25−2
「……ベル?」
「っ、は、すみません…っ」
思わずズルズルと…膝が折れてへたり込む手前、いつもよくあの巨大な剣を振り回したりできるよなぁ…な、一見、細腕にガシッとやられ。耳元禁止!囁くの禁止!甘い声の不意打ち禁止!!(///_///)と、何がどうなりそうなったのか誰にでも理解できそうな、“腰が砕ける”現象に陥ったこちらを見遣り。フッと彼は微笑んで、そのままグッと私を抱いた。
「わぁっ!だいじょぶ、大丈夫ですっ。ちゃんと自分で歩けますからっ」
視界がぐわんと持ち上がり、あっさり横抱きの格好に。お付き合いをすっ飛ばし、求婚に応えた後に、この横抱きは“いかにも”で、やっぱり、かなり恥ずかしい。甘い香りの首元で、とんとんやって「歩く」と言えば。
「この方が早いだろうし…俺がベルに触れていたい」
と。
えぇっ!?貴方、そういうキャラじゃ…!?と、混乱したのが伝わったのか。
「離れた時間が長過ぎた。……それも、ゆっくり話し合おう」
クライスさんは何気なく“逃がさない”と微笑の中に、そら恐ろしい気配というのを滲ませてきたために。何故か、ぎくりとした方が、僅かに思考をストップさせると。
その間、間合いを詰めたお人は、ふわり、と頬に口付けて……。
・
・
・
・
・
——う。
う…。
——嘘でしょぉおおぉお!!?!!???
と、私は心で大絶叫。
素知らぬフリで歩みを確かに、「帰ろう」と行く人の背に。
「や、あの…今のは…いえ。はい、その、えぇと……そう」
顔から湯気が噴出してるが、取り敢えず、くいくい、と。
「……わ、忘れ物…取りに行きたい、です」
胸元の布をツイと引かれて、ん?となる機嫌の良さげな彼は、森の奥を指し示す私の様子に気付いたか。まぁ、私の特殊スキルなら、死なずに辿り着けるのか、と。体を反転、「どちらだ?」と。
やっぱり小声で「歩きます…」とか、申請してみた訳だけど。「気にするな」とぶった切られて、常春の景色の中をあの家まで戻る事…に。
今まさに駆けてきました、そんな足跡を辿って進む規則正しいクライスさんの、サクサクという歩行音。
例えばそれらにチラッと意識を逸らしてみては、抱き上げてくれている豪腕には程遠い、怪力スキルを宿すお人の細腕の肌を紛らわす。
それでもやっぱり“男の人”な、固い胸元に熱を上げては、ま、まままま、間違った…!と、のど仏を見て、また発火。鎖骨の窪みも色っぽい…!と、痴女じゃないか!!と突っ込んで。すぅ、はぁ、やって「人は昇れる、どんな高み、至りだろうと…!心の座禅で無我の境地に!!」……ギリギリとまぶたを合わせ。
次の瞬間、ふわりと浮いた危うげな感覚に、えっ、此処どこ!?どうなった!?と、思わず両目を開けて探索。
「敵意は余り受けないが…」
と、お腹いっぱい捕食中である蓮の花っぽいモンスターを見て。
まぁ、なるべく静かに行こう———。クライスさんは、高く飛ぶ。
ヒュオ…と頬を撫でゆく風に、落ちる訳もないけれど、と。これなら甘えてもバレないだろうか。そんな想いで抱きついた。
そりゃ、こんな私でも、心細い時がある。
——今度こそ、いっぱい甘える……。
前の世界ではそこそこに、お固い女であったと思う。夫な彼も固かったから、変に熟年な夫婦であった。模範的な歳で結婚、模範的な家族計画。お互い手堅い職業で、それに救われた感もあるけど、こうしていちいち頬を染めたり、ベタベタな甘さは無かった筈だ。
そもそもあちらの世界では、成人女性を横抱きで歩く、そんな筋力のある男性には殆ど出会った事がない。こんな高さまで跳躍できる、それこそ幻想の産物だった。勇者職など無かったし、モンスターもダンジョンも、ゲーム以外ではあり得ない。
怪力のスキルがあるから、こんなに軽く持てるのよね…?と。きっと私の体重がこの先どんなに増えたとしても、あのキノコほど重くはならないと思うから。だから、暫くこうやって甘えてもいいのよね…?そんなこそばゆい気持ちが生まれて、ちょっとだけ……とキュッとやる。
「どうした?怖いか?」
と、すかさず反応が降りてきて、ちょっと甘えてみただけですっ…!とは口を割れない私な訳で。
「いっ、いえいえ!大丈夫ですっ」
力一杯、“恐怖”を否定。
地面に戻ってそれほど待たず、よ、という声もかけずになされた片腕への配置換えにて、胸の高さにクライスさんのお顔が参り、私は意味もなく再び顔を真っ赤に染めた。
こ、こ、これって、片腕抱きってやつですね、と。成人女性?を相手にし、本当に片手抱っこができちゃう人とか初めてです…と。そういや、リセルティア・フェスタの最後に抱き上げられて走られたかも…?そんな記憶を掘り起こし、再びそこでアワアワやって身悶えた後に硬直を。
ふと、少しだけ見下げる位置の彼の目がこちらを見上げ、また、心から幸せそうにニコリとするものだから。
——だ、だからクライスさんは、こういうキャラじゃないでしょう!??
ふしゅう…と湯気が抜け果てて、くったり肩に干物になった。
そんな私に、クライスさんは絶対分かっているはずなのに、「どうした?」とまた耳元に意地悪な声をかけてくる。
なんだか悔しくなってきて、「クライスさんが…甘過ぎて……」と。
こちらからの回答に一瞬だけ足を止め、クツクツと声を漏らしたイケメン勇者な人は。
「変わった娘だと思っていたんだ…」
独白のように、私が視界に入るまでのあらすじを、ポツリ、ポツリと何気なく語り始めるのであった。