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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
5 春の渓谷
40/267

5−3



「3番テーブルお水運んで!」

「料理上がったよ!15番!」

「いらっしゃいませー!」

「空いてる子、7番に注文取り!」


 自らも接客をこなしながら店内の流れを把握して、次々と指示を飛ばすホールリーダーを心の中で賞賛する。どこを見ても人!人!人!テーブルの間に設けられた通路は女性スタッフが辛うじて通れる程度しかない大混雑の店内で、事故を起こさず客にもスタッフにもストレスを感じさせないように指揮を取る彼女の能力は本当に素晴らしい。


——藍色の髪から生えるお耳からして獣人さん。だから、元から“気配察知”は持ってそうだし、死角を埋めるスキルなんかもありそうだ。それに加えて……


 何故か露になっている腹回りの筋肉は彫りが深くて、背負われた巨大な両刃斧がものすごい圧力を辺りに放っていたりする。それは客の無駄口を塞ぐ効果を発揮しており、おかげで粗野な男達がぎゅうぎゅうに詰め込まれた暑苦しい空間でも、喧嘩に発展するようなことは今の所なかったり。


——“威圧”スキルを発揮しているのかもしれないな…


 只今、食堂の入り口で招き猫ならぬ招き犬をやっている魔獣(パーシー)が持つ“威嚇”と同じ「レベル依存」の効果——効果の内容は推して知るべし——を発揮するスキルであり、比較的獣人が獲得しやすいものだと聞いている。が。


——なんていうかその……ものすごい店だよなぁ、さっきから。


 ちょっと意識が遠のきつつある私の耳に、はつらつとした声が飛び込む。


「赤髪で隻眼のおじさーん!ジャンプするから受け止めてっ☆」


 薄着の上に真っ白なエプロンを身につけた、いかにも元気っ娘(こ)なもう1人の獣人が、両手に大皿を乗せたまま、料理を出すカウンター横の手すりを足場に人の海へとダイブする。

 ここは漫画の世界かよ!と突っ込まずにはいられないほど盛り上がった筋肉を持つ指定の人は、彼女が飛んでくる方向をちらりとも見ずにタイミング良く己の得物の持ち手を上げて、そこに彼女を止まらせる。


「お待ちどうさまっ!次の飲み物聞いてくよー?」


 大皿を置いた後にポケットからオーダー用紙を取り出して、同じテーブルに座る男達から次々と注文を取っていく。

 帰りはもちろん、空の皿を腕に乗せ、その場からジャンプして元の場所へ戻ってきたりするのだが。一体何のミラクルか、あれだけ激しく宙を舞っても、白いエプロンには未だにシミ一つさえ付いてない。

 脅威の身体能力だ。

 そんな娘がさらにさらにもう一人。


「其処なブロンドの兄ぃ、背中の戦鎚(せんつい)を借りるぞよ」


 言うと同時にふわりと舞って、ブロンド兄さんに背負われたウォーハンマーに足をつき、さらに跳躍。料理を待つ奥テーブルのグループの空いた床に足をつき、丁寧な物腰で両手のそれを置いていく。


——マジ半端ないです、お嬢さん方…


 随分前から洗い場に張り付いている私の視線は、常識を軽い調子で飛び越える彼女達の働きぶりに釘付けだ。こんな光景、普通の店では絶対に見られない。客が客なら給仕も給仕……いやいやいや。この場合なら、給仕が給仕で客も客?


——要するに。戦闘スキルはどんな戦場も選ばない、ということか!(-ω☆)キラーン


 何度目になるか分からない「いらっしゃいませー」の声を背景にアホな物思いにふけていると、強そうなホールリーダーさんが申し訳なさそうにこちらの方を向いて言う。


「ごめんベルちゃん。9番さんとこ行ってくれない?」


 そのまま視線で「あっち」と語った姐さんの目を追って、奥のテーブルにどっかりと腰を下ろした鮮やかな群青色の髪の人へと目を向ける。頭上に疑問符を浮かべた私を悟ってか、囁くように彼女は言った。


「竜人なのよ…」

「あぁ、なるほど」


 何がそうさせるのか当人らにも謎とされるが、獣人の多くが竜種を苦手とするのだそうな。もともと気配に敏感な彼らのことなので、それがらみで竜種が上位な何かのスキルがあるのでは?と勝手に思っているのだが。

 え?それなら只人はどうかって?まぁ、私を見て分かる通り、割合鈍感な生き物なので臆するとかいうことは殆ど無かったり。それこそ竜の姿なら普通にビビるだろうけど、滅多に会えない竜人はその名の通り人の姿に近いから、あんまり恐いとかはない。そういう理由もあったりして、竜種と只人との相性は意外にも良好で、間の子も生まれやすいらしい。

 見た目の異なる種が多く存在するため、種族同士のいがみ合いが幅を利かせている世界なのかと思いきや。意外や意外。時代のせいもあるのだろうが、ここは想像以上に住む者に寛容で雑多な世界なのである。

