閑話 某日、某所にて
そこは暗い店だった。
地下という立地が悪いのかもしれないが、光が射し込む余地のない空間を照らすための明かりの数と光量が、圧倒的に足りてない。手作業をするためか、店主が立つカウンターの周りだけそれなりの明るさが保たれている。が、そこから少し離れると足下から濃い闇が這ってくる。
まるでカウンター越しの光を遮るように配置された背の高い置物達は、まばらに座る客達を己の影で包み込む。
そんな場所を好むような者もまた、どこか陰鬱な雰囲気を漂わせながら座るので、場所も人も何もかもを含めた上での“暗い”店。
ここは俗にオブスキュア・ハウスと呼ばれる、闇業界、闇商売の巣の一つ。
真っ当に生きているような人物は、まず訪れることのない店である。
「いらっしゃい」
闇が漂う店内に、光の筋が差し込んだ。
初老を迎えようかという様相の店主(マスター)が、客の方をちらりとも見ずに低い声を出す。
上背や肩幅に足取りを加えたところで男と推測される人物は、歩きながらマントの下で腕を動かし、いくらかのコインが入った布の袋を掴み出す。マスターの前を通り過ぎると同時にそれをカウンターの上に置き、無言のままで奥の闇に消えて行く。
初老の店主は置かれた布の中身を手際良く確認すると、何事もなかったかのように再び手元に視線を落とし、自分の仕事を再開させる。
「“不幸屋”か?」
色の濃いマントをまとい、同色のフードで鼻先から上の部分を隠した男は、置物の影に身を埋める小柄な人に言い放つ。
頭から布をかぶったその人は、男同様、顔を隠したままの姿で、縦に一度、首を振る。
「排除して欲しい女が一人、居る。証拠として当人のステータス・カードを持ってくれば、報酬としてこれだけ出そう。どうだ?」
そう言って、男は金額が記された紙の切れ端を、互いの間に立っている面積の狭いテーブルの上に置く。
女一人にこれだけの金額は破格の部類に入る筈。すぐにでも色よい返事が口から漏れると思いきや、不幸屋を名乗る相手は、その金額に何か思う所があるらしく紙面を見下ろし動かない。
この仕事人には、どうやら押しのもう一声が必要そうだと、男は苦い声で言う。
「無能な部下を持ったつもりはなかったが、町娘風情の無力な女に悉(ことごと)く敗してな。少し前に最後の一人が音をあげた」
そんな彼らに対してか、男はフンと鼻を鳴らした。
「刃物も毒も魔法も呪いも、何一つとしてその娘には届かない。そればかりか一人の時を見計らい跡をつけるも、監視の目をすり抜けていつの間にか行方知れずになるそうだ。全く馬鹿らしい話だろう。カタギの女に撒かれる専門職(プロ)があるものか」
どうやら男は相当に不満が溜まっているらしく、その口は閉じることなく言葉を紡ぐ。
この商売は相手に与える情報量が時として己の命を左右する。よって、ここに住む者は例外無く口が堅いのだ。あるいはわざと軽い口を装って、大量の嘘(ダウト)の中にほんの少しの真実(トゥルー)を入れる、というようなひねくれ者も居ない訳ではないのだが。相手も場所もわきまえず簡単に口を開くような人物は、そう時間を置かずに消えて行く。闇業界はそういう場所で、ある意味、どんな業界よりも淘汰の姿が美しい。
暗い影に身を委ねる不幸屋は、現状、己を見失っているらしい男の様子を、それと悟られないよう観察していく。
「只の娘に頭目の私が出るというのも馬鹿らしい。そこで、あんたに女の排除を依頼したいと思ってな。……神懸かりな幸運者(ベルリナ)には、神懸かりな“不幸屋”がぴったりだろう」
言い切ってすっきりしたのか、ようやく男は落ち着きを取り戻す。
「前金としてそれの1/10をくれてやる」
そうして男は、もう一度「どうだ?」と問いかける。
椅子に腰を下ろしたままの人物は、姿も声も不詳なままで、こくりと一つ頷いた。
「契約成立だ」
仕事は早いほどいい、と土産を置いて、男は颯爽とした足取りで来た通路を戻って行った。
後ろ姿に視線を配べて、不幸屋はテーブルに乗せられた金子の額に目を通す。依頼主の言う通り、きっかり成功報酬の1/10の額であることを確認すると、布の下のアイテム袋へ押し込んだ。標的となる人物の情報が書かれた紙も同じように中へ押し込んで、不幸屋は音も無く立ち上がる。
無言で店主を横切って、外界へと通じる扉に手を掛ける。
闇が漂う店内に、光の筋が差し込んだ。
「まいど」
初老を迎えようかという様相のマスターが、客の方をちらりとも見ずに低い声で呟いた。
※ダウト(doubt) 日本語訳(名詞):疑い、疑念、疑惑 など
「嘘」に括弧で入れ込みましたが、正しい意味は上記の通り。
……読む人が多くなると細かい事にも気を使わないといけなくなって大変だなぁ(なんて思うヘタレな作者)