1−4
戦い始めてどのくらい経ったのだろうか。
40分は余裕で過ぎているような気がする。
ボス戦で30分越えなんて…あまり考えたくないなぁ、と私は思う。
それももうすぐ終わるのだろうが。
残像の中できらりと赤い色が光った。
解放された精霊石は何百という人型を放出していく。
——あ、終わったな。
人型が寄り集まって天に突き抜ける巨大な剣を創造したのを見つめながら、私は体の力を抜いた。
一極集中に近い密度の高い攻撃だ。大幅にボスの体力を削れるだろう。今までの攻撃に加え、アレをぶつけて最後にとどめを刺したのならば、如何に再生能力を持ったボスとてさすがに起き上がってはくるまい。
ボス攻略の勇姿を心のネガに焼き付けようと目を凝らす。
炎の剣は自然落下でネックハンギングツリーをかち割った。それはもう薪割りをしたときみたいな気持ちいいくらいのスパッとさで、割れたところから消えない炎がその身をどんどん焦がしていく。
勇者様は木が悲鳴をあげている隙に根元を一閃。邪魔な上部を切り捨てて、その下から出てきた人の頭のような核を砕こうと剣を振り上げる。
——ん?なんか嫌な予感……
振り下ろされた大剣が核にぶつかると同時に、ダンジョン・ボスは断末魔をあたりに響かせた。
すぐさま私は小走りで勇者様の元へと向かう。
むき出しの腕や顔、あちこちに赤い傷が散っている。汗が体中を流れ、息が荒い。単身での戦闘で得られる経験値はパーティを組んでいる時より多くなるが、エンカウントしまくらなければそう簡単にレベルは上がらないはずなのだ。まして一番最初にボスの元まで辿り着いたあたり、戦闘前の勇者様のレベルは確実にボスより少なかったとみて間違いない。私が側にいればないことだと思うが、下手をしたら命を落としていたかもしれないと、少し背中が寒くなる。
「どうぞ」
念のためを思い、少し気が緩んだように見受けられる彼に回復薬を差し出した。小瓶に入った最後の一口を嚥下したのを見て、何も起こらないうちにボス戦が行われる平地から森の中へと戻ってしまおうと思った時だった。
聞き覚えのある嫌な悲鳴が森中にこだまして、大地が揺れる。
——あ、やっぱり?
揺れはそれらがこちらへ集まるサインみたいなものだった。前世では地震大国に住んでいたためさしたる驚きはなかったが、立っているのがやっとなほどのその揺れに危うく体勢を崩しそうになり、両足に力を込めた。
「ぬおっ…」
可愛いとは決して言えない声をあげたところで、がっしりとした腕にさりげなく腰を支えられる。
——うひゃうっ!!!?!??!!
ゆゆゆ勇者様!なんて優しい!!
などと脳内で嬉しいパニックを起こしていると、四方の森からダンジョン・ボスとそっくりの木が根を足のように動かしてこちらに向かってくるのが見えた。
いやもう、アレはボスだ。
枝にとても嫌なものをぶら下げたネックハンギングツリーだ。
いやいや、団体様なのでツリーズが妥当か。
迷惑なことに、どうやらこのダンジョンでは単体ではなく複数体と連戦らしい。
そして重要なのでもう一度言うが、今、我々は平地の真ん中に居る。
それも二人きりでだ。
嫌な予感は的中した。
もちろんこれはボス戦なので逃走するのは難しい。
勇者様のレベルは前半戦によって70近くに達しているだろうが、残念ながら、失意の森に入る前の私のレベルは12である。
助けになるどころか足手まといだ。
むしろちょっと巻き込まれただけで即死する。
——死んじゃう!私、死んじゃう!!