 さてさて、と気を取り直し、差し出されたオーダー用紙を受け取って狭い通路をぬって行く。

 竜人と囁かれたその人は、前髪の右側面の部位だけが長く伸ばされて、その毛先がゆるい螺旋を象っているという特徴的な髪型の、これまたえらい美貌を貼付けた成人男性なのだった。


「ご注文をお聞きします」


 そう言って視線を合わせると、爬虫類を思わせる縦長の瞳孔がぎょろりと動く。


——お、金色だ。


 相変わらずファンタジー世界はすごいよなぁ。と、しみじみ思って待っていると。


「娘、お前、獣の匂いが染み付いている。まさかとは思うが、表のアレはお前のか」


 言われてすぐに繋がらず、ぽかんとしてしまったが。

 目の前の竜人さんがピクリとも動かずにこちらの返答を待っているようなので、はぁ、と気の抜けた声を出す。


「黒い魔獣のことですか?まぁ一応、従属の契約にはなっていますが…」

「従属だと!?」


 勢いよく身を乗り出したその人の気配に圧され、思わず半歩後ずさる。

 男はこちらの引きを見て乗り出した半身を元に戻すと、テーブルの上に伏す銀色の鱗を持った小竜に向かい落ち着いた声で言う。


「———そうか。爺、聞いていたか。脆弱そうな娘の姿をしているが、これで一国を落とす実力の持ち主らしい。人間だてらに見上げたものだ」


——えぇと…その。この場合、私はどんな反応を……?


 言葉を詰まらせ呆然と立ち尽くしていた所、私のおしりを触ろうとしていたらしい後ろの席の冒険者(おじさん)が、サッと手を引っ込める気配を感じた。


——……なるほどねぇ。今の今まで、スタッフの中で一番鈍そうだし弱そうだから触り放題!とか思われてた訳ですね。いや、確かに大したスキルもないし、実際に弱いけど。でも、まぁ。


 こういう勘違いもたまには役に立つのだろうかと、近くの席の男達を見回してニヤリな笑みを浮かべてみたり。

 その途端、姐さんの威圧スキルに無駄な闘争心を押さえ込まれダラけて腰を下ろしていた男達が、ガタガタと椅子を鳴らしてイイ姿勢で座り直す様子がハッキリ見えた。

 全くなんて正直な…と微妙な気分に浸りつつ、目的のお客様の注文をとらねばと気を取り直す。


「本日のオススメは“翼竜のしっぽ”です。カリッとあげた輪切りの尻尾にピリ辛ソースを付けて食べる一品で……」


 言いかけて、おっと、と思い、言い直す。


「失礼しました。お客様には“クーニャンシャンジュ”の方がオススメですかね。さっぱりとした香草が効いた肉系の煮込み料理になります」


 主な材料はレベル30台の豚に似たフィールド・モンスターで、煮込みに使用する香草にはもれなく精力増強作用付き、という男性にはちょっと嬉しい効果が付加されたオススメ料理の一つである。

 付け焼き刃な料理の説明を上手く言えたとほっとしながら返答を待っていると、BGMに「…姉ちゃん強ぇえ」「竜種に竜料理すすめるとか、どんな勇者だよ?」「まさか店ごと吹き飛んだりは…しないよな……?」なんてセリフが聞こえたり。


——いやいや、いやいや。とりあえずお客さん方、落ち着いて。竜料理とは言ってみても、ほんとの竜種を使っているわけじゃなくて……姿形が竜に似ているモンスターが材料っていうだけですからね?専門書には種的に全く違う生き物だって書いてあったし、いうほど問題じゃないんですよ?それでも一応、気を使ってみたけれど。


 実際、彼らは目の前に竜料理と言われるものを並べられたところで、別にどうということもなく口に運ぶような気がするが。サンプル数、1、しかも遠目に見ていただけという何とも頼りない意見かもしれないが、実は彼ら、自分——と、伴侶が居ればその相手——のこと以外どうでもいいと思っている節があるような……。

 そうして何の気もなしに群青色の竜人に目を向ければ、少し考えたという素振りの後に彼は言う。


「取りあえず二つとも持ってこい」

「お飲物はどうします?」

「蒸留酒であれば銘は問わぬ。爺には果汁を」

「かしこまりましたー」


 お決まりの軽い返事で来た道を戻ろうとすれば、某民族指導者の海渡りの言い伝えのように、椅子に座った群衆が器用にも左右に割れて少し広めの通路が出来る。


——うわ。こんなところで伝説見ちゃった。


 思いきり引いた彼らに、むしろこちらの方が引く。

 が、痴漢されるよりはマシかと思い、とりあえず心の中でパーシーに感謝を述べておく。

 この時代、国と言えば一般的に領土を治める王様が腰を据える場所をいう。帝国なら帝都のことで、王国なら王都と呼ばれるような場所である。戸籍制度がしっかりしている国は数えるほどしかないために、はっきりとした数字がわからないのは残念だが、そういった場所に身を寄せる人の数は多くても5千いくかいかないか。国一つを落とす、というセリフに対する考察は、そんな一部の集合地域を壊滅させるというもので、決して領土に含まれる原野や山岳をも吹き飛ばすという規模には当たらないのである。

