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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
6 アーテル・ホール
53/267

6−5



「プロテクト・ウォーターでござる!」


 最下層に着くなり波一つなかった湖の中央が盛り上がり、ダンジョン・ボスの水蛇が派手に姿を現した。

 辺りに飛び散る水しぶきが晴れぬ内に、水系の魔法耐性が低いらしいクローリクが自身に属性指定防御魔法を施す声が辺りに響く。

 それを合図にクライスは大剣を、ライスは槍を構えの位置に持っていく。

 パーティの平均レベルとボスのレベルにそこそこの開きがあるので、技術的な地のパラメータを伸ばすためにと、今回、彼らは武器にボスの弱点属性を乗せることをせず挑む予定である。

 それに合わせて魔法使いのクローリクは炎系魔法による攻撃を積極的には行わず、他属性の攻撃を放つことによりボスの各属性に対する魔法耐性のあたりをつける、という目標を掲げることにしたらしい。

 過去の経験から魔法は水と氷系、五つある首と一本の尾による物理攻撃と、氷結、幻覚、まれに毒、の状態異常を仕掛けてくるのは知れていた。大蛇系のダンジョン・ボスはこの大陸では珍しいこともあり、初めてそれと対戦するソロルとベリルに戦い方を教えるという事も目的の一つに含まれる。

 とはいえ、主に後衛で働く彼らの仕事といえば、いつもとそれほど変わらない。ソロルの場合は状態異常攻撃の予兆を探り、対処までの間を短くするのに努めることで、ベリルの場合は前衛の足場が悪い——ボスの体が湖の中にあるので、接近するのも離脱するのも難しい——ことを考慮して、大技を控え一射にどれだけ重みを乗せられるかを試すことくらいだろう。

 若いとはいえ勇者率いるパーティに加わった彼らのことなので、場合によっては経験さえも上回る職業センスの持ち主だ。これまでの仕事ぶりから歳高い三人は彼らが持つ能力を高く評価しているし、技術的な事柄や各自の克服点などは言わずともいつの間にか吸収し、対策を講じようと努力する姿が見えるので、それほど心配されてはいないような雰囲気だ。

 なにはともあれ、咆哮をあげ氷塊を放ってきたダンジョン・ボスを前にして、彼らは培ってきた連携プレイを披露するように、勇ましく向かっていった。




「…あれかな?」


 二本残った首のうち、青い目をもつそれの背に描かれた模様の一部が発光するのを目に止めて、少年が呟いた。

 その途端、変化を見せた首の口から凍結ブレスが放出される。運悪く体の一部が巻き込まれそうになっている槍使いへと照準を合わせると、彼は準備していたそれを男に向かって素早く放つ。


「resisto glacies(レシスト・グラキエス)!」

「助かる!」


 ライスがひらりと手を上げたので、その背中に向かって叫ぶ。


「今の首、落としていいよ!攻撃予兆は見えたから!」


 伝えると、他の首からの攻撃をいなしながら、彼はちらりと後方を振り返る。

 どうやら自身の握る槍先で、少年の隣に立つ少女へと何か指令を出したらしい。


「む…それくらいやってみせます」


 ポソッとこぼし、金の髪を揺らしながらベリルが魔矢を引き絞る。

 ハッと放たれた緑光に輝く矢は、込められた力の影響か、殆ど高度を下げずに標的に向かっていった。レベルが近しい彼らだからこそ矢の動きを捉えられるが、レベルの低い者の目には、矢を放ったところでその軌跡を見失い、気付いたら遠くの方に刺さってた、といった感じに映るだろう。

 それはさておき、指示された左の青目を狙い通り打ち抜いた彼女の前で、ライスはソロルの言う通り長い首を切り落とす。その動きが何とも余裕で、槍を振り落とす瞬間に「さすが」と視線で語ってきたので、ベリルが少し鼻高々な気分になったのは……たぶん、誰ひとり気付かなかった話だろう。

 これで五本あった首も最後の一本となり、魔法による攻撃も状態異常の付加攻撃も体験したので、いよいよトドメをさしますかという空気に変わる。

 今までにボスと何度か対戦した事のある三人の話によると、最後に残した真ん中にある首を断つと条件回復というやつが働いて、それまでに無くなった首が全て修復されてくる、という事態に陥るらしい。そこでトドメはレプスの炎系攻撃魔法を頼るということで、物理攻撃担当の三人が発動の予備動作に入った彼を待つ形を取って、積極的な攻撃の手を止めた。

