5−2
「えぇーと。それじゃあ、期間は勇者パーティがここに滞在する間ってことでいいかしら。とりあえず彼ら、確実に6日は居るはずだから。それでお願いね?もし滞在が延びることになったなら、その時は要相談、ってことで」
差し出された報酬の紙切れに目を落とし、うわ破格!とテンションが上がったところをしっかりと視認され、笑顔のままで必要書類に依頼受理の判を押される。
ところでどうして勇者パーティが滞在する間の職を探しているとバレたのだろう、と首を傾げて、ギルド内に流れるという自分の噂が久しぶりに気になった。本人が知らないだけで実は相当な内容だったらどうしよう…と、なんとなく気が遠くなる。
「早速だけど、お昼からお願いできる?」
桃色の髪を揺らして、受付嬢はカウンターの下らしき場所からベージュ色のエプロンを取り出した。準備されていたものが意外にも無難な色で安心したが、よく見れば端の方には同じ生地でフリルが程よく施され、そこはかとなく可愛い感じに出来ている。
——これよこれ!こーいうのがキュンとくるのよ!
あからさまにそれを狙った的なレースフリルが悪いとは言わないが、地味に毛が生えたみたいな(たとえが酷いか?)素朴な可愛らしさを表現したものの方にこそ惚れる、という性格をしている。だからその…この世界にはごく平凡な顔つきで転生した訳なのだが、それでも“普通に”可愛いこの顔は結構気に入っていたりする。……自分で言うなという話だが、前世の顔を上手く思い出せないまでも、絶対に今の方が可愛いという確信がある。
まぁ、アレだ。
単に、若い時代の瑞々しさの再来に感動を覚えている、というだけなのかもしれないけれど。
だって、十代後半っていろいろと最強だと思うのだ。できれば一番綺麗な今のうちに勇者様を落としてしまいたいところだけれど…そんなに上手くいく訳ないのは、ちゃんと理解できているので。
「このまま行っても大丈夫ですかね?」
時刻は前の世界でいうと、だいたい十時過ぎくらい。
店にもよるが、昼食の仕込み始めというには少し遅過ぎる時間帯のような気がする。
「早速行ってくれるなんて、むしろ助かるわぁ。この街、食堂少ないから。ギルド運営の簡素な食堂でも意外と混雑するのよねー」
間延びした応えだったが、そのセリフで実状が目に浮かぶ。
どこぞの勇者のパーティが滞在しているらしいと聞けば、どうせ近くを通るなら一目見て土産話に…という世相のこの時代。
元から市民が多く居る城下町や都市部では、混雑を避けるため身分の高い人達により市民と隔絶される勇者様だが、有力者が数名という街規模になると権力による見えない壁が薄くなる。そのため、一般人でもお目にかかれる確率が大幅に増すのである。都市に住んでいる人が地方に出張るなんてことは滅多にない——移動手段が限られており、時間がかかるしお金がかかる、下手をするとモンスター・フィールドを超えねばならないことになる——が、田舎に住んでいる人が近くの街に足を伸ばすくらいなら、前者に比べ、易いのだ(特にモンスター・フィールドに囲まれた村に住んでいるような村人は、対モンスターの行動ポテンシャルが普通に高い)。だから、いくら街規模で大都市などより見物に集まる人口が少ないとは言ってみても、平常時より多くなるのはごく自然で当たり前。
長々と説明したが、つまるところ、これから向かう私の職場は「戦場になるらしい」ということだ。
勇者な人の潜在的な集客能をバカにしてはならないよ。
近くから寄り集まった見物人によって街の食堂がパンクする→通常ならそちらを選択する冒険者な人達が仕方なくギルド運営の食堂に流れてくる、という矢印が光って見える。
——ベージュ色を出してきたから、接客というより裏方かなと思ったが。このフリルの意味はそれもあり得ると想定してのことなのか?
ワーナウィーナのアイシェスさんを思い出し、彼女はとてもマイペースな人だったけど仕事の方はぴか一の腕だった、と。カウンターに腰を下ろした姉上様に視線を向ける。
——見た目よりも内面が似てる姉妹なんだな、この人達。
そうだよ。そうそう。この何も考えてなさそうな笑顔が恐いんだよ、この手の人は。人畜無害そうに見える天然マイペース人間が、あらゆる期待を裏切らずダークホースな星の下に強かに生きているんだよ。
前世の記憶に意識を飛ばし、そのまま無言で回収する。
仕事終わりまで鞄を預かってくれるというので、カウンターの上にそれを置き、渡されたエプロンを羽織りながらドア向こうの食堂へと歩みを進め。
——6日か。
と、無意識に漏れた嘆息が耳に届いて苦笑する。
実は交わされた会話の内に「この街に勇者が腰を据えているうちは食堂がかなり忙しいから、今回の後追いは全面的に諦めてね」というセリフが隠れていたのだと、今更になって気付いたり。
それでちょっと目元に水が浮かんできたけど、受けた仕事はこなさねば。
そして私はしばらくぶりの“勇者様を追えない”日々を過ごすことになったのだ。