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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
7 中都市ラピサ
65/267

7−8



 部屋に戻ると、ベリルちゃんは恋愛モノ、ソロルくんは思いがけず辞典モノに手を掛けていて、ドアのところでちょっとフリーズした私。

 それと悟られないようそおっと扉を後ろに閉めて、敷物——実はこの部屋土足なんです——を取り出すと空いた場所にそれを開いた。

 声や物音を遮断する魔法でも掛かってるのかと、外で何の音もしない部屋の中を不審に思ったけれど、二人して読書してるなら物音など立たないはずである。しばらく書物を読み進む音しかしない空間で、気を使って静かにご飯を並べていたが。


「…信じられないくらい良質な本、持ってるよね」


 と、辞典に目を落としたままでソロルくんが呟いた。

 疑問形じゃなかったので、え?独り言??と聞かなかったことにしようとしたところ、続いて「どこで買ったの?」と普通に問いかけられたので、残念これって会話だったと掛けられた問いの答えを返す。


「辞典類に限らず良い本を見つけたら流してくれって、知り合いの商人に頼んでるんです」


 この時代、書として記す人はあれども精査の目が入る事は少なくて、特に辞典や参考書系の本などは、読み易さや内容にかなりのばらつきが出たりする。物足りなさを感じるものが多い中、イシュが紹介してくれるものはどれも読み応えバッチリで誤記も少ない良本だ。

 決まった書店を紹介されるわけじゃなかったためか、そう簡単に手に入らないものなのだと悟ったためか、ソロルくんは「ふーん」と言って会話をするのをやめたらしい。むさぼるように読み進む少年の意外な一面に、勉強が苦手な子かと思ってたけど知識欲があるんだな…あぁ、それって聖職者の素養かと感心の目を向ける。


「二人とも、そろそろご飯にしませんか?」


 声を掛けねばいつまでもそうしていそうな彼らに対し、やや大きめの声を出す。既に出ていた個人所有のものらしきコップふたつに飲み物を注ぎ足すと、彼らはふと顔をあげこちらの方にやってきた。

 なるべく洗いものを出さないように選んできたのは串焼きと、前の世界のタコス的な挟みもの。あとは揚げ物にカットフルーツと、要望がなかったために若い人向けの当たり障りないメニューにしといた。バケットは出ているもので足りなさそうなら出す感じで、取りあえず鞄の中に入れたまま。

 各々が適当に手を伸ばし、数回飲み下した後に、沈黙に耐えかねたのかソロルくんが話題を振った。


「ところで、どこまで話したの?」


 無言の食事風景が耐えられないとは…案外この子、気にしぃか?ちょっと神経質そうでもあるし、こりゃ将来あたまの上がクるかもなぁ。

 そんなことを考えながら黙々とフルーツを口に運んでいく私の横で、ベリルちゃんがポツリとこぼす。


「…森の妖精に、この弓が狙われているというところまで」

「妖精?いや、サイズ的に明らかに人だろ、あれは。…まぁいいや。僕が最初から説明するよ」


 諦めたような声を出し、ソロルくんは強い視線でこちらを向いた。


「こいつが持ってる弓、僕の里で守られてきた霊弓なんだよね。クライス達がソロルの森に来た時、ちょっと目を離した隙にこいつが弓に触れててさ。いつの間にか持ち手に選ばれた」


 ソロルくん…もとい、シルウェストリスくんの出身地であるエルフの森——“ソロルの森”というようだ——には外界からの侵入者を防ぐため、それはそれは強力な結界が張り巡らされてあったのだ。仕事の都合でお呼ばれされた勇者パーティの面々は難なくそれを突破できたが、招かれざる客扱いの私はもちろん、見えない壁に阻まれて一歩も前に進めなかった。

 だからその時、エルフの里でどんなことがあったのか知らないし、今のパーティにソロルくんが入る事になった経緯など知る由もない。これはどうやら、そんな昔の出来事に端を発するものらしい。


「今までは、持ち手って例外なく森の奴から出てたっていうし、そもそもこの弓、外の世界に出すつもりとか全く無かったんだよね。ずっと昔から守られてきたものだし、ある意味、畏敬の対象っていうか…氏族(ぼくら)の心の拠り所っていうか。……口で言ったって人間には分からないかもしれないけど」


 そういって少年は視線を落とし、思い出したように手の中にあった串焼きを口に含んで咀嚼した。


「…なのにさぁ。そのはずなのに、こいつが持ち手に選ばれたって分かった途端、そんな気配がしてたんだとか訳わかんねぇこと言いながら、手のひらを返したように敬い始めて。勇者パーティに聖職者が居ないって聞いたら、歳も近いし適任だとかで、付いて行けって命令された。まぁ、こいつが死ぬなり弓を手放すことになるなりしたら、それをソロルの森に持ち帰るって役目もあるんだけどさ」


 で、ようやく本題なんだけど、と水分補給で視線を戻す。


「エディアナ王国の前に寄った街あたりだったか?……で、変な奴に目をつけられたみたいなんだよね。クライス達と居る時は手を出せないと思ってか、静かにしてるようだけど。こいつが一人になった時とか、二人で居る時なんかは、ここぞって感じでいろいろと仕掛けて来る。たぶん、これが世界に七本しかない霊弓だと、どこかで知ったんだと思うんだ。最近は大人しくしてたけど、この街に着いたら思い出したように人を雇って奪いに来てさ…。っていうか、間違いなく長居し過ぎたのが原因だと思うけど。そんな感じで今に至るっていうわけ」


 どこか投げやりな雰囲気で最後を締めくくった少年に「へぇ」と返すと、何やらリアクションに物足りなさを感じているというような顔をされたので、親切心で「大変ですねぇ」とか追加してみる。

 すると少年はいつものように、可愛い顔に盛大にしわを寄せてみせたので。


「だって私、武器って扱えませんからそれほど興味ないですし…そもそも、勇者様が絡まないその話のどこに強い思い入れを持てっていうんです?」


 何の気もなしに返したのだが、ソロルくんはグッと言葉に詰まったような表情をして、しばらく沈黙した後に「確かにお前の言う通りだ」と絞り出すように言ってきた。


——え?どうした??まさかとは思うけど、力になって欲しかったとか…?