 それにしたって十分な破壊力を秘めているのでは?という質問に対したら、それはまぁそうですね、としか言えないけれど。実質、中枢部が破壊されれば国の機能が失われ、国家として成り立たなくなる訳だし。


——というか……そもそも私は、そんな力を秘めていたりしませんが。


 いやしかし。

 イシュに護身用にと渡されている(爆弾ぽい)遺物とか、拾い物の大きめな精霊石とか、威力の低い魔法が込められている魔封小瓶と、書き写して取ってある増幅魔法陣とを掛け合わせれば、あるいは…。

 などと物騒なことを考えながら人ごみの中に現れた通路を歩き、カウンター前で待っていた姐さんに注文用紙をちぎって渡す。


「オーダーです」


——やっぱ、無理かな。


「ありがとう。助かるわ」

「いいえー。料理が出来たら、また声をかけて下さいね」


 銘入り高級革袋(ブランドバッグ)にしまわれた攻撃系のアイテムをいくつか思い出してみたのだが、道具に威力があろうとも使い手がコレじゃあなぁ、と思うのだ。具体的には、仕掛けて爆破はできたとしても逃走に不安有り。即捕まる自信がある。

 え、でも、ベルさん、特殊スキルがあるじゃない!と思ったあなた。

 確かにそれはその通り。だが、“絶対回避”はかなりの割合で私の“死”に対する絶対的な回避事象を支配しており、逃走——これも回避に含まれる——などに割り振られるそれは意外と少ない。

 スキルは普通、所持する者の支配下にあり、意思一つで出力の大きさをコントロールできるもの。だが、同じ“スキル”と名がついている特殊スキルというものは、どうしたわけか所有者が干渉できない場合が多い。

 私が意図的にエンカウントを回避できない理由がこれで、それでもたまにエンカウント回避なる事象が発現するが、置かれた環境——パーシーの存在など——や偶然の文字の方がふさわしい雰囲気だ。それが例えばモンスターではなく対人に発現するならば、片手で数えられる人数を同時に躱せる程度である。ちなみに持続性はない。スキルランクが上がるのに比例して、こちらの意思が介入できる許容範囲のようなものは広がっていったけど、最大値(Max)になったところで結局その程度にしかならなかった。

 他方。フィールくんに至っては初めからコントロールを失っているような気がするし、例えランクがMaxになったところでどうにかできる気がしない(むしろ今より恐いことが起こりそう…)。

 ここまでくると、特殊スキルって特殊体質のことなんじゃ…?と思わないでもないけれど。スキル→技能→技術的な能力……と噛み砕き、技術的かはさておいて、確かにイシュが所有するアレの場合は能力と言えないこともないよなぁと。

 長くなったがそういう訳で。死にはしないが捕まるということは大いにあり得る、ということを何となく理解して貰えただろうか。

 それに、これといって一国家に恨みがある訳でもないし。出来ることを証明するためだけに人生を棒に振るような性格はしていない。前世の記憶があるせいか、この世界の住人達の目には私の行動が突飛に映るようで、考え無しと思われがちだが。これでも想定しうる状況の中で最も合理的でリスクの少ない手段を選択しているつもりだし……そもそも私は慎重派というやつだ。


 ぼーっとしながら洗い場の方に向かっていた私の背中に、あの客が席を立ったら今日はあがりでいいという姐さんの声が聞こえて、少し焦って振り返る。

 冒険者ギルドは一般的に、不慮の事態を想定して大抵どこでも一日中開いている。そこに併設された食堂は依頼の都合で妙な時間に出なければならない冒険者へのサービスに加え、まさかの場合の寄り合い所として使用することを前提としているために、ギルド同様、一日中開いていることが多い。もちろん、雇われている料理人は客の多い時間帯の昼前から深夜前までしか居ないので、深夜から朝にかけては簡易メニューに変更される。が、この流れで分かるように、ここには深夜勤務というのが当たり前に存在しているのである。

 そんな中、臨時で雇われた女性スタッフの中で一番レベルの低い私は、物騒な時間になる前に帰宅できるようにとの受付嬢の配慮から、他の子達より少し早めに仕事を終える契約になっている。その分、翌日からの出勤時間は早めに設定されていた。


 すでに持ち場と決定したような洗い場で、溜まった皿を片付けていたところへ再び声が掛けられる。

 出来上がった料理を運び、飲み物のオーダーを受けたのが三度(みたび)ほど。

 腹ごしらえを終えたらしい群青色の竜人は、銀色の小竜を連れて夜の街へと消えていく。その後ろ姿を見送って、姐さん達に軽く挨拶。

 ベージュ色のエプロンを畳み込み、ギルドへ通じるドアから食堂を退室する。


 ピンク色の髪をした受付嬢から己の鞄を受け取って———本日の業務、終了です。

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