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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
7 中都市ラピサ
67/267

7−10



「一体、何があったんだ?」


 ワンテンポ遅れてこの場に辿り着いた勇者様は、頭を下げている青い髪の好青年からシュシュちゃんとソロルくん、そして彼らと対面している悪役衣装の怪しい男と、上半身を縛られている私へと視線を移し、もう一度仲間へとそれを戻して問いかけた。

 辿り着く寸でに見た光景がシュシュちゃんが矢を絞る姿だったためなのか、警戒色の明らかな動きを取って周囲の気配を伺っている。

 「妖精さんが…」と言いかけたシュシュちゃんを遮るように、勇者様の質問へは青い人が膝をついた姿勢のままで言葉を返す。


「東の勇者グレイシス殿とお見受けします。私はウェントスの氏を継いだエルフ族、名をセレイドと。あちらに見えます奇抜な様相の男は私の実兄で、ネブラの氏を継いだラグーダと申す者です。私は、我が兄がこちらのお二方に危害を加えるかに見えたため、急ぎ諌めるためにと参じた次第。どのような理由を以て兄が愚行に走ったのか、いま詳しく話を聞いて参りますので……どうぞ、この場は気を鎮めて頂きたく」

「……そちらの話が正しいことを、何か他のもので示せるか?」

「はい。それには、こちらの霊弓を」


 携えていた翼を模した弓を差し出し、セレイドさんはそのまま続ける。


「これはそちらの方が持つ“豊緑の射手(ビリジアン)”と肩を並べる、世界に7本のみの霊弓の一、“蒼空の射手(セレスト)”と呼ばれるものです。保証として置いていきます」


 しっかりとした声音のどこにも偽りが混ざった音がなく、袖の下の刃物——あるようには見えないけれど——を除けば、これで男の武器はなくなるということだ。その場を離れる保証にはもってこいな物質(ものじち)だろう。


「……わかった」


 その言を信じよう、と勇者様はあからさまな警戒を解き、差し出された弓を取る。

 ありがとうございます、と青年は礼を述べると、シュシュちゃんへ向けた視線を少し留めて。ふと何かに納得したというような雰囲気で、こちらの方に歩き始めた。


「さて、兄上。これは一体どういうことか、ご説明願いましょうか」


 切れ長の目に威圧を宿し、角の付いた仮面をかぶる兄らしき人物よりも、よほど立派な角を生やした顔をして。

 ヒタリ、ヒタリと近づきながら、疑問符無しで彼は問う。


「あ…いや…だからそのっ…」


 モゴモゴ声で身振り手振り説明を試みようとする人を見て、あれ?急になんかキャラ違う?…あぁそうか。これが素か。

 そんな風に考え込む私の横で、紫色のお兄さんがカタカタと体を震い。


「女性を…しかも子供を前に矢を立てるとは!」


 誇り高いエルフの恥です!!と続かんばかりの剣幕に、ラグーダさんは瀬戸際な雰囲気で実弟に勢い怒鳴る。


「そうは言っても見過ごせぬだろう!?今は亡き存在なれど、霊弓は我らの王を守る武器!エルフ族以外の者が手にするなどと…!!」


 言い繕う兄の前、呆然とその声を受け、何故か青髪のセレイドさんは心底呆れたという顔をする。そして「はぁ…」と息を零して呟いた。


「……鈍いお方だと思っていましたが。よもやここまでだったとは」


 気付かなかったものは仕方ないです。それで許されるかはあちらの方々に委ねるとして。では、いいですか?と。一部が肩口に届く長さの青い髪をサラッと揺らし、青年は兄を促しシュシュちゃんの方に視線を向けた。


「非常に薄く、確かにそれを感じ取ることは難しいのかもしれませんが。近くへ行って手を取れば、はっきりと分かるはずですよ。彼女はまぎれもなくエルフ王の末裔です。“緑”の姫君なのですから、豊緑の射手(ビリジアン)を手にすることができたのは、不思議なことではありません」


 そこで彼の視線に気付いたシュシュちゃんの緑の瞳がこちらを映し、それを知った青年は恭しく礼を取る。

 説明されたラグーダさんは「……ばかな」と呟き、信じられないものを見た…という驚愕の面持ちで彼女の方を凝視する。

 同時に「そんなばかな…」とお兄さんと全く同じ事を思った私は、こちらの会話がまるで聞こえていないという雰囲気の、彼らの中心に立っている金髪ポニテの美少女を、またしても同じように驚愕の感情を込め見つめるのだった。

