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村に着くとそこはすでにお祭り騒ぎだった。
寂れたという言葉は余計かもしれないが、遠目にも山間の村とは思えないほどの活気に満ちているのがわかる。このくらい賑やかならば人の態度も通常よりは柔らかくなってるはずだと期待して、村の入り口へと歩みを進める。
今までの経験から、辺境に住む人がよそ者に優しくないのは知っていた。勇者様はその容姿も相まってどこに行っても——特に女性に——歓迎されるが、名も無き冒険者は別なのだ。それに加えて、若い娘の一人旅という風体が相当怪しく見えるのか、私の場合はどこに行っても警戒される。
前世の人生経験のおかげで、鋭い視線と冷たい言葉程度なら何ということもないのだが、できればこちらも気持ちよくいたいので、不穏な空気が漂う中に入るのは極力避けて通りたい。だから、その村の人々の雰囲気を第一村人との会話の中で掴むのが、訪村(ほうそん)時における最初の仕事なのである。
さっそく村の入り口で松明の準備をしている老人を捕まえて、いつも使う質問を投げかける。
「こんにちは。この村に宿屋はありますか?」
見慣れない旅の娘の出現に、老人は動かしていた手を止める。
しばらく上から下まで眺められて、返ってきた言葉がこれ。
「この村には宿などないが、どうしてもという理由があるなら村長に頼むといい。ただ、今日は勇者様の一行が見えているから、床の空きはないだろうよ」
「そうですか。お邪魔しました」
長居は無用と悟った私は、一礼を返すとそそくさとその場を後にする。
それから村の商店を探すフリをして、どこか浮き足立った様子の村人たちの会話に耳を傾ける。立派な盗み聞きといえるが、私には勇者様の情報を手に入れる手段がこれしかないので、気持ち大目に見てほしい。あらかた話を聞き終えると、商店すらないことを忙しそうな村人に教えてもらった私は、村の中央で宴席の準備が進められているのを横目にしながら人知れずその場を後にした。
勇者様がここを立つまで、いつも通り野営をするのである。
*.・*.・*.・*.・*.・*
——暇だなー(´△`)
一際高い歓声が響き、パーシーの体毛をひたすら三つ編みにしていた手が止まる。
なんとなくやる気を失った私は、寝袋に入ったままごろりと横に転がった。
昼間のうちに村で聞いた話だと、村にほど近いフィールドで村娘が修行をしていたところ、運悪く発生が希少な高レベルのモンスターに出会ってしまい、怪我をした。逃げられないとその娘が覚悟した時、運良くそこを通りかかった勇者様に救われる。勇者パーティの聖職者様に回復魔法をかけてもらい傷は癒えるも、娘は腰が砕けてしまいどうにも歩けそうにない。そこで勇者様は娘の家があるという目的の村まで、娘を抱きかかえながらやってきた。それを見た村人——特に女性——から次々と(黄色い)歓声が上がる。何事かと出てきた村長は、勇者様と彼に抱きかかえられた自分の娘を見てびっくり。危ない所を助けていただきありがとうございました、いやこの子は昔から危ないと何度注意しても聞く耳もたずでうんたらこうたら……。ぜひとも勇者様にお礼がしたい!よし、今夜、宴の席を設けよう!
