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屋台通りを慌ただしく駆け抜けて行く粗暴そうな男達を横目で見送り、事件です!な事態に悪癖だとは思いつつ胸を高鳴らせる私の右手は、何事も無かったかのように肉じゃがの鍋の底をさらっていた。
場所はそこそこ大きな街の一画に位置する屋台通りの貸店舗。
時間はおおよそ正午過ぎ。
いろいろあったアーテルホールを後にして既に3週間ほど経っている。
私の愛する勇者様が率いるパーティは、この街で行われる豊穣祭に賓客として出席し、その後さらに西の方へ向かうという。
話を戻し、貸店舗を借りてまで私が何をやっているのかというと、なんのことはない旅に欠かせぬ資金集めの職である。イシュと連絡を取った折り「どうやらその街に半月くらい居る事になりそうだよ」という言葉があったので、それならばと思い切って店舗とか借りてみた。それから2週間、ここで日替わりのお惣菜を売りながら、勇者パーティが出発するのを待っている。
風の噂によると、この街を治めているお貴族さまのご息女が前例通り一目見て勇者様を気に入って、あの手この手を駆使し出発を妨げているらしい。それどころか街に降りることも妨害しているとかなんとかで、私が勇者様の姿を見なくなり、それだけの時間が経過していた。
さすがに、たいした依頼もないのにひと月近くも同じ場所に留まるというのは彼の流儀に反するということで、真面目な話し合いの結果、滞在は豊穣祭までということでなんとか先方と折り合いがついたそうである。
いよいよ明日が豊穣祭。
早く勇者様の姿が見たいなーと思いながら作っていたお惣菜が、少しずつ人気を得てきた矢先のこと。
厳つい男達から逃げるベリルちゃんを匿うという、さっきの場面に遭遇したというわけだ。
——うん。やっぱりどこからどう見てもこの子は美少女。たとえ割烹着姿でも。
そんな訳で、いそいそと小鉢にジャガをよそい始める私が居たりする。
「理由を聞いても大丈夫です?」
「…お腹空いた」
「コレでよければ」
抑揚のない声の割に視線が肉じゃがに釘付けなのを感じ取り、よそった小鉢とフォーク一本を差し出した。それを受け取った少女は、肉の切れ端とジャガイモもどきがいい感じに重なったところにためらいなくフォークを突き刺して、ちょっとだけ「ふー」するとそのまま口に放り込む。
「…食べたことない味がする。けど、意外とおいしい」
「それはありがとうございます」
ベリルちゃんが「もぐもぐごっくん」した所へサッとお茶を差し出して。
私の方は新しい材料を取り出すと、洗っておいたまな板にそれらを並べ、いつものサイズに切り刻む。どうするの?と言われれば、答えは簡単。空いている鍋に新しい肉じゃがを仕込むのだ。
なにせ、先ほどから視界の端でちらちらとこちらへ注がれる視線がmax。
正確には割烹着姿の美少女へだが。
通りを行き交う人々と、他の屋台の売り人さん——特に男性——から熱いまなざしが注がれている。
店主、早ヨ作ランカイ!!オレ、何度デモ買イニ行ク!( =_=) ジィッ———>
なのである。
肉じゃが一杯に凄まじい熱情(パトス)を感じるよ。
——仕方ない。その願い、この私が叶えてしんぜよう(ニヤリ)
ちゃんと空気が読める私は、悪笑いを隠しつつ隣の少女に声を出す。
「これから忙しくなりそうなので、ちょっと手伝ってもらってもいいですか?よそったのをベリルちゃんの方へ動かすので、それをお客さんに渡してもらえると助かります。あ、お金の計算はできますか?」
断られるかと思いきや、彼女はコクリと頷いて、袖をまくりやる気を見せた。
普段はパーティメンバーのソロルくん同様に、気怠げな態度を装っているのだが。
さっき匿ったお礼だろうか。どうやら意外と義理堅い性格のようだと感心してると、不意にこちらを見上げて口を開いた。
「…店じまいまで手伝うから。コレ、もっと食べたい。あと夜、泊めて」
それを聞き。
ふうっと息を吐きながら、私は天を仰ぎ見た。
——なんということでしょう。美少女はしっかりがっつり食い意地プラスの、骨太キャラだったのでございます…。




