8−2
「顔が青いぞ?大丈夫か?」
三度目の出会いともなれば気安さが優位に立つのか、レックスさんは遠慮なしにイケメン顔を近づける。内心で「うっ」となったけど、よく考えたらトキメクものとか特に無いので、好きなだけこの平凡顔を拝むがよい、と。
こちらは微動だにしなかった。
「だだだだだだだだ、大丈夫です」
「その言葉、全く信用できないな」
全然大丈夫じゃないだろう?と綺麗な顔で苦笑して、一度身を引き二、三度ひとみを瞬いた。
「異常というほどではないが、軽い恐慌状態にあるようだ。飲んでおくか?鎮静剤」
「………えぇと、はい?(゜゜;)」
「飲めば少しはその状態も落ち着くだろう」
言いながら、鞄をがさごそ漁り始めたその人を見て。
——うぇえええっ!?何だこの人!!勇者じゃないのにステータスが見えるのかっ!?
思いがけない彼のセリフに、お化け怖い、な私の意識が一瞬で彼方に飛んで行く。
差し出された鎮静剤を頑に受け取らず、驚愕に恐れを混ぜてしばらく無言で見つめてやれば、少ししてから心の声を理解したという顔をして。
「“大賢者(アリアス)の塔”の隠し部屋の一つに、他者のステータスを視覚化する恩恵(ギフト)を得られる部屋がある。昔、挑んだ時に偶然それを見つけてな。手に入れたという訳だ」
「そうなんですか。アリアスの塔にそんな仕掛けが…。もうびっくりでしたよ、まさかレックスさんまで実は勇者とか言うんじゃなかろうな、とか」
「あぁ、それはあり得ない話だな」
自分は勇者なんてガラじゃないと可笑しそうに笑うので、実力とルックス的には余裕で合格な気がします、と内心に。そういえば、と話を繋ぐ。
「前も思いましたけど、レックスさんて頭もいい人なんですね。アリアスの塔って入り口の難問を解かないと入れないらしいじゃないですか。たとえ塔内に入れても、いちいち設置された問題を解かないと先に進めないという冒険者泣かせの…じゃなくて、学者泣かせの試練の塔……」
世界に散らばるダンジョンについてまとめられた書物に目を通したことがある者には、非常に有名な話である。たとえそれを見たことがない人だとしても、学術組織に身を置けば卒業までに一度くらいは耳にする。
“大賢者(アリアス)の塔”というダンジョンは、その昔、大賢者と呼ばれたアリアスさんが世界各地の行脚の末に身を寄せた、そして骨を埋めた塔である。主を失い程なくダンジョン化したその塔は、アリアスさんが生前残した数多くの知恵の恩恵(ギフト)や、神々による祝福が散りばめられた場所だという。しかもその塔、モンスター類が湧いてこないそうなのだ。
それだけ聞けば命の危機なく恩恵や祝福が得られるという冒険者には嬉しい限りのダンジョンだと言えるのだけど、モンスターが出ない代わりに、ひたすら知を試される。一番最初の入り口から、階段や部屋に通じる扉の前でいちいち問いがかけられるのだ。しかも出題はランダムで、この扉の答えはこうというようなカンニング行為が許されない。難問奇問のオンパレードに早々に根を上げたのは冒険者。そんな彼らの後ろから伺うようにしていた学者陣が動きだし、いつの頃かその塔は知識者の挑むダンジョンだという位置付けになったという。
学術組織に身を置いていた教授様が、己の威信をかけて人生の最後に挑む塔というようなイメージが強いのと、騎士職の人たちが剣を抜き「えぇい!決闘を申し込む!!」的なことが学者間で起こった場合「アリアスの塔で勝負だ!!」などというように使われる感じである。どれだけ上の階に進むことができたのかとか、どんな恩恵や祝福を得られたのかということで勝敗を決するらしい。
話を戻して、そんな場所にレックスさんは挑んだということで。
しかも隠し部屋——超難問だとか奇問の中の奇問だとか、そもそもそんなものは無い(つまり見つけられない?)とかいう噂がある——を開けちゃえたとか、どんだけ知力と幸運値が高いのか。
——貴方様のステータス、ちらっとでも見てみたいです。
まるでその声が聞こえたように、レックスさんの口から漏れた言葉は驚くべきものだった。
