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「毒消し貰ってきたぞ。一人2個ずつ携帯な」
視線の先で、ツンツン美中年が小瓶に入った毒消しをパーティメンバーに分けていく。
星形のステッキを持った兎耳のおじいさんに2個。
巨大な弓をかかえている金髪ポニーテールの美少女に2個。
腰に短剣をさした目つきの悪いエルフ耳の少年に2個。
最後に、物理的に無理がありそうな大剣を背負っている、黒髪短髪で右分けちょい前髪長めなイケメンさんに2個。
——あぁ…今日もカッコイイ(はぁと)
「それにしてもベル殿は準備がいいでござるな」
——そうでしょう、そうでしょう。いざというときのために消耗品は一通り揃えておりますから。
真っ白なウサミミを時折ひこひこ動かす姿がキュートなおじいさん、レプス・クローリクさんが感心したように呟いた。
「歩くアイテム袋…」
——えぇ、えぇ。一番高価な装備品は中華鍋さえ入るほど広口の、銘入り高級革袋(ブランドバッグ)ですからね!
ほめてるのか、けなしているのかわからない抑揚のない声で、金髪ポニテのシュシュ・ベリルちゃんが続く。
ちなみにこの世界におけるアイテム袋はマジックアイテム的な製品で、口の広さが入れられるものの大きさの限界、容量は積んだ金のぶんだけ増やせるというシロモノだ。
「ある意味、的を射た例えだな。今まで何度かベルのアイテムに助けられてるしな、オレ達」
——その為に用意してるんですからいいんですよぅ♪
先ほど毒消しを取りに来た青銀の美中年、ライス・クローズ・グラッツィアさんが腕を組みながら頷いた。
「っていうかさ。いつも思うんだけど、誰も突っ込まないわけ?この状況」
萌葱色のボブカットから伸びるエルフ特有の長い耳が印象的な、年の頃は反抗期の少年シルウェストリス・ソロルくんが苦い顔をして吐き捨てる。
なんていうか、可愛いのにしかめっ面だ。
しかめっ面でも可愛いけど。
ところで、気のせいだろうか。こちらの方を思いきり睨んでいる気がするのだが。
「ここ、モンスターレベル60以上の高レベルダンジョンだよ?なんで一般人(ベルリナ)がついて来れるのさ!?」
そんな彼の叫びを受けて、一斉にパーティメンバー(ただし一人を除く)が茂みの奥に身を潜める私の方を振り返る。
——あ。やっぱりこちらを睨んでいたのですね、ソロルくん。
「そういえば、ダンジョンの中までついてくる気骨のある女子(おなご)はベル殿だけでござるな」
「執念深い…」
「いつも居るから気にならなかったなぁ」
三者三様のセリフを聞き流し、私は茂みの穴からそっと上半身を持ち上げて。
「えっと…皆さんの邪魔をしないように遠巻きについて行きますから、ご心配なく☆」
シュタッ!と右手を上げて宣誓する。
わたくし、ベルリナ・ラコット。18歳。
ファンタジーな世界に前世の記憶を持ちながら転生し、13年が経った頃、授かった特殊スキルを頼りにして孤児院を自主卒業。子供が働くのが当たり前の世界だったことと前世の記憶のおかげで、それほど生活費を稼ぐのに困ることもなく。特殊スキルのおかげで変なおじさん——別名人さらい・奴隷商人ともいう——に捕まることもなく。まったり都会暮らしを堪能していたある日、運命の人に出会う。
それは俗にいう勇者様。前の世界ではゲームや小説の中だけだったのだが、この世界には当たり前に存在するものらしい。勇者パーティが街に来ているという噂を聞いてミーハー心が刺激され。気合い充分で人だかりをかき分けたその先に、彼を見つけた。
その時、私は一目見て確信したのだ。
勇者クライス・レイ・グレイシス。
そう、この人こそ運命の人なのだと。
「あ、今まで言ってませんでしたけど、いちおうこれでも冒険者ギルドに登録してますからダンジョン入りは問題ないですよ♪」
まるで答えになってないよ!と叫んだソロルくんをスルーして、私は再び目的の人物へと熱い視線を送り始める。
終止無言、無表情なイケメン勇者様の追っかけをやって早3年。なんとか彼に近づきたくてきっかけが掴めないかと毎日遠くから眺めている内に、さりげなく人を避けるような態度や何かに失望しているような視線の冷たさに気づいてしまった私の現状は、未だ遠くから眺めているだけという行動に留まっている。
勇者様は人格者としても有名なので、普通に接しているあたりではなかなかわかりにくいのだが。
うっかり踏み込んだら刺されそう。
それと同時に壊れそうでもあるけれど。
なんだか近寄り難いのだ。
話をしてみたいとは思うけど、本人を前にすると声をかけるなど畏れ多いような気がしてしまうのもあり…。つまりアレ。意中のアイドルを前にした時みたいな感覚だ。
だけど、これでもがんばった方だと思う。
昔はせいぜい50メートル先からだったが、今は10メートルくらいまで近づくことができている。とても大きな進歩だと自分を誉めたい。
茂みの穴からニヤニヤと勇者様を眺めていると、どこかでグギャッと雑魚モンスター・ビッグフロッグキングが絶命する声が聞こえた。
ドサッと獲物が落ちる音がして……。
おぉう。
なんと私の目の前に落ちてくるとは。
魔法の矢が半分空気に溶けた状態で冠をかぶった巨大なカエルに突き刺さっているのを見つけて、親指を立てた右手を弓士の少女に差し出した。
——グッジョブ☆ベリルちゃん!守ってくれてありがとぉ!!
雑魚といってもKINGなだけありレベルはだいたい61。今の私には逆立ちしたって勝てはしない。
だから感謝を込めて満面の笑みを返した。
だが、ベリルちゃんはすごく嫌そうに顔をしかめて……。
「………また外した」
「え!?ちゃんとしとめてくれたじゃないですか!」
「………(残念なものを見る目)」×4
——何故に!?
勇者パーティの勇者以外のメンバーから不可解な視線を受けて、私は思わず頭を抱える。
まぁ。
1分もしないうちに過去の出来事へと変換した私の視線の先には、もちろん大好きな勇者様しか映っていないのだけど。
ソロルくんが、お前一体何者だよ!?と遠くの方で叫んでいるが、無視だ、無視。
時間は短い。悲しいかな、乙女の時期はあっという間に過ぎ去ってしまうのだ。
前の世界では当たり前だった黒髪を懐かしく思いながら勇者様の全体像を眺めていると、綺麗な動作で立ち上がり、彼は静かな声で言う。
「出発しよう」
——なんという美声!(はぁと)
恍惚と身もだえている私を置き去りにさっさと彼らは移動を始め、あっという間に姿が見えなくなるのだが……。
大丈夫!私には愛の力があるからね!
フンフンフーンと鼻歌を歌いながら、勘に任せて森の中を進んで行く。
——待っていて!我が愛しの勇者様!!