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あの後の食堂で、目的の薬草が“春の渓谷”にしか生えないらしいという情報を引き出した私は、もしかしたら勇者様に会えるかも!という望みをかけてレックスさんからの依頼を受けることにした。我ながらなんて現金な…とも思ったが、勇者様に会えない日が続いた事でそろそろ心が折れそうだったので、渡りに船だと乗っかっといた。
今回の依頼はどちらかといえば報酬を貰うよりも依頼主の願いに応えたいため、というレックスさんの心意気にほだされた、というような殊勝な話ではないのだが。でもまぁ…役に立てたら良いなぁと思うのは、本心からだと言っておこう。
町仕様の服を山登り用に着替えた方がいいと言われたため、日暮れ前まで働いてから私は一度宿に戻りその準備に取り組んだ。といっても、フィールド移動用のいつもの服を着て、歩きやすそうなブーツを履いただけ。
身支度を済ませたら、のんびりせずに宿屋を発って、待ち合わせ場所である町の入り口へと向かって行った。
パーシーはいつの間にか私の背後に気配を見せると、いつも通り気まぐれな足取りで付いてくる。これじゃあ主人と忠犬って形じゃなくて、ただの通行人と野良犬な状態だよ!と思ったのはいうまでもない。
ややマットな感じの薄口の金髪を無造作に流して毛先を遊ばせているその人は、焦げ茶のボトムにVネックの白い薄口トレーナーのようなものを着て、西門の壁に体を預けて立っていた。太めにデザインされた革のベルトで腰の位置に得物を留め、首と手首と指先には同じデザインのアクセサリーを付けている。
以前、森の中で出会った時とは随分違った様相に少しばかり驚いたが、美男子って何でもアリかと目の前の事象をありのままに認められたら、特にどうということもなく落ち着いた。
素で高得点なんだから、何を着たって着てなくたって平均より上になる。
何の変哲もない日常の最中に「この世の真理を見た気がするよ」とひとりごち、その人の方へと歩いていった。
「すみません。お待たせしましたか?」
儀礼的な言葉を放てば「それほどは」というセリフが返る。てっきり「待ってない」と返されると思っていたので、意外にも誠実な答えだなと感心していたら、何故かフと笑われた。
日は見事なオレンジ色で、さすがにこんな時間になると門から外へ出る人よりも中へ入る人の方が多いように感じられる。
「とりあえず出発しよう。薬草の説明は道すがら」
「そうですね。それじゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
そうして私たちは西門を発ち、薄暗くなっていく街道を並んで歩む。
目的地である“春の渓谷”は、西へ向かう街道からやや北へ逸れた方角にあるらしい。
一応、私のレベルは15しかなく、武器も扱えなければ戦闘に有利なスキルも持ってないということは食堂で伝えておいた。
エンカウント率は低いが街道も一応モンスター・フィールドなので当然のようにモンスターに出くわすし、至るまでの山道も目的地である渓谷もモンスターが湧くという。が、レックスさんのレベルからして私を守りながら戦うというのは全く問題ないらしい。
実際どのくらい強いのか把握してないのだが、連れてる魔獣がそれなりに強いらしいのでこちらのことは気にしなくても大丈夫だと語ってみたら、それとは別に頼ってもらって構わないと紳士な微笑を返された。
……無意識に頼ってしまいそうなオーラを備えたレックスさんが、心の底から恐ろしい。
雰囲気は明らかに軟派じゃないのにな。
どちらかといえば勇者様と同じ、固く真面目なイメージの硬派に分類されるような気がするが、どうしてだろう。女性慣れしてるというのともちょっと違うけど、相手に気付かれないように気を使うということが普通にできており、一緒に居て不安を感じるようなところがない。単純に異性の扱いが上手いという言葉で片付けてはいけないような、そんな感覚。
——この人は一体いくつだ?勇者様と同じくらいか、少し上にしかみえないけど??
