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それからしばらく、事情に気付いた勘のいいレックスさんと隠語や単語や視線などで会話して、お互いにオチを察した我々は、直に話が通じそうな勇者様との会合の隙を木立の間から伺っていた。
パーティの面々は女性と共に光る花々が咲き乱れる地面に腰を下ろして、草葉をかき分け目的の薬草を探している。時折、誰かが何かを見つけては、その女性の名を呼んで目的のものかどうかを確認する、という姿が見えたので、彼女はやはりその道の人のようだった。
時刻はとっくに深夜の頃を過ぎている。
ふとそんな彼らの睡眠事情に疑問を覚えた頃、気の短いソロルくんが急に声を張り上げた。曰く、いつになったら薬草が見つかるんだ!?
その叫びにライスさんとレプスさんが苦笑を零し、少し長めの休憩時間を取ろうという話になった。
さっそく地面に大の字に転がったソロルくんと、珍しく無表情に疲労の色を浮かべたベリルちゃん。すぐ側の木に体を預け目を閉じたライスさんと、近くの小川へ行きたいという女性の護衛を買って出たレプスさん。そんな面々をさておいて、勇者様はひとり渓谷の奥の方へと歩みを進めた。
それを追いかけようと腰を持ち上げた私に対し、レックスさんはニヤリな笑みで「チャンスだぞ」と小さく語る。
言われなくても!と意気込みを見せつけて立ち上がったところで彼は、すぅっと目を細くして。
ベルの足じゃ時間がかかる、などと呟いたかと思ったら…。
——な、なんでじゃーーーっ!??<( ̄Д ̄;)>
気付けば私、何故かお姫様抱っこされながら夜風を突っ切っていた。
勇者様は渓谷の最奥、白糸を引く幅広の滝の前に立っていた。
木々の間をすり抜けてその場所に近づくと、レックスさんは徐々に足のスピードを緩め、滝壺の前の開けた空間に私を下ろす。
「良い足をしている」
好感触を思わせる声が上から響いて、吹き付ける風に呆然としていた私はようやく我を取り戻す。
「ギルドの上位者なら付いて来れると思った。何か話があるようだが」
「察しがいいな。わざわざ場所を設けてくれたのか」
そうして、ベル、と呼ばれ背中を押される。
久しぶりに勇者様の10メートル圏内に足を踏み入れた私の心臓は、一度ものすごい跳ね方をした。
「っ、お、お久しぶりです勇者様!えぇと、世間話はさておきまして、さっそく本題なんですが」
緊張でふるえる声のまま、私は例の薬草のことについて語り始める。
まずは依頼内容がエディスタキアという薬草の採集である、という大前提の確認をして。
その薬草は一般的に気管が弱い人へ処方される薬の材料であることを、鞄から取り出した薬草辞典を開きながら説明し。
普通、薬草採集といえば葉の部分を求められるが、それに関しては根の方を求められるということをレックスさんの同意を引きつつ語ってみせて。
そこで一息ついてから、〆に最も重要な話をもってくる。
「そもそもエディスタキアは乾燥地帯にしか生息してないんです。つまり、こういう水資源の豊富そうな場所で手に入る訳がないんですよ……」
存在しないものを探すために4日も時間を浪費したらしい事に心が痛み、最後の方は尻すぼみ調になってしまったが。
それを聞いた勇者様は、わずかに瞑目し。深い深い息を零した。
「気になってはいたんだが…そうか。そういうことだったのか」
己の無知が恥ずかしい、情報の提供に感謝すると、私たちに礼を言う勇者様。
レックスさんは「気にするな」と軽い返事を返したが、どことなく居たたまれない気分の私は、意を決して銘入り高級革袋(ブランドバッグ)に手を入れた。
「ほんとは、勇者様がこういうの好きじゃないのわかってるんですが。今は何も言わず受け取ってくれませんか?」
一つは本物の薬草(エディスタキア)の根っこ。
そしてもう一つは、とある調合師への特別依頼状。
「好きに使ってもらっていいですので。ちなみにこの調合師さん、腕は確かなんですが気難しい方なので注意して下さい、とお伝えください。急に値段が跳ね上がったり、ご贔屓にって言われなくなったら諦めて下さいと」
これでもかというほど近づいて、ズズイと胸に押し付ける。
勇者様は複雑そうな雰囲気で、差し出したそれらに手をつけるのを躊躇っているようだった。
だから、体の横に下ろしたままの手を取って、無理矢理そこに押し込める。
前の世界で手に入れた、秘技☆おばちゃん渡し!という技だ。
「もしお礼してくれるなら焼き菓子とか!ちょっとだけ期待しておきますんで!」
そこには、お貴族サマが食べるような、という意味を込め。
問題解決後にお礼に出されるだろう茶菓子を横流しして欲しい、という話はたぶん…しっかりと理解して貰えたハズだ。