6−2
「本当に、ありがとうございます!なのですぅ」
自由を奪う要所要所に絡み付いた蔦を切り、さめざめと涙をこぼすお嬢さんを救ってみれば、更に「アイタタター <(>_<;)>」な口調の人だと心の何かが削げ落ちる。
腕と足の肌色率がやや高く、薄着だなーと思ったが。よく見れば中型のナイフを下げていて、冒険者な職の人と解釈すれば腑に落ちた。胸が幾分邪魔くさそうだが、たぶん、素早さ特化なのだろう。
青紫のショートヘアーはつやつやで、藍色に輝く瞳はうるうるだ。身長は私よりも15センチほど低く、愛らしい顔付きがトドメとばかりに庇護欲をかき立てる。
——ま、守ってあげた…いやいやいや。
思わず脱線しそうになった自分を慌てて戒め。
「いいんですよー。今後、蔦にはくれぐれもお気をつけ下さいね」
それじゃ、という挨拶で僅かに頭を下げた時、その人は少し思い詰めた顔をした。これは呼び止められる流れかと心の準備を済ませておくと、案の定、踵を返したあたりで背中に声がかけられる。
「あっ…あのっ」
うあぁ、やっぱりですかー、と申し訳なくも億劫な声を上げた心に鞭打って、「はい?」というお決まりのセリフで振り返ってみた所。上目遣いの潤っている大きな瞳に見惚れた隙に、いつの間にか私の右手を包んだ彼女は、私の事を逃すまいと互いの距離を素早く詰めた。
「お急ぎですかっ?」
「いえ、それほどは…って、間違えた!違います、私は今、お急ぎです」
「えぇっ!?どういうことですかぁ!?」
「はい、間違いなくお急ぎということです」
「そ、そんなぁ…ですぅ」
「すみませんね。それじゃあ、私はこの辺で」
この手の人に関わると、たぶん、だいぶ後悔するよ。と。
捕われた右手さんを救出する気で持ちあげて、シュタッ!と宣誓のポーズを取ると、無防備だった左手さんがしっかと彼女に掴まれる。
「な、なにをするっ!?」
不満を露に放ってみれば、どうやら涙を浮かべているらしい姿が目に入り。
「お、お願いします!なのですぅ。わたし、ちょっと迷ってしまって…アーテル・ホールの入り口まで、一緒に行ってもらえませんか!?」
うるうるが最高潮に達した辺りで、それは対男子の時に発揮すべきスキルであると内心ちょっと呆れつつ、ふと周囲を見回して。
——日中のアーテル・ホールは観光名所だと言うし…もう少し通行人が多くても良さそうなものだけど。
現状、私以外のフィールド横断者が近くに見えないのだから、仕方ないか、とも思う。加えて、そのダンジョンは今回の勇者パーティの目的地だったりするので強く断る理由もない。
旅は道連れとも言うし。
いや、実は…またしても姿が見えない位置に居るようだけど、道連れさんは既に居るって話だし、私の場合は一人でも充分心強かったりしますがね。
しかしここは助け合いの精神だろうと、いくぶん態度を柔らかくして向き直る。
「わかりました。私もそこを目指してるんでいいですよ」
そう言うと、涙目の彼女はぱあっと明るい表情を浮かべ、ありがとうなのですぅ、と独特の口調で返すのだった。
大穴ダンジョン“アーテル・ホール”。
その周りを取り囲むように広がるフィールド“夜影(よかげ)の平原”は、一風変わったモンスター・フィールドだ。
所々に顔を見せる大小さまざまな岩石と、点在する木々の姿は違和感なく平原の景色の中に収まっているのだが。このフィールド、日のあるうちは殆どエンカウントが無いくせに、日が傾く頃から激的にそれが増していく。しかも、昼間のうちはレベル一桁台の取るに足らないモンスターしか湧いて来ないが、エンカウント率上昇と共にモンスターレベルも急上昇、なんていう急変の土地なのだ。
ただ、急上昇とは言ってみても“忌み地”ではないので上限は40台。しかし、冒険者のレベル上昇の壁がそのあたりから効いてくるのを考慮すると、フィールドのくせに40台のモンスターが湧くなんて…という話になってくる。
