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「おめでとう諸君っ☆」
とびきり明るい声がして、背もたれの広い椅子の正面がクルリとこちらの方を向く。
そこに居たのは雫を上下逆さまにして、しっぽのあたりをわずかに上向き修正したような、単純かつ見慣れた姿のホワイト・ゴーストその人(?)だった。
「ボクの屋敷はどうだった?楽しめた?ボクの方はそこの女の子がちょっとの物音で面白いリアクションをたくさんしてくれて、すごくすごーく楽しかったよ!ボクの仲間も喜んでくれたみたいだし!それにちゃんと謎解きしてここまで来てくれるなんて、君って最高だなぁ☆」
屋敷の主人は死んでいる、というテンプレを予想していた私は、かなりビビりながらさり気なく勇者様の後ろに構えてそぉっと部屋をのぞいていたのだが。なんと言うか、同じ「死んでいる」でもグロ方面とは次元の違う衝撃に、思わずぽかんとしてしまう。どうやら勇者パーティも言葉にできない衝撃を受けたようで、皆一様に口を噤んで指先一つ動かすことをしなかった。
「まさか聖職者がまぎれているなんて予想外だったけど!もうっ!君のおかげで仲間の数人がうっかり昇天しちゃったよ!!」
まぁ過ぎたことは仕方ないけどねー、と鈴をころがしたような声で言うゴーストは、私からソロルくんへと向けた視線を再び私の方へ戻し、ふわりふわりとたゆたいながらこちらの方へ飛んできた。
「じゃー真面目な話!ゴースト・ハウス攻略のお土産に、この部屋にあるアイテムを1人1個持ち帰るのを許可するよ!で、君はいろいろその鞄に詰め込んでたみたいだけど…」
「えっ!?な、なんのことでしょう?」
思わずスイーと逸らした視線に絡む事なく彼は言う。
「まぁいいよ。今は気分がいいから全部プレゼント!わぁいボクって太っ腹ー☆」
白い体は声に合わせてポヨンポヨンと壁や天井を跳ね回り、備品に容赦なく体当たりをかます。これで姿が見えなければ立派なポルターガイスト現象の出来上がりである。なるほどあれはこういう仕組みだったのかと、やけに可愛い姿のゴーストを見つめながら納得していると、トントン、と肩を叩く者がいる。
「何ですか?」
言いながら振り返り、数秒硬直。
青白い顔の老婆の首が、三つ重なりそこに浮遊していたのだ。
その閉じられた目と口がゆっくりと開いていき、気味の悪い笑みを…。
「ぃ………やあぁぁあぁあああっ!?!!」
ガバリと手近な人の背に思いきり抱きついて、力の限り締め付ける。硬い何かにおでこを強く打ち付けたが、とりあえずそれを気にするどころの話じゃない。
「!?」
「きゃはははは!!やったね☆エルダリー三姉妹!狙ったところを外さない君たちが大好きさ♪」
遠くの方でやたらテンションの高い声が聞こえるが、ガクブルな私は掴んだ何かを離すまいと必死になってしがみつく。
「済まないが」
——無理無理無理無理絶対無理!!!見てない、見てない!私何も見てないし!!
「そこには刃物があるんだ」
——幻想幻想全部幻!光の加減とか加減とか加減とかだし!
「怪我をする前に…」
——いやー、思い込みって怖いなー!!思い込みって怖いなー!!!
「………」
——思い込み………って。ん?
頭上で溜め息めいた音が漏れ、クスクスという声と共に頭をぽんぽん叩かれる。
——んん??
「大丈夫?なんだかベルを見てると娘を思い出すなぁ」
「某は孫を思い出したでござる」
「孫…」
「じいさん、孫までいんの…?」
少年少女の問いかけに「レプス家は大家族でござる」という聞き慣れた声が耳に届くのに気付き、ゆっくりと体の力を抜いて行く。そおっと視線を上向ければ、大きな手のひらで私の頭を撫でながら優しげな笑みを浮かべるライスさんが目に入る。この人は本当にいいお父さんだよなぁ…と、いつか見た娘さんの姿を思い出しながら、なんとなく落ち着いた私は、顔にぶつかるヒヤリとする硬い何かが気になり始め、上げた視線を元に戻し…。
——うぉおおお!?
回した腕をパッと離して後ずさる。
「すみません!ごめんなさい!許して下さい!不慮の事故です!」
そう叫びながら頭を一気に振り下ろす。
——好きだからって不意打ちで抱きついたらだめなようにね!!怖いからっていきなり背後から抱きついたりしちゃだめだと思うわけ!!ぴったりフィットの細い腰がそれはもう素晴らしい抱き心地だったとしてもよ!!何やってくれちゃったの私さん!?
土下座ものか!?これはもはや土下座の域か!?と身を縮こませながら恐々としている私の先で、低い声が気にするなという気配を含み「いや…」と漏れる。
「はい!じゃあそろそろお開きね☆」
甲高い声のゴーストは白い体から腕っぽいものを作り出し、合わせてパン!と響かせた。
その瞬間あたりの景色は部屋から森へと変化して、いくつかの備品がポトポトと地面に転がった。
「お土産を選ばなかった人はその中から持ってって!あ、そうそう。一番ボクを楽しませてくれた君には特別プレゼントを用意しといたよ♪それじゃ、ファントム・ロードによろしくね☆」
楽しげに笑う声が森中にこだまして、漂っていた白い霧がすうっと晴れていく。
屋敷が佇んでいたはずの森の広場はいつの間にか消失しており、木と木の間と表現するのが正しく思えるような何の変哲もない場所で、呆然としていた私たちは次々と我に返っていった。




