6−8
パーシーに巨大化してもらい、物陰が出来た所で服を替えつつコールする。
「あ、もしもし、イシュですか?欲しいアイテムがあるんですけど。あの、呪われた腕輪のやつ」
「はいはい。ちゃんと取ってあるから」
「お!流石♪あと、勇者様に似合いそうな男物のズボンとか欲しいんですが」
そう伝えると、再び「はいはい」という声が聞こえて、後ろの方で誰かにそれを指示するような音がした。
当たり前だが私は勇者様のウエストサイズをよく知らない。
が、イシュが指示した内容にしっかりとそれが混入している音を聞き取り、勇者な人ってプライバシーがあまり守られないんだなぁ…と気の毒に。
もちろんその数値はしっかりと私の記憶(メモリ)に刻ませて頂きましたが。
「普通のと付加効果ありのヤツがあったけど、どっちがいい?」
「そうですね。効果によります」
「防炎、防水、防雷かな」
「へぇ…珍しい。絶縁素材が入ってるなんて」
「まぁね。普通のヤツは裾が短いタイプで麻素材の麻色だよ。効果付きは丁度、勇者の足の長さに合ってて色はダークグレー。素材由来の光沢がほんの少し入ってる。さて、どうする?」
むむむ、と考え込むフリをするが、どうせ答えは決まっている。
「じゃあ両方とも入れて下さい」
「効果付きは高額だよ」
「私が持ってる拾い物系アイテムで片がつかなきゃ、イシュが勧めてくる筈ないです」
「解ってるねぇ。実は前々から狙ってたヤツがあってさ。あと、さっきベルが手に入れたヤツとかも」
親しいからこそソレとわかる、かなり嬉しそうな声音で返す幼なじみのそんな様子に、つられてこちらも微笑が浮かぶ。
いそいそと鞄から取り出したアイテム交換用のアイテムを取り出して、いつも通り起動する。イシュのそれと繋がると、待ちきれなかったという感じで珍しく彼の方からアイテムの選出が始まった。引き取られていくものは、どれも私が持っていてもしょうがないようなものばかり。
言葉の通り、随分前から狙いを定めていたらしく、アイテムの移動には殆ど無駄が見当たらない。が、その勢いが不意に停止し。
「あ?あー…やられた。限定された」
と、不機嫌そうな声がする。
脱ぎ捨てた服をできるところまで絞り、グルグル巻いて手早く鞄に押し込めてから、何事かと選択されたままのアイテム名に視線を向ける。
「これ、取っといて欲しいんだけど。もし限定化が外れても、絶対、他に売らないで」
自立心旺盛な幼なじみがお願いなんて珍しい…と思いつつ、二つ返事で引き受ける。
あっという間にそれの穴埋めらしきアイテム選定を終えると、彼は続けてこちらの所望アイテムを移動しはじめた。
「あ、イシュ。このアイテムってどんな結果でもいけますよね?えーと、つまり悪い方とかでも」
「その筈だよ」
「それは良かった♪ありがとうございます」
「ん。じゃあ、毎度どうもありがとう。貢ぎ過ぎて勇者に引かれないように気をつけて」
「売り手がそれを言いますか!」
欲していた最後のアイテムを手にする事ができなくて、機嫌が降下したままかと思いきや。存外それは宜しいらしく、珍しく笑えない冗談までも付けてきたので、笑ってやった。
ベルは他人に物をあげ過ぎ…そんな風に、場合によっては守銭奴な彼からの注意喚起を何度か受けたことがあるのだが、拾い物・貰い物のアイテムなんて元手はタダって話だし、私からしてみれば“持つべき人”の手に渡るまで鞄の中でお預かりさせて頂いているようなもの。持つ人だと思うからこそあげているという認識だし、特定の人にだけって話じゃないし。過ぎってほどじゃないのにな。
え?勇者様はどうなんだって?そりゃあもちろん例外ってヤツですよ。
そこはほら、将来への投資というか…下心なヤツだから。
私はさっさと石盤と通信石を銘入り高級革袋(ブランドバッグ)にしまい込み、送られてきた男物の衣類を引っ張り出すと、手にかけて目的の人のもとまで進んで行った。
正当な理由があれば、事を成すのはやはり容易い。
戦の前に大義名分が持ち出されるのがよくわかるって訳ですね。
その人の前に立ったら、かまないようにと一呼吸。
「あの、勇者様。これ、命のお礼と言いますか…濡らしてしまった分の埋め合わせと言いますか…」