このフィールドの性格は、ほぼ中央に位置するダンジョン“アーテル・ホール”の性質が強く影響を及ぼしたものと一般的に言われているが…少し前に訪れたフェツルム坑道というダンジョンに発生する「ダンジョン・ボスの影響で」といった話は割合信憑性がある——ボスが居ないうちは確かにモンスターの湧きが少なくなるので——ものの、「ダンジョンの影響で」というのは曖昧で、それを含めた辺り一帯(フィールド)の性質がそもそもの原因なのではないかという説も多くの学者に支持されている。
話を戻して。
アーテル・ホールは今の所、大陸に一つしか確認されていない大穴ダンジョンで、この大穴の言葉の意味は、賭け金の100倍を超えるような配当のことではないし、番狂わせ的なことをいう訳でもない。言葉の通り、大きな穴。大地にぽっかり口を開いた「巨大な穴」の意味である。
いつ開いた穴なのか、どうして出来た穴なのか詳細は不明だが、文献によると古代文明の儀式的な場として用いられていたものが、後の時代にダンジョン化。
中央の巨大な穴の周りを伝うように掘り進められた階段状の構造物で、石階段を下っていくと最下層には青色に輝く澄んだ湖が。等間隔に立ち並ぶ柱や壁に刻まれた美しい彫刻模様の外観が、湖の神秘的な雰囲気と合致して、観光名所の一つとして人気を博しているという。
日が高いうちは周りのフィールド共々、モンスターの姿が無いため多くの人が訪れる。が、日が傾くと様相を一変させてダンジョンらしい雰囲気に。湖に潜むと言われるダンジョン・ボスはレベル50の強敵だ。
……まぁ、レベル80近くとおぼしき勇者パーティからしたら、余裕で倒せる相手かなー、というところなのだけど。
「それにしても…目的地がアーテル・ホールという事は、ボスを倒しに?」
隣を歩く小さな女の子を気遣って、私から話を振ってみる。
職業が冒険者なら少なくともボスのレベルは把握しているハズなので、返る言葉でどのくらいの実力か、ついでな感じであたりがつくという訳だ。
「えぇっと…そのぅ…」
女の子は恥ずかしそうに身をよじり、青紫の髪を揺らした。
「ボスに挑むのはまだちょっと不安なのですよ。今回はレベル上げとアイテム収集が目的ですぅ…」
「そうなんですか」
「はいですぅ。あ、えーっと…」
やや下から見上げられ、巨乳さんの上目遣いパネェです…と打ちひしがれつつ、話の流れで自己紹介を期待されているらしい雰囲気に、取りあえず折れかかった心を補強する。
「ベルリナです。ベルと呼ばれることが多いです」
「それじゃあそう呼びますね。わたしの名前はヨナヨナですぅ。よければヨナって呼んで下さい」
そう言われて、変わった名前…と思ったのが顔に出たのか、ヨナちゃんは可愛い顔に屈託の無い笑みを浮かべた。
「よく言われますぅ。おじいちゃんが付けてくれたのですよ。お友達にすぐ覚えてもらえるようにって。ちょっと変わった名前だと人の意識に残りやすいから、だそうですぅ」
「あー、なるほど!それは確かに」
感嘆の声を上げると、彼女は益々嬉しそうに顔を綻ばせて見せた。
その笑顔の中に大好きなおじいちゃんの言った事を褒められた、というような感情がありありと見て取れて、彼女がおじいちゃん子であることを私に強く確信させた。
「ベルさんはアーテル・ホールにどんな用があるんですかぁ?」
ちょっとほのぼのした気分になって、そのままの表情で彼女を見つめていたせいか、ヨナちゃんは私に自分の思いの一端を受け入れられたと感じたようで、より親しみを持った声でこちらの方に問いかけた。
そこで私は背筋を伸ばし、真面目ぶって語ってみせる。
「私は愛する人を追いかけ…コホン。愛する人を物陰から見守るという使命を全うしに行くんです」