「俺のステータスを見てみたいという顔をしているな」
「ひっ…な、何故にバレたのでしょうかね!?」
「わかりやすい表情だったぞ?」
クツクツ笑い、いつも通りの嫌みのない微笑みで「ベルが見せてくれるなら見せてもいいかな」などと宣ったその人は、ステータス・カードの見せ合いっこ≒結婚間近な恋人関係、とかいうこの大陸の暗黙を……あぁ、たぶん知ってるね………。
いや、冒険者間では割とポピュラーな感じで見せ合いっこする風習はあるけどさ。
そこはほら、パーティを組んだ仲間の力量を知っておくとかいうやつで。
勇者様だって、頼まれて一時的に仲間に入れなきゃいけない人とかのそれ、普通に見せて貰っていたし。
ここは溢れ出る好奇心に惑わされた雰囲気で、又と無いこのチャンスをものにするべきか。それとも町娘の矜持とか思い出し、お断りさせていただくべきか。
むむむ、と唸り、フル回転でその行動により発生するだろう利害とかを考える。
牛乳紅茶な無造作ヘアーに恐ろしいくらいの美男顔。冒険者ギルドで確かな実力者であることを意味する位持ちであり、大賢者の塔の隠し部屋を開けちゃえる程の知識の持ち主で、性格だって悪くなさそう。立ち振る舞いも問題なくて、軟派に見えるが結構硬派。年齢の割に出来過ぎた感が否めないのが玉に瑕……。
——それはキズって言わないのかもしれないけどさ。
ふうっと息を深く吐き、冷静になった頭で思う。
——気になるけど…気になるけどこれ、間違いなく触らぬ神に祟りなしってやつな気が。
最後の最後が胡散臭いから、やっぱり触れるのはやめとこう。
がっつりは危ないけれど、サッと掠るくらいならおそらくきっと大丈夫。
どうしても気になるものだけ掠めるように聞いてみよう、と私は彼に意識を戻す。
「知力と幸運値だけ教えてください。そこが一番気になります」
「見なくてもいいのか?嘘をつくかもしれないぞ?」
「口頭で十分です。たとえ嘘でもその数値は確実にあるんだろうなってので解釈しますから。それにたぶん…」
レックスさんは嘘をつかない気がします、なんて台詞は、なんだかひたすらクサイのと。ある理由から言わずにおいた。ある理由とはつまりあれ。無駄に人当たりがいい人は、根底から嘘をついてる場合がある、というやつだ。
貴方は嘘をつかない気がします。けれどあるいは、身にまとう全てが嘘、な可能性。
だから最後は濁しておいた。
聡い彼ならこの沈黙に込めた言葉を早々に理解するのだろう。
そこにフェアさを加えるために、こちらの数値を提示する。
「ちなみに私は知力80の幸運値63です」
言うと、レックスさんは意外そうな顔でこちらを眺め。
「その年でそこまで知力が高いのは凄い事だ。だが、幸運値が想像したより低い」
ステータス・カードの1ページ目に示される【体力、魔力、知力】において、体力、魔力はレベルアップによる上昇が結構な割合で効いてきて、種族にもよるが上限というものがいまいちはっきりしていない。頑張れば頑張るだけ上がるというのがこの世界の人たちの常識だ。
ただし、中には私のように伸びの悪いタイプもいれば、極端にレベルアップが難しくなる“レベル50の壁”というような制約もあったりで、竜種の体力五桁——竜王は六桁いくという噂——と、魔種の魔力五桁——じゃあ魔王がいたら六桁なのか?——が、おおよその限界値だと思われている。只人ならば四桁いけば相当すごい。
対して知力の上限は100だと考えられており、何を基準に数値化されるか私もよく知らないが、一般的に80というのは高い方らしいのだ。昔、イシュに聞いてみたけど「賢者候補www」と含み笑いを漏らされて、それきり話は流された。
知力90のラインを踏めばこの世界では【賢者】とかいう職名がつく。
だが、幼なじみのその笑みが余りにもアレな感じだったので、世の中の人が言うより実はその程度のものなんだなと、頭が冷えた記憶がある。人生二回、世界二つ分の知識を混ぜたらそのくらいになるらしい。今の私の認識はそんなところなのである。