 彼方の時代、地上に現れたエルフ族は、七色(ななしき)の彼らの王に導かれ世界中に散ったという。その話を調べた時に、記された言葉があまりにも古く短く、てっきり虹色の王様が彼らに住み良い場所をあちこち回って今の里に落ち着いたのだと…そう解釈したのだが。


「あの、ちょっとすみません。緑の姫君ということは、別の色の姫君も?」

「えぇそうです。我らの先祖が地上に降り立った時は確かに、それぞれの色を象徴する七つのエルフ王家が存在していたと伝えられていますので」


 その話を受けて「そうだったのか」と、一人でしみじみ頷いた。

 七色の王様とは、ただ一人で虹色をしていたというわけではなくて。七つの色を象徴している、それぞれの、七人の王様のことだったのか。それなら“散った”の言葉の意味がより理解しやすくて助かるな。

 疑問が納得しやすい形で満たされていくことに、私はだいぶ満足げな顔をしていたようで。その空気を受けたセレイドさんが、釘というほどではないが、より誤解の無い説明をしようとしたのか続く話に口を開いた。


「ただ、今はもう…。長い時の流れの中で、七つの王家はそれぞれの里で絶えていきました。それというのも我らの王は女系、つまり女王制でしたので。他種族と交流するうちに、女王の義務というのも段々と薄れていったと聞いています。里を訪れた他の種族の男性と恋に落ちるということも、少なくなかったそうですよ。我らは王を愛する種族でありますからね。地上に降り、細々と生活する中で、同族の男との間に無理をしてでも女児をもうけて欲しいとは、どうしても言えなかったのでございます。故に今は、大陸を巡っていて、稀に他種族の女性の中に遠い気配を感じる程度。何色の系譜であるのか判別がつかないのが普通なのですが…驚きました。彼女ほどエルフの血が色濃く現れた人物は珍しい」


 そう語り笑みをこぼす青い人へと、ええいこの際!ともう一つ聞いてみる。


「王様の子孫って、見ただけでわかるものなんですか?」

「えぇ、よほど感覚が鈍くなければ一目でわかるものですよ。我らの王象(レガリア)は血に刻まれた“霊気(オーラ)”ですので。混血に混血を重ねるなどして、よほど種族としての血が薄まっていなければ感じ取ることが出来るものですし、たとえ見た目で分からなくても体に触れれば普通は気付くものなのです」


 へー、そういうもんですか、と鈍感な只人の私が完全には理解していないという様子で言ったのを前にして、セレイドさんが嫌味なく微笑んだので。


「あ…いきなりすみません」


 今更ですがすみません、貴重な話をありがとうございます、と慌てて体を折り曲げる。

 と、そこへ放たれた意外な言葉。


「いいえ。実は以前、貴女をお見かけしたことがありまして」

「はぁ…」

「冒険者ギルドのコーラステニア支部で、登録のために貴女のステータス・カードを受け取った受付嬢が『知力75!?』と叫びながら奥に下がって行った時、居合わせたのですよ」


 なので、随分博識な少女なのだと強く印象に残っていたのです、と。


「貴女は賢い方ですから、我々の史跡を知ったところで悪いようにはなさらないでしょう。それに、このまま歳を重ねれば尊き職に達するかもしれないお方。エルフ族は知も尊びますので、協力は惜しみません」


 そんなことを言われてもいまいち腑に落ちない私が、もう一度「はぁ…」と何とも言えない声を出したところで。


「お前の言う事だ。その話は確かなことなのだろう。混血とはいえ、エルフの血を引く者ならば…いや、王の血を引く者であるなら尚の事、私に否やなどあろうはずがない」


 肩を下げ、紫色のお兄さんがそんな声を出したのだった。




 ちょっと一悶着あったものの自由を取り戻した私は、エルフ耳を露にしたラグーダさんが、勇者様達の前で深く深く頭を下げて謝罪するのを見守った。怪人の仮面を外した彼——そこは期待を裏切らず、弟のセレイドさんを上回る勢いの、それはそれはきれいな美男顔だった——は終始しょんぼりとした雰囲気で立っていたが。ふとシュシュちゃんが自分に視線を合わせた事に気付いたら、勢いよくその場で膝をつき頭を下げていた。

 そんな姿に「なんであんたら里の奴らと同じ行動とるんだよ!?」と叫んだソロルくんの声がして、あれ?少年は気付いてないの??王様の象徴(レガリア)がどうのという、さっきの情報嘘ですか?な気分に一瞬浸ったが。

 きっと、ソロル氏はお兄さん以上に鈍い奴なんだろう、ということにして。

 そっと。

 そおっと。

 勇者様へと視線を向ければ。


——あれ?なんか…スルーレベルが上がってる…?