 魔法に長けた魔種のようにほぼ無詠唱とはいかないが、並み居る魔法使いの中でも飛び抜けた才能を持つ彼は、若い頃より発動にかかる時間が短い事で有名だった。


「アスター・フレイムでござる!」


 放たれたのは星のように花開く複数爆発の炎系攻撃魔法。いつも使用している一点集中の火炎魔法(ブレイズ)ではなくそちらの方を選択したのは、おそらくただの気まぐれではなく、確実なオーバーキルを狙っての事だろう。

 その昔、星落ちの塔というダンジョンを単身でクリアした彼は、神々より“星の祝福”を受けている。従って、星属性が含まれる武器やアイテム、魔法などとの相性がとても良く、設定された以上の効果を期待できるというわけなのだ。

 果たして炎に包まれたダンジョン・ボスの水蛇は、断末魔をあげた後ぱったりと尾を落とし、湖の底の方へと沈みながら消え失せた。

 それを確認したクライスが大剣を背中に戻す。彼が武器を収めるということは彼らの中で戦闘終了の合図でもあり、同時に空気が和らいだ様子を受けて、各々が張っていた気を緩め始める。

 その横で、レプスが戦闘前に上空へ放っておいた光球(フォト・スフィア)をそっと収めた。

 ふっと闇を落とした空間に、聞き慣れた柔らかい声が響く。


「みんなお疲れ。ほら二人とも、上をごらん?」


 槍を下げたライスに促され、少年少女が穴の口へと視線を上げる。

 するとそこには、ぽっかりと開いた丸の中に収まった、白く輝く欠けた小さな月がある。


「中々のものでござろう?」


 得意げに語るレプスの声が辺りに響くも、返事をするのも忘れるほどというような雰囲気で、若い二人はその景色の中へ意識を呑まれたままだった。

 いつもの夜空が今日は随分遠くにあって、アーテル・ホールのギザギザな口の周りが芸術的な黒い額縁(フレーム)のように見えるのだ。そこに収まるとても小さな月の光が、まるでこの場所にだけ降り注いでいるかのような錯覚を引き起こす。

 こんな場所から、ただただ上を見上げただけでは、巨大な穴の底に立つ自分という存在が果てしなく矮小なものなのだと…なんとなく頭を押さえつけられたような感覚にしかならないが。そこに光が射すだけで、小さな自分だからこそこの世界の微細な変化や、ささやかな幸福を感じ取る事ができるのだと、そんな気付きをもたらしてくれるこの風景は…確かに彼らの賞賛に値するのだと、そんな風に感じられた。

 上の階で勇者がこぼした「自分への戒めになる」という言葉の意味もよくわかる。

 が、それだけで終わってしまうのは勿体ないくらいの絶景だ。

 どうせなら単純に「きれいだ」という言葉で括ってしまえばいいものの…と思考を一周させたあたりで、少年少女は“だからこそ”の自分たちのリーダーか、と。

 各々、彼を顧みる。


「あれ?残念だなぁ…いい景色なのに、雲が出てきたみたいだ」


 惜しむ声でライスがそう語った通り、月に影が重なってサッと光が遮られた。

 仕方ないという様子で集中していた視線が散って、この場所で夜を越す予定だった彼らは、それぞれ火をおこすのに適した場所や、自分の寝所によさそうな場所を求めて動き始めた。

 大体役目は決まっていて、ソロルやベリルは周辺をふらふらし、レプスとライスが火おこしや食事の準備をしている間に、勇者が周囲を警戒しながら興味深げに辺りを散策し始める少年少女を見守っておく。

 火おこしが終了する頃、ソロルやベリルは散策に飽き火の周りに寄ってくる。温めて食べる食材を火にかけているうちに、レプスは本を、ライスは戦闘で使用した己の武器を取り出して調子を見るのが慣例だ。