何て言うか、前世における自分の最終年齢からすると、二十代後半っていうのはまだどことなく頼り無さげな雰囲気なのだ。これが国差や世界差ってやつだろうか?とも思うけど、それを考慮したとてやはりこちらの人間だって“頼れる”という年齢にはちょっとばかり足りないような…。勇者パーティでいうと、やはりライスさんくらいの中年層に達して初めて、にじみ出るもののような気がしなくもない。
一体どんな環境で育てれば、こんな人格ができあがるのか。苦労したからこうなったとも思えないから益々不思議だ。
歩きながら、どこか出来すぎた感が否めない隣を歩く人物への考えを並べていると、早速目的のものについての説明が始まった。
「依頼されてる薬草は暗闇で光る性質を持つ“光草”の一種で、草丈は人の手のひらほど。夜になると花弁が白く淡い光を灯すという。欲しいのは内側から3枚目までのやわらかい葉の部分で、量はあればあるだけいいそうだ」
「……それだけ聞くと簡単に見つけられそうですが」
暗闇に光る草なんて、どう考えても一目瞭然だ。
そんな素朴な回答にレックスさんは苦笑を浮かべる。
「生えている場所が春の渓谷じゃなければな」
「?」
「その様子だと初見だな?まぁ、着いたらわかるさ」
なんだか意味深なセリフだが、言われるように実際に目にした方が理解が早いのだろう。
街道をしばらく進むと『春の渓谷はこちら』とこの世界の言葉で彫られた看板があり、そこで私たちは道を逸れ、木々の間に出来たやや幅のある獣道をゆっくりと登っていった。
ほどなくして日が完全に落ち足下が見えなくなると、レックスさんは背負ったワンショルダーから棒と火種アイテム——彼が持っていたのは指サックのようなもので、親指と人差し指にはめてこすると火花が散るタイプの魔道具だった——を取り出し、いつかのように手際良く松明を作り上げた。
たわいもない話をしながら進んでいると、この辺りからエンカウント率が上がると説明され、その言葉の通り何回かオオカミのような四足のモンスターと、芋虫なモンスターに出くわした。こちらに怪我をさせないくらいの腕はあると語った通り、レックスさんの動きはどれも見事なものだった。
実は西門で合流した時から、モンスターと戦うのに白い服はないだろ…ヾ(-_-;)と気になっていたのだが。どうやらそんな心配は無用のようで、むしろ、それを意図、というか意識した上で敢えて白を選んだとするなら、相当だなオイ!と思ったり。
まぁそんなことよりも、と新たなエンカウントを易々と打破したレックスさんに、次なる話題を振ってみる。
「魔法は使わないんですか?」
大型のナイフを腰の鞘に納めつつ、彼はこちらに苦笑を寄越した。
「魔法はな……」
言いよどんだ姿に、この質問は失礼だったかもしれないと残りの言葉を飲み込んだ。
魔力があるのに魔法を使わないということは、一般的に適性がないと解釈されるのだ。だから使わないのではなく、使えないと言う方が正しい。かくいう私もそのタイプだが、適性がないのに加えて魔力値も低いという残念仕様。……でもまぁ、世の中には全く無い人も居るというし、マジックアイテムの効果を発現できるくらいにはあるのだから、贅沢を言ってはいけない気がする。
それにしても。
「……魔法無しで上位者ですか」
「ん?」
「実は、レックスさんが冒険者ギルドの位(くらい)持ちだと聞きまして。魔法を使わずそこまで登り詰めるって、ある意味キセキかと」
「さすがに奇蹟は言い過ぎだろう」
常の笑いを戻し、その人は続きを語る。
「確かに上位者と呼ばれる面々は魔法に長けている者が多いが、ただそれだけで有名になった訳じゃない。ギルドの評価の対象になる高レベルのモンスターやダンジョン・ボスは魔法だけで倒せるものでは無いし、むしろレベルが上がるほど魔法耐性を所持しているものが多くなる。自分は運が良かっただけと言う謙虚な者も中には居るが……俺は地道な努力の成果だと言いたいな」
——ん?オレ?
