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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
7 中都市ラピサ
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7−9



 リンゴーン、カンコーン、というリズムの鐘の音が何回か刻まれて、昼前あたりに豊穣祭が始まった。

 街の中央にある広場からは音楽が絶え間なく流されて、一帯に華やぎを添えている。人々の歓声も時折そこに混ざり込み、拡声の魔法でも使われているのかと窓から外を伺った。

 この街の豊穣祭では年頃の未婚女性が巫女的な役を負い、洋風の山車(だし)のような乗り物で領主の家から真っすぐ伸びた東門までの道のりを行って帰ってくるらしい。そこでただ揺られて過ごす訳じゃなく、往復の全行程で、縁起物の食べ物を見物人に配るという仕事をこなす。実はこれ、乙女盛りの見本市を兼ねており、配る間に見初められたり見初めたり。若い男女へ恋の切っ掛けを与えるものになっていて、毎年、祭りの後には何組かのカップルができ、そのまま結婚することも少なくない話らしい。

 特に今年は勇者パーティが賓客として巫女の列へ加わるということで、あらゆる年齢層の女性達が朝から元気に着飾って、場所取りをする勢いで中央通りへ駆けていた。

 公式なイベントへの参加ならプライベートとは別だろう、という訳で、私の頭もいい感じに沸いている。

 そろそろお目見えな時間かなーと、お祭り仕様に飾られているだろう勇者様を覗きに行くべく、軽い腰を持ち上げた。

 いつもよりちょっとだけ可愛い服を身にまとい、若いって何着ても許されるから…っ!と扉を開けつつしみじみ思う。


——「おしゃれって靴とバッグが大事なの!小物こそ気を抜かない!!」


 頭の中に前の世界の友人の声が響いたところで、でも私って実用派だし…細足に見えるらしいけど歩きにくいヒール付きの靴は却下で、邪魔なだけで何の役にも立たない装飾品も却下だな。そもそも鞄がいつものやつって辺りからして、どんなに服が可愛くってもおしゃれのおの字も語れない。むしろそれを見越した上での“ちょっと可愛い”チョイスだけどさ。と、いい感じに冷静が戻ったところで入り口から外へ出た。

 人ごみは得意じゃないと言いつつも、人だかりへのミーハー心はそれなりに持ってるし。

 祭りの喧噪?大いに歓迎!というような賑わいの空気が好きな私は、そりゃあもうルンルン気分で道ばたを歩いて行った。

 だからまさか、頭の軽そうな町娘の後をつけている怪しい男が居ようとは、これっぽっちも思わずに。


 ふと気付けば空が赤い…というようなトリップ気分を体験するまで、気を失っていたことを知らない私は。そんな話の局面中に居合わせてしまったことを、取り戻した意識の端でそぉっと小さく悟るのだった。




「この娘の命が惜しくば、その霊弓を今すぐ寄越せ!」


——おいおい、兄さん。この娘って私のことか?


 戻った意識で、辛うじて動く首を傾け、横にある存在に視線を向ける。


——角付きの怪人仮面にちょっと凝った悪役衣装……まんま、何とか戦隊の敵キャラスタイルを取ってしまった貴方様は、昨日撒いた変態さん!


 頭の高い位置で結われた紫色の長髪が、発言の檄に合わせて小さく揺れる。

 首を戻して正面を向き、そこで苦い顔をしてこちらを見ているソロルくんとか、相変わらず無表情なシュシュちゃんの姿を見たので、ここは空気を読んで素知らぬフリを…と目を閉じようとしたけれど。

 角付きの仮面というのに疑問を覚え、閉じかけた目を見開いて、角度を変えてそれを見上げた。


——……えーっと…これって…


 どういうことだ?と湧いた疑問を押さえつつ、縛られた体をずらし、もう少し…と視線を後ろに向ける。


——あー…うん、この人の武器も“弓”なんだ?


 なんだか前の世界の超大作小説の影響か、弓っていえばあの種族…な私の脳は、ある意味納得、ある意味不思議、な答えを出して動きを止める。

 なんだか変だなこの状況…と思いつつ、もう一度目を閉じようとしたところ、やや冷静な音が混ざった男の声が頭の上から降ってきた。


「手荒な事をして、すまないと思ってる。あと一押しの筈なのだ。だから、もう少しだけ人質になっていてくれ」


 本当に悪いと思っているような声がして、つい会話を繋いでしまう。


「あの…エルフって、他種族以上に同族に親切な種族だったと思うのですが……」

「それはこの行動の意味を聞いているのか?だとしたら、だからこそということだ」

「全く意味がわかりません」

「……世界に散らばる霊弓は、代々先祖が受け継いできた、我らの王を守るための武器なのだ。だからエルフ族ではない者の手に渡るなど、あってはならん。ネブラの名を継ぐ者としてこの状況は見過ごせぬのだ。あの娘子の隣にあるソロル氏族の若者は、おそらく霊弓の存在意義を理解していないのだろう。だからああしてあちら側に立っている。色は違えど、同族として嘆かわしい」

「…はぁ、そういう理由でしたか」


 私にだけ聞こえる声でそう語った男は、最後、小さい息を吐く。

 話の内容的にいまいち感はあるけれど、何となくだがわからなくもない理由である。

 そういう訳だったんですねと、仮面から伸びた三本の角のうち、左右二本の角に隠された特徴的な耳を見上げて。


——昨日聞いた話とか、代わりにしてもいいんですけど。信じてはくれないだろうな…


 そう思って、ちょっと気が遠くなる。

 どういう状態で上手いことあの二人を呼び出したのか知らないが、この脅迫に時間をかけると間違いなく勇者様が現れちゃったりするんだぜ?と。“辿り着く者”たる恩恵を持つその職業の人達を、あんまりなめちゃいけないよ?と割と紫色の人の方を心配しつつ、状況を見守った。