 いつも通り、何事もなく過ごす彼らに視線を向けるクライスの対角で、水際に寄っていた少年がふと言葉を発した。


「あれ?……何…?」


 ぽつりと零された小さな声に、近くに立っていた美少女がまず初めに反応する。


「…光ってる」


 少女は数歩動いてライスの近くへ移動すると、彼の肩をぽんぽん叩き、相変わらず抑揚の薄い声でそちらを指差しながら言う。

 自分の得物の刃こぼれを確認していた彼は、そんな少女の言葉を聞き取り。


「クライス、湖面に変化があるんだが、何か感じないか?」


 と、やや堅い、真面目な声で黒髪の勇者へと声掛ける。

 勇者はすぐにボスを沈めた湖へと近づいて行き、利き手で背中の大剣を引き抜くと注意深く視線を落とした。

 そっと左手を水に浸け、しばらく何かを探るようにしていたが、濡れた手を持ち上げると振り返らずに彼らに言った。


「モンスターの気配がするが、こちらに害をなすようなものではないようだ」

「クライス殿、精霊の気配がするでござる」


 間をおかずそんな仲間の声がして、誘われるまま上空を見上げれば。

 彼の目に、人の身の上半身だけ顕現している中位の風の精霊たちが、次々とこの場所へ舞い降りてくる姿が見えた。


「これは……」


 何事かと彼らの行動を見守れば、降りてきた精霊達が今か今かと水の底を眺めつつ、楽しげに踊り始めるではないか。

 魔法使いの素養ゆえか、勇者である彼のようにはっきりと目にする事はできないが、レプスはその存在を他の者より近く感じ取ることができるらしい。水面より少し高い位置で舞踊る精霊達を追うように、彼の視線はしっかりとその場所を行き来していた。


「ねぇ、どんな感じなの?」


 一般的にエルフと呼ばれる種族は自然霊と触れ合えるほど近い関係にあると言う。が、歳若いせいなのか選んだ職種のせいなのか、ソロルは他所で語られるほど精霊に敏感ではないらしい。悪鬼、悪霊系のモンスターや死霊に生霊といった存在ならば、かなり遠くにいても気配を察する事ができるそうだが、神霊のような“きれい”な存在は世界に同化して見えるから捉える事が難しい。以前そう勇者に語った少年は、だからこそ精霊などの存在に強く興味が湧くという。

 勇者と同じ、純粋な人族であるライスの場合は、存在感の大きな精霊ならば「あの辺?」と当りを付ける事ができるそうだが、姿は全く見えないそうだ。一方で、ベリルはよくそれらが“居る”方向を見ているように感じられるが、そのことについて彼らは特に話し合うなどしていない。そのため、真偽の程はメンバーの誰にもわからない状態だ。

 ソロルに問われ、クライスは彼らがどんな様子なのかを返そうと口を開いた。が、そこで、何か小さな群集が水の底から急激な勢いで登ってくる気配を感じ、自身を引いて後ろの彼らに声掛ける。


「何か来る」


 水際から離れるようにと指示を出し、万が一を考慮して大剣の持ち手をしっかり掴む。

 勇者にも計り知れない気配の主が現れると感じた彼らは、各々、自分の得物を手にしてその動向を見守った。

 遠い月光を反射する静かな湖面は、精霊達がじゃれつく度に小さな波を刻んだが、明らかにそれとは異なる大きなうねりの一端が徐々に波間を消して行く。同時に何か魔気とも聖気ともつかない複雑な力の渦がぶつかりあって、強烈な輝きと色とりどりの光の粒を水底から持ち上げてくるようだった。

 すでに湖面は多くの光に彩られ、夜の暗さと穴底の闇を払拭していた。波も段々荒くなり飛沫が辺りに散らばって、遊びを見つけた精霊が小さな水の塊を上へ上へと風の力で持ち上げる。


「……何が起きてるの?」


 全員の心を代弁し、少年の口から小さい声がこぼされる。

 答える者はそこには居ない。

 誰かが足に力を入れて、ジリ、という砂利がこすれる音を生む。

 固唾をのんで見守る先で、みるみる湖面が持ち上がり……。


 ドウッ!!!と、爆ぜる大きな音が穴底に鳴り響く。


「…な…んだ?」


 盛り上がった輝く水が一気にはじけた瞬間に、その奥から現れた魚のような一群が。

 穴の上方、大地にぽっかり開いた小さな口を目指すように、猛烈な勢いで泳ぎ上がる光景が広がった。

 絞り出すように青銀の髪の槍使いが呟く先で立ち尽くした勇者の目には、湖の上を飛び回る風のそれと同じように上半身だけ顕現した水の中位精霊が、魚群に混ざり勢いに乗って体を持ち上げ踊り遊ぶ光景が映り込む。

 魚体から翼を生やしたモンスター。俗にいう空魚(スカイフィッシュ)の大群の後を追い、彼らの体を持ち上げようと、泳ぎを助けるようにして、下ってきていた精霊が上を目指し次々と飛び立っていく姿が見える。そんな彼らを見送って、高い場所から飛沫と共に水の精が降りてきて、呆然と立ち尽くす勇者パーティの面々に可愛くウインク。

 余韻の残るその場所に不意に響いた少女の声が、呆気にとられた彼らの意識をそれとなく引き戻す。


「人っぽいのが降ってくる…」

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