り、気遣ってくれるのかと思いきや。
なんだその意地悪な発言は。
もしやこれが氏の本性か?
「知ってたなら教えてくれれば良かったですのに……」
ぽつりと呟き胡乱な目を向けてみれば、さらりとそれを受け流し、レックスさんは窓の外へと視線を戻す。
つられて外に意識を向ければ、そこには驚きの光景が。
「…うわぁ…これって空、飛んでますよねぇ?」
「俺も始めは幻覚かと疑ったんだが。間違いなく飛んでるな。少し先の平原に青白く光る巨大な門があるのが見えるか?」
「あー…はい、はい。ありますね、怪しいオーラが立ちのぼってる環状の外壁も。内側には小さい明かりが犇めいてるように見えますが」
「おそらくあれがファントム・タウンなんだろう。一年のうち一度だけ、運の良い旅人は目にすることができるらしい。所在はシラカンバ渓谷と聞いていたんだが…さっき居た場所から考えると、あそこはローテ平原のような気がするな。あの街は移動するということなのか…?」
その声は微妙な高さの疑問符付きで、続いていいのか少し迷いがでるところ。
てっきり、アンデッド系モンスターとゴーストの成り立ちについて詳しい人なのだと思っていたから、ファントム・タウンについて疑問に思うことなど無いのだと感じていたのだ。
物知りなレックスさんでも、知らないことがあるんだな。
実力ありの冒険者とか言いつつも、実はこの人こそ世を忍ぶ賢者な人なんじゃない?とか。大賢者の塔のくだりで疑い始めたりしてたので、なんだか少しホッとする。
勇者様といいイシュといい、えらい職業の御仁達によくもまぁ遭遇する…とか感じていたから、もしやそれの並びかと。
ホッとついでにこの会話、続けてみたりしようかなーと、何の気もなしに口を開け。
「鏡の中の世界のように実はやっぱりどこにも無くて、この日だけはお客さんを迎え入れるためとかで、何カ所かの決まった場所に街の姿が映ったりして道ができる仕組みとかどうですか?」
「……あぁ、そうか。なるほどな。世界中のゴーストが集まるはずだ、扉が一カ所しかないというのはずいぶん混雑するだろう。そう考えると数カ所に分けて道を繋げるというのは合理的に思えるし、毎年シラカンバ渓谷に現れる訳じゃないとか、そこ以外で見かけたという話も上手いこと説明できる。流石だな」
キラキラの焦しキャラメルがこちらに向けられ、そんな私はひどく慌てて言葉を返す。
「いやいや、いやいや。ゲートが用意されるのは一カ所に限らないとかいう話、ふつーに!ふっつーにありますからね!?今時分、むしろヒネリとか思われないようなネタですよっ」
「そうか?それこそむしろ、現代の学者達は頭が固いように思えるが。今の話をそれ専門の学者に振ったら、移動するのかもしれませんと普通に返されそうな気がするぞ」
「それこそ馬鹿な、な話です…。学者さん達はしっかりと頭がいいですよ」
細かい専門分野なんて、到底付いていけませんもの。
そう感じている私だからこそ、賢者、なんて職業には微塵も興味がないのである。自分がそれになれるかも、なんて期待とかしてないし。私の中の賢者像は、とにかく何でも知っていて、どんな分野にも対応可能なスーパー完璧知識人。確かにこの世界のことは並以上に勉強したが、だとしても、は?私?無理無理、無理だよ、な話である。
そんな返しをどう思ったのか、レックスさんは不服そうに「頭がいい、か…」と呟いて。切り替えるように「そろそろ着くぞ」と促した。
——そうでした。忘れてましたが、そうでした。
カボチャの外で骸骨さんが『開門せよ!!イグニス様のお客様をお連れした!』と高らかに口上を述べる声がして、アワアワしながら巨大な門が開くところを目に映す。
門の手前でようやく大地に降り立ったお化けかぼちゃは、開いた門をゆっくり過ぎて。
ゆ っ く り 過 ぎ て … 。
えぇ、もうね、門の両側に控えた門番さんの首から上が迷子っぽいって気づいたら。
即、窓から首を引っ込めて、カタカタするしかないじゃない!!
たとえ迷子の首が宙に浮かんで窓からこっちを眺めてる?な気配がしても、顔を上げられる訳ないじゃないっ!!
