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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
5 春の渓谷
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閑話 その出会いを回避せよ!



「うっ…ゲホッ、ゴホッ、ゴホゴホッ」


 黒いフードが影を作る口元に、小腹が空いたと含んだ携帯食(おやつ)を流し込もうと水筒の口をあて、少年は咽せて思いきり咳き込んだ。


『大事無いか?フィール』


 と、横に居た優美な女性が心配そうに彼に声掛け、背中に優しく手を添える。


「大丈夫、っ、ケホッ……はぁ。ありがとう」

『急いている訳でもないのだろう?そう焦って飲まずとも』

「いや、焦ったつもりは無いんだけどさ…。誰かに噂でもされてるのかな」


 フードのせいでどんな顔をして言っているのか不明だが、その口調の軽さから、彼自身それほど気にしていないというような冗談めいた様子が伺える。

 エディアナ遺跡というダンジョンの地下で出会ってから、女性の方が押しかける形で行動を共にするようになり、始めは身構えていた少年も最近では気安い態度を見せるようになっていた。

 全身黒尽くめの上、顔をフードで覆い隠した怪しい風体の少年と、真っすぐに伸びた艶のある白髪が美しい、熟した年頃の雅やかな女性の組み合わせ。少年一人であれば如何にも怪しい奴という相対評価で近づく者も少ないだろうが、妖艶な美を纏う傍らの女性の存在は、そこに何か意図的なものを感じる程、より真っ当な人々を遠ざける因子になっていた。

 この二人……いや、特に少年について語れば。この世界でも有数の、それこそ怪しいなどという単語が全く似つかわしくない“勇者”という職業の人物なのだが。


『ときに、其方の生家まで後どれほどかかる?入り用であれば何か足の速い下僕を喚ぶ事も出来るのだが』

「あー……足…は、必要ない。えぇと…生家っていうか、師匠と暮らしてる家を目指してるんだけど…」


 どこか歯切れの悪い様子を見せる少年に、魔婦人は浮かんだ疑問を声にする。


『これは人族にしてみれば不躾な質問になるのやもしれぬが。フィール、其方、家族は?』

「……家族、か。んー、と。気にしないで聞いて欲しいんだけど、俺、親の顔とか知らないんだ。生まれて間もない状態で師匠の縄張りに捨てられてたらしいから。だから親の生死は不明だし、兄弟が居るのかどうかも分からない。師匠…は、家族って言っていいのかな?あんな人だけど…育ててくれて感謝してるし…」

『なるほど。勇者は孤児に生まれつく事が多いと聞くが、其方もか』

「———え?そうなの?初めて聞いた。そういうもん?」


 珍しく話に食いついてきた彼に、彼女は柔らかい笑みを浮かべる。


『捕われる前の時代に耳にした話だが、数千年程度で世の本質が変わるとも思えぬ。ある時代、神の国(デイデュードリア)の教皇がこう言い残しておる。勇者の多くが孤児として生まれつくのは、彼らの柵(しがらみ)を可能な限り薄くするため、という神々の配慮。つまり、愛である、と』

「……神国らしい“いかにも”な話だね」

『だが、教皇は神の声を聞く者しかなれぬと言うだろう?』


 微妙な声で返した少年は、少しの間、沈黙し。


「そういえば、エル・フィオーネって魔人だったよね?魔人って神国を毛嫌いしてるものだと思ってたんだけど、よくそんなはなし知ってたね」

『嫌だと避けて通っていても、勝手に耳に入ってくるものは止めようがないだろう?魔種が神の国を嫌うのは、その土地が聖気に満ちておるからだ。我ほどになれば、だからとてどうという事は無いが…やはり空気がいけ好かぬ。翼種も居るしの』

「へぇ…そうなんだ」


 うむ、と難しい顔を浮かべ頷いたエル・フィオーネが、不意に表情を変えて言う。


『そんなことよりも。師匠とやらに会うならば、何か土産の一つでもあった方がよかろうな?むぅ……フィールの家族に我を伴侶と認めてもらうため…ここで手抜きは出来ぬという話だぞ。古より人族はそういう話に煩いゆえな…』


 美女の口から漏れた独り言のようなセリフに、これまで落ち着いていた少年勇者の挙動が変わる。


「その話、流したと思ってたのに…やっぱり会う気満々ですか……(ボソッ)」

『ん?』

「いやっ!何でもないよ!?」

『そうか?……レベルの割に素晴らしい剣技を身につけておる其方が師と仰ぐほどだ、とても武芸に秀でているのだろう。…ふむ、ならば武器にも防具にも使えるような珍しい素材がよかろうな』


 どれ、と何か魔法陣のようなものを描き始めた女性の様子に、挙動不審な勇者が慌ててそれを妨害する。


「っ!待ってエル・フィオーネ!!そ、そうだよね!!お土産は必要だよね!?でもほらっ!そういうのって自分で手に入れないとダメっていうかさ!!」


 叫びながら、ごく自然に自分の両肩に手を添えてきた彼の姿に、彼女は目を見開いて、次には照れくさそうにする。少年はこんなところで簡単に土産物を手にするまいとし、女性は何かを誤解したまま、双方の間になんともいえない微妙な時が流れ行き…。

 そして、彼の口から漏れた最後の言葉は。


「そういう訳だから!今から一緒に師匠へのお土産を探しに行こう!!家に帰るのはその後で!!!」


 同時に彼は強く思う。


 師匠にエルを会わせちゃダメだ!!絶対に!!!

 ———こうなったら可能な限り遠回りして、家に帰ろう。



 それが全ての判断ミスだと気付くのは、おそらく、そう遠くない。

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