背中にある大剣の関係か、基本的に鞄型の荷物袋を身につけない普段の様子から、勇者様は替えの服とか持ってないと思うのだ。そりゃあ街に着いたら洗濯くらいはするだろうけど、ダメになったら新しいものを購入するというような生活を送っている雰囲気で。着飾ったりもしなければ、アクセサリー類も付けているのを見た事が無いような…。無駄遣いしないといえば聞こえがいいかもしれないが、それはどこか異質な感じの質素さだ。
貴方は確か、貴族だったと思うのですが…?と。失礼だけど、彼の出自を少し疑ってしまうほど。
まぁ、選ぶお店がいいのか店員さんが神なのか、見た目の良さと生地の長持ち具合は流石と言わざるを得ないけど。
「好きな方を受け取って下さい」
右腕には裾の短い方、左腕には裾の長い方を掛けて勇者様の反応を伺うと、いつも通り彼は少し困ったような空気を纏う。
「乾くまで貸すっていうのでもいいんですけど、男物の衣類って、私が持ってても仕方ないって話ですから」
軽い口調と軽い笑み。
一つだけなら断りやすいが、どちらかを選べと言われると、人は結局どちらか片方を受け取ってしまうという。
作戦通り、しぶしぶといった感じで裾の長いダークグレーの方に腕を伸ばした勇者様を確認し、手渡す素振りを見せながら、先ほどから視界の隅に小さく見える少女の姿を「今更発見しました!」な雰囲気で使わせて頂きますよ、と心の奥で悪く微笑む。
——すみませんね、勇者様。どうしても受け取って欲しいだけなんですよ。男性は自覚しにくいって聞きましたけど、やっぱり冷えって体に良くないものですからね。
勇者はたぶん、その恩恵で触れる事によりモンスターの情報やアイテムの効能が解るのだ。それを含め、いろいろと考慮してみると。私の愛する彼の場合は、安くないプレゼントを差し出されたと気付いたら、すぐにでも返却してくる気がした。
だがしかし、そこは私の精神的な年の功。返される前に逃げてしまえば問題ない、と瞳を光らせスタンバイ。
「あ!丁度良かった!!ヨナちゃんこっち、こっちです!」
背中を向けて今にも去ってしまいそうだった弱々しい姿に大きい声で言葉をかけると、はっきりと目視できるほど細い肩がビクリと揺れた。
——あの高さから落ちたのに無傷でピンピンしてるって、確かに恐いと思いますけど。そんなにビビらなくたって…。
ちょっとだけ寂しい気分になったけど、気を取り直して猛ダッシュ。
替えのズボンは私の叫びに勇者様がつられて視線を動かした隙をつき、伸ばされたままだった長い腕に掛けてきた。
グッジョブ☆私!
あとは、息も絶え絶え、おそるおそるといった感じでこちらを見上げるヨナちゃんに、目的のブツを差し出した。
「これ、私からのプレゼント、です。えぇと、その、知り合った記念って感じで」
「……え?」
差し出された鋼色の装飾品を見下ろしながら、青紫の髪の少女は戸惑いを露にする。
「“報いの腕輪”と言います。装備者に降り掛かる幸・不幸の出来事に対して、それと同等の相対(あいたい)する報いが発現されるアイテムです。今ちょっと呪われてて、一度装備したら取れない感じになってますけど」
そんなものをどうしてわたしに?という分かりやすい表情を浮かべた彼女に、フッと意地悪な顔をして。
「ベルさんをなめちゃいけません。こんなことを言うのは失礼かもしれませんけど、ヨナちゃんって結構な不幸体質ですよね?」
「…っ!」
「なんていうか、基本的に運が低めに押さえられてて、よくトラップに掛かったりするみたいですけど。どちらかというと周辺に居る人がターゲットっていうか、近しい人が軽く死に至るような性格の」
「どっ、どうしてそれをっ…!?」
可愛らしい顔がサッと青くなり、驚愕にふるえる声でヨナちゃんが小さくこぼす。
同時に、無意識な雰囲気で右足が僅かに引いた。
「まぁ、詳しい話は置いときましょう。私はヨナちゃんの体質程度じゃ死なないみたいですからね。それに、これがあればこれから先は大丈夫だと思うんですよ。たとえ周りの人が死にかけても、同程度の幸運(グッドラック)が割り込んでくるハズなので」
だから。
これからは、安心して誰かと一緒に行動ができますよ。
そのセリフは現実を突きつけるようで残酷かな、と思い至って。私は声にしなかった。
この子は自分の体質ゆえに、近しい人を次々と失ってきたんじゃなかろうか?