ひぃぃぃぃっ!!!と俯きながら縮こまって待ってると、動じないレックスさんがいちいち景色を教えてくれる。
「街並みは人の街とそう変わらない感じだな」「半透明な白い霊花が家々に飾られて…あぁ、人面果も一緒に下げる習わしなのか」「道沿いに並べられたジャックランタンは壮観だぞ」「水路には果実が浮かべられてるな」「ゴーストやレイスはもちろん、魔女に妖精(バンシー)、生ける死体の姿もある。これだけ揃うのは珍しい。さすが亡霊祭と言うべきか」
関心する氏の横で、その話を聞くだけとかなら普通にハロウィンの仮装行列っぽい感じだな、と。
所々、奇声が混じってくるものの、穏やかで楽しそうな喧噪に、仮装だと思ってみれば意外と平気だったりするんだろうか?と考えて、そろり、と視線を上げてみる。
——う、わぁ………!
言葉を飲んだ私の気配に、レックスさんはクスリと笑う。
「この雰囲気ならそれほど恐怖もないだろう?」
コクコク頷く私の視線は、体内に色とりどりの火を蓄えたゴースト達の遊演と、家々の軒先に吊るされた霊花(ゴースト・フラワー)の可愛らしさと美しさ、道の端に隙間なく並べられたジャックランタンのかがり火などに忙しく移動する。
空中をふわふわと移動するゴースト達は、以前“ウィリデ”の森林フィールドで遭遇したゴースト・ハウスの持ち主であるホワイト・ゴーストにそっくりで、怖いというよりファンシーな可愛さだ。お化けの街(ファントム・タウン)なのだから、さっきの門番よろしくグロくて卒塔婆いっぱいの恐怖の場所かと思っていたけど、夜なのに馬車の外は意外と明るく、そこにある亡霊達もそれほど恐怖を誘引しない。
まぁ、中にはグロ担当?なゾンビさんも居るけれど。
比率としてはファンシー7割、魔女系人型1割とグロ系統が1割に、物系7分と絶叫2分、イミフが1分ってところだろうか。
雑踏の真ん中に一本足の傘お化けな後ろ姿を見た瞬間、懐かしさと雑多さに少し目眩がしたくらい。探せば親父な目玉様とかいたりして…とか。ちょっと期待もしてしまう。
実在したら相当怖いと思うけど。
それにしたって何故だろう。
人と変わらず祭りを楽しむ様子の彼らは、声をかければ普通にコミュニケーションが取れそうだと思うほど、親しみやすいものなのだ。
ゴースト・ハウスのお化けのように、とにかくこちらを驚かせようと狙っている感じがしない。
「いつもこうならお化けだって好印象なんですけどね…グロ以外」
「それは無理な話じゃないか?彼らの人への行動は反射運動みたいなものだ。そこに人が居たならば驚かせずにはいられない。おそらくこの馬車から降りて人の気配をまき散らしたら、一斉にベルの所へ向かってくるぞ」
「っ、死ぬ前にせめて一度、勇者様に好きって言って欲しかった……orz」
言いながら窓枠から手を離し、椅子に手を付きふんわりなクッションに顔を埋めた私の背後に「ゴーストとの戦闘は滅多なことでは起きないから、死ぬ事はないだろう」とか、真面目なセリフが帰ってきたが。
体が死ぬって意味じゃなく、心が死ぬってことですよ!と、無言で背中を向けてたら、やや沈黙が降りた後にふと問いが掛けられた。
「そんなにゴーストが怖いのか?」
「……さっき彼らのファンシーな姿とか見ちゃったので、ゴースト単品ならばそんなにはと思うんですけど。人型のリアルなゾンビさんとか、骨系のアンデッドとか、体のパーツが微妙に揃ってないやつとか…そういうのが怖いんです。何でそれで動いちゃうの!?みたいなやつが」
前の世界の「うらめしや〜」も怖いけど。街を見た限りではそういうのは居なかったから、もしかしたらこの世界には居ないのかもしれないな。
憂鬱な気持ちのままにしみじみと物思いにふけてると、隣から余裕のある声で「何となく理解した」とかいう言葉が聞こえて。
程なく彼は「着いたようだぞ?」と話を戻し、立ち上がって馬車のドアに手をかけた。