 うわー…そうだとしたら、これはちょっと冷たい返しだったかなぁ??と申し訳ない気分になったが。

 でも普通に考えると、だからって私ができることなんて何一つ無いような気がするし、すでにこうして部屋にかくまっているあたり、だいぶ彼らの役に立っている気もするし。

 そもそも、勇者様…は、領主の娘さん関係で忙しいだろうけど、ライスさんとかレプスさんはそこそこ時間がありそうだったし、迎えに来てもらうのとかも別に明日の朝じゃなくて今日の夜でも良かったハズよ?というのを加味すると、ねぇ。

 実はベリルちゃんもソロルくんも、一晩だけでも領主さんから開放されたかったんじゃない??っていうような、私的なモノも見え隠れだし。

 やはり私は充分役に立ってるよ、と。


「あ、ベリルちゃん。間の野菜、残したりしちゃダメですよ?」


 さり気なく皿代わりの袋の端に退(の)けられた串焼きの野菜を見つけて、少女の方に指導の声を出してみたりしたところ。


「…シュシュでいい」


 と、自分で退けた野菜さんを睨みつつ、どこか意気消沈した雰囲気で小さな声が返ってきたので。

 おや?それってもしや、名前で呼んでもいいのかな?と思いつつ。


 微妙な空気ではあったけど、少しして食事を終えた我々は各々好きな本を読み夜の時間をつぶしていって。私は翌朝、迎えに来たライスさんとレプスさんに連れられて、少年少女が帰って行くのを窓のところで見送った。

 見送りながら、心底嫌われるまではいかないものの、好意を持って貰えてはいないだろうと思ってたけど、知らない間に意外と彼らに慕われていたのだろうか?と。これまでのやり取りを思い出してみたりした。

 社会に出ればレプスさんやライスさんほど歳の離れた相手でも、ある意味では対等な関係になる。年上を敬う気持ちというより、他者を尊重する気持ちというのかもしれないが、社会における関係性の基盤としては、おそらくそういうものが最初にくると思われる。絶対的に敬いの態度を求める年長者もたまには居るが、それができればその他大勢な人たちとはイーブンな関係を築いて行けることだろう。特に前の世界では時代的にそんな風潮であった気がする。

 でも、完全な自立の前の十代中期な彼ら的には、そういった感覚がいまいち理解できないのかも、で。歳高い人達は無意識に子供扱いしてしまうものだろうし、敏感な年頃である彼らの方はハッキリそれを認識するので、きっと、年上の人との対等な関係は築けないものなのだろうと思ってしまう。そこへきて、パーティ内で一番近い勇者様との間に位置する私こそ、より親近感を持たれ易い存在なのかもしれないと。

 とはいえ未だ“友達”とは呼べないような関係性の彼らに対し、これから先、もし機会があったなら、邪魔にならない範囲で声とか掛けてみようかなぁ、とか。

 今までは勇者様しか見てなくて、ファンタジー世界の方のくくりであった彼らに対し、そんな風に考えている自分というのが不思議に思え、実はこれから先も触れずにおこうと思っていたと苦笑を零す。

 そういえば小さい頃、薄鼠な幼なじみが「もっと積極的に生きたらいいんじゃない?」的なことを言ってきたのをスルーしたなぁ、当時の私。いやほら、だって。その時、どちらかというと生気のない目をしてたのはイシュですよ?って話だし。

 とはいえ、五十歩百歩というやつですね、幼い頃の話なんて本当に不毛だな。と、さらに苦笑を重ねてしまう。

 まぁ実は、精神的な同期生はレプスさんあたりなんですけどね、なんてことを思い出し。

 ギャップ萌えって聞くけれど、今の見た目と中身の成熟具合の差とか、果たして彼に通用するか?と考えて……あー、むしろ引かれるか………と。

 転生したよ!記憶があるよ!!な面白ネタは、若い子じゃないとイタイだけ。

 そんな風に結論づける。


——この秘密……絶対にバレたらいけないな。


 気をつけよう。

 普通にしてたらバレる要素なんてないから大丈夫だと思うけど。

 さすがに勇者って職な人でも、他人の心の内までは知る事ができないだろう、と。

 とっくに姿が無くなっていた彼らのことを思い出し、窓から離れ、二度寝でもしようかとベッドの上にダイブする。


 幾許もしないうち、すんなり眠りに落ちることができたけど、珍しく見た夢に勇者様が出てきたりして「“遠い記憶”という恩恵を説明してくれないか?」とか言ってきて。

 詰め寄られたポージングとかものすごく色っぽかったハズなのに、夢の中の私さんは全くときめく余裕があらず。必死になって質問を躱すけど、結局最後、どうにも逃げ場のなくなった状況に「お願いだから私の歳を聞かないで!!」とか、リアルにも叫びながら飛び起きるとかしてみたり。


 色っぽい構図は置いといて、答えに窮する質問をされるところとか、変に正夢になりそうな気がするなぁ…と。

 嫌ーな気分になったのは、いうまでもありません。

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