 ソロルくんは私の意識が戻った事に気付いてか、少し前から「お前ならどうにかできるだろ?」的な睨みを利かせているが。実は何の命の危機もない状況で、こうも強く束縛されると非力な私は抜け出せないし、鞄にも手が届かない。

 文字通り無力なのだよ、はっはっは。

 そんな事を思いつつ、内心でから笑いを上げているのを、なるべく顔に出さないようにしていたが。

 いつまでも何のアクションも起こさないこちらに気付くと、ようやくその事実を悟ったという顔をしてソロルくんは隣に立った美少女に何事かを囁いた。


——お。どうする気だろう。


 私的には、絶対に来るとわかっている増援を待つ、というのが最善だと思うのだけど。

 じーっと20メートルくらい先に立つ少年少女の動向を伺ってると、シュシュちゃんがおもむろに弓を持ち上げ、魔力を練って作り上げた矢の先をあろうことかこちらに向けてきた。


——うぉいっ!待てって!!ちょい待って!!


「ほう。この娘の命など知らぬと言うのか。蛮族め」


——いやいやいやいや!いま最も心配なのは、それともちょっと違ってて!!


 やれるもんならやってみろな雰囲気をかもしつつ、自らも背中の弓に手をかける紫のその人に、心の底から突っ込んで。両者引かない——矢は引いてるけど——即発の状況に、取りあえず、どうかその貴重そうな武器類が私のせいで壊れたりとかしませんように!!とこの世界の神々に乞う。

 それさえなければ後はどんな割り込みでも結構です。あ、痛いのはなるべく勘弁ですが…と、追加で祈りを捧げていると、気迫と気迫がぶつかるような妙な気配が辺りに満ちて、武芸に疎い私でも「あ、これはいよいよマズいんでなかろうか…」な感覚に包まれた。


「あの…一応ですけど。もう一度話し合いをしてみるとか、そういうつもりは…」

「向こうの方が無さそうだがな」


 言ってみたらバッサリ切られ、見た感じそうですねぇ、と。

 輝きを増すシュシュちゃんの魔矢を見て、人通りの少ない空き地のようだが、ここって街の中なのに。戦ったりしちゃダメだろう?しかも君ら、一般的な冒険者のレベルから見て、相当レベルの高い人達なんだから。


——仕方ない。パーシーでも呼ぶかなぁ…二週間前くらいから微塵も気配を感じないけど、この街のどこかには居るんだろうし。


 どうして何の関係もない私が一番、近隣への影響を心配しているのかと、微妙な気持ちになったけど。

 例えばね。

 一応ここは屋外なので、回避要素が多いと仮定する。世界に七本しかない霊弓が壊れるとかは恐いので、想定から除外しとくよ。

 それで、二人分の矢の攻撃が辺りに炸裂とかしたら、シュシュちゃんとソロルくんは高レベルなので避けるなりなんなりするだろう。その一方で、対象の横に居る縛られた私とか、もちろん余波も避けられないので絶対回避が起動する。で、何かが起きて矢が逸れる。逸れた矢は高レベルなシュシュちゃんのものなので、確実に街の一部を破壊して、何事か!?とお偉いさんがやってくるという流れだよ。

 魔王の居ない、こんな平和な時代において。

 冒険者同士の戦いによる建物の倒壊などは、思うよりずっと大きな事件になる。

 勇者パーティのメンバーがそれに関わっていたと知れたら、パーティのリーダーである勇者様の立場とか、間違いなく危うくなるし…。

 ふとそこに思い至ったら、急に心に焦りが生まれて。


——それはマズいよ。大変ヤバいよ。パーシー呼ぶよ。来てくれるよね!?


 内心で呼びかけて、口の形をパに変える。


「パ…」


 と発音しようとしたら、そんな我らの視線の先に。

 ヒュン!

 タスッ!!

 っと青く光る矢が放たれて。


——え?


 と思う私の前に。

 ゴゥッ!!!

 っと柔らかい旋風(つむじ)が湧いていき。


——えぇ??


 と思った私の毛先を優しく撫でる風が抜け。

 まぁ落ち着けよお前達、な雰囲気で、対峙する彼らの髪をも巻き上げていく。

 それが収まり止まないうちに、男の声で怒号が混じり。


「兄上!!貴方はそんな格好で一体何をしているのですっ!?」


 と。


「むっ…その声はセレイドか!?お前どうしてここに…はっ。いや、これはそのっ…」

「言い訳は後で聞きます。そちらの方、大事無いですか?」


 とか。

 何やら急に、大いに焦る紫さんと、颯爽と現れた青色の髪の好青年のやり取りが始まって。

 青年は今さっきまで矢を向け合った両者の間に降り立って、それはそれは丁寧な物腰で対峙する少年少女の方を向き。


「大変申し訳ありません。今はあのような奇抜な格好をしておりますが、普段は面倒見がとても良く、気性も穏やかな人物なのです。どんな理由があってこのような行動に出たのか詳しく聞いて参りますので、どうぞ、この場は私に免じ、その弓を下ろして頂けないでしょうか?」


 と。

 先ほどの矢を引いた“翼を模した弓”を下ろして、膝を付き、長身を深く折りながら、彼らに謝罪を述べたのだった。

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