・
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・
・
・
——ごめんなさい。嘘言いました。たぶん私、死にません。
そっと隣——しかも今は密着状態!——の愛しの勇者様を見上げると、とても険しい顔をしている。体力は回復したものの、連戦。さらに、精霊石のおかげでなんとか倒したボスを今度は4体同時に相手しなければならない。これがパーティ戦だったのならばいくらでもやりようがあるだろうが。
「……隙をつくる。逃げろ」
「嫌です」
「………」
「まぁ。真顔もすてきですね♪」
「………」
「そんなに見つめられると…私、溶けちゃいます(はぁと)」
「………」
「………(照)」
美男子が睨んでも怖いというより美しいだけだと思うんだ。
でもここは惚れた弱み。心は簡単に折れる。
このわずかな間に勇者様から一生分の熱い視線を貰い、非常に満足だ。
だから、幸せなため息を一つついて。
「私、貴方を死地に置いていくくらいなら、一緒に死ぬ方を選びます。アレらと戦って勝てそうですか?」
「……わからない」
——ほら、難しいのわかってるんじゃないですか。
「一人で逃げるのなんて絶対嫌ですからね。それに言っときますが、いまの私のレベルは12です。あの枝にちょっとぶつかったくらいでもオーバーダメージでサヨナラだと思います。隙を突いたところで、ってヤツです」
そう言うと隣の勇者様から驚いたというより呆れたという空気が漂ってくる。口元が「12……」と音を出さずに動いている。
そりゃ呆れもするだろう。
レベル12でモンスターレベル60以上の高レベルダンジョンに足を踏み入れるなど、ヴァカを通り越してキッチーだ。
だが女には時として譲れないものがあるように。私はどんなに自分の命が危うい状況に置かれようとも、彼の後を追うだろう。追っかけナメんな!というやつだ。
そして彼の命が危機にさらされようものなら、なりふりかまわず全力で彼の命を護ることを選択するだろう。
「だから、どうせなら一緒に死ぬつもりになってください」
そう言って私はおじさんキラーの微笑みを勇者様に浴びせる。キャッチフレーズは“貴方のはぁと捕えます”だ。これで勇者様もいちころのはずだ。…ところで、いちころ、って言葉は死語か。
——あれ?おかしいな。反応がない。
町のおじさん達にはめっぽう評判がいいんだけどな、この笑顔。
無表情な彼の隣で、しまった、勇者様はおじさんの域には達していないんだ!と愕然とする私。
そして、今生の別れのような会話が終わるのを待ってくれていたかのように、私たちを取り囲む4体のネックハンギングツリーが一斉に攻撃を仕掛けてくる。
内心、空気が読めるボス共だと好評価しながら、このどさくさにまぎれて勇者様に抱きつく私。
——背ぇ高い!筋肉硬い!良いにおい!!フェロモンフェロモン!抱き心地最高ぉぉ!!!このまま旦那にしたい!わぁい、役得ぅ♪
その気になれば、勇者様は妄想爆発中の私など簡単に引きはがしてしまえるはずだ。たとえ妄想抜きの私だとしても簡単にポイしてしまえるはずだけど。
でも、できれば。
どうか繋がったままで居て欲しいと、すがるように背中を撫でる。
ほんの少しの間でいいんだ。
私と肌を触れ合わせていて。
私の腕の中に居て。
そうすれば確実に貴方を守れるから。
ボス4体の攻撃に反射して動こうとするたくましい体を、逃すまいと絡めとる。
無表情ではあるが、武勇にしても人格にしても誉れ高い勇者様のことだ。この期に及んでもなんとか私を救おうと敵の攻撃の隙をうかがっているに違いなかった。
現に彼の片腕は私の腰を掴んだままだ。タイミングをはかって抱えて飛び退く算段かもしれない。
だから一瞬でいい。
これで少しでも動揺してくれれば。
淡い期待を込めて、精一杯背伸びする。
視界の端に黒くてグロイ枝の残像が見えた。
強烈な薙ぎが来る!というところで、私は迷いなく自分のそれを彼に重ねた。