 前までは「ちら見」くらいの視線なら普通に向けてくれてたような。

 それどころか割と自然にこっちのほうを見てくれてたと思うけど。

 この微妙な雰囲気は…。


——もしかして怒ってる??いやいや、まさかね…?


 押せ押せ系がダメっぽいのを某村で思い知ってから、無理にキスしたりとかしてないし、大人しくしているし。街ではちゃんとストーキングは控えたし、距離だってこれまで通り10メートルを守ってる。

 怒られるほど悪いことはしてないよねぇ?と頷いて。


「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。それでは我々はこの辺で」

「誤解が解けたのならば良かった。道中、気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

「ソロル氏族の者が居るなら、我らが護衛を務めずとも安心だ。どうかこの方を守り抜いてくれ」

「……は?」

「私からもお願いします。———お手を、美しい豊緑(ソロル)の姫君。どうぞ御身をご自愛下さい。我らの里の近くへいらした時は、是非お立ち寄り下さいね。紫(ネブラ)と青( )(ウェントス)の民は貴女様を歓迎します」


 挨拶を交わすセレイドさんと勇者様。

 強い思いを少年に託したラグーダさん。

 最後、乙女がうらやむ敬愛のキスを手の甲に付されたシュシュちゃんを遠目に伺い。

 えぇぇ?という混乱で、しばらく「うーん……」と頭を抱えていたところ。

 去り行く二人を見送ったらしい金髪の美少女が、ふらっとこっちにやってきて。

 私の前で立ち止まり、表情のない顔に神妙そうな雰囲気をぶら下げながら、いきなり。


「…師匠」


 と宣(のたま)った。

 What's!?な顔で「ん?」と返せば。


「…青い人に惚れました。追いかけるべきですか?」


 なんていう耳を疑うセリフがぽろり。

 想像だにしない展開に付いてゆけずに、はい(´△`;)?な顔で冷静に彼女のセリフを頭から考えようとしたところ、どんだけ地獄耳なんだ?と疑うくらい離れた場所から、緑エルフなソロルくんが突っ込みを入れる声がした。


「おまっ!?冗談でもやめろ!!その展開!!!」


 ちらっと叫ぶ少年の方を見て、フイッと顔をそらして見せて。


「………やらないのに」


 と、彼女は言ったが。

 実はそのセリフの後に「今はまだ」と無言の声が聞こえた気がして……。

 感情の機微がとてもわかりにくいけど、シュシュちゃんも女の子だったんですね、と。

 ソロルくんの突っ込みに隠して鼻を鳴らした少女は、それでもずっとセレイドさんの去った方角を、見つめ続けていたのです。



*.・*.・*.・*.・*.・*


 勇者の嫁になりたくて。

 異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。

 なんだか混乱に混乱を重ねる出来事が起きたため、うやむやな雰囲気になっちゃいましたが。追いかけ始めた時のような、余所余所しい彼の態度は、私の心に不安の種を蒔いたのでした。

静かな終わりを敷いておいてなんですが……

蛇足と思って省略した話を少々。


〜ベルと兄と弟による一悶着劇場〜


ベル「話の区切りがいいところで、そろそろほどいてもらえませんか?」

  (と、この縄…な視線のベルさん)

弟 「あっ、すみません。すぐほどきま…すぅ!?」

  (ベルの姿を見てギョッと目を見開いた弟くんが兄に詰め寄り)

弟 「兄上!!貴方一体どんな縛り方をしてるんですかっ!?」

兄 「む?女性に縄をかけたことが無かったので、この本を参考にしたぞ」

  (取り出したるは“女性の縛り方〜美しい束縛の方法〜”。間違いなくソッチの本…)

ベル「………(絶句)」

兄 「やはりこれではダメか?内容が難し過ぎて途中までしかできなかったんだ」

  (しょんぼり顔(´・ω・`)のお兄さん)

弟 「途中までで良かったです!!って、あぁもう!何から教えていけばいいやら!」

  (混乱しつつも、それはもう素早い動きでベルの縄をほどいていく弟くん)

  (……もしや君、縛り方とか得意なの??な疑惑の眼差しのベルさん)

兄 「そうか。途中までが正解だったか!」

  (ぱあっと顔を明るくしたお兄さんに、ものすごい勢いで)

弟 「そういう意味ではありませんっ!!!」


この弟くん苦労してそうだなぁ…と、しみじみ思ったベルさんでした。



割烹着かっぽうぎ:料理人の戦闘服。

効果:調理意欲の上昇、手際のよさが上昇、味付けの上方修正(あくまで修正)、おふくろ感max

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