「ほぁー。なるほど使命ですかぁ。なんだか、かっこいいですねぇ」
「いやぁ、そんな。それほどは。ちょっと己の人生を賭けてみているだけですし」
キリリとした態度で言うと、ヨナちゃんはわざわざ足を止め「それはすごい話ですぅ!」と手を叩きながら褒めそやしてくれたのだ。
これが天狗にならずに居られるだろうか。いや、私の場合は居られない。
勇者様に近づくチャンスを伺って、物陰から熱い視線を送ること三年間———。
訝しげな顔や奇妙なものを見る目を向けられ、場所によってはあからさまな妨害を受けつつも、諦めなかった三年間。
なんとなくだが、そんな自分の功績がようやっと人々に受け入れられたかのような感覚に陥って、胸のあたりが熱くなる。
よろよろと怪しい足取りで彼女の方に寄って行き、無防備な細い肩を予告無しに抱き寄せる。
「同士よ!!……ちょっと違うけど。でも、私の行動を肯定してくれた女子はヨナちゃんが初めてです!もはや我らは同士と言って良いと思うんですよ!!生涯大事にしますから、お友達になりましょう!!!」
ひしっと体を密着させると、びくっと彼女の体が跳ねて、その後はおそるおそるといった様子で両腕が私の背中を上の方へと這ってきた。
——おぉう…!受け入れられたよ!友情のハグ!!
腹寄りの胸に当たる柔らかい感触と腕に収まる可愛らしさに感動し、この状況をもう少し堪能しようとしていると。
ヒュ!という風を切る音が聞こえて、進行方向に湧いて出たっぽいモンスターが切り刻まれる光景が目に入る。
「っ!?な、何ですか!?今のっ…」
ギョッとして私の腕から身を翻したヨナちゃんが、大地に崩れたモンスターの残骸と周辺を混乱の眼差しで見回した。
それがずいぶん落ち着かない雰囲気なので、さて、と気を取り直し。そんな彼女を早く安心させてあげようと、モンスターが現れた方向と自分たちの立ち位置を考える。
「えー…と、あっち、あっちです。遠くてちょっと点みたいになってますけど、あれ、見えますか?」
「て、点ですかぁ?んー……あ!見えました見えました!あれはぁ…犬?ですかねぇ?」
「パーシーって言います。私の護衛をしてくれてて、たぶん今の攻撃は彼が」
「ええっ!?ご、護衛犬が居たんですか!?しかもあんなに遠くに居るのに一撃で……はっ、ま、まさか!高位精霊さんとかですぅ!?」
私が連れてる魔獣(パーシー)さんに興味を持ってくれたのは、いつぞやの食堂でお会いした偉そうな竜人さん以来だよ、と。
精霊…しかも高位精霊だなんて畏れ多い誤解をしている少女へと、やんわり返す。
「いやいや、ただの魔獣です」
もしかしたら“ただの”なんて付けたらまずいレベルの魔獣さんかもしれませんけど。
そこはまだ、触れないでおこうかなー…と思ったり。
「魔獣…?え?魔獣って、魔獣ですよね??」
「?」
「あの、魔種の…」
「そうですが?」
「えっ?ええぇー…?」
たぶん、お互いの認識に埋められない差があるようで。
それを知ってしまったが、言葉にするのは難しく。
沸き起こった混乱をどうしてよいか分からずに、あちらとこちらを見比べるけど。
それを鎮める良案が簡単には思い浮かばぬと…。
そんな様子で、彼女は暫くの間、私とパーシーの姿を交互に追っていたのだが。
「うーん…うぅーん……はぁ。考えても仕方ないのですぅ」
と、気を取り直して改めてこちらを見上げた。
「このモンスターは一桁レベルじゃないのですぅ。空はまだ明るいですけど、雑魚モンスターじゃないのが湧いてきたということは、エンカウント率も上がってきているはずですし。少し先を急ぎませんかぁ?」
それには特に異論はないので、こくりと一つ頷いて。
我々は目的のダンジョンへと急ぎ足で向かっていった。
※激的:劇的ではない。
急激に、な雰囲気でどうぞ。