不意に変化した一人称に少しばかり驚いていると、レックスさんは何かに気付いたようにフと顔を上げ、柔らかい笑みでこちらを見下ろした。
「着いたようだ」
獣道の最後の岩場を差し出された手を取って登っていけば、そこには信じられない光景が広がっていて……後で考えれば間抜けだなと思ったが。
目の前の絶景に、私の口は暫く塞がらなかったのである。
「光ってる…」
ぽつりと漏れた私の声に、男前は一つ頷く。
「わかっただろう?そう簡単に見つけられない理由が」
返された声にコクコクと首を縦に振り、目の前に広がる幻想的な風景を改めて見渡した。
渓谷の入り口は丁度それ一帯を見下ろす位置にあり、幾本かの川と遠くに白糸を引く幅広の低い滝が見えた。それらの間を埋める木々の枝には薄い緑の若葉が茂り、さらに彼らの足下には色とりどりの花々が咲いている。
そう、そうなのだ。太陽はとうに身を沈め、刻々と闇が濃くなっていくこの時間。それなのに、どうして辺りが細部まで見えるのか。
それはもう見事なまでに———。
渓谷を埋める木々の枝葉に、足場に広がるたくさんの花々が、一様に光を放っていたのである。
「まさか…こんなに“光草”が生えているとは………いや、きれいですけどね」
ここでようやく“春の渓谷”というフィールド名が、自分の中できちんと理解できた気がする。
これが仕事で来たんじゃなければどんなにムーディだっただろうか、なんて。隣に立つのが勇者様じゃないことが残念でならないよ…と思っていると。
「彼じゃなくて済まないな」
漏らされた声に思わずそちらを見上げると、どこか楽しんでいるような雰囲気の美形さんと目が合ったりして。
「……心の声、聞こえてました?」
「あぁ、はっきり聞こえた」
「それはその…何となくすみません」
「ここで謝罪が入るのか。別にいい。そういう反応は久しぶりだし面白い」
クツクツ笑いをするレックスさんは、相変わらず爽やかな笑顔を纏って言った。
さらりと自慢っぽい何かを混ぜてきたような気がしたが、そこはスルーを決め込んだ。
——えぇ、えぇ、わかっていますとも。その美形顔(しかけ)が大概の女性(えもの)に有効だということくらい。美形顔って要するに餌無し(ルアー)ですもんね!大事にすれば初期投資のみでそこそこ釣れたりしますもね!くそう、美形め!!別に自分がなりたい訳じゃないけれど。なんていうか!なんていうか!!……ついうっかり見惚れたり目で追っちゃうとことか!そういうのがものすごく悔しいですっ!!あぁでもやっぱり、勇者様はカッコイイ☆なんですよっ!!目で追わずにはいられないってヤツなんですよっ!!!(> < *)
「ここまで一途を見せつけられると…」
「え?なにか言いました?」
「何でもない。こっちの話だ」
そろそろ降りよう、と言われた私は松明を処理したレックスさんの先導のもと細い山道を下っていった。
せせらぎが耳に大きく聞こえるようになるのに比例して、足下の明るさが増していく。赤やピンク、黄色にオレンジ、葉の緑がそのまま光るものに加えて、青や紫という稀な色も見て取れる。
よく見れば花弁の形や大きさは様々で、光量も種類によって異なるようだ。
前世のシーズンものの電飾のようにランダム点滅はしないため比較的目に優しいが、やはり一にも二にも明るさが気になって仕方ない。
正直、こんな環境で“淡い白”を探し当てられる気がしない。そもそも運が悪いとかいう話ではないような気がするが。
対岸へ渡るための浅瀬を探るレックスさんの後ろ姿に内心で語りつつ、転ばぬようにとこちらのほうも足下に注意する。
無事に川を渡り終えると、川縁で立ち止まりこちらを向いて彼は言う。
「1日目はここから真っすぐの方角へ探しに行った。2日目は右の方へ。3日目は左だった。ずいぶん奥の方までも探したつもりだったんだが」
