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「一応、ベルが好きそうな物資選んでおいたけど。他に欲しいのがあったら言って。次まで仕入れとくから」
鞄から板チョコサイズの白い石を取り出し、表面に彫られた文字を指で追う。すると、始めの文字以外何もなかった表面に大陸の公用語が現れて、パスワードを迫られる。あらかじめ登録してあるそれを打ち付け決定の文字に触れれば、右側の長辺から光の粒子が生えてきてバーチャルディスプレイを思わせる画面が創造される。
ファンタジー世界のくせにSFが混ざっているとは恐ろしい…と思いつつ、慣れた手つきで取引相手(イシュ)の端末——といっていいのかわからないが、暫定的にそういうことにしておこう——に接続する。
本体はただの石だが、このいかにもなハイテク製品、見た目の期待を裏切らず非常に優れた魔道具で、登録したアイテム袋に他のアイテムと共に入れておくだけで中身を自動認識し、使用時にはアイテム名を一覧表にして光の画面に表示してくれる。さらに、これには付属の石盤がついており、そこにはアイテムの移動を可能にする魔法陣が刻まれていたりする。ここまでくれば想像が易いだろうが、この2つは連動しておりアイテム袋から実際に物を取り出さなくても、また、離れた人との間でも——もちろん相手も同じものを持っていなければいけないが——簡単にアイテム交換ができるのだ。
ずいぶん便利な道具があったものだが、実はこれ、かなり高価な商品で、ギルドによる技術独占も相まって汎用されるに至っていない。私の場合はイシュから借り受けているという形になるのだが、そもそもこれは商人の中でも豪商と呼ばれる一握りの人達が持つもので、独り立ちしたといってもまだまだ駆け出しである一介の行商人が持っているような代物ではなかったり……。そこをどんな手段で手に入れたのか聞いてみたい気もするけれど、何となく薮蛇な気がして聞けないでいるのは余談である。
「イシュの方が空き(スペース)が少ないみたいなので、先にもらいますね」
気安い仲なのでどっちが先でも彼は全く気にしないだろうが、とりあえず断りを入れておく。気心の知れた幼なじみとはいえ、彼の方が一つ年上なのである。前世では年長者は敬え!な環境で育ったため、年上には丁寧に、というのが身に染み付いているのだ。
画面にはこちらのアイテム在庫と、接続先である彼のアイテム在庫が2列に並んで表示されている。
「あ、これ欲しかったんですよー」
食料から日用雑貨、旅の消耗品にダンジョン用消耗アイテムなどを指でなぞって選択し、石に浮かんだ移動ボタンを次々と押して行く。めぼしいものを選び終え、こちらの指が止まったのを確認すると、今度はイシュが私の方のアイテムにじっくりと目を通す。
「相変わらずすごい品揃え……よくこれだけレアアイテム拾えるよね…今の持ち金でどこまで買えるかな…」
ぶつぶつ漏らしながらも、彼の方も次々とこちらのアイテムを選択していく。
「おすすめはその辺です。“揺れない炎のランプ”とか“景色が変わる風景画(小)”とか“しゃべる人形”とか………っ!?」
最近、某所で手に入れたアイテムを読み進める私の口が不意に固まる。
——………今なんか“ゴースト”なる文字が見えたような…?
つつーぅと冷たい汗が背中を流れるのを感じながら、アイテム名が羅列された光る画面の一点を凝視する。
——ある。確かにある。“瓶詰めゴースト”なるアイテムが私の鞄に存在している!!知らなかった。ゴーストってアイテムだったのか。どんな効果が…って、違う!落ち着いてるけど、落ち着け私!!突っ込むとこ、そこじゃない!!!いつ入った!?いつ入れた!?心当たりなんて………あるじゃないかぁぁぁっ!!!<( ̄Д ̄;)>
ひぃぃぃぃっ!と思い当たる記憶に一人ですくみ上がっていると、イシュの指が何の抵抗もなくそれを選択し、自身のアイテム袋へと移動させていく。
——お…おぉ…?商人のイシュが“ゴースト”を持っていったってことは、やっぱりアイテムとして何か効果があるのだろうか?
ドキドキしながら聞くべきか聞かないべきかとそわそわしていると、彼の指が動きを止める。
——………何故?
「これ、いらないんですか?タダでいいんですけど…」
そこに残された一つのアイテムを見つめながら、私はぽつりと声を漏らす。
商人に「タダ」と言えば、「この値段に見合ったこちらの頼みを聞いてくれ」ということを意味するのは暗黙の了解のうちである。が、そこは私たちの仲なので。ほんとのほんとに何の見返りも求めない「タダ」であると言っているのを彼も理解しているはずだが、さっそく手元に届いたアイテムの品定めを始めたのか「んー」という気のない返事が先に来る。
「それ“限定アイテム”だから受け取れない」
——な ん だ と ?