『あぁ、お客様。降りる前にこちらを一口、飲み下して頂けますか?何、怪しい薬ではございません。生身様の気配を薄くする効果があるのです。我々としても無用の混乱は避けたいと思いますので』
レックス氏がドアを引く手前のところで、窓の外からサッと小瓶が差し出され、受け取った氏は少しのあいだ手の上で転がしていたのだが、問題ないという雰囲気で確認の声を出す。
「一口だな?」
『はい。一晩だけなら一口限りで充分です』
「………、ベル」
「いただきます」
受け取った瓶は透明で、中身は靄(もや)が詰まったよう。
骸骨さんの言う事にゃ、これを飲めば人の気配を薄める事ができるらしい。
それで無闇に驚かされずに済むのなら、靄だろうが飲んでやろう。
……幸い、毒味は済んでることだし。
さっさと飲んで外へ出たその人の後ろ姿を見送って、えいやっ、とこちらも口に含んで嚥下する。
——……味が…無駄にソーダ味…( ̄⊥ ̄;)
縁日の馴染みの味に、どこかホッとするような、またはグッタリするような…。
『お手をどうぞ、ラコット様』
馬車の段差を降りる所で、サッと出されたむき出しの白い骨。
「いえ、私、野生児なので平気です。お気持ちだけ頂きますね」
間違っても手を取られたくない私の動きは、それはもう素晴らしかった。
バッ!(ジャンプ)→スタッ!!(着地)→カササササッ!!!(レックスさんの後ろへ移動)
若干最後が虫っぽい効果音になってしまったのが品位に欠けるが、目を疑う素早さだったに違いない。
実際、骨身な執事さんは手を差し伸べたままの姿で固まっている。
いつごろ復活するんだろう?と素朴な疑問で見ていると、幾許もしないうちに後ろから声が掛けられた。
『いらっしゃいませ、お客様』
柔らかい女性の声音だったから、何の構えもなしに振り返り、激しく後悔したりする。
腹の真ん中に力を入れて、“悲鳴を上げる”や“逃げる”とかのリアクションを押しとどめ、「骸骨!骸骨なんだけど!!ていうか目玉!目玉が落ちそうだよ!?」とか「デコルテ付近に微妙に血管残ってる!!手の甲とかにも微妙に皮が残ってる!!!」な激しい叫びは心の中に留めておいた。
見事なクラシックドレスを纏った彼女は、取れかけの目玉など少しも気にした風はなく、腰を折ると優雅な礼をしてみせた。
『オステオの娘のオステアです。本日はイグニス様より身の回りのお世話を言いつかりました。さ、こちらへどうぞ』
オステオって誰ですか?と視線をあたりに彷徨わせると、いつの間にか執事さんは復活しており、タイミングよく頭を下げて見せたので。
あぁ、貴方様がオステオさんってことですか、と。
確かに骨の具合とか、同じ感じがしますけど…。骨学者じゃないもので、骨だけを見て「お父様にそっくりですね」な判別はつけられない。だから、おべっかは言わずにおこうと閉じた口をさらに強く引き結ぶ。
直視すると怖いので、視線はなるべくドレスに向けてオステアさんの後ろを歩くレックスさんに着いて行く。
どうやらここは街の外からちらっと見えた一番大きな屋敷のようで、私たちは裏口というほど裏ではないが、人の通りが少ない門に下ろされたようである。整えられた石の小道を少し行き、ほどなく勝手口のような入り口が見えてきた。
そこをくぐって屋敷へ入れば、徐々に広い廊下へ誘われ、そこそこ大きなドアの前へと連れられる。向かい合わせに似たようなドアがあり、レックスさんは一方へ、そして私はもう一方へと入ることを願われる。
お化けの根城で連れと離されてしまうとか、あからさまに不安という顔をした私に気付くと、オステアさんはクスリと笑って片方のドアを開いてみせた。
『パーティに馴染むため、少しお召し替えをして頂くだけです』
部屋の中には数人の女性?が立っていて、ずらっと並んだ移動式のクローゼットのドアを開け、生け贄…もとい、着せ替え主たる我々を今か今かと待っているようだった。
『ご心配には及びません。そう時間は取りませんので』
その間の沈黙を了承の意と取ったのか、さぁどうぞ、と骸骨淑女は私の背中をそっと押す。