細い体に触れた瞬間。あの一瞬に感じた違和感が、そんな仮説を導き出した。
おじいちゃんが付けてくれた名前だと言った時、幸せな思い出の裏側で、深い後悔と故人を偲ぶ空気が渦巻いたように見えたのは……たぶん、気のせいじゃない筈だ。
それに、考えれば考えるほど、そんなヨナちゃんの体質ではパーティが組めない訳である。誰だって命は惜しい。彼女の側に居るだけで命に関わる不運(アンラック)に見舞われるのを知ったなら、よほど自分の幸運に自信がある人でもないと、簡単に離れていってしまうだろう。
単独行動に慣れるのは……気の毒だが、当たり前。
そんなことを思ってしまった。
浮かべる笑顔は可愛いが、行動を共にしてより強く感じたそれは、心に重くのしかかる救いの無い孤独感。大切な人を失ってしまった人間が、生涯煩う悪い病のようなもの。
それは前の人生で、いつか感じた事のある感情だったから。
「………ベルさんは優し過ぎるのですぅ」
まるで私の心の声を聞き取ったかのような雰囲気で、ふっと複雑な表情を浮かべた彼女は、そっと腕輪を受け取った。
その囁きに、今度は私が複雑な思いにかられたが。精一杯、微笑んで。
「実は私、ヨナちゃんが初めてのお友達だったり…するんです」
言うと彼女は距離を詰め、遅くなったが貴女が無事で良かった、と。今度はためらいなく腕を回して、ぎゅっと私を抱きしめてくれたのだった。
それから私は難しい顔をしてこちらを見ている勇者様を放置して、ソロルくんをパーティからつり上げた。
目的は腕輪の浄化。呪い外しというやつだ。
聖職者様なら簡単ですよね?あれ?もしかしてレベルとか修行とか足りてないです?な調子でふっかけてみたところ、エルフ耳の少年は案外軽く乗ってきた。
その際、僕はただ組織に属してないだけで、神国(デイデュードリア)の枢機卿くらいの力があるんだぞ!!と脅(?)された。枢機卿は国のトップ(教皇)に次ぐ権力を持つ高位の聖職者のことなので、そりゃ、いくらなんでも言い過ぎじゃ…?と思ったが。よく考えたら勇者による恩恵でパーティメンバーはレベル50の壁越えが楽勝だったはずなのだ。
レベル80近くの聖職者ということは、こんなおちびさんでも枢機卿ほどの力量が…あるなぁ、あり得る。政治手腕は置いといても、ソロルくんてば能力的に既に一国の重鎮レベルなんですね……子供がそんな巨大な力を持つなんて、ファンタジー世界は恐ろしい…と思ったり。
そういうわけで、軽く外れた呪いの腕輪を装備して、ヨナちゃんは可愛い顔に曇りのない笑顔を浮かべ私たちに頭を下げた。
「ありがとうございます、なのですぅ。聖職者さま。それからベルさんにも、もう一度ありがとうなのですぅ」
もう遅い時間なのでここで一緒に夜を明かしてみませんか?と誘ってみたけど、他に用もあるし急ぐからと言われてしまい…。枕投げはできないが、お泊まり会みたいなことができるかも!?と期待していた私は、ちょっとしょんぼり。
なんとなくこちらが気落ちしたのを感じたのか、ヨナちゃんが「今度会ったら一緒に遊びましょうね?」と大人びた表情で柔らかく笑ってくれたので、それにつられて笑顔を返すと。
「あ、そうですぅ!ちょっと気になっていたんですけど、わたし、ベルさんより年上なのですよ?」
だから今度会った時は子供扱いしないで下さい?なセリフを吐かれ、私の笑顔はピシリと凍る。
ススス、スミマセン…イゴキヲツケマス…な言葉で応じると、ふふっと色香の漂う横目がこちらの方に。
なんだろう、このデジャヴ。
その巨乳…今更ながら納得したよ!!と心の中で叫びつつ。
いつまでも手を振ってくれるヨナちゃんに、私の方も彼女の姿が見えなくなるまで精一杯自分の右手を振り続けたのでした。
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勇者の嫁になりたくて。
異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。
実はその時、彼を放置したせいで距離を置かれることになろうとは…思いもしなかったのでございます。
今回のアーテル・ホール騒動は…
ベルの居る世界にどうしても穴系ダンジョンが欲しかった!この一言に限ります。
また、スカイフィッシュはUMAファンなら外せない!な気分で入れさせていただきました。ただし、UMAのそれは魚の姿はしてませんのであしからず。