全部ハズレだ、と肩をすくめる。
「幸運者(ベル)なら今夜はどの方向を選ぶ?」
問われて、むぅ、と考える。
「一つ、いいですか?」
そんな私の質問返しに、男前はふわりと笑んで「どうぞ」と返す。
「例えばですよ。これがすぐに見つかって充分量取れたとしたら……後はオツカレ、はい解散、ってなる余地はありますか?」
「それはつまり…余った時間で東の勇者を探しに行きたいという事か」
「That's right ☆」
グッと立てた親指と満面の笑みを見せれば、やや挑戦的な笑いがその人の顔に浮かんだ。
「見つけられるものならな」
「お、さすが。男に二言はないですね?あ。二言はないっていうのは、一度言った言葉を取り消すような事はないって意味ですよ」
「それならベルの言う通り、男に二言はない、と宣言しよう」
よっしゃ、話にノッて来た!とグッと拳を握りしめ、内心でにんまり笑う。
「そうと決まれば今回は狡(チート)な手段を取らせて頂きます♪」
ちょっと待ってて下さいね〜、とレックスさんを放置して、私は己の鞄から音声通信用の青い石を取り出した。これは話し相手が固定されている通信系のアイテムで、もちろんその相手とは幼なじみの彼である。
何回か呼び出しがかかった後に、私だけに聞こえる音で青い石から声がする。
「朝までに返してね」
「おぉ、さすがイシュ。既にこちらの要求を理解していらっしゃる」
「そういう体質なの知ってるでしょ。送るから、そっちも起動しておいて」
「はいはーい。よろしくお願いしまーす」
言うとそのままプツッと通信が切断される音がして、必要がなくなった青い石をしまい込み、代わりに板チョコサイズの白い石を取り出した。あとはいつもと同じように操作して、あちらからのアイテムの振込みを確認し、白い板石と選手交代で鞄から目的のブツを取り出す。
そして私はおもむろにそれを装備した。
「……眼鏡?」
「はい!こういう時にとても便利な遺物(貴重品)なんですよ」
こちらの返事に興味深そうな表情を浮かべたレックスさんは、どうなるか任せてみるかという雰囲気で私の様子を伺っている。
私は私でほんの少し意識を集中させて“白くて淡い光を放つ薬草”の事を考える。考えながら右から左、左から右、というようにゆっくり首を往復させて。
「あ、ありました。こっちの方角みたいです」
指差すと、驚きが混じる顔をしたレックスさんが腰のナイフを一本抜いて、進行方向に現れた蛾のようなモンスターをさくっと切り捨てる。
端的にいうと。
その後、私たちはあっさり目的の薬草を見つけ、それが群生地だったので手分けして充分量を刈り取った。
こちらが集めた分を手渡すと、今回の報酬だとコインを何枚か渡された。薬草の採集にしてはちょっと金額が大きいような気がしたが、こんな場所で探すことの難しさとか、そもそもの希少性がものをいっているのかもしれないな、ということにして何も言わずに受け取った。
まぁ…現実的に考えて、この金額の殆どがレックスさんのポケットマネーなんだろうなという事は薄々感づいていた訳だけど、色々と含めたうえでの心意気。そう思う事にした。生活費に収まる額だし、くれるならもらっとく主義なので。
それから小休憩を取り、たわいもない話を交わし…といっても、ほとんどが遺物(眼鏡)のことについてだったが、売って欲しいとか売っぱらいたいとかいう怪しい雰囲気でもなかったので、聞かれたうちで知っていることは正直に説明した。
休んだらそれなりに疲れも取れたので、そろそろ行くかな、と私は下ろした腰をあげて言う。
「じゃあ、私はこの辺で」
そして彼はこう言った。
「暇だから付いて行こうかな」
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——なっ………なんだとうっ!?