骨骨(こつこつ)した感触にギョッとした私の足は促されるまま進んで行って、背後でドアが閉じられた気配に落ち込んでみたものの。限りなく骨に近いゾンビな感じの侍女さん方にテキパキと衣装を替えられて、気づけばお茶を出されていたり。
目の前で立ちのぼる湯気とかにハッとして、…え?……えっ??と、キョロキョロ辺りを伺って、やがて私の彷徨う視線は壁掛けの大きな絵画に止められた。
重厚な油絵調の作風は、統一された家具の深い色合いからくる落ち着いた雰囲気の室内にマッチして、いかにも領主の屋敷の客間というような演出を醸し出している。
描かれているのは絨毯の上に置かれた白い猫足アンティークな一台のドレッサー。やや大きめなそれの両側には大きな花瓶が置いてあり、片方には赤い花、もう片方には黄色い花がいけてある。まさかこれも景色が変わる絵だったりするんだろうかと考えて、只の勘だがそれはおそらく無いだろう、と結論付ける。
それから、やや落ち着いた私の視線は暗い窓に反射した己の姿に定まった。
一瞬、誰!?と思ったけれど、薄れた記憶の片隅にそういう風に作られた己の姿が浮かびくる。
うわぁ、こうなっちゃったのか…とか、これで表に出ろとか言うのか…と、内心でひたすら呻いていると控えめなノックが二回、ドアの方から飛んできた。
『お待たせしました。お連れ様をお連れしましたよ』
そして、声と共に入室してきた牛乳紅茶なイケメンさんに、もう一度わたしは驚いた。
シンプルだがビジュアル系な黒色衣装を身に纏い、同色のブーツを履いて、それっぽいアクセサリーを耳と首と手首に下げる。ボロボロだが良い雰囲気の布を被せて、絶妙な具合に瞳をさらす。最後に巨大な鎌という、コレハ…な道具を持たせてみたら。
「…死神ですか?」
「そうらしい」
「恐ろしいほど似合ってます」
これで鎌が無かったら、魔王かなっていうくらい。
——あー、居そう。居そうだよ、こういう魔王。
ラスボスがこんな感じのゲームなら絶対買うね。
アクション系で攻略が難しくてもがんばるよ。
思い描いた想像にニヤニヤ笑いを浮かべていると、それを怪訝に取ったのか、何を考えているのか言ってみろとその人の視線が光る。
「いや、他意は無いんです。無いんですけど、そういう衣装を素でかっこいい男の人が着ちゃうとですね。鎌持ちで死神も素敵なところなんですが、まるで魔王みたいだなって」
レックスさんて正面から見ると結構迫力ありますから、と。
あはは、と笑い「うわー、似合うー」と何の気もなしに思っていると、その人はヒタと動きを止めて不思議そうな顔をする。
「魔王?」
あ、そういえばそうだった。
この時代に魔王は居ないのだ。
思い至って、うっかりな発言をどうフォローしようかと考える。
「えぇと…そうですねぇ。魔種のヒエラルキーの頂点に立つ人って感じですかね。だから魔種の王様で魔王、みたいな。尤も、空想上の人物ですけど」
最後の断りを入れておいたら、魔王を知らない世界の人でも、それほど違和感なく受け取ってもらえるかな?とか。
そろりと様子を伺うと、納得したという雰囲気で「なるほどな」な言葉が零されたので。
——良かった、良かった。分かってもらえた。失言もついでに誤摩化す事ができたっぽい。
と。
視界の端でもう一つカップを用意する侍女さんの動きが見えたので、とりあえず座りませんか?とお誘いをする。
「せっかく入れて貰ったお茶なので、頂きませんか?」
すると彼は後ろを向いて、骸骨なオステアさんに囁くように問いかけた。
「時間は?」
『大変申し上げにくいのですが、侍女がはしゃいでお連れ様を飾るのに予定より時間を取ってしまいましたので…』
「だそうだぞ」
「はぁ、そうですか。せっかく入れて頂いたのにすみません」
言いながら、そのまま踵を返して退出していくオステアさんとレックスさんの後を追い、私はもつれる足下のスカートを掴み上げ、ワタワタとその場を後にした。
※えらい:「すごい」とか「たいへんな」とかで。