その一言に私の体は凍り付く。
彼は商人特有のスキルである“鑑定、鑑識”を所持しており、今使用しているようなハイテク製品がなくとも目を通すことで正しいアイテム名が分かる上、その効果などを理解することができるのだ。
そして“限定アイテム”とはその名の通り、使用者が限定されているアイテムのことである。
ものも成り立ちも様々だというが、一番わかりやすいのは霊格持ちの武器などだろう。ありふれた話だが、ファンタジーなこの世界には霊が宿る武器というのが存在している。それらは人格ならぬ霊格を持っており、こちらが主人じゃ!と言わんばかりに持ち手を選ぶ。彼らに気に入られなければ持つ事はおろか、触れる事すらかなわない場合があったりするのだ。もちろんそういった霊が宿るものばかりではないが、それの並びだと思えばよい。
よって、限定アイテムのほとんどが売買もしくは他者への譲渡が不可だったりするのである。
「宛名もベルだしね。見た感じ上流階級の夜会みたいだけど。“招待状”なんて誰に貰ったの?」
「………白くて透けててポンポン跳ねるハイテンションのゴーストに」
「?……ゴースト?」
「勇者様の後を追ってたらホラー・ハウスに行き着きまして…謎解きをしたご褒美らしいです……」
絶望的な状況なので思わず暗い声が出てしまう。
——手放せないとか、手放せないとかっ!なにそれこわい!!(||゜Д゜)
な心情なのだ。
するとイシュはしばらく沈黙し、ようやく合点がいったという声で新鮮な反応を返してくれる。
「あぁ!?じゃあこれ絵本に出てくる“亡霊祭の招待状”!?嘘だろ!?ファントム・タウンって本当に存在したわけ!?」
叫ぶだけ叫ぶと、彼は、はぁー、と深い息をついて自分を落ち着かせようとする。それが昔からの癖なのだ。きっと次には眼鏡を外し、目頭を揉んでいることだろう。若いくせにどこかおっさん臭さをにおわせる、懐かしい仕草が目に浮かぶ。
「はぁ。まぁ。ベルならね。うん、わかるよ。…じゃあ、こっちが買い取ったぶんの差額のお金送るから」
いつも私が道ばた等で拾った地味臭いアイテムを高額で買い取ってくれる幼なじみに、なんだか悪いなぁと思いながらも、勇者様を追うための重要な資金なので遠慮せずに貰っておく。実のところ、彼は彼で特別な特殊スキルを隠し持っているために、いざとなったとき食い扶持には困らないということを私は知っているのである。
幼なじみイコール彼も孤児院出。さらに付け加えると、一緒に自主卒業したクチである。彼の場合は授かった特殊スキルのせいとも言えるが、我々は2人で孤児院のハミ出し者をやっていた。幼くして精神が老成してしまった彼と、前世の記憶を持ち越してしまった私。互いに自分の精神年齢の高さが壁になり、なかなか子供の輪に入ることができなかったのだ。
始めは端っこと端っこで似た奴がいるなぁ程度の認識で、ろくに会話もなかったが。一度、相手の精神レベルの高さに気づいてしまえば、そこに絆が芽生えるのは自然な流れ。やがて私は彼の特殊スキルを知り、彼は己の特殊スキルで私の持つそれを理解した。以来、我々は特異な絆でつながっているという訳だ。
一応、ここで断りを入れておくと、私たちの間に色恋の要素は全くない。
仲間というか。
前の世界の恋愛小説なんかだと「異性間の友情は…」というセリフがよくでてくるが、我々はそれを超越した真の友人なのだと思う。
「あ、そうだ。これあげる。あとこれも。ベル好きそうなアイテムだし」
「わぁ、いいんですか?サンキューです」
「東の勇者って今、クアドアの国境近くのフウって村を目指してるんだよね?」
「おぉ。よく分かりましたねー。いまウィリデの最後の草原フィールド、歩いてますよ」
「まぁね。商人の情報網ナメたらだめだよ。とりあえずベルは何が起きても死なないと思うけど、気をつけて。じゃあ、そろそろ仕事に戻るから。またそのうち」
「はーい。いろいろありがとうございました。イシュも働き過ぎて体を壊さないように。ではまた」
こちらの返答にフッと息を吐き「気をつける」という声が続いて、それきり通信は切断された。
あの様子だと、自分でも無理をしているとわかる程度に無理をしているということだ。例え今の職を失ったとしても働き口はあるのだから、そこまでがんばらなくてもいいのではと思うのだが。
もしかすると彼にはよほど大きな夢があるのかもしれない、などとぼんやり考えながら、板チョコサイズの石から生えた光のディスプレイを消し、音声通信用の魔法陣が描かれた手のひらサイズの青い石と共に銘入り高級革袋(ブランドバッグ)にしまい込む。
イシュと話し込んでいるうちに勇者様との距離がだいぶ開いてしまったようだが…。
村はすぐそこなので、そう焦る事もないだろう。
たまには余裕を見せることも大切だ、と大仰に歩幅を緩めたところで、進行方向より掛かる陰。
「あ」
なんとも間抜けな声だと思ったところで、後方から風の矢(ウインド・アロー)が飛んできた。
「おぉ」
再び間抜けな声が口から漏れるのと同時に、一点集中の鋭い風の塊が目前に迫ってきていたフィールド・モンスターを遠くの方へと押しやった。
ちらり、と己の後方を振り返り。
「パーシー…」
緑に埋もれながらもギリギリ黒い毛先が見える、という位置にいる犬型の魔獣に視線を向けて、最近付けた愛称で呼びかけてみたりする。
「いいの。いいのよ。私の特殊スキルがよくわからない仕組みなのがいけないんだもの。どうせ“回避”してくれるなら、エンカウントそのものを回避してくれればいいのに、そうならないのがいけないの。決して貴方のせいじゃないわ。だから“威嚇”の効果の範囲を超えるほど離れた場所で道草をくっていたのだとしても、私には貴方を責める権利なんてこれっぽっちもないのだわ……結局貴方は私を助けてくれたのだしね」
女優のようにヨヨヨとその場にくずおれて、スポットライトを意識した決めポーズをとってみる。
魔獣はそんな私の様子を遠くから眺めると、ウォン!と一声だけ上げて、しっぽを振り振り何事もなかったかのように道草を再開したようだった。
まぁ。
私たちの関係はこのくらいが丁度良いのだろう。
魔法の風の矢1本でオーバーキルな雰囲気を醸し出す魔獣のレベルに思いをはせて、こちらも何事もなかったかのように腰を持ち上げ歩き出す。
——さぁて。まじめに勇者様を追いかけよー♪