5−7
「!?…なんだ?急に悪寒が……」
萌葱色のボブカットの少年シルウェストリス・ソロルくんが不意にソワソワと辺りを見渡し始めたのを、私は視界の端に捉えた。
それに続いて、しかとこちらを見定めた金髪ポニテのシュシュ・ベリルちゃんが抑揚の薄い声で言う。
「見ない顔…」
「うん?あぁ、ベルじゃないか」
やぁ、という気安い雰囲気で、美少女に続き、青銀の髪を垂直に逆立てた美中年ライス・クローズ・グラッツィアさんが手を上げる。
「ようやくベル殿のお出ましでござるか。おや?彼は……」
ひこひこ動くお耳がとても愛らしい老齢の魔法使い、レプス・クローリクさんが物珍しげに私の隣に立つ御仁に視線を移し。
「どなたですか?」
と、見慣れない女性が勇者パーティの面々に問いかける。
フィールドを歩くには少しばかり小綺麗すぎるその姿から、普段はアウトドアではなくインドアな人種であると予想された。大方、例の薬草がらみで領主様から派遣された人材だろう。
「ベルはクライスの熱狂的なファンの子だよ」
「心強い助っ人と言ってもいいと思うのでござる」
「たまに有益な歩くアイテム袋…」
「……おまえ、欲しい物をタダで貰うと急に態度が反転する癖、直した方がいいぞ」
珍しくキリッとした顔で語ったベリルちゃんに、ソロルくんがうんざりという態度で突っ込む。
見慣れない女性は「はぁ…」という微妙な声を返し、黒髪の勇者様に視線を移してから、もう一度こちらを心底不思議そうな瞳で見つめてきた。
——なっ…なんだろう?あの純粋な瞳で見つめられると、何故か自分がダメな人間に思えてくるよ……(涙目)
そのうち彼女は私の隣に立っている男前に視線を移し、恥ずかしげに顔をそらすという行動に出たので、よかった彼女もごく普通の女子だったと気を取り直し、ぼやけた視界をクリアに戻す。
すると、ライスさんとレプスさんがこちらの方に向かってくるのが見えた。何か私に用だろうか?と木立に隠れて待っていると、レプスさんは隣の人の前で足を止め、感慨深そうな表情で口を開いた。
「冒険者ギルドに上級者として名を馳せるドルミール・レックス殿とお見受けするでござる」
「お恥ずかしながら。魔法のみで上位に登りつめたレプス・クローリク氏が、勇者パーティに加わったと聞いた時は驚きましたよ。単身で“星落ちの塔”の最上階に到達するという偉大な功績を残した大魔法使いにこんな場所でお会いできるとは。光栄です」
「いや、あれは……若さ故の無謀でござった。今はこうして落ち着いているでござるが、青い時分は荒れていたでござるゆえ」
何やら逆に持ち上げられてしまったレプスさんは、消し去りたい過去を思い出してしまったという恥ずかし気な顔をして、レックスさんが差し出した手を握る。
——うええええっ!?レプスさんが荒れていた!?いやいやいやいや!面影ないよ!!