そして出てきた幸運値。エディアナ遺跡で勇者様からステータス・カードがタッチパネル式であったことを教えて貰った後のこと、さっそく指先でなぞってみると、普通にあったよ攻撃力。防御力とか命中率とかそういう並びのその中に、テンプレな雰囲気で幸運値がありました。今のところ私のそれは63で、知力と同じく上限100な設定だという話から、そんなに高い感じはしない。悪い感じもしないから、ぼちぼちってところかな、と。
レックスさんの台詞からして、やっぱりそれは高いといえる数値ではないようだ。
眼前で「妙だな…」などと言葉を漏らしたその人はしばらく考える素振りを見せたが、考えるだけ無駄であると悟ったためか、気を取り直して視線を重ねた。
「俺の知力は75で、幸運値は40だ」
「むしろ私の方が意外です。レックスさんこそもっと運が高いと思ってました」
「光草探しの依頼のときに“運が悪い”と言っただろう?」
「あー、そういえばそんな気が」
過去の出来事に思いを馳せて、そういやお客にお茶くらいは出すべきか、と。
火にくべっぱなしの薬缶の次に、隣に置いた鞄へと視線を移し、何かの気配にふと顔を上げた時だった。
『———お迎えに上がりました、ラコット様』
むき出しの歯の奥の、暗い空洞のあたりから、ふるえる音で告げられる。
全身骨身(ほねみ)な骸骨さんは、きちっと羽織った燕尾服(制服)に祭りのためか遊び心を盛り込んだタイ——っていうか実は単なる荒縄ですよね??——をして、触れたらポキッといくんじゃね?な角度のお辞儀をしてみせた。
細く白い手元には鎖でがんじがらめにされた青い鬼火が揺れていて、思わずギョッと視線を止めると、青い体がくるりと反転。丸い目玉に口が開いて、キキキキキと奇声を発し、長い舌であかんべぇと私を笑う。
思わず。
「ひっ…!」
と後ずさるのだが、背にした幹にぶつかって、それ以上の後退を許されない。
この状況をどう取ったのか、骸骨執事は礼を終えると横の彼に視線を移し。
『お連れ様がいらっしゃる。えぇ、お一人様なら大丈夫です。何も問題ありません』
そう言って顎をカタカタ揺らし、自身の背後を伺った。
『馬車をこれへ!』
誰にともなく語った後に、闇夜にカボチャが現れる。
えっ。
あれっ。
これってもしや、シンデレ……“ら”の前らへん。
夢ですか?な気分のままに数回まぶたを瞬くと、「ですよねー」な現実が見えてきたりするもので。
——ジャック・オー・ランタンの巨大馬車!!ついでに御者が執事さん!?
『さぁ遠慮はなさらずに!参りましょう!我らの街へ!!』
「っ!?」
はっと声に意識を戻せば、いつの間にやらカボチャの中に乗せられて。
がばっと窓枠を掴み取り、慌てて外へ出ようとするも。
「動き出したようだから危ないぞ?」
とか、背後から回された腕に捕われ、ふんわりなクッションに戻される。
お化けカボチャに乗せられて、骸骨執事な御者さんと、横にイケメン・レックスさん…。
——なんだろうコレ。一体どんな罰ゲーム……。
『ホホホホホー!イグニス様のお客人〜♪ファントム・タウンの亡霊祭へ、ぃよーうこそ!!歓迎しますよ生身様!!!』
そんな叫びを野外に聞いて、私の意識は遠くへ飛んだ。
その頃そこで「消えたでござる」と呟いた魔法使いのおじいさん、そして「ベル、大丈夫かな?」と心配そうな顔をした青銀の髪の美中年に、彼は一言。
「強い悪意は感じなかったし、上位者が一緒なら大丈夫だろう」
いつもと何ら変わらない、そんな声音の彼を目にして。
ふと視線を絡めたクローリクとライスの二人。
子供二人と黒髪の勇者の見えない位置で、フワッと意味ある笑みをこぼして「「そういえばそうだ」でござるな」と、言葉を重ね、夜空を仰ぐ。
【ファントム・タウンの亡霊祭】。
昔からある絵本のことを思い出し、遠くの土地の孫や娘に思いを馳せたのは…彼らにしか知れぬこと。
しばらく経ってボブカットの少年が「門が開く…」と呟いて。
深まっていく闇夜の中で、年に一度のお化けの祭りが始まった。