閑話 ハーレム二号は幼女様
『娘、いつまでそうしておるつもりだえ?』
禍々しく感じられるほど濃い魔気を全身から立ち上らせて、魔公爵エル・フィオーネは翼種の少女をねめつける。少女はチラと声のした方に視線を向けて、強い力で黒尽くめの少年を背後に押した。
出会ったばかりの幼女に何故か庇われるような構図になってしまった彼は、見た事もないほど激高している連れの女性のこともあり、ただただぽかんと立ち尽くす。
「もう大丈夫。この魔人にどんな弱みを握られているのか知らないけど、安心して?私ならどんな呪いでも解呪できるわ」
そう言いながらふわっと笑い、まずは彼に声を掛け、続けて彼女に言い放つ。
「その気があるなら相手になるわよ。ただし、街の外でね。野蛮な魔種は場所を選ばないかもしれないけど…まぁ、その場合は強制的に場所を移ってもらうだけだから」
こちらはこちらで何かに腹を立てているというように、負けないくらい鋭い目つきで幼女が熟女を貫いた。その視線を受け止めて、エル・フィオーネが不敵に笑う。
『二枚羽根風情が公爵たる我に楯突いて、生きていられると思うなよ?』
「あら、誤解しないで下さる?」
言うと幼女はふっと目を伏せ、所持スキルを発動させる。
淡い光が体を包みヴェールのように波打って、姿が朧になったと思えば、みるみる四肢が伸びて行く。
ゆるいウェーブのアクアブルーは肩から腰ほどの長さにまで変化して、白を基調としたスレンダードレスの裾がふわりと風に舞う。その背から純白の立派な翼が六枚開き、紛う事なき熾天位の存在なのだと主張した。
それを目に留めた熟女は「おや」という顔を一瞬したが、だからといって問題になるものは無いという雰囲気で、紫のグラデーションに華を散らした袖を抱く。
「“侯”爵でしたら残念ね…と思ったけれど。この羽根を見て余裕があるなら公爵位ってことかしら?魔種の五公で女体をとるのは“エル”だったと思うけど、確か大賢者(アリアス)が造った錠でどこぞに捕われていた筈よ。いつの間にか代替わりでもしたのかしらね。一応だけど、お名前をお聞きしてもいいかしら?」
挑戦的な笑みを浮かべる妙齢に達した女性に、エル・フィオーネが薄く笑む。
『常ならば、名を問うならば先に己の名を明かせ、と言うところだが。いいだろう。我の名はエル・フィオーネと。ヌシが言うところの捕われていた魔公爵で合っておる。つい最近、ようやっと自由を手に入れて、ヌシの後ろに立っておる愛しい伴侶と旅をしていてな?何を勘違いしているのか知れないが、そろそろ“フィール”を解放してくれまいか。あぁ、せっかくだ。五公爵が入れ替わるなど不可能な話だと、幼子には教えてやろうぞ』
そう言って余裕たっぷりに返してきた魔婦人に、元幼女は不敵な笑みを深くした。
「ご丁寧にありがとう。でも、魔種が契約無しに人に寄り添う事なんて、まずあり得ない話だわ。どんな不条理な約束事を押し付けて彼の“伴侶”などと語るのかしら」
そしてふと振り返り。
「無理矢理にされたことならば、公正の名において契約解除ができるのよ。あの女が公爵位だからって何も臆する事はないわ。私はそれと同等の熾天位の翼種なのだから。貴方の事は守ってみせる」
そうよ、今度こそ…。
そんな風に小さく動いた口を見て、少年はようやくここで意識を戻す。
「あの、さ。言いにくいんだけど、エル・フィオーネは俺の連れだよ。その、伴侶とかいう話は棚上げ中なんだけど…えぇと、別に不条理な契約とか結んでないし、強制とかもされてない。生まれてこのかた、呪いも受けた事とかないし。ほんと、君の誤解だよ?」
所々で言葉に詰まる様子はあっても、落ち着いた雰囲気で語る彼の姿にはどこにも焦りの様子はなくて、淡々と事実を述べているようだった。
そんな姿に訝しげな顔をして、六枚羽根の女性は聞いた。
「貴方が気付いていないだけじゃなく?」
「そりゃ、中にはそういう人も居るかもしれないけどさ……そもそも俺、勇者だし」
だから状態異常にはものすごく敏感なのだ、と言外に語りつつ、そういう訳で君に嘘とかつく意味ないだろ?な穏やかな視線を向けて。
勇者の単語に驚いて目を見開いた女性を前に、少年はゆっくりと魔婦人の方へと歩み出る。
「じゃあ、そういう訳だから」
言った彼の肩越しに、エル・フィオーネが勝ち誇ったような笑みを浮かべたのを目に留めて。
「〜〜〜っ!!百歩譲って、魔人が卑怯な手を使って貴方の側に居る訳じゃないってこと認めてあげる!でも!私だって引けないわっ!!次に逢ったら結婚しようって、シグルズが…前世の貴方が言ったのよ!?私、信じて生きてきたのに!やっと、やっと逢えたのに!!魔人と一緒に行かせるなんてできる訳ないじゃない!!!」
ゴシゴシと目元をぬぐい、決意を露に姿を戻す。
「私も貴方に付いてくわ!!!」
幼女の姿に二枚の羽根で、彼の腰に抱きついて。
「魔人になんか渡さない!!!」
「って、うわ!ちょ、君、抱きつかないでっ!?」
少年はそこでハッと冷気を感じ。
「え、え、エル、ちょっと待ってよ!!何その魔法っ!!?」
禍々しい魔力の塊、全てを飲み込むかのような黒い球体を頭上に掲げた彼女に気付き、急ぎ諌めの言葉を発すも。
『塵さえ残してやらぬと決めた』
と、どこまでも昏い声音でそう語った魔婦人と。
「まぁぁ、野蛮ね。いくら“連れ”でも、伴侶にするのは考え直した方がいいわ、魔種なんて」
火に油なセリフを発する見た目幼女な有翼人に挟まれて。
「何なのコレ!?一体誰の嫌がらせ!?俺なんも悪い事してないのにっ!!!」
と。
赤い夕日に照らされて悲痛な声を上げた勇者は、何とか二人を宥めようと右へ左へ向き合うが。
売り言葉に買い言葉、あらぁ安いわセール中?な両者引かない言い合いは、空の色が変わるまで、間に立った少年がげっそりと痩けているのに気付くまで、続いていたと人は言います。
実は熾天位の幼女様。
クリュースタと名乗った少女が、少年勇者のパーティ(ハーレム)に加わった日でありました。
よ、幼女が変身っ…(((o゜▽゜)o))☆
はっ…いつもいつもスミマセン……。