いきなりアレな発言に焦り出すのは当然、私。
ヒコヒコお耳、つぶらな瞳、いつだって親切丁寧な物腰、と。そんな雰囲気のどこにも荒れていたという名残はない。
そもそも荒れた姿さえ可愛いとしか思えないような気もするが、星落ちの塔という場所はモンスターレベル50以上の高レベルダンジョンに分類されていたりする。並の冒険者が生半可なレベルと根性で足を踏み入れるような場所ではないのである。故に、そこへ単身で乗り込み帰還したという話なら、ごく普通に武勇伝——魔法使いだが——として他者に自慢することが許される。どうやら当人にしてみれば忘れ去りたい過去らしいが、実はこれ、そんなレベルの話だったり。
冒険者に登録しているものの、その実ただの一般人な私には色々と知り得なかった情報だ。
「時に、何ゆえドルミール殿がベル殿と行動を共にしているのでござる?」
そういえば言いそびれたがこの世界、ファーストネームとファミリーネームの位置というのが決まっておらず、後ろの方にファーストネームが入る人は少なくない。勇者パーティでいうとレプスさんがそれに当たって、レプスが家名でクローリクが個人名となるのである。
名前事情ということでついでに語ると、私のように物心がつく前から孤児院で生活しているような出自のあやふやな子供の場合、苗字はもちろん名前さえ付いて無いという場合がある。そういう時は近場で最も徳の高い聖職者様——要は官位持ちの人物——の所へ行って名を与えてもらうのが普通だが、例えば、その子が孤児院に連れて来られる前、聖職者がでばる前に実の親などから名前が与えられていたとする。すると、あら不思議。その子がステータス・カードを受け取った時、自分に与えられたそれらの名前が連なって表記されるのだ。
なんだか分かりづらい説明をしてしまったが、親によりアンという名を与えてられていたが孤児になり、引き取られて新たにドゥーという名を聖職者に授けられた場合、ステータス・カードにはアン・ドゥー・(ファミリーネーム)と表記されるということだ。
初めはステータス・カードの存在にも驚いたけれど、知る人が誰もいなくても名前がそんな風に記されるということを知った時は、本当に。この世界は謎に満ち過ぎている…などと頭を抱えたものだが。それなりに生きてみるとそれが普通と感じられるようになるのだから、人の適応力はすごいと思う。
ちなみに余談の余談になるが、孤児は普通、ファミリーネームを持ってない。じゃあ私はどうやって手に入れたのかというと(お金を積んで再び聖職者に授けてもらうという手もあるのだが)、実はラコットなる苗字、勇者様に出会うまで住んでいたコーラステニア王国の某お貴族さまからの貰い物なのである。イシュもその時、同じお偉いさんからオーズという苗字を貰っていて、その関係で彼の運営する商社はその国を本拠地と定めている。
そろそろ飛んだ話を引き戻し。
レプスさんの質問に、レックスさんが私に視線を配べて言う。
「私が受けた依頼を手伝って貰ったのですが、思いのほか早く終えることができまして。ベルが東の勇者を見に行くというので付いて来ました」
「そうだったでござるか」
「えぇ。この広大なフィールドの中からどうやって彼を見つけるのか興味が湧いたので」
「それは確かに。オレも知りたいなぁと思ってたよ」
最後にはライスさんも話に加わり、知り合い3人から間近で直視を受けるという気まずい雰囲気の中、私は現実逃避を兼ねるように黒髪の勇者様へとサッと視線を移す。
「どうやら黙秘のようですね」
「人探しスキルじゃ少し無理があるような気がするんだけどなぁ」
「ベル殿ならクライス殿への愛だけで、あらゆる不可能を可能にするような気がするでござる」
「確かに先ほど、愛する人を追うのに迷いなど無いと言われましたけど」
そう言って彼らはそれぞれの調子で笑う。
とそこへ、そんな大人達を引き戻すように、エルフ耳の少年がこちらを向いて声を張り上げる。
「ちょっとじいさん達、そろそろ休憩終わり!再開するから戻ってきてよ!」
「わかった、わかった。今戻る」
右手を振り振り、ライスさんがそちらの方に体を向ける。同じようにレプスさんも半身をひねったところで、ふと何か思いついたようにこちらの方へ向き直る。
「ベル殿、エディスタキアという薬草を知っているでござるか?」
「まぁ。割と需要の高いやつですからね。調合師のところへ持って行ったら結構高値で買い取ってもらえますし」
実はフィールドを移動する傍ら、薬草を見つけたら引っこ抜いて行くという習慣もあるのでね!
もちろん愛しの勇者様を追うための資金調達の一環だが、気持ち得意に語ってみれば、レプスさんは感心したという様子で返す。
「さすがベル殿。心強いでござる。もしそれらしい薬草を見つけたら教えてもらえると助かるでござるよ」
——………え?
お耳をひこひこ揺らしながら元の場所へと戻って行くその人の後ろ姿を見送って、私の脳は段々と疑問符でいっぱいに埋め尽くされる。生じた疑問を誰か他の人と共有したくて、ふと隣に居るはずの人物を思い出し、そちらを見遣れば。
こくり、と一つ頷いて、レックスさんはほんの少し神妙な顔をした。
「レプス氏の話から推測するに、どうやら彼らはその薬草を探しているようだが」
「……です、よねぇ?」
こちらの気のせいとか、聞き間違いとかじゃないですよね?と言外に二度押しし、私は再び腑に落ちない気持ちのまま、薬草を探し始めた勇者パーティと見慣れぬ女性に視線を向けた。
「どう考えても、こんな生命力にあふれた“春の渓谷”なんかに生えている訳ないんですけど……」