という流れで今に至るという訳だ。テンプレな展開すぎて、もうおなかがいっぱいなのである。
そもそも勇者パーティがこの村を訪れた目的は、すぐ側の山にある洞窟系ダンジョンのボス攻略のためであったらしい。そこのボスはモンスターの湧きに影響を与えるタイプで、一度倒すと復活するのが半年後。前に冒険者に攻略を依頼してから半年ほど経ったので、ギルドの方にそろそろ次をお願いしたいと村から依頼が出されていたそうな。ところがほんの少し前、隣国で巨大なダンジョンが発見されたことにより、中堅レベルの冒険者が多く流出してしまう。報酬の低さと辺境という条件を飲んでくれるものがなかなか現れず、エディアナでの仕事を終えて手が空いた勇者様へとギルドから依頼がとんだらしい。村人のおしゃべりを繋げると、ざっとこんな感じにまとまった。
勇者様は明日の早朝にダンジョンへ立つ予定らしいので、今日は早めに寝ておこうかと、村外れの茂みの中で再び体を転がした。その視線の先で、魔獣はようやく己の身が自由になったことを悟り、しっぽを振りながらフィールドの方へと消えて行く。
しばらくその場でダラダラと暇をつぶして、気づけば時刻は夜半過ぎ。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
まどろみながら、妙な時間に目が覚めてしまったものだと残念に思っていると、近くに人の気配がある。
「勇者様!」
嬉々とした声が聞こえて、再び眠りに落ちようとしていた私の意識が浮上する。頭までかぶった寝袋姿のままで、少し体を横向けると、茂みの隙間に松明の明かりが漏れている。寝ぼけまなこでそれを静かに眺めていると、段々と焦点が定まって、最終的に人の足が4本見えた。
「どうしたのですか?こんな夜中に。眠れないのでしたら、お付き合い、しますけど……?」
セリフの最後を照れた口調で尻すぼみ風に終わらせられると、夜中という時刻もあってどうにもピンクな雰囲気が漂って見えてしまうのだが。
聞いた声でそれが噂の娘さんであることに思い至った大人な私は、茂みという隠れ蓑をまといぼんやりと成り行きを見守った。
相当なイケメンかつ職業:勇者な男とくれば、引く手あまたなのは当たり前。今の所、街などでそういう場面に出くわしたことはないのだが、若い男が女を抱かずにいられるなどとは思ってないし、だからといって彼を見る目が変わるほど私の愛は浅くない。そりゃ、結婚してから他の女性を抱くという話なら、人並みに抵抗があるけれど……。特定の相手がいないうちならば、そういうことは本人の裁量に任せられると思うのだ。
こと男女の関係なんて、前世の記憶に現世の経験を上乗せしたところで到底理解が及ぶものではないのだし。アプローチの方法だって、人それぞれだと思うから。確かに好きな人の一番になりたいとは思うけど、同じ人を思う誰かに嫌がらせをしてまでも…というのは何か違う気がするし、人を陥れて得たものなんか結局はろくなものじゃないのだと、過去の記憶が語っている。
——とはいえ。誘うとか…自分には真似できない行動だ……
図々しくはできるけど。
まぁ、あれだ。
延長線上なのかもしれないが、最終的に“誘う”というのはできなかったりするヘタレ……(だってそんな技術はないし、そもそもすごく恥ずかしい)。
細い方の足を見て、いたたまれずに目を閉じる。
どうせなら他の場所でやって欲しかったよなぁ…なんて思うけれども、事故だと思えばいくらか諦めが付くような。
寝たフリ、寝たフリ、と反芻し、あ寝れるかもと思った所で、深い声が再び浮上を促した。
「…酔い覚ましに外の空気を吸いにきただけだ。そろそろ戻る」
——………ええぇぇぇっ!?勇者様、ザルでしたよねっ!?酔い覚ましとか要らない人でしたよね!!?!!
他の村でたらふく酒を盛られても何の変化も見せなかったその人に、思わず激しい突っ込みを入れていた。
が、いつも聞く声とは僅かに異なる硬質な音を聞き留めて、そこに明らかな拒絶があるのを理解する。
おかげで意識が研ぎすまされて、せっかく閉じた瞳さえパッチリと開いてしまう。
「あ…そうでしたか。じゃあ家までご一緒します!」
意外と彼女めげないな!気づかないって幸せなことだよね!!とその衝撃に動けずにいると、黒いブーツが踵を返して村の中へと戻って行くのが目に見えた。当然のように細い足がそれを追う。
私は祭り騒ぎの余韻である備え付けの松明から目をそらし、仰向けになると、遠くに輝く星を見上げた。
——やはりというか…勇者様は人が苦手で…いや、特に女性が苦手?なのかしら……?
それともああいう積極性が癇に障ってしまうのかと、ここ最近の自分の態度を振り返り、なんとなく気落ちする。
——……うん、ちょっと最近は…出しゃばり過ぎだったかも?ここで嫌われてしまったら、余生をどう生きたらいいのかわからない……( ; _ ; )
なにせ私はこの生活に生涯をかけている。
嫁になれない=the end.な人生という訳だ。嫌われるなんていうマイナスな点数は絶対に欲しくない。
初心にかえろう。
そんなふうに呟いて、その夜は静かに目を閉じた。